耐震改修された旧耐震木造住宅の地震被害 ~リレーコラム2024年3月

井戸田 秀樹 名古屋工業大学大学院教授 / 名古屋工業大学高度防災工学研究センター長 / 愛知県

元旦に発生した令和6年能登半島地震から2ヶ月が経ちました。被災地の明るいニュースも聞かれるようになりましたが、復旧・復興に向けての道のりはまだまだ始まったばかりです。あらためて、被災された地域の皆様、ご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

6,434人の犠牲者を出した1995年の阪神淡路大震災以降、国は「建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)」を制定し、旧耐震木造住宅の耐震改修工事への補助制度を設けるなど改修促進に向けた制度設計を進めてきましたが、残念ながら耐震改修が木造住宅の地震被害を有意に軽減させる効果につながるには至っていません。石川県は住宅耐震化の取り組みに熱心な県のひとつで、名古屋工業大学高度防災工学研究センターが提供する安価な耐震改修技術の講習会「達人塾」を2018年度から6年連続で開講し、耐震改修費補助金額も金沢市で全国トップクラスの200万円を用意しています。2022年には輪島市でも施工者向けの講習会を開催しました。「達人塾」を開催してから、徐々に改修件数の増加が確認されていましたが、安価な改修技術が十分に普及する前に今回の地震が起きてしまったことは本当に残念でなりません。

2016年4月 熊本地震

さて、耐震改修補助制度の運用が始まってから発生した大きな地震災害に2016年4月の熊本地震があります。熊本県は2014年に初めて「達人塾」を開催し、九州の中では比較的住宅耐震化に積極的な県でした。熊本市内には、2016年の地震発生時にすでに100件を越える耐震改修物件がありました。今回のリレーコラムではこの耐震改修物件の被害についてご紹介します。

図1 調査対象物件の所在地と想定震度  [出典:防災科学技術研究所 (2020),J-RISQ 地震速報]

調査対象物件概要
2017年5月15日〜17日、熊本市の協力のもと、熊本市内の改修済旧耐震木造住宅119件の被害調査をしました。これらの住宅は、2009年〜2015年にかけて行政の補助制度を使って耐震改修工事を実施した物件です。
図1に各物件の所在地と損傷度、および熊本市内の震度分布を示します。調査対象物件は熊本市の5区に渡って分布しています。ここでは、益城町との境界近くの推定震度7地域にあった東区の「物件1」と、推定震度6強の西区にある「物件2」について紹介します。

「 物件1」
改修前評点0.97を評点1.52まで改修した図2に示す物件です。筋かいの新設を4箇所、筋かいの取り替えを4箇所に加え、屋根の軽量化をしています。想定震度は震度分布マップを見ると震度7と想定されます。被害は玄関が傾き、南面の壁が一部外れたとのことですが、倒壊は免れ、家主さんも無事でした。損傷度は半壊、木造住宅の破壊パターンに基づくDamage Index¹⁾ は0.4程度と推定されます。調査時、すでに建物は撤去されており、被害度合いを確認することはできませんでしたが、周辺には半壊あるいは全壊のため建物を撤去したと思われる空き地がいくつかありました。

図2「物件1」建物と周辺の状況


「 物件2」
熊本市西区の東端にある図3の物件です。やや急峻な丘の上にあり、周辺地盤の変状と震度マップから現地の震度は6強と推測されます。評点は改修前の0.43を1.03までアップしています。筋かいの新設2箇所、筋かいの取り替え4箇所、構造用合板の取付5箇所に加え、屋根の軽量化も実施しています。被害は北側と東側の外壁モルタルの落下がありましたが、建物全体の残留変形はほとんどありませんでした。損傷度は「一部損壊」, Damage Indexは0.3です。

図3「物件2」建物と周辺の状況


119棟の被害
以上のような調査を熊本市内の耐震改修物件119棟について行い、耐震診断評点と損傷度(Damage Index)の関係を想定震度エリアごとに示したのが、図4です。損傷度は0.1〜0.4が 一部損壊、0.4〜0.6が半壊、0.6以上が全壊に対応します。図中の点線と実線は、文献²⁾ で提案されている耐震診断評点と損傷度の関係を表す曲線で、各震度エリアの下限(実線)と上限(点線)を示しています。また、図中の赤いプロットは調査対象物件の耐震改修前の評点とその評点のときの想定被害、青いプロットは耐震改修後の評点とそのときの想定被害です。そして黒いプロットが調査で得られた実際の被害です。黒いプロットがどこに分布しているのかを見てみると、いずれの震度エリアでも実際の建物被害のほとんどは青いプロットよりも被害が小さく、その多くは損傷度0.1以下、つまり無被害であった割合がとても高くなっています。実際の地震被害から見ても、耐震改修の効果が明確に現れています。

図4 耐震診断評点と損傷度の関係

おわりに

能登半島地震の被災地に住む建築士からは、「近所の耐震改修済住宅はピンピンしている」という声も届いています。耐震改修の効果をこれほど実感させてくれる情報は他にはないと思います。被災地の状況が落ち着けば、能登半島でも耐震改修建物を対象とした同様な被害調査をぜひ実施したいと思っています。

井戸田 秀樹
©Idota Hideki,  Society of Architectural Pathologists Japan


<参考文献>
1) 岡田成幸,高井伸雄:地震被害調査のための建物分類と破壊パターン,日本建築学会構造系論文集,第 524 号,pp.65-72,1999.10
2) 岡田成幸,高井伸雄:木造建築物の損傷度関数の提案と地震防災への適用,日本建築学会構造系論文集,第582号,pp.31-38,2004.8


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