№0092〜群馬県「古民家の宿 川の音」~養蚕農家住宅から旅館への改修 ~
報告者:一級建築士事務所kappa 野上恵子/住宅医
■ 改修概要
設計者:UG開発マネジメント、一級建築士事務所kappa 野上恵子、
設計協力:SHUKA DESIGN、
構造設計:MID研究所、設備設計:ZO設計室
所在地:群馬県多野郡神流町
主用途:(改修前)一戸建ての住宅 (改修後)旅館
築年数:母屋 改修時築113年
規 模:木造2階建て 在来軸組構法
敷地面積:1439.04㎡(建築敷地)
延床面積:424.87㎡(増築部分83.95㎡)
工 期:2017年10月〜2018年5月
■ 建築地の気候風土
神流町は群馬県の南西部、利根川の支流である神流川沿いにある山あいの町です。谷に沿って集落が点在し、養蚕時代の農家が数多く残ります。 建築地のある集落は蛇行する川に張り出した岬のような場所で、四周を山に囲まれ、敷地はその中の一番川に近い一画にあります。下流から上流に向かう東西の風が吹き、省エネ地域区分4、積雪はそれほど多くありません。
■ 改修の経緯
このプロジェクトは、自治体が助成金を活用して空き家を取得し、宿泊施設に改修してまちを活性化しようという、まちづくり事業です。人口約2000人の神流町は過疎高齢化が進行し(2015年時点の高齢化率56.1%)、空き家も500軒にのぼります。
町では年間を通して多くのイベントを開催していますが、町内に宿泊施設が少なく観光客の滞在時間が短いという課題があり、プログラムとして「一般客利用も想定した浴室」を備えた「旅館」が求められました。農家住宅を100㎡以上(当時の基準)の特殊建築物「旅館」に用途変更するので、現行法規へ適合させて確認申請が必要となり、「公衆浴場」用途も加わりました。
■ 既存建物
既存建物は総2階建の母屋(明治37年築)、2階床で繋がれた別棟の納屋(明治26年築)、離れ(明治45年築)からなりました。母屋はこの地方の典型的な養蚕農家の形式を持ち、2階は養蚕のための空間を最大限取るためのセガイ造り(柱から腕木を出して2階を1階よりもせり出し軒を深くとる造り)それに対して住居部の1階の階高は最小限(2.2m)です。
■ 既存建物調査
スケルトン改修を想定し、劣化・耐震に限定した調査を行いました。木材の劣化状況は、床上は大きな問題はありませんでしたが、床下で柱脚の一部に虫食い・割れ・水染みがあり、西角の書院の下地には蟻害もありました。外壁は全体に劣化が進み、土壁は躯体からはずれて隙間ができている箇所がありました。
■ 改修計画概要
改修のコンセプトを、宿泊者が養蚕農家らしい空間を体験できること、大屋根の残る集落の風景を継承すること、としました。母屋を活かして離れと納屋は減築、新たな機能である浴室棟を川側にEXP増築、厨房は母屋の西面の下屋を解体して一体増築しました。
屋根はいぶし瓦で葺き替えて通風のための(排煙窓を兼用)越屋根を復活させました。外壁は、建物の顔とも言える妻面のヤギリを残し、それ以外の部分は新たに町産のヒノキ材で覆っています。
内部は土間を復旧し、土間から板の間、座敷、縁側へと、もとの農家の空間構成を残しつつ床レベルを調整し現代の用途に適応させています。
養蚕室であった2階に4つの客室を設けました。
客室の上部は、黒く煤けた小屋裏を不揃いな野地板を含めてそのまま残しています。
■ 改修内容
1)劣化対策
石場立ての基礎は全面RCのベタ基礎でやり換え、壁は妻面の土壁以外の外壁・間仕切り壁ともに撤去し、スケルトン改修を行いました。新築同等の仕様にすることが比較的容易となり、長期優良住宅の改修基準を満たしています。
防蟻対策としてホウ酸処理を行いましたが、引き渡し後に柱の内部に潜んでいたと思われる虫食いが再発しました。目視できない既存材の腐朽や欠損については新たな検査方法を導入するなどの必要を感じます。
2)耐震性能
今回の増築は既存建物の1/20超え1/2以下で、構造上の4号木造建築(20条第1項 第4号)に相当します。EXP増築として耐震診断・改修基準を採用すると、補強方法の選択の幅 が広く工期や工事費も抑えられる可能性がありますが、特殊建築物の場合、群馬県では第三者機関による耐震評定が必要となり、その分時間と費用がかかります。今回は、一体増築の部分もEXP増築の部分も現行の仕様規定の一部に適合させる方法とし、公的機関で審査しました。仕様規定に合わせて基礎・土台をやりかえると工期も工事費もかかりますが、断熱仕様などを新築に近いレベルにできるというメリットもあります。
基礎の施工はジャッキアップを行わず、既存の柱梁を仮支えした状態で下から土台を設置し、土台を鋼製束で支えて配筋、基礎を打設しました。施工者にとって初めての施工方法 だったため不安をかかえる中 での施工となりました。安全な施工方法の共有 が課題です。
3)断熱性能・省エネ性能
スケジュールが厳しかったこともあり設計時に経験値で断熱材の仕様を決めました。事後検証したところ、計算値でH25基準(UA値0.74W/㎡K <基準値0.75W/㎡K)はぎりぎりクリアしましたが、小屋桁と垂木の取り合い部やEXP部などの気密措置に課題を残しました。
また、2階客室はコスト削減のためにエアコン暖房としましたが、天井が吹き抜けているため冬場は高温運転が行われ、上下の温度差が拡大することにより足元の寒さが増す、と住宅医検定の際に指摘されました。空気が乾燥するため加湿機も欠かせません。 設計段階にコストと性能の検証を行うことができれば、床暖房が無理でも断熱強化はできたかもしれません。
4)バリアフリー性能
特定建築物(2000㎡未満の旅館)への用途変更のため建築物移動等円滑化基準への適合努力義務が生じますが、今回はお客様への対応は旅館のスタッフが行うとの運営者の考えがあり、上がり框のスロープなどは設けていません。
5)火災時の安全性
古民家の旅館としてできる限り既存の柱梁を見せたいところですが、「旅館」「公衆浴場」用途の防火・避難性能が求められ、PBと真壁の収まりに苦慮しました。
・内装制限:現行の不燃化塗料は既存木部に使えない(接合部に塗布できな い、樹種に制限がある等 )ことがわかり、スプリンクラー設備と排煙設備による緩和規定を採用しました。
・排煙設備の防煙壁:通常は500㎡以内が一区画ですが、今回は500㎡以内であっても該当箇所に防煙区画が必要と判断されました。
・防火区画:浴室の一般客利用は「公衆浴場」用途となるため異種用途区画として浴室棟を区画しました。
・防火上主要な間仕切り(令114条):スプリンクラー設備によって緩和されますが200㎡以内の区画は必要なので、1階はスタッフ事務室を区画、室内廊下を外部の縁側にしました。
■ 性能診断結果概要
■ 改修後写真
■ 総括
設計・工事期間ともに短く予算も厳しい困難なプロジェクトでしたが、住宅医スクールを通していくつかの事例に接していたこと、経験のある住宅医の方々に相談にのっていただけたことが、改修を進める上で大変役に立ちました。当初は高額な改修工事がどれほどの効果があるのか不安を持たれまし たが、まちの人にとって馴染み深い古い建物を再生し活用することができるようになり、最終的には 喜んでいただけました。
今回、住宅医ツールによる性能評価は事後検証しか行いませんでしたが、今後は設計時に活かせるようにしたいと思います。また、改修・転用の進まない巨大な農家建築は各地にあり、それらを活用していく手段として部分改修にも取り組んでいきたいです。
このプロジェクトを通して、既存建物を転用する際には、プログラムや基本構想を決める段階で法制度や建物の条件を俯瞰して適切な方向に導くことが、工期や工事費の無駄を防ぐだけでなく持続的な運営にも欠かせないことを実感しました。古民家活用のケースでは、初期段階の調査に住宅医の技能が生かせると思います。