住宅医の改修事例No,103 築およそ100年の古民家をスケルトン改修して性能向上~町に開いた仕事場付き住居に 

藤井洋介(住宅医/竹中工務店)

東京都内に暮らしていた私たち夫婦は、2017年秋頃から地方で暮らしたいと思いはじめ、移住先を探す中で神奈川県にある真鶴という小さな町と出会いました。そして何度か通ううちに、この町にしかない魅力にはまっていきました。
人の縁で紹介してもらった築約100年の空き家を購入し、思う存分改修して住もうと決めたのが2018年2月、住宅医スクールで学びながら設計を進め、1年半の歳月を経て「100年経った新しい住まい」が完成しました。

真鶴について


真鶴町は神奈川県の西端に位置し、人口約7000人余りの小さな町で、神奈川県で唯一過疎地に指定されています。
坂道と階段、石積みの擁壁が多いこの町では、家と家の隙間を縫うように「背戸道(せとみち)」と呼ばれる狭い生活道が張り巡らされています。背戸道に面した家々では、生け垣を設け、小さな畑を作り、洗濯物を干し、実のなる木を植えるなど懐かしい日常の風景によって公私の境界を彩り、真鶴の特徴的な景観を作り出しています。
しかし、建物やインフラの老朽化や空き家の問題が顕在化してくると、この景観を維持することが難しくなってきています。さらに、資産価値がなく再建築不可の物件は不動産屋の流通に乗らないことが問題を深刻にしています。
「住み継ぐ」という選択肢しかないこれらの家々は、人の手を加えないと維持できません。
風景を壊さないように改修する—これがこの町で私が強く感じた役割でした。

物件概要

建築地■■■■■神奈川県足柄下郡真鶴町
用途地域■■■■第一種住居地域 防火指定なし
省エネ地域区分6地域
築年■■■■■■大正末期~昭和初期
構造■■■■■■木造 改修前:地上2階、改修後:地上1階
敷地面積■■■■278.5㎡
延床面積■■■■改修前 106.9㎡(2階 7.5㎡、1階 99.4㎡)
■■■■■■■■改修後 108.2㎡
家族構成■■■■夫婦+子供1人

改修前プラン

購入した家は元は平屋の質素な古民家です。接道は西側の背戸道のみで車道からは150mほど奥まっており、再建築はできません。
築年は不明で、関東大震災の後に建てられたということだけわかっていました。敷地は南下がりの斜面地で、南北の隣地とはそれぞれ2m程度の高低差があります。
柱はほとんどが3寸5分角と細く、小屋梁は多くが切り欠きのある再利用材でした。関東大震災で建築資材が不足していた貧しかった時代に建てられた建物のようです。
母屋の東西北には40~50年前に増築がされていました。東の増築棟は2階建てで寝室として使われていたようです。
西・南の敷地境界の生垣は鬱蒼と生い茂り、道路から建物の様子がまったく見えず町と隔絶した家となっていました。

プランは水場が東西に分かれ使い勝手が悪く、内部が細かく間仕切られていたためとても暗い状況でした。



建物調査 

建物調査は2018年6月、雨が降る中行われました。
自邸のため、私が「依頼主」であり「設計者=調査員」です。

建物調査結果・性能診断

建物調査の結果以下のような所見にまとめることができました。
①雨漏りなし
②建物に顕著なゆがみなし
③北西から西の床下の土壌の湿り、部材の劣化、蟻害(柱まで到達)
④東増築棟の床下部材の腐朽(水場の足元)
特に③北西から西の部材の劣化・蟻害はひどく、その原因は北側隣地や西側道路から流れ込む雨が、北と西の増築部に阻まれて抜け道がないため雨が降るたびにできる水たまりにあることが明らかでした。
性能診断結果は以下です。

+

劣化    :北西~西の増築部、東の増築部の床下の部材劣化・蟻害が著しい
耐震    :貫ありの土壁であるが経年で痩せ横架材との隙間が多い。柱が3寸5分と細い
断熱    :無断熱。アルミサッシまたは木建具。シングルガラス
省エネ :空き家であったため未評価
バリアフリー:各所段差あり。手すり無し。階段が急勾配
防火    :2階寝室が台所の直上にあり、2方向避難も確保できていないため危険

コンセプトと解体範囲の検討

建物調査をもとに、以下5点を改修のコンセプトとして掲げました。
・町との接点をもつこと
・周囲の風景から浮き立たないこと
・可変性を持つこと
・耐震性を確保すること
・温熱環境を改善すること
これらの実現のためにスケルトンの状態まで解体し、抜本的に手を入れることにしました。

解体工事が終わった2018年の年末、地盤調査(スウェーデン式調査法)を行いました。もともと山岳地であり、粘性土・自沈層なし・換算N値3以上の良好地盤であることがわかりました。

改修後プラン

新しいプランは以下の3つのゾーンから構成されています。
『暮らしのコア』
■■田の字プランを踏襲した生活の中心的機能
『町とのバッファ』
■■外部との接点をもちながら生活空間と緩やかに仕切る緩衝地帯
『パブリック/プライベートの両端』
■■町に開かれた仕事場と、その対角の位置にある寝室・子供スペース
これらは、既存建物の軸組を丁寧に読み解きながら、私たち家族のこの町での暮らしを想像しながら導き出されたプランです。

■プランの特徴① フレキシブルな間取り
食堂・居間・和室を障子・襖で間仕切り、使い方の可変性を持たせています。
和室は客間として、あるいは仕事場への来客時の打合室として使うことを想定しています。

■プランの特徴② 台所を中心とした配置
水場のレイアウトを集約し、家事動線の効率化を図っています。
台所からは全方位的に視線が届くよう開口部などを計画しているため、家族や来客の動きを把握でき、かつ庭を眺めながら家事を行うことができます。
水場と直接つながった和室は、洗濯物をたたむ・しまうなど家事をサポートする日常使いの部屋として機能します。

■プランの特徴③ 町にひらかれた仕事場
鬱蒼としていた西側の生垣を一部撤去し、町に開かれた土間レベルの仕事場を作り出しています。入口は前面道路側に設け「いとなみ」を町とつないでいくことを狙いとしています。
住宅部分とは障子や引戸で緩やかに仕切られ、専用のトイレとミニキッチンを設けているため、プライベートな生活エリアに干渉せずに機能的に完結しています。将来的に小さな店舗としても利用可能です。

■プランの特徴④ 明るさの確保と雨水処理
改修前もっとも暗かった北西の和室に外光を取り入れ、水はけの悪かった北西部に雨水処理ルートを確保するため、増築されていた建屋の一部を減築して西庭を作り出しています。
北側にたまった水は側溝で東西の浸透桝まで導いて処理するようにしています。

■プランの特徴⑤ たくさんの入口、町との接点を持つ仕掛け
境界としての記号性が強い玄関扉は正面からは感じられにくいようにしています。代わりに広縁・濡縁・廊下に入口を設けることでゆるい境界とし、町に開きながら大勢の来客時や友人がどこからでも出入りしやすいようにしています。
玄関脇濡縁は近所の友人の気軽な立ち寄りを促す仕掛けとして機能します。
これらの「町とのバッファ」は、生活空間とは障子で仕切られ、状況に応じて開く/閉じるをコントロールすることができます。

耐震性の確保

既存の桁と梁の位置は決まっているため、それを頼りにしながらプランの検討と耐力壁の配置計画は常に行き来して調整を繰り返しました。
基礎に弱点があるため、壁量を減らす目的で倍率の高い壁を設けることは避け、2.5倍程度の耐力壁を全体にバランスよく配置することを心掛けています。

■上部構造評点
・構造的に不安定な東増築部の2階を撤去
・増築部と旧母屋をゾーニングして各々で壁量を満たすように計画
・床は24㎜の合板として足元を一体化
・屋根は既存垂木・野地板の上に合板で補強
・旧母屋の桁フレームの四隅に火打ちを入れて変形を防止

■基礎の要点
・腐朽・蟻害のあった部材はすべて入れ替え
・耐力壁を入れた主構面のラインに敷土台を敷設
・東側・西側の増築棟はべた基礎を新設

温熱環境の向上

「古民家に住む」という言葉から受ける印象の筆頭に「暑い寒いを我慢して暮らす」イメージがあります。
快適に、健康的に暮らすことは住宅の基本条件であるとの考えから、古民家といえども温熱環境の向上に努め、HEAT20のG1を目標として設定しました。
■断熱補強の要点
・外壁は外張り断熱として断熱欠損や内部結露のリスクを最小限化
・屋根断熱は屋根の更新に伴い外側から付加
・床下断熱は大引き間に敷設
・サッシはすべて高断熱木製サッシを採用
・夏季の日射遮蔽を考慮した軒の出寸法を計画

UA値、Q値共に改修前から大幅に改善しています。目標としていたHEAT20のG1にはUA値ではクリアしましたが、古民家改修のため漏気の影響を参入したQ値では未到達で、漏気対策に課題を残しました。

実績レポート

多くの項目で大幅に改善することができました。
「火災時の安全性」は軒裏の木部をあらわしにしていること、消火器を未購入なことから低評価となり、「バリアフリー性」は浴室やトイレへの手摺未設置(下地のみ施工)、寝室・事務所の床段差、アプローチの段差から低評価となっています。

+

意匠



正面
生活の光がお出迎えします。




南全景
屋根はガルバリウム鋼板平葺き、外壁は杉板と窯業系スレートを使い分け、ともに見付幅を揃えた下見板貼りとしています。




広縁の大きな開口
軒先は延長しています。




東外観
2階を撤去しています。




西外観
町と関わりを持ちます。


あらわしとなった既存小屋裏
柱や差鴨居とともに灰汁抜きをしています。
もともと囲炉裏の煙抜きがあったと思われる場所にトップライトを設けて台所に自然光を落としています。


一続きの食堂と居間
内部の建具はすべて既存のものを再利用しています。


南と東に開けた食堂
テーブルは真鶴岬の林の風倒木を利用してつくったオリジナルです。


生活の中心となる台所


冬季は日当たりがよい広縁
濡縁と小さな扉でつながっています。



外の縁側と内の縁側
生活空間とは障子で仕切ることができます。


和室
居間越しに南庭が、廊下越しに西庭が見えます。


東西の廊下
天井の羽目板は縁側に貼られていたフローリングを再利用しています。


濡縁から
食堂、台所、ロフトまで見通すことができます。
古いものと新しいものが重なり合い、これからの住まいが生まれました。