滝口泰弘(住宅医協会理事・住宅医 / 滝口建築スタジオ一級建築士事務所 / 神奈川県)
住宅医協会の滝口です。段差の解消や手すりの設置などに最大20万円支給される介護保険の住宅改修は皆さんも経験された方が多いと思います。私も2018年に実家の改修に活用しました。
大規模改修の際に対象となる部分について介護保険の申請をするケースも多いと思いますが、私の実家の場合、介護のための改修が主目的で、付随する範囲の性能向上も可能な範囲で行いました。
とにかく時間がタイトでしたが、そのような要求にも寄り添うことや、触れる部分だけでも性能向上を行うことも住宅医には欠かせない視点ですので、小さな改修ですがご紹介させて頂きます。
建物の概要
新築当初 |
現在 |
□
1階平面図(現在)※赤線部分が2階位置 |
2階平面図(現在) |
□
昭和41年に電鉄会社が川崎市の山奥に開発した分譲住宅で、新築当初は平屋でしたが昭和44年と51年に増改築され今に至ります。新築当初の部分は全て解体され残っていません。
在来木造2階建て、延床面積137.46㎡、コロニアル葺き、ラスモルタル外壁、布基礎(鉄筋有)、アルミサッシ(シングル)、断熱材有り(グラスウール)という典型的な住宅です。2015年に住宅医スクール教材作成のため詳細調査を実施し、現在の「住まいの診断レポート」のサンプル事例としても使用しています。
改修の経緯と方針
改修実施の数年前から母の体調が悪くなり入退院を繰り返していましたが、一般病院の入院後にリハビリ病院に転院することになりました。リハビリ病院は能力を回復させ社会復帰を促すための病院ですが、入院するためには決められた諸条件をクリアする必要があり、症状に合わせて入院期間も定められていました。転院後、担当の医師・看護師・理学療法士・ソーシャルワーカー・地域包括ケアマネージャー等が一堂に会する打合せが定期的に開催され、当事者の身体機能や認知機能等について得点化されたカルテを元に、その後の入院計画を調整していきました。このような実務については全く知らなかったので、良くできたシステムだなあと思う反面、少人数で24時間介護をする看護師の皆さんには頭の下がる思いでした。転院したリハビリ病院の患者は、ほぼ100%高齢者でした。
骨の安定化や歩行機能の回復(歩行器を使用して歩ける程度)が主目的で、最大3ヶ月入院できるが当初1~2ヶ月程度で在宅復帰可能ではということでした。ここで初めて家族一同、退院後の在宅生活を考えることになったのですが、家の間取りや写真・寸法等の資料を作成し、担当の理学療法士やケアマネと相談しながら在宅後に歩行器で移動できるように、畳敷きやカーペットの床仕上げを変更、トイレの扉・各所の段差等の解消、介護ベッドや歩行器は福祉用具のレンタルで、入浴は介助がたいへんなので地域のデイケアサービスを利用する、といった方針を決めていきました。
▼理学療法士・ケアマネとの打合せ資料
理学療法士・ケアマネとの打合せ資料の例
タイトなスケジュールと改修計画
介護保険の住宅改修は過去に何度か経験がありましたが、1~2ヶ月後の退院までに業者に工事を依頼して終わらせるのは難しいと思いました。同時に、床を改修するために家具類を全て移動するのであれば内装や耐震・断熱補強もやりたくなり、それはさらに難しいと思いましたが、1ヶ月で退院は難しそうで最大の3ヶ月間入院も可能という状況が見えてきたため、ギリギリ間に合うかもしれないと思い、急遽、改修計画と工事依頼の準備を始めました。
改修計画概要
まず最低限の改修として、介護保険住宅改修の対象となる床の張替えと建具の変更について、寝室の床を畳からフローリングに張り替え、トイレの段差を解消し建具の位置をずらしてトイレを広くし引戸へ交換することから検討を始め、床張り替え部分は床断熱も強化し、また、DK~廊下と自力で移動できるように、他の部屋はフローリングを増し張りして出入口の段差を解消することにしました。(床材はやわらかいコルクタイルの方が転倒時に良いかと思っていましたが、杖や歩行器を使うのでハードな床材の方が良いとケアマネにすすめられました。工事見積時にコルクタイルだと納品に数ヶ月かかると言われたことも理由です)
さらに、せっかく業者に依頼するのならという思いと、兄弟が務めている会社から改修の補助が出ることが分かったため、架構に不安のあった居間やトイレの耐震・断熱補強を加えた案、内窓で開口部の断熱補強を加えた案、という感じで200~300万円程度の幾つかの改修案を家族に提示し、結果として上図の計画をまとめました。付随する電気設備工事や防蟻処理、工事中の追加を含め最終的に328万円(税込)の工事となりました。川崎市の耐震補強補助金もありましたが(私も診断士として活動しています)、ちょうど年度初めに重なり申請スケジュールが全く合わず活用は諦めました。
工事の準備・片付け
退院まであと2ヶ月(医院に依頼して入院期間を最大の3ヶ月間として頂きました)。計画や図面をまとめつつ、来月中に工事をしてくれる工務店があるだろうか?と不安でしたが、過去に住宅医スクールを受講して頂き、比較的お近くだった高田工務店さん(稲城市)にご相談し、実施中の他の工事の合間になんとかねじ込んでもらうことができました。正味3週間の工期です。
工事工程表 |
市の粗大ごみ収集 |
一方で実家の片付けも始めました。当時、母以外全員仕事に出ている家だったため、土日を利用して兄弟も総出で家具の整理や断捨離を行いました。戦前生まれの両親は物がない時代を経験しているので物が捨てられず、昔使っていた家具や家電、布団、節句人形、ポット類まで、全て押入等から出てきました。売れそうな食器類などは買取に来てもらい、捨てられないものは2階の押入に突っ込み、ギリギリ着工時に間に合わせました。市の粗大ごみ収集は月2回だけで一度に大量に出せないため、処分は着工後にずれ込みました。4回ほど収集してもらったでしょうか
改修工事でお客さんが一番たいへんなのが家具類の処分・片付けですが、実際やってみるとかなりたいへんでした。でも、建物は建て替えではなく改修を推奨して、中身の家具類は廃棄や買い替えを推奨するのは、どこかおかしな話ですよね。物が溢れた今の時代についても考えさせられました。
改修工事
工事中は実家で仕事をすることにして、毎日監理もしながら淡々と進んでいきました。内装を解体し防蟻処理を床下全体に実施した後、まずは躯体の補強として、設置されていない柱脚柱頭金物、筋かい金物、継手部分の羽子板金物や帯金物等を新設し、既存の羽子板金物もボルトが無かったためラグスクリューで固定しました。基礎は一応有筋でひび割れも無かったため既存のままとし、土台のアンカーボルトの錆びた座金・ナットは可能な限り交換し、天井は鋼製火打ちで固めました。
1階床は、計画では大引きは残して大きめの根太を新設して不陸を調整する予定でしたが、根太で調整するより大引きから取り換えた方が楽だということで、大引きからやり替えました。
解体工事 |
大引きも解体 |
柱頭・筋かい金物新設、羽子板にラグスクリュー新設 |
天井に鋼製火打ち新設〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 |
□
壁は内側から断熱材を取り替え、合板を土台から桁まで張り上げ、床は土台と際根太、大引きと根太をタルキックでしっかりと固定し、床と天井の断熱材も取り換えました。
間仕切り壁の断熱と外壁の室内側の合板張りについては少し悩みましたが、壁の断熱は外壁側のみとし(間仕切り壁の断熱は無し)、既存の部屋との温度差を小さくすることとしました。また、外壁の室内側の合板張りは外壁通気層の無いラスモルタル壁だったので、内部結露だけでなく、当時話題になっていた「外部のラスモルタルからも雨水が浸入しているリスクがあるので、壁内の気流止めを新設すると浸入した雨水が乾燥しなくなることもあり注意が必要」という点が心配でしたが、内部結露は断熱材の防湿シートと室内側に合板も張るのでOKとし、外部からの雨水浸入については、自立循環型住宅設計ガイドライン(既存版)の講習会で、ある程度軒が出ていればリスクは低いとお伺いしたので構造を優先し、土台から桁まで合板を張り上げることとしました(既存では内部壁下地が天井までで壁内部の空気が天井裏に開放されている状態でしたが、合板で桁まで張り上げることで上部の天井側には解放されず気流止めとなりました)。
既存の天井裏(壁上部の気流止め無し) |
改修で合板を桁まで張り上げ(壁上部の気流止め有り) |
壁:合板+断熱材、床:根太+断熱材 |
天井断熱材〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 |
□
また、ガスコンセントが部屋ごとにあり床下に多くのガス管がありました。調査の時に床下の白ガス管が地面に接して錆びていることが分かっていたので、錆びている部分は全てフレキ管に取り替えましたが、解体後にガス管を切断してみたところ、錆びているのは表面のみでまだまだ使える状態でした。
撤去した白ガス管〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 |
サビは表面だけで内部はまだまだ使える状態でした |
□
あとは石こうボードとクロス、フローリング等で仕上げていきましたが、退院の数日前に予定していた介護ベッド(レンタル品)搬入日までに完成は間に合わず、取り急ぎ寝室のみ完成させてベッド類を搬入し、内窓や一部の設備機器の工事は退院後にずれ込みましたが、無事全ての工事が終わり、介護保険用の証拠写真を撮影し、役所の手続きも完了しました。
居間:仕上げ工事中〇〇〇〇〇〇〇〇〇 |
寝室:福祉用具(レンタル品)の搬入 |
寝室(改修前)〇〇〇〇〇 |
寝室(改修後)※介護保険対象 |
トイレ(改修前)〇〇〇〇〇〇 |
トイレ(改修後)※介護保険対象 |
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 |
内窓:母の力でも開けられるようシングル・4枚連で |
テーブル:森林文化アカデミー同期のACクラフト作 |
まとめ
部分的な改修でしたが、介護保険対象箇所だけでなく可能な範囲で耐震・断熱・設備の改修も行い、全体的に性能を向上させることができました。断熱や省エネは部分改修のため家全体の性能はあまり向上していませんが、1階の主要な生活空間内の温熱環境はかなり改善できたと思います。
また、計画~工事まで正味2ヶ月というタイトなスケジュールでしたが、依頼者兼設計者という双方の立場で取り組むことができたので、特に依頼者の思いや実情が分かる良い経験となりました。高齢者対応の改修では、費用やスケジュールが厳しい相談が多いと思いますが、仕事として成立しないからと断るのではなく、依頼者に寄り添い、その時ベストな解決策を模索する姿勢も住宅医には必要だと痛感しました。この経験を活かし、何かあった時にすぐに気軽に相談できる地域の住宅医になれるよう、心がけていきたいと思います。
おまけ
改修後4年が経ちました。在宅介護を続けていると、デイケアの送迎バスに乗る時に出入りする玄関の段差、庭の洗濯干場まで行きたくても行けない等々、色々と細かい要望も出てきますので、その都度、なるべく費用をかけないようにDIYで対応しています。
□玄関の手摺兼椅子(レンタル品)は使い勝手が悪かったので返却し、手摺・踏台をDIYで設置
□玄関扉の段差:介助しても移動がつらそうなので、敷石・モルタルでかさ上げして段差を小さく
□庭の洗濯干場へ自力で行けないので、市販の縁台と突っ張り棒タイプの物干しを設置し自力で洗濯干せるように
また、改修工事中、私自身実家で仕事をしていて問題なかったことと、日中、母以外誰もいなくなる家だったため、都内の事務所は引きあげて実家の一室を事務所にしました。その後コロナ渦になり、通勤していた他の家族も在宅勤務が増え、現在は部屋が足りずに居間を仕切って使う始末です。ACクラフトの石井さんに作ってもらった大きなテーブルも、置く場所が・・汗。
【 information 】
10月29日(土)午後、オンラインで「スキルアップ講習会(第3回):住まいの診断レポート解説講習会」を開催します。準備ができ次第ご案内させて頂きます。後半は、住宅医検定会の発表資料等の解説も行います。今年の検定会で発表を検討されている方は必ずご参加頂けると助かります。
|