投稿日:2019年11月04日

神奈川県「 旧・正力松太郎 邸 」~住み継ぐ意志~


住宅医の改修事例報告 93例目

報告者:和温スタジオ 小柳理恵/住宅医

改修概要
設計:和温スタジオ 小柳理恵、施工:鯰組
設計施工:HandiHouse project 加藤渓一(北エリア:LDK ・子供室・脱衣室・UB・土間)
構造設計:桜設計集団 佐藤孝浩・磯野由佳
原設計(昭和36 年大規模増改築時):清水一(大成建設)、施工:水澤工務店
所在地:神奈川県逗子市
主用途:一戸建ての住宅
築年数:改修時 昭和14 年~築76 年/新築:昭和初期(現存部僅か)→昭和14 年増築→昭和36 年大規模増改築
規模:木造平屋建、一部2 階建/蔵:RC 造2 階建
工法:在来軸組工法 ※一部壁:竹小舞土壁(真壁)、木摺モルタル塗(大壁)
延床面積:254.48 ㎡(蔵除く)

改修前-南面全景

建築地の気候風土
神奈川県逗子市は三浦半島の付け根に位置し、北・東・南の三方を緑豊かな丘陵に囲まれ、西は海に向かって開けた土地柄。暖流黒潮の影響を受け内陸部に比べて温暖で、冬季は北側の丘陵により季節風が遮られて弱まり晴天の暖かい日が多い。夏季は高温湿潤な気候だが、日中は海風が発生して気温の上昇が抑えられ内陸部よりも暑さがしのぎやすい気候である。建築地は逗子市の西側、海まで400m位の平地に位置し、年間を通して北北西~南南西の風が多く吹く傾向がある。

改修の経緯
旧・正力松太郎邸は、読売グループ創始者・正力松太郎が暮らした邸宅である。主亡き後は長らく空家となっていたが、その間も大切に管理されながら守られてきた建物だった。相続の関係で解体の話が上った時に、壊すのは忍びないと住み継ぐことに名乗りを上げたのが正力の曾孫にあたる住まい手だ。表面的には手入れされていたが耐震性や機能面に不安があり、知人の紹介で知ったという住宅医調査を御依頼いただいたことが事の発端だった。しかしこの時点ではまだ具体的な改修相談は受けていない。まずは親族と関係のある大手施工会社が耐震補強を含めた改修案を作成した。住まい手が残したかった既存建物の風合が一切削ぎ落とされた計画だったという。専門家に任せるだけでは望む家にならないと考えた住まい手は、自らも改修計画に深く関わり、横並びの信頼関係が築けるメンバーでの改修方法を模索した。望みは、既存建物の姿形を残すこと・小学生の子供達と共に家族で工事に参加すること。まずはメンバーが集められた。家族参加工事の担当として、以前より親交があり“施主が参加するワークショップ形式の家づくり”を行うHandiHouse project 加藤渓一氏 が決まった。次に詳細調査で信頼を得た筆者に声がかかり、そこで初めて改修設計の依頼を受けることになった。既存建物の姿形を残しての劣化改修と耐震補強設計の担当となったが、手練れの施工者と構造設計者が必要となる。住まい手との相談により、施工者に数寄屋を得意とする鯰組、構造設計者に住宅医スクール講師である佐藤孝浩氏が決まった。プロジェクトチームの結成により具体的な改修計画が動き出していった。

既存建物
建物は真南向きに配置され、広大な日本庭園を臨む形で南面に来客空間(応接室・居間など)が展開する木造瓦葺きの数寄屋邸宅。大部分は平屋だが一部が2階建で三方ガラス窓の見晴らしよい展望室が設けられていた。建物北側には廻廊型の廊下で区切られる形で生活空間(水廻り、食堂、女中室など)が設けられ、南北エリアの中央に位置する玄関は主に来客用の「取次」として機能し、来客動線と生活動線とが交わらない間取り構成となっていた。また室間をつなぐ廊下は渡り廊下の役割も担い、増改築の変遷で生じた高低差を埋めるための斜路となっていたり、異構造であるRC 造の蔵にも接続されていた。

改修前-部分平面図(S35 水澤工務店資料)
改修前-居間(撮影:川辺明伸)


改修前-展望室(撮影:川辺明伸)


改修前-玄関取次(撮影:川辺明伸)


改修前-台所(撮影:川辺明伸)

既存建物調査
1)劣化対策

劣化調査シート

室内外の劣化では左官壁のひび割れや雨染みが多く見られた。床下や小屋裏の構造体にも雨染みや腐朽蟻害が見られたが、床下は特に劣化がひどく、根太が折損して床に穴が開いている箇所もあった。

2)耐震性能

耐震調査シート

基礎は布基礎で有筋・無筋・自然石が混在、土間は土露出部と土間コン部があった。軸組は梁に羽子板など金物が見られたが柱脚柱頭金物はなかった。水平構面は火打ちがあり、主な壁要素は外壁面と室内大壁面に木ずりモルタル、室内真壁部には竹木舞土壁が確認できた。耐震診断は「倒壊する可能性が高い」となった。

3)断熱性能

断熱調査シート

床・壁・天井とも断熱材はなく開口部は木製建具+単板ガラスだった。障子と木製雨戸のある室が多かった。

4)バリアフリー性能

バリアフリー調査シート

各居室は広くゆとりがあったが、水廻りや敷居等の段差は多く、開口幅が狭い場所もあった。

5)火災時の安全性

火災時安全性調査シート

コンロ周りは一部仕上が可燃材で火災報知器は調査時はなかった(改修工事時に小屋裏に警報器を確認)が、消火器は設置されていた。屋外の延焼防止性能は建築地が属する法22 条地域内の規定を満たしていた。

改修計画概要
1)住まい手の要望
・建物の姿形をできるだけ変えずに耐震性を確保し、必要な劣化改修を行いたい。
・既存の風情や素材感を維持し、間取り(特に南側の来客エリア)や屋外木製建具は既存のままとしたい。
・廊下で分断された北エリアは南エリアと繋がりをもたせて、家族(夫婦+小学生2人)の生活空間として改変し、家族皆と加藤氏とで設計施工を行いたい。
・隣接する親族の家は取り壊しが決まっているが、思い出のある家なので、建具や建材を残して活用したい。
・夏は風通しよく過ごしやすいが冬はとても寒いので、暖房として薪ストーブを検討したい。
・照明器具が点滅するなど不安定なので、電気系統は全面的に改修を行いたい。

改修前-屋外意匠(撮影:川辺明伸)
改修前-屋内意匠(撮影:川辺明伸)

改修後-北エリア部分平面図(設計:HandiHouse project 加藤渓一)

2)改修方針
・屋外は外壁を全面塗り替えし他は劣化部のみ改修復元、開口部は既存のまま残す計画とした。屋内の天井と
床は大半を解体し既存材にて復元、南エリア壁は耐力壁部のみ解体し意匠復元、北エリアは全面解体し新設とした。
・設備配線配管は全て撤去新設とし、照明器具は既存意匠のまま中身を交換とした。
・蔵の切り離し:RC造の蔵と木造廊下の接続部は納まり上で難があり雨漏り被害が甚大だった。構造的にも分離する必要があった為、建物の外形は変わるが、廊下を減築し切り離す計画とした。

改修前-蔵接続部

改修内容
1)劣化対策
床下は土露出部を土間コンにて防湿、土台・大引・根太は全て交換した。屋根は雨漏りの主原因だった銅製谷樋を全て交換、部分的に傷みのあった瓦屋根は使える瓦を活かしながら補修や部材交換を行った。屋外露出の腐朽木部は全て交換、ひびの入った外壁は全面塗り替えた。浴室は在来浴室からユニットバスに改変された。

土台交換

2)耐震性能
壁は構造用合板による面材補強、水平構面は鋼板を用いた梁補強と共にステンレスブレースで補強を行った。基礎は耐力壁に合わせて新設または抱かせ基礎補強を行った。軸組の主要接合部には金物を設置した。最終評点は1.5 を少し割る形となったが、住んだ後の感想として通常程度の地震では揺れを感じないとのことだった。

耐力壁補強


水平構面補強


基礎補強

3)断熱性能
熱損失部位は外壁・開口部・換気(隙間大)で9 割を占めていた。南エリアは真壁和室を中心とした既存意匠を残す為、天井・床以外は断熱材を入れることができなかった。北エリアは天井・外壁・床についてH11 基準を満たす断熱施工としたが、家全体の屋外建具は浴室等のごく一部を除き既存木製建具+単板ガラスのままとの要望があり、効果的な断熱改修はできなかった。快適性を補うものとしてLDKや寝室にエアコンを設置し、冬対策としてLDKに床暖房を敷設、南エリアに高火力の薪ストーブを設置した。

南エリア-天井裏断熱


北エリア-断熱/床暖房


4)バリアフリー性能
浴室はユニットバスとなったことで段差などが解消されたが、他は既存のままとなった。


5)火災時の安全性
必要箇所に火災報知器を設置した。

性能診断結果概要

改修後写真(撮影:川辺明伸)

改修後-南面夕景


改修後-応接室


改修後-和室


改修後-玄関


改修後-居間



改修後-南北エリア境

改修後-北エリアLDK



改修後-展望室


切り離した蔵接続部

総括
歴史ある建物を取り壊さずに遺すという貴重な経験ができたが、本件の過程で何より強く印象に残ったのは、住まい手の意志の強さ、家づくりと向き合う姿勢であった。子供達は自分の部屋をどうするか模型を作って検討し、工事では家族皆で断熱材充填や無垢材の床を張り、広域に渡る内装施工を養生や下地処理から行なうなど、その働きぶりには目を見張るものがあった。木造住宅は適切な維持管理を継続して行うことで存続していけるものだが、本格的な施工経験をした住まい手が愛着を持って家のメンテナンスを行えることは、末永く家の寿命に貢献するであろう。竣工後の台風で敷地周囲に長く連なる建仁寺垣が飛ばされた時、すみやかに、そして楽しそうに自力再建した住まい手を見て、家と住まい手との関係性は本来このようなものでなかったかと改めて気づかされる思いがした。家が存続する為の鍵をにぎるのは設計者や施工者など建築の専門家ではない、あくまでも住まい手だということ。建築士であり改修について豊富な知見を持つ住宅医は、調査やヒアリングを通じ、その家について誰より詳しくなることで、具体的な維持管理方法や家との良好な関わり方まで住まい手に提案できる貴重な存在でもある。住まい手にとっての家が、どう手をかけたらよいかも分からない未知の物体ではなく、愛着を持ってメンテナンスしたいものとなるように、住宅医がサポートしていけたらと思う。

投稿日:2019年10月05日

住宅医の改修事例報告 92例目


群馬県「古民家の宿 川の音」~養蚕農家住宅から旅館への改修 ~

報告者:一級建築士事務所kappa 野上恵子/住宅医

改修概要
設計者:UG開発マネジメント、一級建築士事務所kappa 野上恵子、
    設計協力:SHUKA DESIGN、
    構造設計:MID研究所、設備設計:ZO設計室
所在地:群馬県多野郡神流町
主用途:(改修前)一戸建ての住宅 (改修後)旅館
築年数:母屋 改修時築113年
規 模:木造2階建て 在来軸組構法
敷地面積:1439.04㎡(建築敷地)
延床面積:424.87㎡(増築部分83.95㎡)
工 期:2017年10月〜2018年5月

改修後 正面全景

建築地の気候風土
神流町は群馬県の南西部、利根川の支流である神流川沿いにある山あいの町です。谷に沿って集落が点在し、養蚕時代の農家が数多く残ります。 建築地のある集落は蛇行する川に張り出した岬のような場所で、四周を山に囲まれ、敷地はその中の一番川に近い一画にあります。下流から上流に向かう東西の風が吹き、省エネ地域区分4、積雪はそれほど多くありません。

川向こうから見る敷地(工事中)

改修の経緯
このプロジェクトは、自治体が助成金を活用して空き家を取得し、宿泊施設に改修してまちを活性化しようという、まちづくり事業です。人口約2000人の神流町は過疎高齢化が進行し(2015年時点の高齢化率56.1%)、空き家も500軒にのぼります。
町では年間を通して多くのイベントを開催していますが、町内に宿泊施設が少なく観光客の滞在時間が短いという課題があり、プログラムとして「一般客利用も想定した浴室」を備えた「旅館」が求められました。農家住宅を100㎡以上(当時の基準)の特殊建築物「旅館」に用途変更するので、現行法規へ適合させて確認申請が必要となり、「公衆浴場」用途も加わりました。

既存建物
既存建物は総2階建の母屋(明治37年築)、2階床で繋がれた別棟の納屋(明治26年築)、離れ(明治45年築)からなりました。母屋はこの地方の典型的な養蚕農家の形式を持ち、2階は養蚕のための空間を最大限取るためのセガイ造り(柱から腕木を出して2階を1階よりもせり出し軒を深くとる造り)それに対して住居部の1階の階高は最小限(2.2m)です。

改修前 正面全景


改修前 母屋2階の養蚕空間.スノコ越しにススで真っ黒な小屋裏が見える.

既存建物調査
スケルトン改修を想定し、劣化・耐震に限定した調査を行いました。木材の劣化状況は、床上は大きな問題はありませんでしたが、床下で柱脚の一部に虫食い・割れ・水染みがあり、西角の書院の下地には蟻害もありました。外壁は全体に劣化が進み、土壁は躯体からはずれて隙間ができている箇所がありました。

劣化調査シート

改修計画概要
改修のコンセプトを、宿泊者が養蚕農家らしい空間を体験できること、大屋根の残る集落の風景を継承すること、としました。母屋を活かして離れと納屋は減築、新たな機能である浴室棟を川側にEXP増築、厨房は母屋の西面の下屋を解体して一体増築しました。

改修後 1階平面図
改修後 2階平面図
改修後 断面図

屋根はいぶし瓦で葺き替えて通風のための(排煙窓を兼用)越屋根を復活させました。外壁は、建物の顔とも言える妻面のヤギリを残し、それ以外の部分は新たに町産のヒノキ材で覆っています。

駐車場の苑路から母屋を見る

内部は土間を復旧し、土間から板の間、座敷、縁側へと、もとの農家の空間構成を残しつつ床レベルを調整し現代の用途に適応させています。

玄関土間とレセプション

養蚕室であった2階に4つの客室を設けました。

階段室吹抜

客室の上部は、黒く煤けた小屋裏を不揃いな野地板を含めてそのまま残しています。

客室

改修内容
1)劣化対策
石場立ての基礎は全面RCのベタ基礎でやり換え、壁は妻面の土壁以外の外壁・間仕切り壁ともに撤去し、スケルトン改修を行いました。新築同等の仕様にすることが比較的容易となり、長期優良住宅の改修基準を満たしています。

1回目のベタ基礎打設後の様子


2階妻面の耐力壁と一体増築下屋の水平構面の施工

防蟻対策としてホウ酸処理を行いましたが、引き渡し後に柱の内部に潜んでいたと思われる虫食いが再発しました。目視できない既存材の腐朽や欠損については新たな検査方法を導入するなどの必要を感じます。

2)耐震性能
今回の増築は既存建物の1/20超え1/2以下で、構造上の4号木造建築(20条第1項 第4号)に相当します。EXP増築として耐震診断・改修基準を採用すると、補強方法の選択の幅 が広く工期や工事費も抑えられる可能性がありますが、特殊建築物の場合、群馬県では第三者機関による耐震評定が必要となり、その分時間と費用がかかります。今回は、一体増築の部分もEXP増築の部分も現行の仕様規定の一部に適合させる方法とし、公的機関で審査しました。仕様規定に合わせて基礎・土台をやりかえると工期も工事費もかかりますが、断熱仕様などを新築に近いレベルにできるというメリットもあります。


改修前平面図ー耐力要素の配置 一般診断法による評点0.04
改修後平面図ー耐力要素の配置 一般診断法による評点1.10

基礎の施工はジャッキアップを行わず、既存の柱梁を仮支えした状態で下から土台を設置し、土台を鋼製束で支えて配筋、基礎を打設しました。施工者にとって初めての施工方法 だったため不安をかかえる中 での施工となりました。安全な施工方法の共有 が課題です。

柱梁を仮支えして土台を設置、鋼製束で土台を支え基礎配筋を行う

3)断熱性能・省エネ性能
スケジュールが厳しかったこともあり設計時に経験値で断熱材の仕様を決めました。事後検証したところ、計算値でH25基準(UA値0.74W/㎡K <基準値0.75W/㎡K)はぎりぎりクリアしましたが、小屋桁と垂木の取り合い部やEXP部などの気密措置に課題を残しました。


また、2階客室はコスト削減のためにエアコン暖房としましたが、天井が吹き抜けているため冬場は高温運転が行われ、上下の温度差が拡大することにより足元の寒さが増す、と住宅医検定の際に指摘されました。空気が乾燥するため加湿機も欠かせません。 設計段階にコストと性能の検証を行うことができれば、床暖房が無理でも断熱強化はできたかもしれません。

4)バリアフリー性能
特定建築物(2000㎡未満の旅館)への用途変更のため建築物移動等円滑化基準への適合努力義務が生じますが、今回はお客様への対応は旅館のスタッフが行うとの運営者の考えがあり、上がり框のスロープなどは設けていません。

5)火災時の安全性
古民家の旅館としてできる限り既存の柱梁を見せたいところですが、「旅館」「公衆浴場」用途の防火・避難性能が求められ、PBと真壁の収まりに苦慮しました。
・内装制限:現行の不燃化塗料は既存木部に使えない(接合部に塗布できな い、樹種に制限がある等 )ことがわかり、スプリンクラー設備と排煙設備による緩和規定を採用しました。


2階客室のスプリンクラー スノコの上に設置し直下のスノコを切断

・排煙設備の防煙壁:通常は500㎡以内が一区画ですが、今回は500㎡以内であっても該当箇所に防煙区画が必要と判断されました。
・防火区画:浴室の一般客利用は「公衆浴場」用途となるため異種用途区画として浴室棟を区画しました。


防煙区画 平面図

・防火上主要な間仕切り(令114条):スプリンクラー設備によって緩和されますが200㎡以内の区画は必要なので、1階はスタッフ事務室を区画、室内廊下を外部の縁側にしました。


防火上主要な間仕切りと200㎡区画
階段室の防煙垂壁と200㎡区画の施工
防火上主要な間仕切りの緩和により屋外縁側となった廊下部分

性能診断結果概要



改修後写真

座敷から土間方向を見る.一段床を下げたカフェエリア
新設した囲炉裏とその上部の吹き抜け・垂壁
屋外縁側となった廊下とその外に整備された庭
駐車場から見る妻面

総括
設計・工事期間ともに短く予算も厳しい困難なプロジェクトでしたが、住宅医スクールを通していくつかの事例に接していたこと、経験のある住宅医の方々に相談にのっていただけたことが、改修を進める上で大変役に立ちました。当初は高額な改修工事がどれほどの効果があるのか不安を持たれまし たが、まちの人にとって馴染み深い古い建物を再生し活用することができるようになり、最終的には 喜んでいただけました。
今回、住宅医ツールによる性能評価は事後検証しか行いませんでしたが、今後は設計時に活かせるようにしたいと思います。また、改修・転用の進まない巨大な農家建築は各地にあり、それらを活用していく手段として部分改修にも取り組んでいきたいです。
このプロジェクトを通して、既存建物を転用する際には、プログラムや基本構想を決める段階で法制度や建物の条件を俯瞰して適切な方向に導くことが、工期や工事費の無駄を防ぐだけでなく持続的な運営にも欠かせないことを実感しました。古民家活用のケースでは、初期段階の調査に住宅医の技能が生かせると思います。

投稿日:2019年09月05日

住宅医の改修事例報告 91例目


岐阜県『大原の家(母家)』築130年の改修工事
~ 世代を超えて200年住宅を目指す ~

報告者:有建築設計舎 坂崎有祐/住宅医

改修概要
設計者:有建築設計舎 坂崎有祐
所在地:岐阜県多治見市
主用途:一戸建ての住宅
築年数:改修当時 母屋築130年 / 離れ築40年
規 模:木造平屋建て / 在来軸組工法
延床面積:母家(渡り廊下除く)204.53㎡ ⇒ 190.07㎡ /離れ108.64㎡ ⇒ 97.83㎡
工 期:第1期離れ改修工事 2015年10月~2016年4月
    第2期母家改修工事 2017年1月~2017年8月 ※本事例報告物件

建築地の気候風土
岐阜県多治見市は度々ニュースで最高気温上位に名前が上がる夏暑い街です。その理由は、周囲を山に囲まれ熱が溜まりやすい盆地地形にあると言われています。また気象データにより、6月~9月の就寝時間帯の平均風速は0.3m/sと弱いことが分っています。
その中で本建設地は市街地から離れた山裾にある扇状地の上端付近に位置し、夏は中心市街地より若干気温が低く、冬も気温がやや低くなる地域です。
また市街地から少し離れていることもあり、数年前までは建売住宅も建たなかった地域で、市街化区域と調整区域の境界に近く本家普請の家が点在する昔ながらの集落です。しかし近年は少しづつ畑や林が造成されて建売住宅などが建つようになっています。

改修の経緯
家族構成:2世帯 親世帯(施主の両親)、施主世帯(夫婦(40代)+子供2人)
施主は当家の7代目(予定)。改修前は広い家に両親2人だけで生活していたが、施主家族が実家に入ることになり、母家と離れを改修し敷地内同居の形をとることとなった。
施主はこの家で3世代7人家族で育ち、祖父母との記憶や家への想い入れから建て替えではなく改修を希望する。ただし、住宅として安全・安心の確保と居住環境の改善は不可欠と考える。

全体計画
敷地内には母家と離れがありの渡り廊下で繋がっていた。
調査により分かったことだが、母家は約130年前に茅葺屋根の農家として建てられ、その後約55年前小屋組みから上部を土葺き瓦屋根に改修し、南と北に縁側及び玄関を張り出す形で現在の形になったと推測した。また離れは約40年前に両親が結婚した際に建てられた。

母家と離れはそれぞれ広さがある為、第1期工事で離れを両親用に改修し、そこに両親が引越しした後、第2期工事で母家を改修し、そこに施主家族が入居する計画とした。
外観は地域の景観維持の為、母家は再び瓦の入母屋の2段屋根を踏襲し、離れは2段屋根を減築し建物高さを抑えることで母家を引立たせてそこに寄り添うようにした。
玄関は共同の計画としたが、2棟の床レベルは異なっていた為、玄関から両親用離れまではフラットでアクセスさせ、レベル差は母家内で段差を設けて処理することにした。また、生活リズムが大きく異なる為、水廻りは其々別に設けることとした。
母家は過去の増改築により荷重を支える躯体と建物外形の関係が合っていなかった為、減築しながらそれらを整えることとした。

既存建物(母家)

・主生活空間のLDKが北側にあり、暗く寒い。
・南庭に面した来客用の和室と座敷(仏間)は時代の変化で活用されていない。
・トイレが母家に無く渡り廊下を渡った離れにしかない。
・北西の和室は窓のある北側中庭に昔の便所があり暗い。
・主に水廻りで増改築が繰り返され、構造躯体に無理をしている個所がある。

既存建物調査(母家)

基礎:55年前の改修で作られた基礎には数か所ひび割れがあり、年代から考えても無筋と推測される。アンカーボルトは設置あり。
建物外周:廃材等で隠れていた基礎側面の蟻道跡。
床下:築130年部分の大黒柱等は玉石基礎。地面とほぼ同レベルに土台がある場所では蟻害の形跡。
小屋裏:断熱材なし。木材の状態は問題ない。
小屋裏:築130年部分と55年程前に改修された小屋組みとの接合はカスガイのみ。
床下:風通しは良く土壌や木材は比較的乾燥している。木材が地面に接している個所があり蟻害リスクは高い。

台所・食堂・居間が北側で暗く、昼間でも照明が必要。南庭を眺められない。

住まい手要望(母屋)
・耐震性能確保は必須。
・外観は現在の家の面影を残したい。経年変化は楽しめる。
・普段は全員がLDKで時間を過ごし、南庭など外の景色を眺められるLDKにしたい。
・1年に2回は親戚の5世帯15名程が集まるので対応できること。
・元の家の記憶を残した空間にしたい。
・寒くない家。
・両親と生活リズムの違いによるストレスは極力なくしたいが、子供が気軽に行き来できる環境にしたい。
・子供が生活の中で御先祖様を身近に感じ、歴史ある家に愛着を持つことで、住み継ぎたいと思ってもらえると嬉しい。

改修概要

改修の要点
1)劣化対策(維持管理)

床下換気:改修前の調査で床下の換気状況は良好だったので、LDK・仏間・寝室の南北にある通風口は塞がないように現状維持とした。当該床下は入ることができる高さなので、定期的に点検できる。

外壁結露防止:納まり上、土壁外壁の内側に断熱材を設置し外側に合板を張る箇所があった。室内側で防湿措置を行いきれない懸念があったので、外側の合板に30φの穴を一定量あけ、壁内の湿気の排出を促している。
・床下及び小屋裏の点検口を各所に設けている。

2)耐震性

一般診断法での評点は改修前0.13から改修後1.4に改善。
まず、建物重量を減らすために土葺き瓦から桟瓦に葺き直した。その上で、耐力壁や基礎を新設し、条件を満たす金物の設置、劣化対策で耐力低減を抑え、評点をクリアしている。
なお、建物は平屋建てだが2段屋根であることと下屋根と大屋根の間に高さ1.5m程の土壁があることから2階建てで評価した。実際は2階の積載荷重等が無いので評点はもう少し良くなる。

小屋裏:高さがある為、1階の耐力壁線を考慮しながら小屋裏筋かいを設置。水平構面は①大屋根レベルでは12mm構造用合板と鋼製火打ち ②1階天井面レベルでは12・28mm構造用合板と鋼製火打ち を併用。

基礎:残す柱はサポートで浮かして柱脚を切断。基礎はその状態で作った。

3)断熱性

改修前後の夏の外気温と室温の実測グラフ
改修前後でほぼ同じ外気温の日を抽出し比較している。
外気温37.5℃の時、改修前は自然室温33℃まで上昇したが、改修後は自然室温30℃程度で抑えられた。※自然室温とは暖冷房を掛けていない状態での室温のこと

改修前後の冬の外気温と室温の実測グラフ
改修前は断熱性能が弱いため、暖房のオンオフを繰り返すごとに室温が激しく変化している。また、体感温度も低いため暖房設定温度が高くなっている。改修後は朝1時間と夕方から就寝までエアコンで暖房しただけで室温は概ね20℃付近で推移し、朝6時の外気温-2℃の時も自然室温は17℃だった。

4)省エネルギー性

改修前後の1次エネルギー消費量試算と比較:
改修前後でLDKの面積が増えたことにより、基準値は改修前101.4GJから改修後131.4GJに増えている。
一方、設計値は改修前250GJから改修後89.2GJへと大幅に64%削減される計算結果となった。

5)バリアフリー性
基本の考え方は、両親用離れをバリアフリー仕様としており、施主世代が高齢になった時には母家は子供世代に渡して離れで生活する計画。
・玄関から両親世帯の離れへは段差なし。
・玄関土間はスペースがあるので式台を置くことで上り框の段差を15㎝以下にする予定。
また、両親世帯の離れには母家玄関とは別に15㎝以下の段差で構成したアプローチを作った。

廊下の段差:母家廊下にある14㎝の段差は廊下幅員1.7mで簡易スロープ設置可能。

トイレ:幅1100mm以上かつ便器前500mm以上確保。また、前面廊下は幅員を確保しているため、廊下で転回と直進侵入ができ、自走式車いすでも利用可能。

浴室出入口:浴室は幅1600mmに3枚引戸で有効幅確保。

6)火災時の安全性
建設地は22条地域である。
・延焼の恐れのある外壁は防火構造
・屋根は不燃材葺き
・コンロ及び薪ストーブの内装制限は平成21年国交省告示第225号に対応

性能診断結果概要

竣工写真

撮影:小羽写真事務所

総括
本プロジェクトは長期にわたり2棟を改修し且つ建物規模が大きいため、コストと性能のコントロールが非常に難しかったです。しかし、もとの建物やこの敷地内外の環境がもつポテンシャルの高さのおかげで、建築当時と違う今のニーズに対応した良い住空間に改修することができたと感じており、とても満足しています。
改めて考えると、地方で今でも住み継がれている築年数の長い家というのは、建設場所をしっかりと選定し、その土地の気候風土に最適化された造りで建てられ、長年住まい手が日常的に手を掛け維持してきた結果の現れであるのだと気付かされました。そして、それらの家は現代のニーズをもとに改修される場合でも、良質な住空間に生まれ変わるポテンシャルを十分に持っているのだと思いました。
そんな家に対して最良の改修を行うためには、住宅医で学ぶ知識や技術がとても重要で役に立つと感じますし、それにより成功の確度が上がるのだと思います。
とは言え私自身は改修においてまだまだ分からない事や不確実な事が多々あるので、今後もこの家の状況を永く見続けながら、更なる改修スキルの向上に繋げていきたいと思います。
そして、本稿のタイトルで謳ったようにこの家が築200年まで住み継がれるように、住宅医として関わっていきたいと思います。