認知症高齢者と家族の生活をサポートする住環境の整備、工夫 | リレーコラム2022年6月

室崎 千重 住宅医スクール講師 / 奈良女子大学生活環境学部准教授 )

高齢化の進行に伴い、認知症高齢者数は増加しており、在宅で暮らす方も増えています。認知症の方も、ご家族も、少しでも安心して暮らせるように住環境ができることもあるのではないでしょうか。認知症のご家族への聞き取り調査からわかったことを一部ご紹介します。
はじめに、どの認知症の方にも有効な住環境整備・工夫は残念ながらありません。認知症の種類、進行の程度、何より個人差も大きく、その人ごとに有効な整備・工夫を試しながら探っていくことになります。それでも、同じ整備・工夫が有効な場合もあり、ご紹介する事例が今後の整備の際に参考になることもあると期待しています。
在宅認知症高齢者への住環境整備・工夫を、認知機能に対応する整備・工夫と、身体機能に対する整備・工夫に分けてみていきます。は症状による差も、個人差も大きい点は留意が必要です。の身体機能に対する整備・工夫は、基本的な高齢者等へのバリアフリー対応・ユニバーサルデザインに共通する内容です。

 ① 認知機能に対する整備・工夫 
認知機能の低下により生じる状況への対応です。
「場所がわからず迷う」課題には、「見える化する」「見えない時は文字・絵で示す」対応が挙げられます。例えば、“トイレの場所がわからない”場合は以下のような対応策があります。

  • →トイレの扉に「トイレ」と書いた貼り紙。
    文字では伝わらない場合は絵で表示するとわかることもある。
  • →トイレの扉を開けておき、トイレが見えるようにしておく。
    トイレ内の照明もつけておくと、わかりやすい。
  • →トイレまでの動線の照明を明るくしておく。
    人感センサー式照明は、驚く人もいるので様子を見ながら導入するほうがよい。

類似の対応には、“着替えが見つからない”課題には、着替えをタンスから出して籠などに入れて見えるようにする。引き出し内が見えない場合は、外側に「長そで」など入っているモノを文字、絵で表示する等があります。


トイレのわかりやすさの工夫(「認知症のひとの暮らしやすい住まいガイド」p15引用)

 


収納の見える化の工夫(「認知症のひとの暮らしやすい住まいガイド」p12引用)

「視覚に入ると衝動的に行動してしまう」課題には、反対に「見えなくする」工夫がよく聞かれました。“スイッチを押してしまう”場合、操作すると困るボタンをテープ等で隠して見えなくする。“冷蔵庫をあけて中のモノを出してしまう”場合、冷蔵庫の前にのれんなど布を1枚垂らしてドアを見えなくすると冷蔵庫を開けなくなった、等がありました。本人が開けられないように鍵をかける等の対応は、混乱させて逆効果になることもあるようです。
タンスからすべてのモノを出してしまう行動に、タンスを反対向きに置いて対応している事例もありました。ご家族の利用は不便になるものの、試行錯誤しながら対処療法的に対応されていました。「わかりやすく見せる」「見せなくする」などは、建築専門家にニーズに応じた空間提案をしていただくことで、生活の混乱が解ける部分もありそうです。
他にも、センサーにより特定の部屋から出たことを家族に知らせるなど、機器類も活用することで、家族の見守り負担を軽減できる方法もあります。認知機能に対する整備は、認知症の進行により、有効だったものが重度になると役立たなくなる傾向があります。


ドアを見えなくするカーテンの工夫(「認知症のひとの暮らしやすい住まいガイド」p7引用)

 ②身体機能に対する整備・工夫  
内容は、段差の解消、手すりの設置、水回りの改修など、一般的な高齢者の整備と共通しています。注意が必要な点は、和式トイレから洋式トイレに変更したがトイレと認識できなかった、ガスから電磁調理器に変更したが使えなかったという事例も聞かれました。大きな環境変更は、認知できないリスクがあります。近い将来想定されるバリアフリー対応は、早めの整備が望まれます。これは、50代、60代で高齢期を見据えた早めの住環境整備をしておくことで対応できそうです。元気なうちから新たな住環境に馴染めるのはもちろん、暮らしやすい住環境の恩恵も長く受けることができます。身体機能に対する整備は、認知症の初期に利用できていたものは重度になっても利用できるものが多くありました。

ご家族からお話を聞く中で、住環境の改善にまで意識が向きにくい場合が多いと感じました。今回は一部をご紹介しましたが、住宅医の方がたには、建築専門家の視点から、認知症に寄り添える住環境整備も意識していただけると嬉しいです。よいヒントをお伝えできるように、さらに調査も進めたいと思います。

 

引用文献

        1. 「認知症のひとの暮らしやすい住まいガイド」建築研究開発コンソーシアム 認知症の人のための在宅の住まいのデザイン研究会,主査:藤井俊二 ,2021年3月
          引用イラストの作画:もんくみこ
        2. 「認知症高齢者が自宅に住み続けるための住環境の段階的な整備に関する研究」,宮本順加・室崎千重,日本建築学会学術梗概集,2019年
        3. 「認知症高齢者が自宅に住み続けるための住環境の段階的な整備に関する研究 その2」,室崎千重,日本建築学会学術梗概集,2021年