住宅医の改修事例 No.0133「賃貸集合住宅における性能向上改修 -築62年木造賃貸アパートの再生-」
村上 康史 ( 住宅医 / 村上康史建築設計事務所 / 東京都・滋賀県 )
今回は1960年(改修当時 築62年)に建てられた木造賃貸住宅の改修事例をご紹介します。この改修では各性能の向上に加え、集合住宅ならではの法規制への対応、賃貸住宅としての収益性も踏まえた改修を行うことが大きなテーマとなりました。
敷地環境
場所は京都市左京区、周辺には大学も多く位置している市街地の一角です。改修を行ったのは、当時学生向けに建てられた風呂なしの木造賃貸アパートです。
敷地は旗竿状で周囲を建物に囲まれています。居室の窓が面する東側には3階建てのマンションが建ち、共用廊下の面する西側の隣地とは約2mの高低差があるため、谷のような立地で光が入りにくい環境でした。
改修の経緯
この建物のオーナーさんは京都市内で複数の不動産を運営されています。こちらのアパートは所有される建物の中でも特に古く、改修前の入居は1室のみの状況でした。
土地の条件上新しく建て替えることができないため、場当たり的な改修ではなく、長期的に不動産価値を維持できる活用方法を考えていく必要がありました。そのため、地域性やニーズに合った用途への活用方法と収支計画に併せて、今後も長期的視野で運営ができるよう建物の基盤となる耐震・温熱・防火性能の向上を行うことになりました。
詳細調査
調査は2日間に渡って行いました。共用の外廊下には各住戸のガス管や給排水管、電気配線が入り組んでいてメンテナンスができない状態になっており、とても雑多な外観になっていました。西側の廊下面の開口部には雨垂れによる著しい汚れが多く見られ、東側にある出窓や水切りの板金は錆が進行している状態でした。
内部と床下・小屋裏の調査です。
2階天井には複数の漏水跡があり、直上の小屋裏を調査したところ、野地板に漏水跡が確認されました。
また床下の一部は湿気が多く、土台や大引きの腐朽に加え、無筋の基礎には蟻道も見られました。湿気の要因として周りの地盤の水はけが悪いため、地中へ浸み込んだ雨水が床下まで侵入していることが想定できました。
壁・床・小屋裏ともに断熱材はなく、開口部は木製建具と単板ガラスです。一部はアルミサッシに改修されていましたが、延焼ライン内でありながら(敷地は準防火地域)防火設備となっていない状態でした。
改修前平面
既存建物は風呂なしの住戸4戸が2層になった計8戸のアパートです。図面は現存していなかったため、実測により図面化を行いました。界壁に直交する桁行方向は東・西面共にほぼ開口部になっていて、耐震要素はほぼ皆無の状態でした。既存キッチンに面して3畳の和室がありましたが、単身者用の住戸としては使い様のないスペースになっていました。
また部分的な増築によって消防法にも適合していない状態となっていました。一部住戸に増築された浴室により隣地境界との離隔距離が確保できておらず、2階は消防法上の無窓階となっていました。(無窓階となることで本来は2階住戸からの避難経路に誘導灯の設置が必要となります)
改修計画
エリアの特性や調査を踏まえて、1階は工房やアトリエとして使える仕様に、2階は住戸のまま改修して職住近接型の集合住宅として改修を行いました。
1階には5室のアトリエと共用のラウンジ(2階住戸の入居者も利用可能)を設けました。1階をワークスペース・共有部として改修することで、木造アパートの弱点である音漏れにも配慮しています。
小さな開口部が連続していることで耐震要素のなかった西側の共用廊下側の立面は、耐力壁となる外壁と新たな開口部となる掃出しのサッシによってメリハリのある構成に変え、桁行方向の耐震要素と室内の明るさをそれぞれ確保しました。周囲からの各室内への視線に配慮し、一部サッシ面をセットバックさせています。西側はレンガを敷いてテラス化し、陰湿な外廊下を明るい屋外空間へ改修しました。
2階平面図です。使いどころのなかった3畳の和室は水廻りと土間に変更しました。土間は植栽や自転車を置いたりテラス的に使ったりできるスペースとして、通常の単身者物件にはないスペースとして周辺の物件との差別化を行いました。屋内化した内土間、屋外になった外土間の2種類を設け、入居者が好みで選べるようにしています。
劣化対策
改修後は配管用のPS、給湯器やガス・電気メーターなどの設備機器を納めるスペースをそれぞれ設置し、共有部の雑多さの解消とメンテナンスの容易化を図りました。劣化の目立っていた西側廊下の外壁は解体し、通気層を設けています。
また地盤の水はけの悪さを改善するため、周辺に土間を打設して集水桝を設け、建物周囲の地中に雨水が浸透しないよう整備しました。漏水していた屋根は下地ごと葺き替え、錆の進行していた既存の庇もあたらしく葺き替えています。
耐震改修
既存の無筋基礎に対して新規基礎を添え、ケミカルアンカーを打ち一体化しています。改修後に新規耐力壁となる位置にも基礎梁を設け、全面に耐圧版を打設しました。また外廊下の独立基礎のうち、劣化していた箇所には新しく独立基礎を設けて柱脚金物で既存柱と接合しています。
上部構造の耐力壁は構造用合板で構成し、不足していた桁行方向の耐力壁を確保できるようプランニングを行っていきました。小屋組みは雲筋交いを設置して補強しています。
2階床は造用合板24㎜、軒レベルでは鋼製火打ちを設けて水平構面を確保しました。屋根は垂木を取替えて屋根構面をつくり、土葺きの瓦から金属板に葺き替えて軽量化を行っています。改修後の上部構造評点は 1.29まで向上しました。
温熱改修
1階は用途上全面を土間としたため、仕上げのモルタル下にポリスチレンフォーム50㎜を敷いています。外周は高性能グラスウール16K 105㎜で、遮音用として各室の界壁及び1階の天井裏にも同様のグラスウールを充填しています。
開口部はすべてアルミ樹脂複合サッシへ取替え、1階はアトリエ用途であることから複層ガラス、2階の住戸はLow-E複層ガラスとしています。戸建て住宅ほどの断熱性能でないですが、改修前後でUa値は2.88から0.64へ改善しました。またグリーン住宅ポイント制度を活用し、屋根上に太陽光発電を設置して共用部の電力を賄っています。
防火改修
界壁や開口部、消防設備など、過去の改修・増築によって各法令に不適合となっていた部分を適法化させるよう計画を行いました。
敷地は準防火地域のため、延焼ライン内の開口部は防火設備へ、換気設備はFD付へ変更して適法化を行いました。また消防署と協議を行って誘導灯、漏電火災警報器、非常用照明などの不足する消防設備を設置し消防法にも適法化させました。
共同住宅では準耐火構造の界壁を小屋裏まで施工する必要がありますが(施工令114条区画)、既存建物は廊下上の小屋裏において界壁が施工されていない状態でした。加えて、予算上廊下の軒天は既存利用としていたので、この部分の界壁の施工が困難な状態でした。そこで、界壁の代替措置として告示で仕様が規定されている強化天井(強化PB t12.5 ×2枚 +PB t12.5)を用い、天井までの界壁と強化天井により区画ラインを形成して適法化させる方針としました。
1階は用途変更により3室以内ごとに準耐火構造の界壁で区画を行っています。
改修前後の性能比較です。
今回は高齢者の使用を想定しない賃貸物件のためバリアフリー性の向上は行っていませんが、それ以外の各性能を全体的に改善し、目標としていたレベルまで向上させることができました。
改修前後の様子
暗くて陰湿な雰囲気のあった屋外廊下は、仕上げや開口部の変更、植栽によって明るい空間へと変わりました。入り組んでいた配管類を集約したのですっきりとした印象になっています。
耐震要素がほぼ皆無だった廊下側の立面は、耐力壁となる外壁と新たな開口部となる掃き出しサッシによるメリハリある構成として、耐震要素の確保と室内の暗さの改善を実現しています。
2階廊下です。各住戸のガス・電気メーターや給湯器といった機器類は設備スペースに集約したので、機器や配管による雑多な印象がなくなりました。
2階の土間付きワンルームの住戸、1階のアトリエの様子です。今回、共同住宅の用途による法規制と予算とのバランスから、既存の古材を現しにするような改修は難しかったのですが、改修前の竿縁天井の化粧棟木を再利用するなど、所々は昔の面影を残しました。
最後に
■老朽化により都市部において負の資源となっている築古の木造賃貸アパートの活用の在り方を示すことが今回の改修における課題のひとつでもありました。
■賃貸住宅は収益性が第一に求められる建物のため、築古の物件は見た目だけを新しくした場当たり的な改修が行われるか、ローコストの画一的なアパートへ建て替えられることがほとんどです。ただそうした改修や建て替えによる賃貸住宅は、手早く費用を回収できる一方で陳腐化していくのも早く、長期的に収益を維持できなくなる事例も多く見られます。
■今回の改修では総合的な性能向上と適法化を行って建物の寿命を延ばし居住の快適性を高めた上で、地域性に応じた用途への変更、共有部の整備、住戸プランの工夫により、周辺の物件との差別化を行い長期的に不動産価値と収益を維持できる建物にすることを目指しました。
改修後は安定的に運営されており、現時点では想定していた収支計画をおおよそ実現できています。(改修前に唯一入居されていた方も、改修後に再入居して頂きました。)
今回のような築古の賃貸住宅であっても、快適性や安全性を高め、時間の蓄積を活かした空間づくりを行うことで、新築にはない魅力を備えた物件として再び長期的な運営を行っていけるのではないかと思います。
■都市部に多く残る築古の賃貸アパートは町家や古民家のように立派な建物ではないですが、地域の風景や街並みをつくる要素の一つでもあります。老朽化・空き家化している賃貸アパートが再生されることにより、再び地域との関係性が生まれ街の豊かさに寄与することができるのではないかと考えています。また持ち家を購入せず生涯賃貸住宅に住むことも選択肢として増えている昨今、賃貸住宅の居住性能を見直していくこともこれからの重要な課題ではないかと思います。今回の改修はひとつの小さな事例ではありますが、古い賃貸住宅の在り方を見直すきっかけになれば幸いです。
賃貸集合住宅における性能向上改修 -築62年木造賃貸アパートの再生-
設計・監理:村上康史
竣工写真:貝出翔太郎
事業主:株式会社若竹寮
企画・管理:株式会社アッドスパイス
構造設計:合同会社MOF
施工:株式会社椎口工務店
敷地:京都市左京区
規模:木造2階建
©Yasufumi Murakami , jutakui
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一級建築士事務所 村上康史建築設計事務所 https://ymarchi.com/