住宅医の改修事例№111 減築から生まれる暮らしの豊かさ ~築57年の葉山の家

桑原 誠二(住宅医 / 神奈川県)

背景

友人から新居の設計を依頼され、葉山の現場に通うようになったのが15年ほど前のこと。海辺の町を何度も訪れるうちに、きらめく光あふれる環境に惹かれ、いつかチャンスがあれば暮らしてみたいと思うようになりました。それから十年余りが過ぎた2017年に今回の物件との縁があり、難易度は高いなと思いながらも、2014年に住宅医スクールで木造建築病理学を学んだ経験を活かし、自宅として購入して全面的な改修に挑戦することを決意しました。

 

立地環境

計画地である神奈川県三浦郡葉山町は、三浦半島のほぼ付け根の西海岸側に位置します。町内に鉄道駅はなく、隣の逗子市の駅からは車で10分程度の距離です。
町中には別荘地としての名残の一つである石垣の小径も残されており、海岸からは相模湾越しに季節ごとの姿を見せてくれる富士山が、葉山での暮らしに彩りを添えてくれています。

 

敷地は標高300mの仙元山の南麓に位置し、東から西へとゆるやかに傾斜する地形で、北西と南側の二面で道幅3mほどの前面道路に挟まれた角地です。周辺は住宅地で緑の多い環境の中、敷地の東西南北すべての方位で、隣地のお庭に面しているという恵まれた立地となります。

 

既存建物概要

昭和39年の新築時は平屋でしたが、その後、昭和47年に2階部分が増築されています。
下図のオレンジ点線が2階の外壁ラインですが、ほとんどの2階柱下に1階柱がなく、梁上に柱が立つ「丘立ち柱」の、いわゆる「お神楽造り」の構造となっています。

調査・改修前プラン

物件購入にあたり、外観や室内の小屋裏および床下、設備機器などについて目視調査を実施しました。小屋裏は特に雨漏りの形跡はなく、2階屋根裏および2階外壁内には断熱材が確認できましたが、1階外壁並びに床下には断熱材は確認できませんでした。基礎は布基礎で特段ひび割れ等なく健全な状態で、簡易な探査機での調査ですが、鉄筋も確認できました。
当時住んでいた同じ町内の借家では湿気に悩まれていたため、床下の湿気が気になり入念に調査しましたが、乾燥している状態で、シロアリの食害なども見られませんでした。室内は、台所、風呂、トイレ等の設備をはじめ、全体的に劣化が進行しており、開口部にも劣化が確認されました。

 

調査診断結果は左下のレーダーチャートの通り、耐震性や断熱性を始め、すべての項目で低いポイントとなりましたが、改修設計により右下のレーダーチャートのように、すべての項目において大幅な性能向上となっています。

 

改修計画

改修にあたり、まず前提として考えたのは、「不動産としての価値を上げる」ということです。そのために、建物の基本的な性能を向上させるだけではなく、住宅ローン融資と住宅ローン減税を受けるための条件を整えることを目指しました。住宅ローン融資の条件として、超過していた建ぺい率を現行建ぺい率に適合させることを要求され、減築を行いました。

計画
外構の計画方針は、北側に駐車スペースを設ける、近隣の景観要素を保全するために隣地から連続する石垣と生垣を残す、さらに屋外空間を生活の中に取り入れることを目指しました。減築により生まれたスペースを駐車スペース、テラスやポーチなどの半屋外空間として利用し、周辺の緑を積極的に室内に取り入れています。

プランは1,2階を一体の1室空間としながら、新設耐震壁でゆるやかに仕切られた空間を玄関、サンルーム、水回りといった様々な用途として活用しています。
さらに2階床の一部を撤去し、家の中央部に吹き抜けを設け、採光、通風の確保とともに1,2階の各スペースをつなぐ干渉空間の機能も担っています。

また、各室の窓開口をできるだけ大きくし、室内を明るく、日中は照明が不要な生活とするとともに、トイレからお風呂に至るまで家中すべての場所から緑を望めるよう、開口位置の調整を入念に行っています。

劣化対策として、外壁や開口部の日常点検・メンテナンスを容易にすることで長寿命化し、50年後も価値が下がらない家を目指しました。

 

 

耐震改修

耐震(基礎)
既存の布基礎の一部を減築のプラン変更に合わせて解体し、1階の新設耐震壁に合わせてベタ基礎を新設しています。1階下屋部分などは既存基礎をそのまま利用し、既存布基礎と新設ベタ基礎は耐圧板を介してケミカルアンカーにより一体化しています。

 

 

耐震(上部構造)
構造上の弱点である「丘立ち柱」を解消するために、2階柱・耐力壁の位置に合わせ、直下に1階柱・耐力壁を新設しています。耐力壁の壁倍率は最大2.5倍とし、既存基礎への負担軽減と応力の集中を避けています。
軽量化のため、屋根材をガルバリム鋼板葺き、1階天井を現わしとし垂直荷重の低減を図っています。
上部構造体評点は改修前0.31から改修後1.34まで向上し、住宅ローン減税を適用するための条件の一つであった、耐震基準適合証明書も取得しました。

 

温熱改修

断熱
基礎断熱として、ビーズ法ポリスチレンフォーム保温板 t=50を基礎立ち上がりと耐圧板に設置しています。外壁断熱材は、硬質ウレタンフォーム t=100、屋根は t=150を吹付けとすることで、気密性ともに遮音性も確保できたと感じています。
開口部はU値2.33 (W/㎡・K)のアルミ樹脂複合サッシ+Low-E複層ガラスを採用し、南側及び東側の大開口窓には断熱性強化のため、ハニカムスクリーンを設置しています。
断熱性能は改修前UA値2.01から改修後0.59(W/㎡K)まで向上し、冬期は開口部からの日射の取得も効果的と感じます。

暖房計画
新設ベタ基礎部分に暖房能力2.5kWの床下エアコンを設置し、床下に吹き出された暖気が、床ガラリを通じて1階のリビングを暖房し、さらに吹き抜けを通じて2階を含めた家全体を暖房します。
南側の下屋部分はタイル仕上の土間床とし、日射による蓄熱床とするとともに、ガス給湯器による温水床暖房も設置しています。
換気設備は、湿度に応じて換気量をコントロールする湿度感応型第3種デマンド換気システムを導入し、省エネに配慮しました。

冷房・通風計画、湿気対策
冷房用として、2階に冷房能力2.2kWのエアコンを2台設置し、2階を冷房すると共に、吹き抜けを通じて1階を含めた家全体を冷房しています。
地形に沿って流れる風を効果的に室内に取り込むために、縦すべり出し窓を設置してウィンドキャッチャーとして利用しており、室内の吹き抜けを介して1、2階間の風の流れも生まれています。
さらに梅雨や夏場の湿気対策として、内装の壁と天井はすべて調湿効果のあるモイス現わし仕上としています。

まとめ ~不動産としての価値向上

1.不動産の流動性の向上
最も根幹のテーマであった「不動産としての価値向上」については、改修により高性能・長寿命化を実現したことに加え、住宅ローン融資とローン減税を受けられたことで「不動産の流動性」も向上させることができました。「不動産の流動性」とは、「売買のしやすさ」とも言えますが、購入希望者が住宅ローンを使えて、減税の優遇処置も受けられるということも、不動産の価値向上につながると考えています。

今回は、築57年の物件でありながら、減築により融資の担保瑕疵を解消することで、土地代+改修工事費の約8割を低金利で調達することができました。
また、耐震改修を実施し、耐震基準適合証明書を取得したことで、住宅ローン減税の優遇処置が適用され、今後10年間の優遇期間の合計で、改修工事費の約15%の還付を受けられることになりました。

 

2.エリアブランディング
敷地が近隣地域の入り口に立地するため、地域の景観と調和した建物再生を行うことにより、将来的には地域全体の不動産価値も向上させることを目指しました。
外構の改修は、地域の景観構成要素である佐島石の石垣と生垣を残しながら、外壁の色彩や素材に配慮し、近隣景観の保全に貢献しています。

 

3.ウェルネス住宅の実現
耐震性、断熱性、省エネルギー性において、長期優良住宅基準を超える高い性能を実現しました。実際に生活してみて、年間を通じて快適な温湿度の環境で生活できることで、健康にも良い効果が出てきていると体感しています。
特に冬場は、室内の表面温度が室温に近く、床が暖かいことで非常に快適に過ごせています。
健康住宅を目指し、下地材を含めて合板をできるだけ使用せず、無垢材や自然塗料を採用し、さらに家電からの電磁波対策のため、すべてのコンセントにアース端子を設けたオールアース住宅としています。

 

4.セルフメンテナンスによる長寿命化
将来のメンテナンスを、ある程度自分でもできるようにするために、室内の塗装工事はすべて自ら行い、キッチンや玄関家具も自力で組み立てて設置しています。
外装についても、下屋の屋根の上から2階外壁にアプローチでき、足場を組まずに外部からの窓掃除や塗装などのメンテナンスが可能です。
外壁仕上は耐久性の高い軽量モルタル塗壁ノンクラック通気工法を採用し、1階の一部のみを板張りとし、メンテナンスを容易にしています。

 

5.自然と共生する生活
健康で快適な生活を送るため、周辺の自然を取り込む工夫や既存の素材にあわせた自然素材を使用した内装としています。1階床はオーク無垢板貼り、2階床は杉無垢厚板貼りとして既存の梁や根太をそのまま現わした踏み天井としています。
1、2階をつなぐ吹抜けが干渉空間として、ゆるやかに仕切られた各スペースをつなぐ役割を果たすことで、生活の多様なシーンを演出しています。
減築により生じた隣地との隙間空間を室内空間と連続させることで、暮らしの中にゆとりが生まれました。

 

改修工事が終わり、暮らし始めてちょうど1年が経った頃から、コロナ禍のため在宅勤務が中心となり、1日の多くの時間を家の中で過ごす生活となりました。
そんな状況ですが、仕事場としている書斎からは、季節ごとの隣地のお庭の花々や緑豊かな山並みを見渡せ、窓の近くまで野鳥や栗鼠がやってくる自然環境と、年間を通じて快適に過ごせる室内環境のおかげで、あまりストレスを感じることなくステイホーム生活ができています。
吹き抜けが、ほどよい距離感の干渉空間となり、家族の気配を感じながら生活できるという効果も生んでいます。

減築により、建物はひと回り小さくなりましたが、建物周辺や室内に新たに空間が生まれたことで、より豊かな暮らしを創出することができたと思います。住まい手としての客観的な総合評価としても、暮らしの満足度は非常に高い結果になったと実感しています。

「不動産としての価値向上」にこだわった理由は、たとえ築古物件であっても、次世代基準の性能に再生された物件は、資産としての高い価値を持つべきだという信念からです。
適切に維持管理され長い年月を経た建築ほど、アンティーク家具のように高く評価されるのが当然だと思います。「古い建物ほど価値がある」という世界では当たり前の価値観が、日本の不動産市場においては全く通用していない現状をなんとか変えたいとの思いがあります。

住宅を一世代ごとに建て替えるのではなく、価値ある資産として次の世代へ受け渡していくことが、持続可能で真に豊かな社会を実現すると考えています。
今回の試みが、その小さな一歩となることを願っています。

桑原 誠二(住宅医・一級建築士・不動産鑑定士)