住宅医の改修事例No.0122「二条駅前の町家」~町家らしさを取り戻す改修で京都らしい町並みを守る~

毛利 隆之 住宅医 / 鴨川建築工房 / 京都府

概要

・所在地   :京都市中京区
・改修時期  :2017年9月~2018年10月
・建設年   :1921年(大正10年)築約100年
・用途    :事務所&ギャラリー
・構造    :木造(伝統構法)2階建て
・延床面積  :262.30㎡(約80坪)
・改修部床面積:214.20㎡(約65坪)
・減築面積  : 48.10㎡(約15坪)

依頼主である建材商社の株式会社紅中は、創業の地にほど近い二条駅前に残された大規模な町家を賃借し改修して京都営業所とすると同時に、町家改修のモデルルームとしても活用していくことを計画されました。その為、取扱建材(断熱材や仕上材、設備機器等)を使用しつつ、町家らしさを取り戻すような改修が求められました。

建物来歴

この建物は、大正10(1921)年、二条駅界隈に多かった材木問屋の一軒として建てられた、間口五間半(約10m)総二階の大きな町家で、典型的な一列三室型の間取りの東側にさらに二間分が付け加えられた形をしています。所有者が変わった後は、住居や寄宿舎等として使われていましたが、直近は建築関係の企業に事務所として長く賃貸され、その間に大掛かりで場当たり的な改修が繰り返された上、奥庭に鉄骨フレーム+木造の増築もされていました。

改修前の状態

改修前の1階は、間仕切りや造作がほぼ全て撤去され、全面が駐車スペースとして使われていました。ファサードも玄関戸や出格子は取り払われ、シャッターで覆われていました。駐車の邪魔になる小黒柱は切断され、鉄骨のフレームで強引に補強、倉庫として使われた小部屋には構造用合板による補強が施されていました。床下が無い状態で、元々あったはずの水回りも無くなっていた為、腐朽やシロアリの害、その他の極端な劣化状況は見られませんでした。
一方の2階は、元々の軸組を無視した間仕切りによって大小様々な事務スペースに区切られていました。数ヶ所の天井をはがして小屋組みや小屋裏の状況等も確認した所、かつての雨漏れの痕跡等は見られましたが、比較的近年に所有者により瓦の葺き替えが行われていた為、現状は問題ありませんでした。但し、打合せ室と思われる大部屋は、奥庭に組まれた鉄骨フレームの上に増築されたスペースで、その取合い部分には大屋根軒先の切断や屋根が谷になったが為の雨漏りの跡が見られ、問題であると思われました。


■■■■■【改修前 1階平面図】

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■■■■■【改修前 2階平面図】


■■■■■【改修前 断面図】

 

改修計画

当初、設計協力と現場監理を担当する予定でしたが、提示された基本プランは、最も広い部屋を事務所スペースに充てようと、築年数は浅いものの状態の悪い増築部分を利用していたり、劇的な空間を意図して入口周りに巨大な吹抜けが計画されるなど、現況調査や木造軸組への理解が十分とは言えない内容でした。
その為、当方が最低限の再調査と再提案を申し出ましたが、この時点で営業所の引っ越し・営業開始までのタイムリミットが4ヶ月足らずという状況であったため、苦肉の策としてひとまず2階のメインの事務所スペースと1階の玄関部分のみを完成させて移転を済ませ、それ以外の部分は順次仕上げていくという方針とし、それが可能な間取りとしました。
改修プランとしては、極力元々の架構を意識した間取りに戻しつつ、可能な限りの構造および断熱補強を行うこととしました。最終形としては、町家らしいファサードを復元した入口からギャラりーを通って営業所の玄関へ、吹抜けの階段を登って2階の事務所に至り、奥にある畳間のミーティングスペースとキッチンを展示したコミュニティスペースがリビングやダイニングをイメージさせるというような流れを大切にしました。


■■【改修後 1階平面図】

 


■■【改修後 2階平面図】

 


■■【改修後 断面図】

 

 

内部解体工事

基本プランがまとまり次第、内部解体を始め、躯体の状況などを見ながら設計の修正やディテールや納め方の検討を行いました。当初からの内壁の土壁はほぼ失われ、間口方向の耐震要素は皆無となっており、元々は火袋(吹抜け)だった部分は増床され、その際に町家独特の木組みである準棟纂冪(じゅんとうさんぺき)を取り去るためにまた強引に鉄骨補強がなされていました

耐震・断熱補強方針

[屋根・天井]
瓦屋根は比較的最近葺き替え済みのため、外部側からではなく既存天井板を撤去して野地板の裏側に断熱材を入れることで 小屋の丸太梁などを表しとする。

[外壁]
町家の外観を守ることを優先して部屋内側を大壁とし、断熱材をいれると同時に構造補強を行う。

[床]
1階は土間のギャラリーで半屋外的な使用も予想されたため断熱区画の外と見なし、2階床の下地補修と同時に根太間に断熱材を入れ、構造用合板で水平剛性を取る。

[断熱材]
断熱材の種類については、なるべく多種のメーカー(取引先)の多様なものを使うようにとのご要望があり、適宜支給をしていただきました。

[開口部]
外観の向上とコストパフォーマンスを考え、外部のアルミサッシは木製建具に戻し、内側に樹脂の内窓を設置。

耐震補強計画

             
大規模な建物、限られた時間と費用という状況の中で、どこまでの耐震補強が可能なのか、旧知の構造家で住宅医スクール修了生でもある橋本一郎氏(エス・キューブ・アソシエイツ)と内部解体中の現場で確認と協議を行い、壁量の確保と可能な範囲での接合部、基礎の補強として土間コンクリートの打ち直しと立上りの増設を行う計画としました。

「 ふかし壁 」による耐震補強と断熱補強

比較的補強が行いやすいのは東西の妻面でしたが、町家の軸組の特徴として妻壁は全て通し柱で横架材は通らず面としては固まっていないという状況も踏まえ、上下に添え梁をかませて連結し、間柱をいれて構造用合板を貼り耐力壁としました。この「ふかし壁」の柱間に断熱材を入れることで、温熱性の向上にも寄与することが可能となります。

「ふかし壁」詳細図


耐震補強 既存外壁内側にふかし壁

耐震補強 通し柱に梁をかませて連結

断熱補強 間柱間にロックウール + 合板

仕上工事 プラスターボード + 左官

 

吸震構法「壁柱」による耐震補強

「壁柱」は、大阪府木材連合会と京都大学防災研究所が、間伐材を活用して吸震性の高い耐震壁による耐震改修工法として開発されたもので、株式会社紅中もその開発に深く関わってきたという経緯があり、普及促進のため、本計画でも使用が求められました。実際に導入してみた結果、粘りながら抵抗するという特質は木造の耐力壁として望ましいものではありましたが、通常の仕様では壁倍率は高くはならず、高倍率にしようとすれば施工に非常に手間がかかって意匠的にも金物類が見えてしまうという課題があることも実感できました。施工側の意見も取り入れてよりよい仕様になることを期待します。

 

「壁柱」詳細図

 

床の耐震補強と断熱補強


耐震補強 既存床板をレベル調整

断熱補強 (根太間にフェノールフォーム + 合板)

天井の断熱補強


断熱補強 天井下地

断熱補強 グラスウール t=155

構造(耐震性)の評価

改修前

構造(耐震性) <改修前>

  • ・大正時代に建てられた、一列三室型に二間分が付け加えられた間取りの間口五間半の町家で、伝統構法の軸組に対して様々な改変が行われてきていた。
  • ・1階は駐車場のため、ファサードは全面シャッターで、小黒柱は切断され鉄骨のフレームで補強されていた。
  • ・2階の外周以外の土壁はほぼ取り払われ、必要に応じて間仕切りされている状態。特に間口方向の耐震要素は皆無。
  • ・上部構造評点:0.11

改修後

構造(耐震性) <改修後>

  • ・元々の主構面を意識して壁を新設しつつ、必要な室を配置した間取りを検討。
  • ・通常全て通し柱で横架材が通っていない町家の妻壁を固める為、上下に添え梁をかませて連結し、間柱もいれて構造用合板(2.5倍)を貼り耐力壁とした。
  • ・元々耐力壁が少ない間口方向は、3.5倍の仕様もつかいながら壁量を確保。
  • ・1階妻壁の一部には、依頼主も開発に関わった吸震構法「壁柱」の高倍率仕様(4.1倍)も試用。
  • ・上部構造評点:0.51

 

環境(温熱性・省エネ性)の評価

改修前

環境(温熱性・省エネ性) <改修前>

・当初建物は当然無断熱で、改修部分や増築部分にはその時代に応じて断熱された部分もあった。
・天井:無断熱
・壁 :無断熱
・床 :無断熱
・開口部:アルミサッシ(シングル)
・玄関扉:鋼製シャッター
・Ua値 :2.95
・ηAc値:5.7
・真壁納まりの土壁で劣化も進み気密性は極めて低い状態。
・給湯や暖冷房設備は、省エネ性の低い機器が設置されていた。
・一次エネルギー消費量:計算値174.2GJ/基準値69.9GJ

改修後

環境(温熱性・省エネ性) <改修後>

・事務所は2階が主で、1階の大部分は二期工事でイベントスペースや店舗スペースとして使用される予定だったため、断熱区画は2階+1階玄関で区切っている。
・天井:グラスウール155㎜
・壁 :ロックウール 90㎜
・床 :フェノバボード60㎜
・開口部:樹脂内窓
・玄関扉:木製建具
・Ua値 :0.82
・ηAc値:5.0
・構造面材による気密性向上を期待したが未計測。
・エアコン中心の暖冷房計画とし、照明器具は全てLEDとした。
・一次エネルギー消費量:計算値78.7GJ/基準値69.9GJ

 

性能診断結果概要(レーダーチャート)

現状は事務所として使われている建物ではありましたが、一部想定も交えながら住宅としての性能診断を行いました。長年にわたる建物の劣化や改悪の結果、耐震性をはじめ、あらゆる性能値が下がりきっていましたが、要所に思い切って手を入れると同時に効率のよい改修を心がけ、結果バランスのよい性能値向上がなされたと思っています。

改修後の様子


ファサード■■■■■

再現した出格子と三枚建て格子戸


左:古い藏戸を再利用した玄関戸      中央:営業所玄関      右:玄関ホール(見下ろし)


事務所スペース 南東から

事務所スペース 北西から

ミーティングスペース
床は畳敷き、天井はヨシベニヤ

ミーティングスペース入口
塗装し直した大黒柱と唐紙貼りの襖

コミュニティスペース
球磨産の杉板張りの床と勾配天井

対象的な2室をつなげて
町家改修のモデルルームとして

ギャラリー&イベントスペース

ギャラリー&イベントスペース(見返し)

カフェスペース■■■■■■■■■

空中デッキ(球磨産桧材のデッキとシマトネリコ)

まとめ

築約100年の大規模な町家を当初に近い軸組と壁配置に戻しつつ、耐震や温熱の性能の向上によって快適性を上げるため、耐震については建物全体でバランスを考えて耐力壁を新設し、温熱については2階と1階の一部だけを断熱区画内として、その範囲で断熱を強化しました。
当初利用予定だった増築部の撤去と空中デッキ化を提案し、実施出来たことで様々なリスクが低減され、建物の寿命としては確実に伸びたのではないかと考えています。
計画に参画した時点で調査と設計そして工事にかけられる時間が全く足りていなかったため、その中で要望や実施内容の優先順位を定めながら性能や仕上を決定していく事、そして工程を管理することに苦心しましたが、常駐することで改修現場をつぶさに見続けることもできました。
今回の住宅医検定会に際し、当時は手が回っていなかった性能の計算や診断を行いながら内容を振り返ることができましたが、建物調査診断の各項目の理解や経験がもっと豊富であれば、限られた時間の中でもより多くの調査診断が出来て、さらに適切で値打ちのある改修が行えたようにも思え、継続的な勉強と実践の必要性を感じています。
反省は尽きませんが、今回の「町家らしさを取り戻す改修」によって、最初に現地で感じたもったいなさは払拭され、働く方と訪れる方にとって魅力的な事務所とモデルルームを構築できたと同時に、「京都らしい町並みを守る」ための一歩になったという手応えは感じています。今後は、グランドレベルにあるギャラリーの活用やカフェの営業によって、さらに人が集まることで何かが生まれるような場にもなっていけばと願っています。


【関連サイト】
・株式会社紅中(home page ) https://venichu.co.jp/
・Gallery紅中(Instagram) https://www.instagram.com/gallery.venichu/