温熱・省エネ改修 課題解決のヒント|住宅医リレーコラム2023年3月|

野池 政宏住宅医スクール講師 / 住まいと環境社 代表 / 大阪府

国もようやく 2050年カーボンニュートラル に本腰を入れはじめ、住宅部門もその実現に向けた取り組みを行う必要があります。その中でも既存住宅の省エネ改修をどう進めていくかは極めて重要な課題として挙げられています。新築だけに力を入れても住宅部門の脱炭素化はまったく不十分であることに加え、そもそもこれまで省エネ改修というものが脇役に追いやられていたという状況によってその技術が十分に成熟・普及していないからです。
また「省エネ改修 = エネルギー消費量の削減を目指す改修」という意味にとらえるのが妥当でしょうが、当然ながら併せて温熱改修も実施すべきです。
この小文では、温熱・省エネ改修という視点で全体を整理しながら、そこでの課題と課題解決のヒントが提示できればと思います。

1.適切な温熱環境と省エネルギーを実現する最重要項目

改修に限らず、適切な 温熱環境と省エネルギー を実現する上で最重要となる 大項目は以下に整理できます。

改修においてもこの 7つの項目全体を頭に入れながら計画する必要があり、この理解が何より重要です。また、この全体についての理解や知識を獲得しなければ、適切な計画はできません。問題は「どこまでの理解や知識が必要か?」というところですが、そのあたりは読み進めてもらえればある程度のイメージはつかめるはずです。

2.断熱性能

断熱性能は「冬暖かく、暖房の省エネ」に向かうベースになるものであり、極めて重要です。とくに改修においてはもうひとつの「日射熱取得」という工夫を行える場合は限られており、次に述べる気密性能と併せて保温性能を高めることが中心になります。
「どこまで断熱性能を高めるべきか?」という議論は なかなかに複雑で、様々な意見があります。私は快適かつ健康的な温熱環境を実現するという視点から「暖房室を無理なく暖房できる」「暖房室の上下温度差を一定に小さくできる」「非暖房室の室温を一定に確保する」「室温と表面温度との差を一定に小さくできる」という目標に従い、次のような提案をしています。

さて問題はこの断熱性能をどんな方法で判断するかです。新築や全面改修であればUA値を計算すればよいわけですが、部分改修であれば「その範囲のUA値」を出す必要があり、それを妥当な数値にするには間仕切り壁や階間の扱い(正確には温度差係数の扱い)についての知識が必要になります。このあたりは『改修版 自立循環型住宅への設計ガイドライン(IBEC)』が参考になると思います。
もうひとつの方法は仕様で判断することです。たとえば新築で等級5となるような仕様を把握し、改修時にそれと同等な仕様にすることで「見なし等級5」と判断するという考え方です。すぐ前に書いた「妥当なUA値計算」ができるようになるまではこの方法に従えば良いと思いますが、注意したいのは、面積の小さい外壁が1面にしかない部屋の場合です。
こうした場合だと部屋全体に対して断熱性能を上げられる部位が小さくなり、思ったよりも効果が出ない可能性があります。


改修版 自立循環型住宅への設計ガイドライン(一般財団法人住宅・建築 SDGs 推進センター) http://www.jjj-design.org/jjj/jjj-guideline.html

3.窓の性能

断熱性能の向上を狙いたい改修では窓が極めて重要であることは言うまでもありません。
そのとき、必ず心がけてほしいのは「断熱性能を熱貫流率で判断する」ということです。サッシとガラスの仕様の組み合わせで判断する人をよく見かけますが、たとえば同じアルミ樹脂複合サッシでもメーカーやシリーズによって熱貫流率は異なります。
このことを明確に知るためにも、メーカーが細かく分類したそれぞれの窓について試験等によって数値を保証する「自己適合宣言による数値」をネット上で公開しているので、ぜひその情報を確認してください。この数値が「実際に近い性能」を示しています。
もうひとつ重要なのが内窓や窓の付属部材による熱貫流率の変化です。内窓はもちろんですが、内障子・厚手のカーテン・ハニカムスクリーンといった付属部材は熱貫流率を小さくします。しかし「どんな窓にどんな内窓や付属部材を設置すれば熱貫流率がどうなるか?」を求める計算方法はほとんど知られていません。改修は「より詳細に、よりリアルに」が求められるものなので、こうした計算方法をぜひ見つけてください。

4.気密性能

新築では仕様や納まり、気密への配慮が施工会社によってある程度決まるので、そのパターンごとに何回か気密測定をやれば「だいたいこれくらいのC値 になる」というのは見えてきます。しかし改修ではbeforeの状態が様々であり、しかも対象となる住宅の気密性能はかなり低いのが一般的であってその向上が非常に重要であることから、「改修では気密測定は必須(改修こそ気密測定)」と考えるべきです。
ただ現実には「建物全体の骨組みを残すだけにまで解体する」という場合を除き、改修で適切な気密性能を確保するのはなかなか難しいものです。そうしたことも考慮して、改修で目指したい気密性能(C値)を挙げておきます(私が新築で実現したいと提案している数値の2倍です)。


ちなみに断熱仕様とC値がわかれば、その建物の保温性能の指標になるQ値が計算できるようになります。いまの外皮計算はUA値を出すので Q値が計算できる外皮計算ツールは限られますが、情報を追いかければ手計算で出すことも可能です。

4.日射遮蔽

一定の屋根(天井)と外壁の断熱性能があれば、その部分から入る日射熱は少なくできますが、窓から入る日射熱は断熱性能を高めるだけでは十分に減らせません。それを理解していただくために、日射熱取得率を示した次の表を見てください。

窓の日射熱取得率とは「窓に当たった日射熱が室内に入る割合」を示したものです。私は様々な視点で検討した結果、「直射が当たる窓の日射熱取得率は 0.1程度(10% 程度)にすべき」と提案しています。それに従えば、「樹脂サッシ+ Low-E 三層日射遮蔽型ガラス」でも不十分です。一方、外付けの日除けを設置すれば、日射取得型ガラスであっても目標に到達します。もちろん軒や庇にも日除け効果はあり、それも同様に計算できますが「冷房期間中のすべての時間において完全に直射が当たらない」となる仕様にしないと住まい手から不満が出る可能性があります。
ということで、「適切な日射遮蔽性能の向上 = 直射が当たる窓には外付け日除けを設置する」を大原則に改修提案をしてください。すだれでも良いので簡単な話だと思います。

5.日射熱取得

改修では積極的に南面の窓を増やすことは難しいですが、南面の窓が冬の日射熱取得に重要なポイントになることは理解しておくべきです。南面の日当たりがよく、beforeにおいて南面の窓がそもそも多い場合は、それを活用することの優先順位を高くすべきです。
冬の日射量が多い地域であれば、「断熱性能向上だけ」に比べて「断熱性能向上 + 日射熱取得」と合わせ技にすれば暖房エネルギー(暖房費)が半分になる可能性もあります。

6.暖冷房計画

適切な温熱環境の実現には、保温(断熱・気密)と日射遮蔽だけでは不十分です。暖冷房機器(もしくは暖冷房システム)と暖冷房スケジュール(範囲、設定温度、運転時間)の検討・提案もつくり手の重要な仕事です。
また暖冷房計画は暖冷房エネルギー消費量にも大きな影響を与えます。このとき、基本的には温熱環境を向上させる暖冷房計画は暖冷房エネルギーを増やす方向に向かうことを知っておかねばなりません。建物の性能向上(断熱・気密、日射遮蔽)と暖冷房計画を同時に検討することによって「ちょうど良い落としどころ」を探る必要があるわけです。
ただこのあたりは 詳細なシミュレーションツールを使いこなすことによってしかつかむことができないという問題があります。このあたりも含め、暖冷房計画に関する情報を積極的に取りに行く意識を持ってほしいと思います。


詳細なシミュレーションツール参考
・EnergyZOO(パッシブシミュレーター)https://energy-zoo.com/function/func07/
・ホームズ君省エネ診断(パッシブ設計オプション)https://www.homeskun.com/products/homesene/passive/

7.設備計画

改修と設備の更新のタイミングによっては十分な省エネ提案ができない場合もありますが、とくに給湯に関しては節湯水栓等のコスパが高い提案をしたいところです。もちろん LED照明の提案は必須だと思います。
また保温性能や日射遮蔽性能が十分に確保できない場合は、暖冷房範囲や運転時間を増やすことによって適切な温度環境を確保することを目指し、そこで増えてしまう暖冷房エネルギーを相殺するために太陽光発電を設置するという発想も持っておきたいところです。これは「裏技」であり、基本的には保温性能の確保を優先すべきであることは言うまでもありませんが、保温性能をさらに向上させるよりも太陽光発電を設置するほうがコストがかからない場合があります。

8.実測

改修後の室温とエネルギーの実測・把握にぜひ取り組んでください。室温データを取りたい部屋は主居室・寝室・各階の非居室です。たとえば 2階建てで 1階LDKの一般的なプランであれば、LDK・1階脱衣室・2階寝室・2階ホールが適切でしょう。
エネルギーについては月別の電気・ガス・灯油の消費量を把握すればよく、1年間分を集めればエネルギー性能の評価がしやすくなります。
得られたデータを適切な方法で分析・評価することも重要です。そこでは「どの程度の室温とエネルギー消費量になっていればよいか?」という基礎知識が必要になります。本来あるべき姿勢は、こうした目標値をまず決め、そこに到達させる様々な手法を理解し、その知識と経験を持ってそれぞれの改修に臨むというものでしょう。新築・改修に限らず、手法だけに注目した議論が目立ちます。本来のゴール(適切な温熱環境とエネルギー消費量)を見定めた家づくりを追究してほしいと思います。


写真:住まいと環境社ホームページより
|LINK| 住まいと環境社


\\住宅医スクール2023(第1回)野池先生の特別講義 4月1日//
詳細細はこちら https://sapj.or.jp/skillup20230401/
 申込締め切りました