住宅医の改修事例No.0128 〜低予算で性能向上リノベーション~専用住宅から住居付の鍼癒院に。

三澤 文子 (住宅医協会代表理事 / Ms建築設計事務所 / 大阪府)

「予算に限りがある場合、どのように性能向上を行うのか。」という課題を考えてみようと思い、12年前に実施した改修工事をもう一度洗い直してみました。この事例は、住宅医スクールの講義「既存住宅の改修方法①事例から学ぶ、基礎改修方法」で10年間ほど事例にあげているものです。

施主は鍼灸師であり、自宅を改修して独立し理想の鍼灸院を開業しようと改修のご相談がありました。昭和初期和洋折衷の外観はレトロ感があり、施主はこの外観を変えずに鍼灸院にリノベーションしたいとのことです。事前調査では、高い塀に囲まれ庭木もうっそうと茂っているために、建物の足元の風通しも悪く、早速塀を全て取り除くことをお勧めしました。詳細調査は2009年11月6日。調査の結果、2階の乗り方も芳しくなく、まずは調査後の診断と同時進行で構造検討を始めました。

上の平面図はブルーで色付けしている部分に2階が乘っています。2階の外壁ラインの下に少しでも耐力壁を設けるように検討していき、プランの合意をえました。西面にある玄関とそれに続く待合室、そして待合室の北側5坪(10帖)が施術室になり、そのほかは成人の母子2人のための住宅となります。


1階の改修前後を比較した図面が右上にあります。また左上には、改修前後の構造仕様を記しています。主に構造用合板を使用していますが、西側立面の、既存のレトロ感ある窓を残したいという施主の強い希望をかなえたいという思いから、構造評点もやっと1.0をクリアーする程度。また耐力壁の量が増えずに高倍率の耐力壁をつくることになり。そのために基礎補強が必要になってきました。


悩ましいのは無筋の基礎に見事にクラックが入っていたこと。ただし左下のグラフのとおり、80年の経過によりほぼ沈下は終わっていて長期荷重に関しては安定していると判断、クラックの入っている基礎については基礎補強を行うということで、コスト削減のため全ての基礎改修は行わないことにしました。

右上には「基礎補強方針」を記していますが、前述の【クラックが入るなど損傷のある個所】
そして【耐力壁の下】に新設もしくは補強の基礎を設けることとしました。
上記、左図面は耐力壁の位置を示していて、右図面は新設もしくは補強の基礎位置を示しています。基礎伏図の中、丸で示した部分は今回、構造的意味のある半島形基礎です。

これは基礎補強工事中の様子ですが、丸で示した部分は奥にある(この写真では見えない)耐力壁が地震の外力を受けて転ばないように重しの役目をしているものです。
補強梁は、Hの低い梁で、写真のようにアバラ筋のある形状となりました。図面では上下 D13の鉄筋 4本が入っていますが、現場で施工上の問題から D16×3本になっています。
これでもコンクリートが回りにくかったという反省がありました。



構造補強に入る前に、劣化部分の撤去改善は全て行いました。上の写真は、玄関ホールの天井です。玄関横の和室にも同じような雨染みがありました。天井を開けてみると著しい腐朽が見られました。これは、和洋折衷のデザインのために屋根に谷が出来ているためです。緩勾配屋根の谷の存在。これでは雨漏りは必然です。今回、小屋組みから屋根下地まで全て造り変え、FRP防水を施しました。

上は、改修前後の比較写真です。高い塀を取り除いたことで、車寄せも出来、鍼灸院らしい表情になりました。



室内は鍼灸院のみ紹介します。レトロな既存窓をそのままにしたため、温熱環境は良くない空間になります。ただ住宅部分とはしっかり区画して、接客・施術する日中はペレットストーブで暖房、夏はエアコンで冷房しています。



袖壁はWもなく、耐力壁を設けることが出来なかったことも、構造性能を大きく上げることが出来なかった要因でした。



工事費を抑えるために、床の塗装は「自然塗料での塗装」と銘打ってワークショップを行いました。弁柄を柿渋で溶かして着色をして、その上にユーロクリア(大阪塗料)でコーティングします。艶は、オイルの塗り重ねでかなり出てくるので、普通のオイルステインで着色した際にイメージ通りにならなかった苦い経験を払拭できました。



この改修工事は6か月かかり、2010年の年末には引き渡し、年明けから開業をされました。私も何度となく通いましたが、腕の良い施術を行うことと、独特な雰囲気のある施術室で遠くから通うお客様も多いと聞いています。
12年前 2010年の工事費ですが、フルリノベーション(屋根の瓦の葺き替えは行わず)で坪当たり 356,000円、設計料を含めても 415,000円というのは、費用対効果は及第点かと思いますが、さらに性能を高めるにどの程度のコストが必要なのか、今後検討を要する問題と思っています。


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