「増える一方の 空き家、住宅医 は何ができるか?」リレーコラム 2024年5月

鈴木進特定非営利活動法人木の家だいすきの会代表理事/一般社団法人住宅医協会 理事

空き家を活用して、森林地帯の移住者を増やそう

NPO木の家だいすきの会では、森林の循環利用を目的に「森に緑を、住まいに木を」をスローガンとして奥武蔵の森の木を使って武蔵野地域で木の家づくり取り組んで約20年になります。具体的には、埼玉県ときがわ町等の製材所や素材生産者と協力して取り組んでいます。森に近い人たちの顔が見える中でわかってきたことは、森林の保全のためには、そこに仕事があって住む人がいることが大事だということです。このため、会の活動として、木材を家づくりに利用することだけでなく、地域の空き家を活用して移住者を増やそうという取組を5年ほど前から始めました。実は私の元々の仕事がそのようなことをやっていたこともあります。
使用目的のない空き家は1988年の182万戸から2018年には349万戸と、この20年間に約2倍に激増しています。10年後の2030年には470万戸に達すると予測されており、今後も増える一方といえます。国土交通省は2008年度に空き家の除却や活用を実施する取組に対して助成する制度を予算化し、6年後の2014年には空き家対策特別措置法を制定して本格的な取り組みに着手しました。約10年後の2013年度には法律の一部を改正し、不良な空き家の除却に加え、利用可能な空き家の活用を促進するための制度の拡充を行い、予算額も年々増えています。我が国にとって空き家問題は重要な課題として浮上してきました。住宅医にとっては、空き家の活用は、自分たちの仕事に関係の深い社会的な課題とも言え、個人的にもこの問題に対して何ができるか、一度考えてみたいとかねがね思っていました。

“負” 動産化する空き家、利用しないのはもったいない

“不”動産ではなく “負”動産というワードが新聞紙上で見受けるようになりました。右肩上がりで地価が上昇する経済成長期では不動産の買い時は「買える時」でしたが、現在では遠い過去の話しになっています。固定資産税等の維持費がかかるうえに、売却するために必要最小限の手を入れると市場価格をオーバーしてしまうこともあり、放置される不動産が増えました。誰が言い始めたかわかりませんが、こうした不動産は“負”動産と名付けられました。
では、所有者の方はこうした住まいをどう考えているのでしょうか。典型的な例は、親が亡くなって相続した遠隔地の故郷の住宅です。相続した子供世代は遺品が残されているので空き家とは思っておらず、時が過ぎるうちに売却しようとしたら “負”動産化してしまって売れません。実はこうした空き家は地方の話しではなく、大都市で急増しています。
数年前にときがわ町の職員の方から知り合いの家が空き家になっているので、と相談を受けました。手を入れれば使用できる状態と判断できましたが、不動産市場で売買するために必要な上下水道整備等の工事費用や残された家財の処分費用が売却可能価格を数百万円上回ることがわかり、まさに“負”動産の状態になっていました。
市場的には価値がなくても利用しないのは「もったいない」。この空き家を活用して、移住希望者が地域で馴染めるかどうかという不安を解消できるお試し住宅と地域住民と交流できる場を、クラウドファンディングを活用してDIO( Do It Ourselves )で改修する事業を考えました。令和5年度に国土交通省に提案したところ事業採択を受けることができ、令和5~6年度の2ヶ年をかけてプラン作りと改修工事を実施する予定です。事業の途中ですが、住宅医シンパとして考えさせられる内容もありましたので、コラムの紙面をお借りして、問題提起したいと思います。

空き家対策モデル事業に手を挙げて採択される

私が大学を卒業した1978年はオイルショック直後で高度経済成長期の終わった時期ですが、都市整備の柱の一つの不良住宅地区改良がまだ実施されている時代でした。住宅不足から住宅過剰に変わり、この事業がおおむね役割を終えて、現在の空き家対策が重要な課題として浮上しています。
空き家対策の一環として、国は民間団体やNPO等によるモデル的な取り組みを支援する「空き家対策モデル事業」を制度化し、2013年度にスタートして事業名と内容を少しずつ変えながら現在まで継続、拡充しています。NPO木の家だいすきの会では、令和5年度の提案募集に手を挙げ2ヶ年事業として採択を受けました。この助成事業の最大のメリットは、ソフトな取り組みについては、人件費も補助対象になることで、プロジェクトの準備、ビジネスモデルの検討、新しいモデル的な仕組みの開発に必要なスタッフの給与が助成対象となります。

移住希望者向け(仮称)ウエルカムハウスの提案

モデル的な取り組みであることが採択の要件になっていますので、何をアピールするか?
そうした観点から、移住希望者の「地域になじめるかどうか不安」に焦点をあて、タイトルを「(仮称)ウエルカムハウス 」とし、その提案のポイントをときがわ町の地域性を反映することと、クラウドファンディングという手法の試行の2点に絞りました。

  •  提案のポイントは2点
  • 移住希望者向けに地域住民と交流しながらお試し居住できる”ウエルカムハウス”を、空き家を活用してつくる。また、ときがわ町では世界遺産に登録された手漉き和紙技術を学びたいと訪日する外国人が増えつつあるが、移住希望者以外にも、地域の人と交流しながら1年以上の長期滞在できる施設としての活用を検討する。
  • 市場原理では解決しにくい空き家の“負”動産化問題に対し、クラウドファンディングを活用し、地域住民等が関わって改修・利用・管理を促すプロセスと仕組みをつくる。

家づくりでの協力関係をいかして実施体制づくりを進める

実施体制づくりの要(かなめ)は計画地の自治体の協力が第1となりますが、これまでの ときがわ産木材を使った家づくりでのときがわ町とのつながりから比較的容易に協力は得られました。
実務的な実施体制については、住宅医協会事務局長の滝口さんに建物診断・改修プラン作成の責任者になってもらい、設計者の工藤さんにサポートしてもうことにしました。また、ワークショップの企画運営やクラウドファンディングの実務についてはNPO木の家だいすきの会のスタッフである山本さんに責任者を務めてもらうことにしました。事業スキームづくりは私が担当しました。
ときがわ町を含むこの地域の和紙づくりは世界遺産にも登録されていますが、この和紙やときがわ産木材をPRする展示機能の役割も考えたいので、その担い手である和紙づくりの谷野さん、製材所の田中さんの参加もお願いしました。また、10年以上前に山形県鶴岡市の商店街の再生事業で一緒に取り組んで頂いた東京都立大学の川原晋教授(専門:観光まちづくり)にはコミュニティデザインのアドバイザーをお願いしました。

事業スキームを模索する

事業スキームとしては、賃貸型と購入型の2つの事業スキームを検討し、当初空き家所有者の方に提案した案は賃貸型の事業スキーム案でした。そのポイントは以下の4点。

  • 1. 家主は現状のまま安価な賃料で賃貸(固定資産税なみ)
  • 2. 入居後に借主負担で改修、貸主は改修費は負担しない
  • 3. 退去時の借主の原状回復義務を免除
  • 4. NPO木の家だいすきの会は一部を転貸借し、滞在施設を運営

空き家所有者の方はご高齢の女性で実質的には娘さんが意思決定しているのですが、迅速な対応や意思決定が難しそうな様子も見えてきました。一方、空き家所有者の方の売却意向が強いことも明確となり、最終的には購入型の事業スキームを選択しました。具体的には、最も時間のかからない方法として、とりあえず私個人が購入・改修することとし、かねがねやりたいと思っていたグリーンウッドワークの工房兼地域交流施設を運営しつつ、お試し居住施設は民泊施設として会が利用する事業スキームとしました。


購入型 事業スキーム案

改修モデルプラン


ワークショップ趣旨説明

N邸周辺散策 ポテンシャル探し

N邸周辺散策 ポテンシャル探し

活用アイディア妄想会議

 

空き家活用に取り組んで、考えさせられたこと

自分起点
今回、空き家をどう利用するか考えるために、地域の皆さんに参加してもらってワークショップを開き、大磯町での空き家を活用したまちづくりの話しを勉強してアイディア出しをしました。印象に残った講師の原さんの話しは、活動のポイントは第1に「自分起点」、第2に「町を豊かに」、第3に「無理のないかたちで進める」という指摘でした。特に、第1の「自分の暮らしが豊かになる」ということの延長線上に第2の「町が豊かなる」ということがあって、取組を継続するモチベーションになるということでした。
当初の企画を見直すと、自分の暮らしを豊かにするという視点は欠けていたことに気づかされ、グリーンウッドワークの工房という内容を付け加えました。グリーンウッドワークは、雑木を切り出して生活用具をつくるイギリス発祥の「生木の木工」です。3年前に岐阜県立森林文化アカデミーの久津輪雅先生を知って、いつかやってみたいと思っていたものですが、ときがわ町の子供たちが森に親しむ機会を提供することにもつながりそうなので、これを機会に是非とも工房を立ち上げたいと考えるようになりました。

空き家利用と法令遵守
空き家を利用する際に法令遵守の問題は悩ましい問題です。個人が住宅として利用するだけであれば個人の判断に依拠すればよいのですが、他人が利用する場を検討する場合は、建築当初は合法でもその後の建築基準法の改正で既存不適格状態になっているものをどうすべきか、建築確認申請は出して確認済証はあるが検査済証がない空き家はどうするか、地震災害が増える中で既存不適格の耐震性能の空き家をどうしたらよいか、省エネ性能は既存の低レベルの状態のままで良いのか、空き家を利用しようと考えている所有者から、住宅医にはこのような質問が投げかけられるでしょう。現在の法令遵守を徹底しようとすると建築費用がアップして事業として成立しない、といった事態になりがちです。「こうだ」という正解はない質問ですが、専門家である住宅医はその見解を求められた際に、やはり自分なりの見識を持っておく必要があると思います。
ちなみに、今回のプロジェクトでは、法令遵守の観点から滞在施設部分を旅館業法の簡易宿所とするか住宅のまま民泊法の宿泊施設とするかは大きな課題となりました。結果的には将来的に住宅利用に戻る可能性も考慮して、建築基準法に基づく用途変更を必要とせず、確認申請の必要のない住宅として利用できるようなフレームで整理しました。

売上、利益、コストのバランスは?
ワークショップ講師の原さんが指摘した第3のポイント「無理のないかたちで進める」を、もう少しかみ砕くと、「売上 コスト」の結果としての利益ではなく、「売上 利益」からかけられるコストを決める、という手順を踏むということです。建築士はなるべく良いものをつくりたいという潜在的な意識を持っている人が多いので、これは相当意識しないとできないことかもしれません。クライアントが良いものを作りたいと言うと、一旦は設計してみてコストを出してからあとで考えてみましょう、となりやすいと思います。利用料をとって事業を成立させようとすると、利用料の範囲でしかコストをかけられず、貧相なものになってしまうということもあるでしょう。設計者である住宅医の力量なども試される場面かと思いますが、空き家活用をしようとすると、これまでの住宅づくりとは異なる、スタンス、デザインセンス、バランス感覚が必要になります。

住宅医が空き家対策に取り組む意義は何か
住宅医は住宅医スクールで住宅の改修に関する知識を一通り学んでいて、社会資本として残るよう良質な建築をリノベーションする基礎的な知見を備えた建築技術者と言えるでしょう。空き家の再生が、多くの商業施設に見られるような事業性のみでつくられていけば、短期間で投下資金を改修するスクラップ・アンド・ビルドの世界になってしまうのではないかという懸念が残ります。「売上、利益、コストのバランスは?」で指摘した内容と矛盾するようですが、その矛盾を乗り越えた先に、これからの時代が必要とする新しい姿を切り開く種があると思います。そういった意味で住宅医の方々が空き家対策に取り組む意義は極めて大きく、挑戦してほしいテーマだと考えています。

鈴木 進
©Susumu Suzuki , Society of Architectural Pathologists Japan


LINK
特定非営利活動法人木の家だいすきの会 https://www.kinoie.org/