住宅医の改修事例 No,102 (重量)鉄骨3階の住宅改修~検査済証無しの建築法規対応方法

寺田孝博(住宅医/寺田建築事務所

住宅医協会から与えられたテーマに基づき、2020年1月の住宅医検定会で発表した事例報告のうち、工事完了検査済み証が無い建物の増築に係る建築法規の対応方法、申請手続きに絞って報告します。

弊社は「建築法務専門事務所」として、官民の主として特殊建築物の遵法性調査・各種建物調査・検査済み無し建物の増築・用途変更等の調査、設計、申請、監理を行っています。またRC・S・W造等の構造方法は限定しておらず、住宅医としては若干異質な事例紹介となります事を御了承ください。
 


■ 経緯

この事例の増築、リノベ―ションの最大のきっかけは、家族構成の変化と二世代同居にありました。左は新築時です。1階にお婆ちゃんが、2階・3階をお父さんとお母さんと子供二人が使っていました。やがてお婆ちゃんとお父さんが亡くなり、子供達も結婚して家を出ました。そうして約55坪、3階建ての家にお母さんがひとりで住んでいました。
結婚して別に暮らしていた息子さん夫婦が同居することになったのが計画のきっかけです。 会社は定年で退職なさいましたが、未だお仕事をされているお母さんが3階に住み、1.2階は若夫婦が使うことになりました。
 


■ 既存建物の概要
平成10年に建てられた重量鉄骨造3階建て約55坪の専用住宅です。
新築時には指定建蔽率が60%だったのですが、その後80%に変更されたので今回の平面増築が可能となりました。
周辺環境は、アジア太平洋戦争時の東京空襲で焼失し、建物のほとんどが戦後に建築され、町工場と住宅がひしめきあう混合密集市街地です。用途地域としては準工業地域ですが、最近は町工場が少なくなり住宅が増えています。隅田川に近く、地盤が悪いという事が予想できました。時々 潮風の香りが運ばれてくる場所です。
工事場所    東京都荒川区地内
用途地域    準工業地域、指定建蔽率80%、指定容積率300%
■■■■    第三種高度地域、日影規制 5t/3t 測定面6.5m
■■■■    東京都建築安全条例第7条の3による防火規制区域(準防火地域)
構造規模    鉄骨造 地上3階建て
敷地面積    100.51㎡
延床面積    既存181.17㎡+増築32.38㎡=213.55㎡
建築面積      既存60.39㎡+増築14.56㎡=74.9㎡
建築確認済証    平成9年 荒川区
完了検査済証  無し・竣工時期 平成10年新築(登記情報)
その他     準耐火建築物(ロ-2)
前面道路    特別区道   幅員8.04m~8.41m
 


■ 初期の検討・集団規定関係

逆日影に依るアイソメ


日影図


建築主であるお母さんの最初の希望は、4階に増築したいというものでした。
新築時に工事会社にそう依頼していたし、そのようになっていると報告を受けていたというものでした。
そこで集団規定のチェックをしました。
逆日影で検討し、4階部分は屋根裏部屋みたいなものしかできない事。
準防火地域で4階建てにすると準耐火建築物ロ-2から耐火建築物(耐火構造)にしなければならなくなる事。また3階建から4階建にすると階段の竪穴区画が必要となります。
構造的には、既存の構造計算書では、屋上の積載荷重を180kg/㎡としていましたが、その他固定荷重の増加を考慮すると地震力が増大し、新規に壁面ブレース等による補強が必要でした。また一体増築の場合は、柱材の材質により補強が必要となる可能性がありました。さらに現行法遡及により基礎柱脚部分の補強が必要となる可能性がある等の事項を整理し概算工事費を算出し提示しました。
その結果 費用対効果から4階増築は賢明な選択とは言えないでしょうということで お母さんには4階増築を断念してもらいました。
そこで浮上したのが3階横増築・ホームエレベーター設置案です。
このように専門的な説明をするときは、ただ「出来ない」「難しい」と言うのではなくエビデンスに基づき建築主に説明しています。
 


■ 基本計画

道路側・東側バルコニーは、エキスパンションジョイントの納まりを単純化する為に撤去しました。屋外階段は劣化していたため位置を移動し新設しました。
1階、2階の既存の浴室・洗面所・トイレは、その位置はかえず一部設備機器の取り換え、内装材の張替等しました。
ホームエレベーターの平面的位置は、概ね決まったのですが車椅子対応のホームエレベーターが本当に納まるか。計画当初から施工図レベルの詳細図を何度も書いて検討しました。
構造上はEXP.Jで既存部分と増築部分を分離しています。既存建物は構造計算ルート-2の建物でしたが、増築部分は軒高を調整し9m以下にして構造計算ルート-1で行いました。
つまり既存部分を含めた全体の構造計算をするのは回避し構造適合判定の対象にならないようにしました。
構造的に分離増築するか一体増築かは、議論が分かれるところです。この事例では既存部分の補強工事費や設計費用等の低減につながる。すなわち建築主の費用負担を少しでも減らすために構造は分離することを選択しました。
一般的に建蔽率に余裕がある場合に横増築は可能です。2018年法改正で法53条に建蔽率の1/10加算項目が出来ましたので、今後こうした平面増築の需要は増えるかもしれません。
都市では、PM2.5とかスギ花粉・檜花粉等があり洗濯物や布団を外気で乾燥するのが、はばかられるような環境となっています。都市の高密度の住環境の中でオープンバルコニーというのが、はたして適切な計画なのかという疑問もあって、サンルーム的なものを提案しました。2階はリビングの延長となるサンルーム的なものになり、3階部分はお母さんからの要望でルーフバルコニーになりました。
三方向の外皮は既存のものをほぼ利用し、道路側に異なる外皮を付加することで、単なる改修ではなく、建物全体のデザインをブラッシュアップすることを意図しました。
 


■ 詳細調査

この建物は、建築確認申請はありましたが工事完了検査済証が無い建物だったので、
既存住宅状況調査と建築基準法に適合しているかどうか調査する建築基準法適合性状況調査の二種類の調査が必要でした。
そもそも弊社に業務の依頼があったのは、人伝てに「検済み無し建物の増築の設計・申請が出来る事務所」という事で相談があったからでした。
建設時には建築基準法に適合しているが、現在は既存不適格建築物ということを証明しないと増築確認申請は提出できません。
新築時の確認申請書の副本はありましたが、施工結果報告書類や施工者が撮影した工事中の写真は なにも残っていませんでした。
意外と役に立ったのが 亡くなったお父さんが撮影していた工事中のスナップ写真で柱が基礎に埋め込まれていた様子や鉄骨架構の全容を把握出来ました。
この詳細調査は、既存建物の図面、設計図書、施工写真、施工関係報告書等が、どれがどの程度残っているかによって調査費用も作業量も大きく変わります。本件の代表的な調査を二つ紹介します。


基礎調査(コア採取)
基礎の地中梁からコンクリートコアを採取している写真です。これは専門業者に依頼しています。市街地では、境界と建物の間が狭く基礎のコンクリート部分からのコア採取が、なかなか困難です。
この事例では、車庫部分の床スラブを解体・掘削し作業スペースを作りました。
白いチョーク部分は、配筋探査機を使いマーキングしています。
その上で地中梁からコアを採取し登録試験機関に送付しコンクリートの圧縮試験をしてもらい、報告書により圧縮強度・中性化を確認します。

鉄骨材質調査
鉄骨の材質は、測定器をレンタルし自分達で調査しています。荒川区の規定では、鉄骨のミルシートが残っていない場合は、鋼材判別機・サムスチールチェッカー等で鉄骨材質調査をすることになっています。
第三者による調査の有無を荒川区建築指導課に確認したところ不要と言う事なので自前で調査することにしました。出来そうなことは何でも自分達でやってしまいます。
調査に使用したのは、サムスチールチェッカーのアナログタイプのもの・現在はデジタルになり、アナログタイプをレンタルしているところは少ないと思います。
サムスチールチェッカーは、400N級鋼と490N鋼を識別する場合の簡易測定機でシリコン・マンガン量を電気抵抗率で評価する原理だそうです。

 
 
 


■ 設計方針
この建物は、建築確認申請上は増築です。(間取り非公開)
既存部分は木下地・断熱材などを全て撤去し工事をやり直すスケルトン・リノベーションで、構造体と外壁のALC版(t=100)、アルミサッシ等の開口部の多くは既存のものを残しています。
住宅医協会で提唱している六つの性能指標を全体的に向上させるようにしました。
採光、通風を確保する為に細かく区切った間取りではなく、ワンルームに近づけるように考えました。車椅子対応のホームエレベーターを設置しました。

改修前後 建物性能の比較


改修前の一次消費エネルギ-は、H28年基準で設計BEIは77.5GJ/戸・年、基準BEIは70.8GJ/戸・年でBEI 1.1でした。外壁がALC版t=100で内部にグラスウール材で断熱していたために外皮平均熱貫流率は0.88W/㎡Kでした。改修後の一次消費エネルギ-は、H28年基準で設計BEIは85.2GJ/戸・年、基準BEIは99.84GJ/戸・年でBEI 0.86となっています。外皮平均熱貫流率0.74W/㎡Kとなりました。車椅子対応型ホームエレベーターの設置に関しては、住宅医協会のバリアフリーの性能評価項目に含まれていないので評価から除外しています。
 


■ 法律の壁
法第86条の7は2005年(平成16年6月改正平成17年)施行改正され、法第20条に既存不適格が規定されました。
それ以前は、エキスパンジョイントで分離した増築ならば既存不適格を継続させる取扱いも広く行われていましが、平成17年改正は、根拠があいまいな状態で既存不適格継続をみとめていたことをルール化したものです。
法第3条第2項にある「法の規定の施行又は適用の際に現に存する物」で、あくまでも確認通知を受け検査済証があるものが対象であり、古い建物だからと言って既存不適格建築物ではありません。
「工事検査済み証が無い建物」は建築基準法の手続き上は違反であり、実態は誰も検査していないのだからグレーです。しかし、ほとんど何らかの違反箇所や原設計とは異なる箇所があると考えておいた方が良いと思います。
 

 


■ 二つの手続き方法

工事完了検査済証が無い場合 二つの手続き方法があります。
1つの方法は、特定行政庁に法第12条第5項報告等を提出する方法です。2つ目は国交省ガイドライン調査で指定確認検査機関に調査・審査をしてもらう方法です。
その昔は、増築にあたって既存部分については、ほとんど不問と言う時代がありました。法12条5項報告で申請する方法は、平成17年の法改正以降に増えてきました。いち早く対応したのが大連協(大阪府内建築行政連絡協議会)でした。現在でも改訂を重ね、総合的に良く練られた書式等を決められています。
その後日本建築行政会議の中の指定確認検査機関からの要望と検査済証のない建物の増築や用途変更への需要の高まりに対応し、平成26年に国交省からガイドラインが発表され国交省に届出をした指定確認検査機関がガイドライン調査に対応しています。
弊社は国交省ガイドラインが発表される以前から、直接特定行政庁と相談し検済み無し建物の増築・用途変更確認申請を行っていましたが、この国交省ガイドライン調査は、調査の流れは示していますが調査箇所、調査箇所数、判断基準を示していません。又ガイドライン調査は、建築基準法の体系の中で位置づけられていませんので、法的根拠がない任意の制度とされています。
指定確認検査機関によっては、確認申請副本(構造計算書含む)がある事。床面積が500㎡以上ある事、調査業務は審査機関に全て任せる事、建築主と審査機関が直接契約である事等が求められることがあります。また指定確認検査機関各社の担当者に技量のバラツキがあります。結局は特定行政庁に相談しないと諸々の結論が出ないこともあります。
もともと指定確認検査機関は、特定行政庁の「確認事務」を担っているのであり、建築主事のような裁量権はありません。検査済み証の無い建物の調査箇所や箇所数、調査範囲は、申請図書・記載事項が施行規則で決まっている建築確認申請とは異なり建築主事の判断で変わることが多いのです。
というような制限も多いので 弊社は、基本的に特定行政庁に法第12条第5項報告等で調査報告書を届出ています。
ただ最近は、既存建物に関する調査報告書は、既存不適格調書・現況調査書の詳細資料として建築確認申請時の添付図書として一体的に審査する特定行政庁が増えています。しかし行政の側にも検査済み証の無い建物の増築・用途変更を審査した事がある人は、まださほど多くないと言うのが現状ではないでしょうか。
この事例の申請先である東京都荒川区は、都内で唯一検査済証が無い既存建築物の調査箇所・調査数、各種書式を定めており行政との打合せは極めてスムーズに行われました。
結果、法第12条5項報告は審査期間約1ヶ月、建築確認申請期間約1.5ヶ月で決済されました。その後 計画変更確認申請、中間検査、完了検査は指定確認検査機関にて行い2019年12月に工事完了検査済証を取得しました。
 


■ 竣工

 

【竣工】
 

 
 

 
 


■ 木造戸建て住宅の場合の留意事項

四号建築物(木造2階建て住宅等・法第6条第1項第四号)の場合、工事完了検査をしなくても建物の使用開始ができる建築基準法の建付けなので、工事完了検査済証の無い既存建物は、特殊建築物と比較してもはるかに多いのが現状です。
しかし木造専用住宅には確認申請時の建物と規模も間取りも全く異なる場合や何度も増改修を繰り返し違反箇所が多い建物等があります。総じて特殊建築物と比べると実態的にも違反している部分が多い傾向があります。これらを法適合させる場合には是正工事費が嵩むため工事費がハードルとなり法令遵守の手続きは難しくなる場合が多く見られます。
また特殊建築物等の事業性のあるものとは異なり、戸建て住宅は総予算が限られている場合が多く、建築基準法を遵守した調査や計画を断念される場合が多いのが実情です。
 


■ 法令遵守で資産価値向上

土地や建物はいうまでもなく実物資産なのですが、昨今の不動産は金融資産として見られ評価される傾向が強まっています。とくにそれがわかるのが金融機関から融資を受ける時です。
その不動産を担保に、どれだけお金を借りられるかという評価が、不動産の価値として重視されています。建物価値=価格ではありませんが、お金が第一の現代では一般的に価値=価格として捉えられていますので不動産の売買価格や金融機関からの融資対象としてみた場合、建築物の法令遵守の必要性は年々重要な要素になってきています。
未接道・再建築不可建築物は、以前から資産価値は低く評価されていましたが、以前は検査済み証が無くても集団規定(容積率・建蔽率・斜線制限等)が違反していなければ、建物も普通の資産価値の評価を受けていました。しかし昨今では検査済証の無い建物は、買い手がつきづらい。築浅でも検査済証が無くその他の実態的違反がある建物は、建物部分は評価されないと言う事例が増えてきました。
検査済証があっても建築後に法改正が行なわれ、現行法規制に則っていない既存不適格建築物でも同等規模のものが建てられない場合等は金融機関の評価は低くなっているようです。
建築業界・設計業界は、法令遵守の意識は他業界に比べて高い方ではありませんが、今や法令遵守をしなければ資産価値は低減する時代なのだと認識してください。建築物の法令遵守をきちんと行い、次の世代にバトンを渡しましょう。