各地の住宅医の日々No41 “地域とつながり、地域を再生させる” 設計プロジェクトチームへの参画
上野耕市 ( 住宅医 / Ms建築設計事務所 /大阪府 )
みなさん、こんにちは。わたしは Ms(エムズ)在籍 9年目の設計スタッフです。
Msでは入社して 5年間修行した後、独立(もしくは転職)というルールがあるのですが、私の場合は少しイレギュラーで、5年以降も Ms に残る道を歩んでいます。2016年に三澤康彦さんのスタッフとして入社しましたが、1年後の2017年 5月に三澤さんが急逝。 “ 思うようにいかない状況 ” も経験しながら、設計者として進むべき道を模索してきました。
幸いにも、三澤文子さんにご指導いただく中で、色々な出会いがあり、現在では「木造施設」「他社協業」の 2つをテーマに、新しい仕事にも取り組んでいます。今回は、ひとつの転機となった仕事で、3年前に竣工した宿泊施設『 Azumi Setoda + yubune ( アズミセトダ + ユブネ ) 』のプロジェクトをご紹介させて頂きます。
① 瀬戸田町全景 ( 敷地は瀬戸内海の生口島.しまなみ海道沿いにある人口約8000人の港町 )
宿のコンセプトは、地域とともにある “ 旅館 ” の魅力を伝えること。かつて製塩業や海運業で栄えた豪商 “ 堀内邸 (築約150年)” を共用棟として改修し、宿泊棟や事務所棟を新築。施設全体が、地域の街並みに溶け込むように計画されています。
マスターアーキテクトは、京都の六角屋:三浦史朗氏。特徴的なのは “プロジェクトチーム型 ” の設計手法です。例えると 1本の「映画」を撮影するように、三浦氏の元に特色のあるメンバー(役者)が集い、大きな世界観を共有しつつ、対話を重ねながら「 建築 +α(庭・照明・備品等)」をつくりました。
Msチームは、“ 堀内邸 ” の改修設計を担当させて頂きましたが、他社メンバーによる鉄骨造のフレームのなかに、木(杉・桧)の内装で宿泊室をつくるなど、1社では難しい規模・用途の仕事に取り組むことができました。
②-1:After 建物外観 (150年前の姿に修景、電柱移設・道路舗装など行政とも連携) , ②-2:Before 建物外観
住宅医として、やりがいを感じるのは、“ 地域とつながり、地域を再生させる ” 貢献ができること。改修の仕事は、「生きた」歴史や文化から学ぶ機会でもあります。
“ 堀内邸 ” は港から商店街へつづく街道の入り口に位置し、島のシンボル(顔)ともいえます。
地域の皆さまに受け入れていただけるよう、当時の姿によみがえらせることに注力しました。
③ Azumi 共用棟ダイニング内観 (間取りは大胆に変更しつつ、小屋梁や障子は既存利用)
一方で、現代の宿としての快適性も大切で、「新・旧のバランス」を取りながら設計を進めました。内部は、畳床をすべて取り払い、住宅医で学ばせて頂いた “ 基礎改修方法 ” を用いて、コンクリート基礎(地中梁)を新設。構造計算に基づき、耐震性能の向上を図っています。(構造設計:TEDOK/河本和義氏)
実は、このプロジェクトへの参画は、住宅医ネットワークから Msを紹介して頂いたことがきっかけでした。個人としても、住宅医の資格取得後すぐに決まった大きな仕事で、「果たして自分に担当できるだろうか」とプレッシャーを感じたことを思い出します。2018年夏に 1泊 2日で実施した詳細調査とその後のレポート作成には、関⻄・四国の多くの住宅医の皆さまにご協力いただきました。この場をおかりして、改めて感謝申し上げます。
④-1 左)yubune 宿泊棟・銭湯 右)Azumi 共用棟, ④-2 yubune 暖簾(堀内邸の暖簾意匠を踏襲),⑤ 新設された“しおまち商店街”の看板
道向かいには、「銭湯」を併設した比較的リーズナブルな宿『 yubune 』を新築。住⺠の皆さまや
“ しまなみ海道 ” のサイクリストの利用も多く、島の内外で交流が生まれています。かつて、文化の交差点であった “ 堀内邸 ” がかたちを変えて生き続けています。
地域への波及効果も広がっています。
瀬戶田港周辺では、若い世代を中心に構成された “ SOILSETODA ” により、観光案内所・物販、カフェ・ラウンジなど、空き家を店舗に改修するプロジェクトが進行中で、以前に比べ活気に満ちています。移住人口・関係人口が増え、また、地元の高校生が Azumi の運営会社に就職するという嬉しいニュースも聞きました。
ひとりの力では難しいことも、チームを組めば可能になる。
10年後の未来など、誰にも予想できないような変化の多い時代です。住宅医による技術をベースに、チームで連携するプロジェクト型の設計手法は、仕事の幅を広げていく可能性を秘めているように感じます。
“ 思うようにいかない状況 ” は、“ 思いがけない新しい道 ” への入り口なのかもしれません。
上野耕市
©Ueno Koichi, jutakui
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Ms建築設計事務所 https://ms-a.com/