住宅医の改修事例 ~古民家を土に還す №0140

日野 弘一住宅医 / WASH建築設計室 / 大阪府

概要
所在地:京都府南丹市八木町
用途地域:第一種低層住居専用地域
主用途:一戸建ての住宅
築年数:主屋 築年数不明
離れ 築約60年(2021時点)

設計監理:WASH建築設計室
施工会社:株式会社 倉昇工務店
建築費用:2,274万円(65.9万円/坪)
建物規模
構造:木造二階建て
軒高:4,999㎜ 最高高さ:5,948 ㎜
敷地面積:260.47㎡ (78.63坪)
建築面積:89.54㎡ (27.03坪)
建蔽率:34.37%
延床面積:114.21㎡ (34.48坪)
容積率:43.84%
改修部:40.75㎡ (12.30坪)
増築部:73.46㎡ (22.18坪)
期間
詳細調査:2021年06月20日
着工:2021年10月20日
■■(工事期間 5か月)
竣工:2022年04月05日




申請
確認申請(増築)
長期優良住宅(増改築版)認定

補助金
長期優良住宅化リフォーム(250万)
※認定長期+若者・子育て世帯
奈良産材使用住宅助成事業補助金(15万)
薪ストーブ購入助成事業(10万円)

既存建物の状況について

この敷地には築年数不詳の主屋と築約60年の離れが建っていました。
初めてこの場所を訪れた時、佇まいが魅力的であった主屋を改修したらいいと思いました。ただ室内に入ると屋根が朽ち落ちてから長い年月が経っていたため建物は半壊しとても再生できる状態ではありませんでした。


古⺠家を土に還したい

結果的に築約60年の離れを改修し、主屋の跡地に新たに同程度の建物を増築することになるのですがその立派な主屋を「ゴミ」として処分することに大きな違和感を覚えました。
⻑年その地域で人々の生活を守ってきたその古⺠家をゴミとして処分するのではなく、使えるものは使い、出来うる限り土に還してあげたいという気持ちが自然と湧いてきました。


主屋を外構で再利用することで、主屋、改修棟、増築棟の三世代の建物が敷地に混在させることができます。
まちなみが急に変化することで失われる文化的なものを減らせないかと考えました。
スクラップ&ビルドが当たり前に なっている中で、人間の家族のように緩やかな世代交代を目指し試みました。

改修計画について

建築の生産の中で省エネルギーになると考え、二つの方針を決めました。

1再生が可能な離れの現状を活かして「改修棟」として再利用すること
2再生が難しい主屋は解体するが、できるだけ部材を利活用すること

主屋を解体したスペースに「増築棟」を配置して住まいを計画しました。 増築棟は改修棟に対して斜めに配置し、外構に庭や駐車場のスペースをつくりだしました。そこに主屋の解体で出てきた部材を使うことで 廃棄される資源を減らし、新たな建材の仕入れも節約できます。

間取りについて

一階で生活が完結する間取りを提案しています。二階は将来的に子供部屋にできるようにしています。
車が生活の中心になるこの地域では駐車場と建物の動線は日々の生活で非常に重要な要素です。
バックヤードを駐車場の横に配置し、勝手口をつなげることで車からの荷物をすぐに建物の中の台所、パントリーに持ち込めるようにしています。
また小さな子供がいるので、庭の様子をリビング、台所、居間から 感じることができるように計画しています。

建物調査

今回の計画は増築工事となり、建築確認申請をおろしました。
役所との協議の結果、改修棟も一体として現行基準に適合させることになりました。
住宅医協会の詳細調査を行いました。既存の離れの現状を全て調査し、現行基準に適合していない部分を明確にした上で改修後の計画を作成しました。
住宅医協会の報告書を編集して「既存建物状況調査の報告書」として役所に提出することで現状の報告とすることができました。

建物性能について

改修工事の対象となる離れについて、6項目の性能評価を行いました。
離れだけを見ると正方形に近く、土壁がバランスよく配置されていたため耐震性能は上部構造評点0.69と悪くありませんでした。
内外真壁の建物なので、断熱性能が悪く、伴って省エネルギー性能が目立って悪い結果となりました。計画地である南丹市は比較的寒い地域になりますので断熱性の向上を目指して計画しました。
改修後は増改築板の長期優良住宅の認定を取得しました。そのことで住まい手にはより安心感を持ってもらえました。

断熱計画

建物全体の予算のバランスを考えて計画をしました。
断熱性能UA値が断熱等級6を下回らない程度でグレードを調整しています。サッシも断熱ブラインドを入れることを前提に、コストバランスを考えてLow-eペアガラスのアルミ樹脂複合サッシを選定しています。

建築の総予算は住宅ローンの関係で決まっていましたので、とにかく性能の良いものを採用するということはできませんでした。シミュレーションソフトで断熱材の性能をどの程度のものにするかを慎重に検討し、決定しました。

パッシブデザイン

京都府南丹市八木町は京都市から北⻄に約20kmに位置してし ます。省エネ基準の地域区分は5地域。暖房期の日射量は中程度で冷房期の日射量が特に多い地域になります。
夏は京都市に比べると比較的気温が低めです。また近くには大きな河川があり、敷地の隣地は建物が密集しておらず開けています。風の通りがいいことを計画時から感じていました。冷房を使わない中間期を⻑くしたいと考え計画しました。
まずは特に多いとされる夏の日射を遮るため南面の開口の庇の出を深くしています。南面の開口は雨戶を兼ねた網戶やシャッターを用いて外で日射を遮り、室内は断熱ブラインドで日射を遮蔽できるようにしています。
風が通り抜けるように窓の位置を計画しています。掃き出し 窓は木製の格子網戶で防犯と通風を両立しています。洗面室の高窓は特によく風が通り抜けて効果的でした。周辺の恵まれた自然環境を感じながら過ごすことができています。

省エネルギー計画

設備計画についても高性能の設備を 採用するのではなく、シンプルな設 備を選定し、配管経路を短くするこ とや使い勝手の良さを優先して計画 しました。
この地域はガスがプロパンでランニ ングコストが高くなることから給湯 器は電気式のヒートポンプ給湯器に しています。ガスは調理用のために 契約しています。
結果的に一次エネルギー消費量等級6 の結果となりました。

引き渡しから一年が経ちました。住まいのエネルギー消費量を実際に計測して一次エネルギー消費量計算結果と比較しすることで実情を把握します。
特に少なくなっているのは暖房エネルギーですがこれは薪ストーブをメインで使用していることが要因です。暖房エネルギーだけを標準一次と比較すると年間で31.51GJの削減になっています。

構造計画(耐震性能)

耐震診断の上部構造評点は1.5を目指して設定しています。
積雪時において1.03となっています。
改修棟は外壁側から構造用合板で補強しています。間柱を使わなくてもいい仕様を選定することで既存の土壁を残し、室内をほとんどそのままの意匠で残すことができコストを抑えました。

基礎について

改修棟の既存の基礎は無筋の布基礎でした。増築等は新しく鉄筋の入ったベタ基礎を打設するのに合わせて、改修棟の基礎も既存の布基礎に抱き合わせる形で一体的に補強をしました。
確認申請の時にややこしかったのが、役所からの指摘で「既存の布基礎が含まれているのなら無筋の布基礎の評価になる」という話です。敷地の地耐力が非常に良かったことと、不動沈下の恐れがないことを示すことでなんとか確認申請は通りました。沈下量の計算は岐阜県立森林文化アカデミーの小原先生のエクセルソフトが生きました。

古材の再資源化

既存の主屋を再利用することがこの計画の肝の一つですが、どのくらいの部材をゴミとして処分するのではなく現場に残すことができたのでしょうか。結果を概算になりますが検討しておきたいと思います。

・建物の構造材
木造の建物における一般的な木材の使用量は床面積1M2あたり0.2M3程度とされています。
一坪換算で0.66M3になります。
そのうち構造材は約70%とされていますので構造材は0.46M3/坪になります。主屋の床面積は33坪なので33×0.46=15.18M3 の木材が残置されたことになります。

・屋根の瓦
屋根の瓦は駐車場スペースで主に使いました。そこで約5.4M3の瓦を使いました。
門の屋根やその他の瓦を含めると約8M3程度になったと思います。

・屋根と壁の土
土は分別できた分だけ現場に置いてもらいました。2M3程度だと思います。分別が難しく処分された量もある程度あると感じます。

・床下の石
主屋は石場建ての玉石基礎であったので床下から延石や玉石がたくさん出ました。目測で3M3程度は再利用できたと思います。

・庭木の利用
初期見積には庭木の全ての撤去が含まれていました。
既存の植栽を計画に盛り込むことで伐採する植栽をなくしました。

結果的に主屋の部材は約28M3を現場に残すことができました。
これらの処分のためのエネルギーを考えるとかなりの省エネルギーになるのではないかと思います。
解体費は植栽も入れると53万円の減額をすることができました。

瓦の利活用・人の手を集める

既古⺠家を土に還したい。そう思っても簡単にことは運びません。瓦を一枚ずつ割らずに下ろすということでも解体業者には なかなか取り合ってもらえませんでした。
そこでコストを抑えたい「住まい手」、経験を望む「学生」、それらを「設計者」がつないでワークショップという形で作業を進めることになりました。
人と人の繋がりをつくりながら DIYで作業を進めるということで古⺠家を土に還す作業を実現することができました。

瓦を外構工事で再利用するためにまずは一枚ずつ丁寧に下ろすことから始まりました。
安全性を優先しての作業たのめ、撤去が危険な部分を除いて全体の約2/3の瓦を下ろすことができました。敷地の隅に並べて外構工事が行われる時まで保管します。
二日間かけて住まい手と学生、設計が協働して作業を終えることができました。
土葺瓦の留めつけ方を間近に感じるいい機会となったと思います。

保管しておいた瓦の大半は立てて並べることで駐車場に敷き詰めました。モルタルで地面を塞ぐのとは違い、雨水をかなり浸透させるので水捌けがとてもいいです。また意匠的にも砂利とは違いアクセントになります。
瓦を並べた時にできる隙間には割れた瓦で埋めています。割れた瓦を砂利程度の大きさまでさらに割ることで採石を使わずに瓦だけで隙間を埋めることができました。
また綺麗な瓦は選りすぐって門の屋根として葺き直しています。学生と葺き方を考えて役物を探すその作業はとても勉強になりました。
こうして既存の主屋の瓦を外構に使うことでまちなみに緩やかに溶け込むことができたのではないかと思います。

古材で暖をとる

主屋に使われていた木材はほとんど全て現場に残置してもらいました。住まい手にチェンソーを購入してもらい、一本ずつ薪にしていきます。
一棟分の木材は相当な量になりました。3〜4年分の燃料は確保できた見込みです。

竣工時写真

おわりに

住宅医としての設計活動は基本的には既存建物を再生することが多いのですが、今回はじめて再生ができないという判断を下し、解体をすることになりました。そうなった時にでも既存の建物への敬意というか愛着のようなものが湧いていて、少しでも再生・利活用ができないかという思いからこのような提案をすることになりました。
作業自体はとても大変でしたが住まい手や学生と作業をする時間はかけがえのないもの時間になりましたし、建物を解体したり、古材をリアルに手で触ることで素材に対する解像度が高まる経験が得られました。それは住まい手や学生にとっても非常に大切なことなのではないかと感じます。

 

日野 弘一
©Hino Hirokazu , jutakui
No.0140 古民家を土に還す


 LINK
WASH建築設計室 https://www.wash-arch.com/
改修事例動画を集めたページ「住宅医の仕事紹介(オンライン)」 https://sapj.or.jp/movielist/

動画+音声
「古民家を土に還す」日野 弘一さん https://youtu.be/8z5aZGqvZxo