伝統構法と限界耐力計算|リレーコラム2023年9月

岩波 正 ( 住宅医スクール講師 / 三和総合設計(株) / 滋賀県 )

現在、住宅の構造(計算)チェック法は日常使う方法として3通りぐらいの方法があります。

まず一つ目は一般的に行われている壁量計算があります。ご存じの方がほとんどだと思いますが、建物の床面積あたり必要な耐震壁長さを建物の重さの種別によって計算する方法です。非常に簡単で使いやすいですが、曖昧な部分が多く、欠陥があると言わざるを得ませんが、次回の法改正により改正が行われるようです。

二つ目は、許容応力度計算というものです。法的には建物(木造)が3階建である場合や床面積が500㎡を超える建物については構造計算を行う必要があります。もちろん法律で求められなくてもこの計算により安全性を確かめることは問題ありません。この計算方法は建物の各階の重量を計算し、建物の高さ(最高の高さと軒高の平均値)がわかれば、与えられた公式により建物の固有周期や各層にかかる地震の分布係数などが計算され、各階にかかる地震力が計算されます。この地震力より、各階の耐震要素の耐力が大きければそれで良いという計算方法です。計算方法としては鉄筋コンクリートであっても鉄骨造であっても同じ方法です。基本的な地震力と耐震壁の比較だけならエクセルソフトなどに自分で公式を入力できるようにすれば誰でも簡単にできるものなのです。しかしながら、大部分の住宅が法律で求められる規模(3階又は500㎡)に達しないため、簡単な壁量計算で済ませているというのが現状です。許容応力度計算が法的に求められ審査機関のチェックを受ける場合は、各部材のチェックをはじめとして様々な計算が求められるので、難しくはないけどチェックすべきことが多いので非常に面倒であるという事になります。

三つめは、限界耐力計算という計算方法です。伝統構法の建物にかかわっておられる方なら聞いたことがあると思います。他にも時刻歴応答計算などという高度な計算方法もありますが、小規模な建物については手間も時間も費用も掛かるので、よほどのことがない限り使われません。ですから、この方法が最も高度な計算方法であるという事になります。高度な計算方法であるから非常に難しいと考える方もおられると思いますが、実用的な計算方法がJSCA関西からマニュアル化されていて、誰でも基本を理解すれば計算することができる計算方法です。

詳しくは講義のお話の中で説明させていただきますが、許容応力度計算と何が違うのでしょうか。そこを理解すれば、なぜ、伝統構法の木造住宅の計算に限界耐力計算を使うのかがわかると思います。伝統構法の建物は石場建てをはじめとし、現行の建築基準法の仕様規定を守れないからやむを得ず使わざるを得ないと思っておられる方もおられますがそうではありません。限界耐力計算と伝統構法の地震に耐える方法との関係を理解しないまま、法律をクリアーする道具としか考えておられない方もおられると思います。確認申請をクリアーするための道具ではなく、伝統構法がどのようにして地震に耐えるのかを理解することが重要です。

伝統構法の場合、壁量計算や許容応力度計算でチェックしたらNGだけど、限界耐力計算で計算するとOKになる。これはなぜかと言うと、計算方法と建物の構造的性質があっていないからです。超高層建物を中低層の建物を計算するための許容応力度計算でチェックするみたいなものなのです。

では、伝統構法の建物と許容応力度計算とはどのあたりが相性が悪いのでしょうか。
許容応力度計算では、建物の固有周期が一定であると決められています。木造の建物の場合、建物の高さ(最高の高さと軒高の平均値)に0.03をかけた数値とされています。例えば高さ7mであれば0.21秒という事になりますね。でも、本当は建物によって固有周期も違うし、建物が大きな力を受けて変形したときも固有周期は変わり、長くなってきます。

伝統構法の建物は耐震要素が貫や差鴨居などのように木と木のめり込みによるものや、土壁のように変形しても耐力を維持し続けるという性質があるものなのですが、そのあたりが全く考慮されていません。建物が全く同じものであるという前提で計算すると建物にかかる地震力も一定の値になるのですが、建物に変形性能(柔構造)があれば、建物の固有周期が長くなり建物が受ける地震力が小さくなります。許容応力度計算のように、建物に入力される地震に対して決められた数値より建物を強く造るというより、耐震要素のそれぞれの変形時の耐力を計算し、建物に入力される地震力が小さくなり、建物耐力のほうが上回ったときの変形の大きさが問題ないかを確認するのが限界耐力計算なのです。

現在、多く建てられている住宅は、筋かいや構造用面材を貼ることにより硬くて固有周期の短い建物になっています。ですから、地震力が軽減されることはないので許容応力度計算で安全性を確かめれば良いのですが、柔らかくて変形性能がある建物が長い固有周期になり建物に入力される地震力が小さくなったときでも変形しても壊れない伝統構法の計算方法には向いていないという事です。

伝統構法の建物は壁が少なく、開放的な建物が特徴です。

そういった建物の良さを残したまま安全であるという事が確かめられる計算方法が限界耐力計算なのです。

講義は非常に短い時間で概略しかお話しできません。講義の前にこのコラムを読んでいただけると、何をしようとしているのがわかっていただけると思います。興味を持っていただき、さらに深く勉強していただければ、建築の技術者なら必ず習得できる計算方法です。

岩波 正

©Tadashi Iwanami , Society of Architectural Pathologists Japan


 【 住宅医スクールオンライン information 】
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