高齢者が安心して暮らせる住まい~実体験から学ぶバリアフリー改修のヒント | コラム2024年7月 |
村上 洋子 (住宅医協会理事 / 愛媛県・大阪府)
住宅医スクール第5回は、室崎先生の「高齢化社会の住まいづくり ~ 安全安心な住宅改修の留意点」でした。89歳になった父の日常生活と重ね合わせ、何度も大きくうなずきながら受講したので、今回のコラムは、後期高齢者と暮らして気づいたことを書いてみようと思います。
先月のリレーコラムで南雄三さんが書いていらした通り、女性の平均寿命は87.09歳、男性でも81.05歳。これほどまでの高齢化は人類史上なかったことで、種の保存である子育ては遺伝子に組み込まれているとしても、老人の介護はまだまだ未知の分野です。親の介護にご苦労されている方は多くいらっしゃいますが、そもそも生き物として、これほど長く親の面倒をみることはなかったのですから、ご無理されず、遠慮なく支援をうけていただきたいと思っています。
2011年に父の家を性能向上リノベーションしました。当時父は76歳でとても健康。身の回りのことは一人で何でもできて、ほぼ毎日自分で運転する車でジムに通い、自転車やバイクも難なく乗りこなし、地域の高齢者と一緒にグランドゴルフをしたりして楽しんでいました。
13年経過して89歳になったいま、腰が曲がりずいぶん小さくなりました。車の運転をやめ、自転車に乗ることもありません。コロナ禍でジムが営業を停止したため、庭で草引きをする程度の運動量が続いたせいで、水泳もできなくなりました。数年前、一人で外出中に転んだことがきっかけで、杖を使うようになりましたが、それでも週に3、4日は一人で電車に乗ってジムに出かけ、お風呂に入ってくるという生活を送っています。
2011年の改修の時、父の唯一の希望はトイレと寝室を近くに置くということでした。そこで寝室のすぐ脇にトイレを新設し、寝室、キッチン、洗面所、浴室に連続性を持たせて、父が動きやすいよう導線をまとめました。また、転倒防止のため、足先を引っ掛ける可能性のある、敷居などの小さな段差は、床を張り替えることで全てなくしました。思いつく限りの場所に手すりを設け、のちに必要になったときのために手すりの下地を作ったりもしました。
バリアフリー性向上のために参考にしたのは、住宅性能表示制度の「高齢者等への配慮」です。父の家も項目を一つ一つ確認し、基準に適合させました。その甲斐あって、今のところ日常生活で不便を感じていないようです。住宅医で詳細調査をする際の、6つの項目の1つ「バリアフリー性」は、この「高齢者等への配慮」を基につくられていますので、ぜひ活用していただけたらと思います。
改修では、耐震性と温熱性も現行基準まで向上させて、かなり安心して暮らすことができていますが、改修時に予期できたこともあれば、できなかったこともあります。
予想できなかった1つ目は「縮み」。背中が曲がったことで、これまで届いていたところに手が届かなくなりました。踏み台は踏み外す恐れがあるので、使っていません。そのため使用するものの定位置がだんだんと下に向かってきています。そろそろ、よく使うものの配置替えをした方がよさそうです。
2つ目は「感覚の衰え」。夏はクーラーをかけて寝ていますが、室温は低くないのに冬の布団をかけていたりして驚きます。当然発汗はしますので、体内の水分不足が気になります。実際、夏場に脳梗塞で倒れたお父さまを介護されている方から、夏には水分不足による脳梗塞で亡くなる高齢者が増えるということも教えてもらいました。父も枕元に水筒を置いて、少しずつ給水するようにしています。
昨年の11月には、食後に意識を失い、初めて救急車のお世話になりました。座っていたからよかったものの、立っていたら転倒して怪我をしていたかもしれません。検査の結果、特に異常はなく、食後低血圧ではないかということでした。食後は食べ物の消化のため、大量の血液が胃や腸などに集まります。このとき脳への血流が不足して低血圧になるそうで、高齢になると自律神経がうまく機能しなくなり起きる症状ということでした。以来、食事のあとは横になって休むようになりましたが、これもまったく予想外の出来事でした。
室崎先生の講義で最も共感したのが「可変性」。講義の受講確認のためのキーワードにもなった大事なポイントです。
父の身体が衰えるスピードを目の当たりにして、また、予想できなかった機能の低下もあったことから、先を予測してきっちりつくりこんでしまうと、全く使えないものになる可能性がある、と感じていました。高齢者の住宅を改修する場合、「可変性」を持つことを忘れずに。住宅性能表示制度の「高齢者等への配慮」の、最低でも等級2を得られるように改修をしたら、あとは不自由さの程度に合わせて小さな修正を行って、生活の質も上げていくとよいと思います。
畳の生活が好きな父は、今でも毎日、布団の上げ下ろしをしています。和室にカラマツにペーパーコードを張った軽い椅子を持ち込んで(私の椅子が取られました。。)畳に座ったり椅子に座ったりして、機嫌よく過ごしています。布団の上げ下ろしが大変だからと先回りしてベッドにしなかったことで、一日に何度もしゃがんだ姿勢から立ち上がり、脚の筋肉の維持につながっています。食事のあとゴロリと横になったり、ストレッチポールに乗ったり、畳の部屋を十二分に活用しています。
また、父を通して、ユニバーサルデザインの大切さを知ることになりました。最近の外出の際の優先順位一番は「バリアフリートイレがあること」。外食も、誰もが使いやすいように設計されている、回るお寿司屋さんを利用する機会が増えています。
父の老いを自分の行く道ととらえ、自分がいま何をするべきか、そして老後をどのように過ごしたいか、最近よく考えます。自分自身の加齢による体力の衰えもありますが、それによってやっと、建築物は誰もが容易で安全に利用できないといけないということを実感できるようになりました。これからは新築される建物だけでなく、既存の建築物も、誰もが使いやすいように更新されていくことを期待しています。
今回のコラムは、高齢者の介護のためというより、私たちそれぞれが自立して長く生活するため、そして、いつ事故などで身体が不自由になっても、住み慣れた家で生活を続けていくために書きました。住宅のバリアフリー改修も、ぜひ進めていきましょう。
(写真・文 村上洋子)
©Yoko Murakami , jutakui
LINK
・写真の椅子(AC CRAFT)洋子さんの寸法に合わせ作られたもの。お父さまの腰は前だけでなく横にも曲がっている側彎でクッション(ニトリ)でバランスを取る。
・2011年の改修(村上洋子) 改修事例 №0025〜父の家 改修工事 https://sapj.or.jp/kaishuujirei2012-25/