住宅医フォーラム2017「災害とレジリエンス~木造住宅の耐震性とは」 開催報告

1/12(木)、東京大学弥生講堂(一条ホール)にて、住宅医フォーラム2017「災害とレジリエンス~木造住宅の耐震性とは」を開催しました。
 
「熊本地震をテーマに、災害とレジリエンスと題して企画した住宅医フォーラム2017。住宅医スクール2016開催地熊本で震災が発生したことを受け、現地の工務店やスクールで対応してきた経緯とそこから得られた情報を全国の関係者と共有したい」という三澤文子氏(住宅医協会理事)の挨拶で始まった住宅医フォーラム。全国各地から約180名が集まり、①熊本被災地からの報告(小山貴史氏、滝口泰弘)~②耐震特別講義(五十田博氏、山辺豊彦氏)~③パネルディスカッション(南雄三氏、山辺豊彦氏、五十田博氏、小山貴史氏、古川保氏、池田浩和氏)が行われ、盛会のうちに終了しました。その概要について報告します。

【報告①】
「熊本地震対応記録~発生後の対応と今後の備え」
小山貴史氏/エコワークス株式会社 代表取締役社長

被災地熊本のエコワークス(新産住拓グループ)の小山氏より、熊本地震発生時から現場で対応してきた様々な事柄について、生々しい写真や資料を用いて報告がありました。始めに、前震時の自宅家具倒壊、Facebookで社員安否確認、工事現場の確認、OB顧客への電話連絡などから。
 
「その後本震が起こったが、当初は余震で小さいだろうと思い込んでいたため、その後の対応が遅れた。社員からも生まれて初めて本当に死ぬかと思ったと言われたくらい揺れた。翌日も出勤できた社員は半数のみで、後からたいへんなことが起こったと分かった。」と小山氏。本震後は、停電、断水、電話普通、鉄道運休、道路通行止、都市ガス使用停止などライフラインが混乱、店舗の食料品の枯渇や支援物資の運搬の様子も紹介されました。
 
さらに、電話復旧後は被害相談が殺到し、新産グループで約3,200件。ほとんどが緊急出動の要請だがとても対応できなかったことや、大規模災害時の工務店の事業継続計画(BCP)と顧客対応のマニュアル化についても、「首都直下地震や南海トラフ地震に備えて、今すぐ計画を立ててほしい。熊本地震でも準備が出来ていない会社は風評被害でも圧倒的なダメージを受けた。」と強く訴えられました。
 
最後に、熊本地震で実際に使用した様々な対応書類について、是非参考にして欲しいと紹介がありました。
(※→対応書類のダウンロードはこちら)

【報告②】
「住宅医スクール熊本の実施と特別講義ダイジェスト」
滝口泰弘/一般社団法人住宅医協会 理事

現在実施中の住宅医スクール2016熊本について、募集開始直後に震災が発生したことを受け、急きょ震災関連特別講義を充実し80名を超える方々に参加して頂いている状況や、各先生方の特別講義の概要について、また、新産住拓グループへ調査依頼のあった被災住宅について、全国から住宅医が集まり実施した調査支援の報告がありました。
 
(※→住宅医スクール熊本 震災関連特別講義:第1~5回の概要はこちら)

【特別講義①】
「熊本地震の木造住宅構造的被害と今後のあり方①」
五十田博氏/京都大学生存圏研究所 教授

熊本スクールの特別講義でもお話し頂いた、熊本地震の全体像から国交省委員会の結論、耐震性能・設計の留意点について講義して頂きました。
新耐震以前、新耐震以降、2000年以降という年代別の被害状況、被害の特徴や要因、耐震性能や耐震設計の考え方、各々の留意点について、実大実験の動画も用いてお話しして頂きました。
 
 
(※→熊本スクール特別講義の概要は、上記「震災関連特別講義:第1~5回の概要」を参照下さい)

【特別講義②】
「熊本地震の木造住宅構造的被害と今後のあり方②」
山辺豊彦氏/有限会社山辺構造設計事務所 代表

引き続き、こちらも熊本スクールの特別講義でもお話し頂いた、木造住宅の構造設計の実践的なポイントや留意点について講義して頂きました。
地盤・基礎、軸組、鉛直・水平構面、接合部についての設計のポイント、現行の基準法と性能表示の基準の違い、過去の震災被害の特徴やその要因、耐震性能と損傷状況の対応ついてお話しして頂きました。
 
 
(※→熊本スクール特別講義の概要は、上記「震災関連特別講義:第1~5回の概要」を参照下さい)

【パネルディスカッション】
「災害とレジリエンス~木造住宅の耐震性とは」

(コーディネーター)南雄三氏/住宅技術評論家
(パネリスト)山辺豊彦氏、五十田博氏、小山貴史氏、古川保氏/住まい塾古川設計室有限会社代表取締役、池田浩和氏/岡庭建設株式会社専務取締役
 
熊本で活躍されている古川氏、住宅医スクールレギュラー講師の池田氏に加わって頂き、構造は専門外のコーディネーター南雄三氏の「一般の施主の立場になって色々な質問をしてみたい」という発言からディスカッションが始まりました。
まずは、あまり知られていない「レジリエンス」について、CASBEEホームページからダウンロードできる「レジリエンス住宅チェックリスト」が紹介され、「強くてしなやかな日本の国づくりという重要な政策課題の一つ」と、同作成委員の池田氏から補足説明がありました。
(※→レジリエンス住宅チェックリストはこちら)
続いて古川氏から、「震災後家が建ち始めているが、耐震ばかりに頭が行き、窓が小さく庇も短く軽い屋根、といった箱のような家ばかり」、「瓦でもしっかりと施工すれば問題ないのに」、「全壊判定を受けると治す人がいないので建替えになる。修繕の技術の普及が不可欠」、「被害が見え難くゴミが増える今の家づくりはどうなのか」と、現状の家づくりに対する危機感が訴えられました。
 
構造でよく議論になる「固めるか、柔らかくするか、どっちがいいの?」という南氏の問いに対し、「目的は同じ。どの要素を選択するかの違い」と古川氏。続けて「伝統木造で言われている、動いたら戻すという考え、素人的にはとても良いと思うが、修理も安そうだし」という問いに対しては、「今回は地震保険で賄えた」と古川氏。「伝統的な粘りがある壁はどうして強いの?石場建てはいつ効くの?」という問いについては、「土壁の強度は、貫のねばりは、摩擦係数が・・」と山辺氏、古川氏。「良く分からない・・」と南氏。古川氏からは、石場建てだが在来浴室を固めた事で、浴室だけ動かず全壊した事例も紹介されました。
「瓦は地震時に落ちるから良いとも聞いたが」と南氏、「地震は10秒程度なので瓦が全て落ちることはありえない」、「土蔵の壁なら地震で半分落ちて重量は減る」と古川氏。
ディスカッションは施主の立場になった南氏の質問責めで、軽快に進められていきました。
「今日の特別講義の内容はみんな分かっているのか?上級編ではないのか?」という問いについては、「力の流れは重要で山辺さんに教わった」と池田氏、「そんなこと言わず勉強して欲しい」と五十田氏、「設計者や工務店が、分かっているのは俺だけで他は分かっていない、とか言われると施主はとても不安になる」と南氏。
 
小山氏は「山辺さんや古川さんの話は一般工務店のレベルではかなり上級編。性能表示に対応している工務店は地元で1割程度。今日の講義資料でも出てきた、耐震等級と破壊の関係を理解すれば施主に説明できる。耐震等級とコストアップも試算すると、基準法ギリギリと比較して、等級2で30万程度、等級3はさらに5~10万程度、つまり1万円/坪で等級3は可能。自由度の制約は出てくるがちゃんと説明すれば、4~50万であれば、少なくとも熊本では皆さん等級3を選ばれる」と現状を報告。
池田氏は「基準法を満足すれば地震に耐えられると施主は思っているので、倒壊しないけど全壊してしまうこと、さらに今回の地震で見えてきた等級3を一つの指標として説明し始めている。耐震のコストアップはさほど大きくない。また、最近、建物が重量化しているので、仕様規定の中身や前提条件についても知っておくべき」と補足。
南氏「地盤はみんなチェックするのか?」
山辺氏「基準法でも地耐力によって基礎が選定されるので、スウェーデン式サウンディング試験をやるべき。少し勉強すれば誰でも分かり施主に説明ができる。」
古川氏「熊本地震も地盤が弱いから被害が大きかったと認識している。表層地盤増幅率があり2倍くらい増幅したのではと思っているが、五十田さんの講義で地盤の影響は1割程度と説明があったが」
五十田氏「今回の地震動の特性は建物の周期に合う地震動が来てしまった。地盤が悪い地域はそれより周期が長くなるので建物を壊す周期にはならなかったと考えているが、これから調査分析を進めていく。これまでの地震動は早い周期が多く、その場合、軟弱地盤だと周期が長くなり建物を壊す周期に合ってしまう。」
 
南氏「制振、免震は必要なのか?いらないのか?」
五十田氏「あくまでもどこまでの性能にするかが重要。そのために制振を用いるのか耐震を用いるのか、方法を色々と考えればよい。」
小山氏「地震後3か月程度は、制振という言葉が住宅会社の広告を踊った。当然施主のニーズもたくさんあったが、だんだん減ってきて今はもう無い。最近は、等級1、2程度であれば多少揺れるので制振の効果があるが、等級3だとそもそも揺れないので制振はあまり必要ない、と施主に説明している」
五十田氏「それで正しい。耐震性能を上げるほど変形が出なくなり損傷が少なくなる。耐震性能が元々高ければ、多少減衰しても満足値より下回らなければ大丈夫。制振は性能を減衰させない装置だが、少し入れた程度で建物全体に効かなければ耐震性能は当然減ってしまう。コストパフォーマンスからは、耐震性を高めるという小山さんのやり方が良いということだと感じている」
南氏「家が腐っていたら、耐震どころではないのでは。断熱も家を腐らせる一因かもしれないが」
山辺氏「腐る場所による。構造的に重要な場所は補修が必要」
南氏「シックハウスの時は合板が話題になった。耐震だけでなく総合的な判断が必要になる。住宅医の重要性は、耐震診断でも劣化その他が総合的に判断できる能力があること。新築ばかりやっていると仕様規定ばかりで何も学ばない。耐震も劣化も断熱も、治せると言ってもコストなどの制約で治せていないのが現状。20年でゼロに資産価値の問題等々、我々建築屋がこのような問題を解決していかなければならないはず」
 
小山氏「現状では新耐震以前のものしか自治体の補助対象になっていないので、1981年の新耐震~2000年以前の建物を業界として何とかしていくこと、これが熊本地震からの学びであると問題提起しておきたい」
古川氏「被災住宅のグラスウールにたくさんカビが生えている。断熱材を詰め込むだけでは駄目だということが視覚的によく伝わった。」
南氏「モルタルの裏側も真っ黒。水蒸気も壁の内外を行くとイメージしがちだが、上に上がって行って胴差の下端がやられる。もっとたくさん勉強が必要。」

そして、終了時間も迫り、最後に一言ずつ・・
 
池田氏「ストック社会に向けて、見立てる力を学ぶ唯一の場が住宅医。修繕技術も大切。これからは既存住宅の医者になって、どうコンサルティングしてあげるかが、我々技術者に求められる。住宅医はそこに特化して進んでほしいし、それがレジリエンス力の強化にもつながる」
古川氏「耐震も断熱も劣化もシロアリも台風も・・何かを優先すれば何かが劣る。また、大切なのは見える化だが不可断熱すれば中が見えなくなる。基礎断熱すればシロアリが。家は一問一答ではないし、耐震もナンバー1ではないと思う。」
小山氏「地元の社団法人で耐震等級3の勧めというリーフレットを作成した(五十田氏監修)。是非多くの方々に活用して頂き既存住宅の耐震改修に取り組んで頂きたい。また、首都直下や南海トラフが叫ばれる中で、事業継続計画については会社や社員家族を守るために、明日から取り組んで頂きたい。」
(※→「耐震等級3の勧め」リーフレットはこちら)
五十田氏「色々な場所で話をしていると、被災地とその他でとても大きな温度差を感じる。国交省は今回の地震で基準法は妥当だったと判断したが、構造研究者の世界では他構造の方に、木造について本当に今のままの基準で作っていくのか、もっと真剣に考えろと言われている。もっと発信していかなければと日々感じている。」
山辺氏「耐震の性能設計を理解し、また液状化を想定して基礎をしっかり作ると、レジリエンスにある回復力がもっと高くなる。修繕技術で言うと大工さんをもっと優遇すべき。構造設計者としては壊れ方を考えるのが一番大切。」
南氏「ある被災者に聞いたら、本震後怖くて家族みんなで寄り添って一番落ち着く和室に居たそうで、また木造は軽いので耐震等級4、5もできるという話もあり、木造には未来があると感じている。そして一番言いたいのは、既存住宅を触れる技術が必要で、そのために住宅医がある。もっと普遍的な学問体系として広げていって欲しいといつも思っている。」

最後に、今年度新たに住宅医協会代表理事に就任した山辺氏より、「東日本大震災の時は、長周期地震によって仕上げなどの非構造部材に大きな被害が出た。一般向けの相談会も多く実施したが、構造部材も非構造部材も一般の人には分からないため、そのギャップを埋めていく必要性を感じている。また、既存住宅を扱う住宅医は新築に比べてとても難しいが、これから必要なものである。今後ともご支援を賜り発展させていきたいと思っている。」と挨拶があり、フォーラムは閉会しました。
(記録/滝口)