「建築基準法はどこへ向かうのか」 リレーコラム2023年12月

稲岡 宏住宅医スクール講師 / 株式会社JOIN

ちょうど1年前に「これからの法改正に向けて」と題して、リレーコラムを書かせていただいたことを思い出します。たった今も建築業界を大いに騒がせている、建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(以下、建築物省エネ法とします)、建築基準法、建築士法の 2025年大改正が、住宅関連業界に与えるインパクトについて私なりに述べました。
あれから 1年。リレーコラムを書いている今の私の心境は、タイトルの言葉ずばりそのものです。本当にこの国の「建築基準法」は、一体どこへ向かおうとしているのか、そして何を目指そうとしているのか。1年前にはあった微かな展望も期待も、今ではすっかり消えてしまいました。
2025年大改正、特に4号特例縮小に関して、具体的な内容が明らかになるにつれ、その迷走ぶりが際立つようになってきました。特に注目に値するのは「提出図書の合理化」です。
最近の説明会に用いられた資料によれば、旧4号(現行特例の範囲)から 新2号(改正法で特例対象から外れる範囲)に移行する建築物のうち、仕様規定の範囲で構造安全性を確認する確認申請においては、必要事項を「仕様表等」に記載することで、基礎伏図、各階床伏図、小屋伏図及び軸組図の添付を省略するなど、提出図書の合理化が図られようとしています。


「建築基準法・建築物省エネ法改正法制度説明資料(令和5年11月)国土交通省資料」より

 


建築基準法・建築物省エネ法改正法制度説明資料(令和5年11月)国土交通省資料」より

2025年大改正、特例範囲の縮小によって、最も良いインパクトを与えると考えていたのが、木造2階建て住宅の確認申請に「構造図を提出する」ということでした。加えて省エネ基準適合義務化も伴って、外皮や設備の図面も提出が義務付けられることから、建築設計業務における本当の意味での「設計図書」が確認申請図書となり、副本としてすべての設計図書が建築主に渡されることにもつながると期待していました。
しかし、省エネ基準適合義務化においても「仕様基準」が残されたため(私の認識では省エネ基準適合確認は省エネ計算によるものになると考えていたため、あえて残されたと表現しています)、設計図書に関しても構造と同様、大半は「仕様書」で済んでしまいそうです。11月から国土交通省のホームページで「設計・監理資料集」なるものが公開されており、それを見るとやはり仕様基準の場合の確認申請図書作成例が掲載されています。
同じように、「改正建築基準法 2階建ての木造一戸建て住宅(軸組構法)等の確認申請・審査マニュアル-2022年改正(2025年施行)対応版」なるものまで公開されています。まだ改正の内容自体すべてが明確になっていない(見込み事項)であるにも関わらず、先行してこんなマニュアルが出されることが、迷走ぶりを表しているように思えてなりません。
そして私が最も矛盾を感じているのは、建築士法との関係です。これまでも「4号特例」に関して、あくまでも建築基準法、確認申請上でのみ構造図や設備図の提出が省略されているに過ぎないということであり、建築士法上建築士は「法」に規定された「設計図書」を作成し、建築士事務所の開設者においては一定の図書を 15年間保存する義務があります。
その矛盾が完全には解消されることなく、法改正後も引き継がれることになりそうです。先ほど紹介した確認申請・審査マニュアルも、わざわざそのことに触れています。しかも「参考」として。

「改正建築基準法 2階建ての木造一戸建て住宅(軸組構法)等の確認申請・審査マニュアル
-2022年改正(2025年施行)対応版」より

「建築士」にとって、ある意味独占業務として建築設計・監理に携わることができる重要な職能が、「建築基準法」によって歪められている、それこそが最も矛盾を感じるところです。一方でわざわざ提出を省略しておきながら、もう一方では作成・保存を義務付ける、しかも違反すれば罰則まで科せられるという矛盾。その両方ともが建築に関する「法律」なのですから、話は深刻です。
とはいうものの、2025年大改正によって、建築基準法における木造住宅の位置づけが大きく変わることは間違いないです。最も大きな違いは、改正前に4号だった木造2階建て住宅が、改正後には 新2号 に該当することです。現行は建築物の用途・規模に応じて 法6条1項1号~4号に区分されていますが、改正後は2号と3号が合体して 新2号となり、3号が削除されて4号が 新3号に繰り上げられます(ここでは 2025年改正後の 法6条の区分を「新2号」「新3号」と表しています)。

法6条の区分見直しにより現行の「4号特例」が縮小され、4号の木造2階建て住宅は、特例対象から外れて 新2号に該当し、確認審査・検査省略の対象であった構造規定が審査対象となります。さらに建築物省エネ法の改正により、原則すべての新築住宅は省エネ基準適合が義務付けられ、省エネ基準に適合しているかどうかに関して、確認審査・検査の対象となります。

<木造建築物に係る審査・検査の対象>

法改正後は4号特例が「廃止」になり、木造2階建て住宅はすべて「構造計算」が必須になる、と思われがちですが、実際のところ4号特例 は廃止ではなく「縮小」、また構造計算の提出が必須なのではなく、「構造図書」の提出が必須になるということです。構造計算書の提出義務は、木造建築物の規模(階数・面積)によって決まり、具体的には 法6条ではなく、法20条に定められています。以下、構造計算(許容応力度計算)の提出が必要となる木造建築物の階数と規模を示します。なお、これは木造のみに当てはまるものであり、鉄骨造やRC造には当てはまらないことに注意してください。
すなわち、同じ木造2階建て住宅であっても、300㎡以下であれば構造図書の提出は必須ですが、構造計算の提出義務はない、ということになります。ここで最も注目すべきなのは、話題にしている「仕様規定」の適合確認対象において、現行で「高さ13m以下・軒高9m以下」の規模が、改正後は「高さ16m以下」に、ある意味「緩和」されてしまうということです。構造計算の対象となる面積は「500㎡」から「300㎡」に強化されますが、一方でより構造安全確認の条件が厳しいと考えられる「高さ」は緩和されてしまう、ここにも矛盾を感じています。

木造建築物の規模と構造計算>

話を既存住宅に戻します。
私が住宅医スクールで講義を担当させていただくようになったのが、2021年。テーマは「既存住宅改修と法規関係」で、主に既存住宅を増改築・改修するにあたって理解しておくべき法制度を扱ってきました。実はそれ以前にも、特に 木造2階建て住宅の増改築 に関して、建築基準法は迷走し続けていました。
迷走の始まりは 2005年(平成17年)。「既存不適格建築物に関する規制の合理化(法86条の7、法86条の8)」の旗印のもとで建築基準法が「合理化」され、法律上は増改築がやりやすくなりました。しかし実際は、既存建築物に対しては実質の規制強化になったと捉えられています。その証拠に、合理化されたはずの法律をさらに緩和する改正が毎年のように頻繁に実施され、中でも 2009年(平成21年)には、特に 木造4号(法20条1項4号に掲げる建築物のうち木造に限るもの)だけに認められた「特例」のような改正が行われました。そしてその後も細かく法改正が繰り返されることによって、理解するのが非常に困難な条文になってしまいました。
内容を知りたい方向けに、住宅医スクールの講義で使用したテキストから、解説マニュアルへのアクセス方法を紹介いたします。一読していただいて、より詳しくお知りになりたい方は、ぜひ住宅医スクール2024を受講していただくことをおすすめします。

住宅医スクール講義テキストより

さて、その理解困難さの帳尻を合わせるような形で、構造関係規定の大元である「法20条」までもが 2015年(平成27年)に改正され、「既存部分と増築部分がエキスパンションジョイント(以下、Exp.Jとする)その他の相互に応力を伝えない構造方法のみで接している場合は、法20条の規定の適用については別の建築物とみなす」ことが可能になりました。そのおかげなのか、木造2階建て住宅の増築申請において、既存部と増築部をExp.Jで分離する計画が大多数を占めるようになったと感じています。一方で、耐震診断による既存部の構造安全確認については、ほとんど見かけなくなりました。
ここで重要なのは、木造4号住宅 であっても 既存不適格増築に該当する場合は、法6条4号特例 は適用されますが、「既存不適格調書」という 既存建築物の基準時およびその状況に関する事項を示した設計図書を、確認申請時に提出する必要があるということです。
木造4号で既存不適格に該当する内容のほとんどが「構造関係規定」(法6条1項4号 → 法20条1項4号 → 令36条3項に基づく 令3章1節から7節の2 に定める「仕様規定」)であり、新築では「4号特例」として構造関係規定に関する審査・検査が省略されている一方、「既存不適格建築物」は 法3条2項 の規定により 法20条 の規定を受けない建築物とされ、別の条文で審査基準や提出図書が規定されていることから、実際には確認申請で構造に関する一定の図書の提出が必要となるわけです。
知らない方には何を言っているのか理解が難しいかもしれませんが、先ほど紹介したマニュアルに解説されていますので、興味のある方や実務で必要に迫られている方は一度目を通していただき、さらに深く、もっと詳しく理解したい方は、住宅医スクール2024を受講していただくのがおすすめです。
ここまできて、前半に述べた矛盾と、後半に述べた既存住宅増改築申請の理解困難さが相まって、2025年大改正後の 既存木造住宅の増改築申請において、どのような手続きや図書が必要になるのかを、より一層理解困難にさせています。まさに建築基準法はどこへ向かおうとしているのか、そして何より「どのような設計をすれば良いのか」が、はっきりと見えていない状況にいます。

私自身、確認検査機関に所属して15年あまり、建築基準法その他関係法制度における既存建築物の取扱いについて、木造建築物と同様、真摯に向き合ってきた自負があり、矛盾や理解困難さのせいにするのは、自らの職能を放棄することになるのではないかと自問自答を繰り返す日々です。
自分自身が迷いの中にいるときは、やはり原点に立ち返ることが大切です。何のために建築の仕事をしているのか、何のために建築基準法は存在しているのか。振り返ってみると、偶然にも建築に携わって 30年あまり、前半は都市計画・建築設計(住宅含む)、後半は民間確認検査機関(建築基準法)で、それぞれ 15年ずつ経験してきて、ちょうど今が(いやがおうでも)原点に立ち返る機会(チャンス)だったのでしょう。
そこから導き出したのは、「100年後もすべての人々が安全に安心して木の家で暮らす社会」を実現するというビジョンです。私の使命・ライフワークとして、これからの 30年をビジョン実現のために捧げます。これは私1人の力では決して成し遂げられないことであり、建築業界全体で志のある「建築士」1人1人の力を結集させ、チームとして継続的に取り組んではじめて実現できることだと実感しています。
住宅医は まさに、このビジョンを実現するために社会を動かしていくチームの活動であると改めて心に刻みましたし、ここで講師を務めさせていただいている光栄さに身が引き締まる思いです。
受講生と講師という立場を超えて、これからも共に成長し、お互いの職能を高め合いながら、同じ理念の実現に向かって歩み続けましょう。

稲岡 宏
©Hiroshi Inoka ,  Society of Architectural Pathologists Japan


LINK
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2024年 8月3日(土) 住宅医スクールにて、稲岡宏先生の講義が開催されます
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