住宅医の改修事例No.0127 〜山村文化を引き継ぐ木造校舎を簡易宿泊施設にリノベーション

酒井 哲住宅医 TownFactory 一級建築士事務所 / 東京都

東京都の日野市(多摩地域)で設計事務所を展開しています。建築の設計・監理業務の他、ヘリテージマネージャーとして歴史的建造物の調査や応援にも取り組んでいます。多摩地域は戦後の開発で人口が急激に増えたこともあり(戦前から約6倍になったと言われています)、戦前の建物が姿を消しつつあります。現在多摩地域に残っている古き良き建物達は、全国的に見た場合は特に建築的に優れているとは言えないかもしれませんが、地域の建築文化を伝える建物として価値が高いものばかりです。
ここでは檜原村(東京都)の藤倉地区で、山村の環境保全と活性化支援を目的とした NPO 法人さとやま学校・東京が活動の拠点としている旧藤倉小学校を、簡易宿泊施設(藤倉校舎)にリノベーションした事例を紹介します。限られた予算の中で木造校舎の価値を継承(将来は国の登録有形文化財への登録を視野に入れています)しながら簡易宿泊施設にリノベーションしました。

[1]建物概要・要望等


建物がL字型なのがわかる (Google Mapより)

駅からバス(終点から徒歩10分)で行くことができる

建物概要
・所在地:東京都西多摩郡檜原村藤倉
・構造規模:木造平家 約 315 ㎡ → 240㎡ に減築
・建築年:1954 年新築 (建築台帳記載無、増築歴有)
□□□□□1986 年に小学校閉校(その後、民間に賃貸)
■ 要望
・建物を簡易宿泊施設と事務所にリノベーション
・木造校舎の魅力を活かし、将来は国登録有形文化財への登録を視野に入れる
・事業予算 4000 万円(農山漁村振興交付金の活用)
・建築関連法規の整理

[2]建物調査:周辺状況

敷地は北秋川の源流に近い関東山地の山間にあり、檜原村でも最奥部に位置し、校舎は南東下りの尾根に建てられています。東京都土砂災害警戒区域等マップでは、校舎が土砂災害警戒区域、周辺敷地は土砂災害特別警戒区域となっていることがわかりました。村では元来なだらかな尾根に建物を建てる文化があり、校舎もその慣習に習い尾根に建てたと推測されます。


東京都土砂災害警戒区域等マップ

バス停から校舎までの道中にある注意看板

傾斜地を造成した擁壁からはみ出した増築(教室だった)

北東側の土砂災害特別警戒区域の崖

 

[3]建物調査:劣化調査、図面の復元

関東住宅医ネットワークの協力のもと、2日間で調査を実施しました(合計12人工)。既存図は1/200程度の図面しか残っていなかったため、現況図の復元(意匠、構造、設備)と劣化を中心に調査を行いました。学校建築の特徴として建具が多いため、調査の段階から建具表を作成し、劣化状況を細かく記録しました。
木造校舎は洋風建築となるので、庇の出が和風建築よりも浅く、外部の木部劣化が目立ちました。また、無理な増築による、雨仕舞いの不具合も確認できました。所々で基礎の破断が見られ、地盤の沈下が疑われたため、地盤調査も実施しました。調査結果を元に、そのまま残すところ、修繕するところ、改修するところ、減築するところを検討しました。


地盤沈下による基礎の破断

閉校後、メンテナンスが滞り、経年劣化が目立つ

校舎に近接して便所を増築したため、外壁の劣化が進行

敷地が狭いため、手動で地盤調査を実施

調査野帳:伏図の実測と劣化調査

調査野帳:断面図の実測と劣化調査

[4]建物調査:文献調査

建物の建築時の資料は、残念ながら見つけることはできませんでしたが、昭和 52 年に発行された「藤倉小学校 10 周年記念誌」に校舎の変遷の記載がありました。竣工の 5 年後(昭和 34 年)には南東側の崖にはみ出した増築が行われていました。昭和 35 年に電気導入工事完成とあり、それまでは電灯がなかったこともわかり、高窓からの採光が重要だったことを改めて認識しました。小学校閉校間際(昭和 60 年頃)の状況を写真家の岩月一敏氏が記録を残しており、当時の学校の様子を知ることができます。調査によって復元した図面と、東京市の小学校木造校舎構造規格を比較検討したところ、基本的な軸組が東京市規格に準拠していることがわかりました。


昭和 60 年頃の学校の様子 撮影:岩月一敏

復元断面図(東京市規格に準拠)

現況のトラスを解析した結果、現在の部材断面で問題ないことが判明

 

[5]改修の方針:関連法規調査

木造校舎を簡易宿泊施設と事務所の複合施設に改修するための、関連法規を調査し、実現可能な改修方針を検討しました。

■ 建築基準法
・既存建物:建築時(昭和 29 年)の記録が建築台帳に記載無し、増築有り
→ 増築部分を撤去し、校舎が既存不適格状態になるように減築することにしました。
・計画建物:学校施設を、[宿泊施設 + 事務所]に用途を変更
→ 簡易宿泊施設を 200㎡ 未満とし、現行法規に適合するように改修する計画としました。

■ 土砂災害防止法
・建物:土砂災害警戒区域内、周辺:土砂災害特別警戒区域
→ 土砂災害特別警戒区域内にある学校施設は使わないことにし、今回の計画から外し、土砂災害特別警戒区域に、近接して宿泊室が来ない配置計画としました。

■ 消防法
・防火対象物工事等計画届:防火対象物の用途:16 項イ(複合用途防火対象物)
→ 出張所から車で30分かかるため、建築でカバーできない部分はソフトで減災する仕組みを検討しました。

■ その他の関連法:旅館業法、食品衛生法、浄化槽法

[6]改修の方針:建物の価値を明文化

将来国の登録有形文化財への登録ができるように、文化庁の定める「保存活用計画」を参考に、旧藤倉小学校の保存活用計画をまとめました。「木造校舎の雰囲気はいいよね」という想いを明文化することで、建物の価値を施主、施工者と共有することができました。

■ 旧藤倉小学校の特徴 
・建築当初の建物がほぼ残っている
・東京市の構造規格に準拠した木造校舎
・尾根に展開される山村文化が校舎にも継承されている
・建築工事に地元が資金や労力を提供


■ 国登録有形文化財 
・登録の基準(築 50 年以上)「造形の規範」、「再現することが容易でないもの」
・「保存活用計画」をもとに改修方針検討

住宅医の仕事として、歴史的建造物に関わるケースも今後は増えると思います。興味のある方は是非、文化庁の登録有形文化財の HPをご覧ください。

[7]改修の方針:保全部位の設定(保存活用計画)

建物の価値・活用方法を基に、改修するところ、残すところを取捨選択しました。このように書くと仰々しく聞こえるかもしれませんが、元教室と廊下を極力残し、北側の水廻りは活用のために、必要な改修をする方針とし、その内容を図示したに過ぎません。しかしながら、改修工事を進めると、計画通りに進められない箇所が必ずあり、その時にこの保存活用計画にもどることで、建物の価値を損ねることなく改修を進めることができます。

+

[8]改修の方針:減築と改修プランの決定

要望及び調査結果を踏まえて、改修プランを決定しました。増築部を撤去して建築当初の姿に戻すことを前提に、後々のメンテナンスを考慮して、崖に近接した南東側を更に1.82m減築しました。この1.82mの減築により、尾根対して開放的な窓や外部空間を設けることができ、尾根に建つメリットを活かす建物となりました。


調査結果の報告と改修方針の検討

残す建具、修繕する建具を一つ一つ確認

 

[9]改修の方針:耐震補強計画

■ 耐震補強一般診断法に基づく補強計画
・上部構造評点 Iw:0.41 1.11
・耐震工事:既存筋違いへの金物補強、外付耐震フレーム + 基礎、既存トラスの締め直し
・劣化低減係数:0.7 のまま
※屋根、建具、壁など、既存部分を残して修繕したため、劣化内在している状況となった
・その他:地盤沈下部分は、置換構法による表層改良を行い、地震力が地盤面に流れるように改善

■ 建物の状況を共有残した部分、修繕できなかった部分を知る
・事業主、そしてこの施設の利用者に建物の状況を理解してもらった上で活用する
・耐震補強を行なっても、震度6強の大地震時には損傷
・防災計画を検討することで、建物の弱点を補うことができる→ソフト減災

 

[10]改修工事


解体工事:擁壁をまたいだ増築部分を減築(工事前)

解体工事:擁壁をまたいだ増築部分を減築(工事後)

耐震補強:基礎破断・沈下部分(工事前) 

耐震補強:地盤を表層改良し、新たなRC基礎を打設

耐震補強:耐震フレーム

耐震補強:既存トラスの金物締め直し(全数)

外壁工事:既存壁のイメージを踏襲したサイディングを使用

防火工事:防火上主要な間仕切り壁

塗装工事:NPOによるDIY工事

塗装工事:NPOによるDIY工事

 

[11]竣工

(※)の写真は NPO 法人さとやま学校・東京提供


□□□□□出入口の建具の幅を調整して、学校らしい外観に戻した



□□□□□□□□□□□□□□ギャラリーを兼ねた落ち着いた雰囲気に



点線よりも右側を減築         窓から眺望が広がり、尾根の立地を楽しめる場所となった



擁壁からはみ出した部分を減築      建具を再利用して壁面を復旧、尾根側の外観を整えた


[12]まとめ

改修工事では、事業予算と工事規模から、必要とされる工事が予算内に収まらないことが想定されました。そのため、要望(事業計画)の実現のために必ずやらなくてはならない工事を仕分けし、さらに NPO で DIY 施工できる工事と施工業者に依頼する工事に分けることで、限られた予算の中で事業の実現を目指しました。
基本的な方針として、耐震や防火、設備等、専門業者でないと施工できない工事を施工業者に依頼し、塗装や左官など DIY で可能な工事は、可能な範囲で NPO で施工する方針としました。しかしながら、コロナ禍もあり想定よりも見積金額が高くなってしまったため、塗装と左官、ウッドデッキ工事を施工業者工事から外し、全てNPO による DIY 施工とすることで改修工事がスタートしました。
塗装や左官は DIY が可能な工事とされていますが、建物全体となると DIY 工事の域を超えていると心配されました。それでも、NPOの理事の建築士の方が中心となり、DIY工事を約一年かけて見事に完成させました。皆さんの建物に対する想いと努力には頭が下がるばかりです。
今回の工事で私が担当したのは、校舎の改修設計と施工業者の担当した工事の監理となりました。事業規模と予算が見合っていれば、工事体制に関わらず必要な工事を進めることができますが、非住宅の改修では今回のようなケースも少なくないと思われます。以下に一連の工事内容を整理しました。

// 改修工事でできたこと //
・建物の基本的な性能の復旧
・木製建具の応急処置
・防火対策、設備の更新と新調

// NPOによって完成した工事 //
・内外部塗装工事、内外部造作工事(棚、ウッドデッキ)

// 改修工事でできなかったこと //
・大屋根の葺き替え
・雨水排水設備の更新、崖対策
・木製建具の修繕
・断熱工事

// 「藤倉校舎」 2022 年夏よりオープン //
・建物の価値と状況を利用者と共有
旧木造校舎を介して山村文化を知り、育む場
古さを知り、建物をいたわって利用
・利用状況に合わせた防災計画と維持管理計画の立案

今回のように、詳細調査で劣化として項目立てしながらも、修繕や交換できなかった場合は、改修後の建物の状況を依頼主、施工業者そして利用者と共有することが重要と考えています。
建物は耐震等の基本性能が確保できれば使うことができるので、「修繕できなかった部分は、使う側にも協力いただく」という考え方が理想的です。つまり、古い状態の部分(多少の不具合)が残っている状況を理解し、丁寧に使っていただくことに尽きます。そして、使っていくうちに劣化が進んだ場合は、次の修繕工事で直すことを目標としていただけると嬉しいです。
改修工事後も主治医として建物を見守り、設計者として多少不具合があっても使いたくなるように、建物の魅力を引き出す努力を重ねたいと思います。


【 関連リンク 】
・TownFactory 一級建築士事務所 https://www.townfactory.jp/
・NPO 法人さとやま学校・東京  https://satoyama-gakkou.org/
・文化庁の登録有形文化財の HP https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/
・住宅医が手掛けた改修事例の動画を集めたページ「住宅医の仕事紹介(オンライン)」 https://sapj.or.jp/movielist/

\\ 動画 //
・酒井 哲さん「山村文化を引き継ぐ木造校舎を簡易宿泊施設にリノベーション」 https://youtu.be/DFi0rXPRG7E