これからの法改正に向けて|リレーコラム2022年12月|

稲岡 宏㈱兵庫確認検査機構 確認検査部 構造課 / 兵庫県

令和4年(2022)6月17日、今後の建築業界、特に住宅関連業界全体に大きなインパクトを与える法改正が「公布」されました。国土交通省のホームページでは、タイトルとして「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律(令和4年法律第69号)」と表記されています。
なお「公布」とは、「成立した法律を一般に周知させる目的で、国民が知ることのできる状態に置くこと」をいい、法律が現実に発効し、作用するためには、それが公布されることが必要です(内閣法制局ホームページより)。すなわち公布された時点では、すでに法律の内容が確定していることになります。
国土交通省ホームページ  https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000163.html

ではなぜ、住宅関連業界に大きなインパクトを与えるのか、について私なりの捉え方を述べます。
まず改正法全体の概要ですが、非常に多岐に渡っていてしかも解りづらい。実際には、国民が知ることのできる状態に置かれているとはいい難いです。これには2つの要因があって、1つはタイトルにもある「法律等」、つまり複数の法律が改正されたということです。主なものだけでも
■■○ 建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(以下、建築物省エネ法とします)
■■○ 建築基準法
■■○ 建築士法 等があります。

もう1つは、それぞれの法改正が段階的に施行されていくということです。上記に紹介した国土交通省ホームページにありますように、施行時期が以下の4段階に分かれています。そして具体的な日付は、今後政令で決定しますとあり、まだ決まってません(とはいえ、公布日から3月内というのはすでに施行済みですね)。
【1】公布日から3月内
■■*住宅の省エネ改修に対する住宅支援機構による低利融資制度

【2】公布日から1年内
■■* 住宅トップランナー制度の拡充
■■* 省エネ改修や再エネ設備導入に支障となる高さ制限等の合理化 等

【3】公布日から2年内
■■* 建築物の販売・賃貸時における省エネ性能表示
■■* 再エネ利用促進区域制度
■■* 防火規制の合理化 等

【4】公布日から3年内
■■* 原則全ての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合を義務付け
■■* 構造規制の合理化
■■* 建築基準法に基づくチェック対象の見直し 等

このように今後多岐に渡る法律が、それぞれ違う時期に施行されていくので、非常に解りづらいものとなっていますが、最近の法改正はこれが常套手段と化しています。一気にたくさんの法改正を同時に施行してしまうと、社会に与える影響が非常に大きくなると考えられていて(構造計算書偽装事件による平成19年の建築基準法大改正が社会に与えたネガティブな影響を未だに引きずっていると思われます)、少しでも影響を小さくしたいという意図が感じられます。
なお「施行」とは、「法律の効力が一般的、現実的に発動し、作用することになること」をいい、公布された法律がいつから施行されるかについては、通常、その法律の附則で定められます(内閣法制局ホームページより)。
そもそも今回の法改正の背景・必要性は、2050年カーボンニュートラル、2030年度温室効果ガス46%削減(2013年度比)の実現に向け、エネルギー消費の約3割を占める建築物分野での省エネ対策の加速にあり、しかも本当は2020年度に実現すべきだった、すべての住宅・建築物の省エネ基準適合義務化が、結局のところ今の予定で令和7年(2025)までずれ込んでしまうので(公布日から3年内ということは遅くとも令和7年(2025)6月16日まで)、社会に与えている影響はもうすでにとても大きいです。2013年度比で2030年度46%削減目標に対して、2022年度現時点で9年が過ぎ、あともう残り8年、中間地点を過ぎていますが、どの程度達成しているのかはほとんど公表されていません(私が知らないだけかもしれませんが)。
何はともあれ、2025年度にはすべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられることが決定した、ということが良い意味でも悪い意味でも、住宅関連業界に大きなインパクトを与えるのは間違いありません。

(出典:国交省資料)

ただし、国交省資料にあるように、増改築時の規制の概要(改正後)については、既存部分に基準適合を求められるかどうかが不明確で、既存住宅の省エネ性能向上という本来の姿が、加速度的に広がっていくかどうかは何とも言えない、というのが正直なところです。既存住宅の省エネ性能向上が、脱炭素にどの程度寄与するのかも正直分かりませんが、結局、再生可能エネルギー導入(例えばZEH化)など設備改修に重きを置かれることが予想されます。
一方で、省エネ基準に適合することが義務付けられるというのは、新築のみならず既存住宅においても必要最低限の省エネ性能(温熱環境・一次エネルギー消費量の両面で)を確保していかねばならず、その最低限の水準が建築当時よりも高くなっているのであれば、建築基準法の目的である「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資する」ためにも、既存部分の省エネ性能向上は必須であるといえるでしょう。

さて、ここまで読まれた方は気づかれたかもしれませんが、省エネ基準適合義務化というのは建築物省エネ法の改正によるものですが、同時に建築基準法にも言及しています。今回、建築基準法改正については、主に中・大規模木造建築物の防火規制・構造規制の合理化を中心に概要説明がなされており、住宅に関しては建築物省エネ法と比べて表立っては示されていません。
これはもう1つの背景・必要性として挙げられている、建築物分野での木材利用の促進に係る法改正の概要資料をみても明らかで、防火規制・構造規制以外の「その他」として示されています。

(出典:国交省資料)

令和7年(2025)に施行予定の省エネ基準適合義務化自体は、建築確認の中で基準に適合していることを審査・検査する必要が生じるという、建築基準法と直接的な関係にあります(いわゆる建築基準関係規定と呼ばれるものです)。これにより、省エネ基準に適合しないと確認がおりず着工ができない、また完了検査時に適合していないと検査済証が出されず建物が使用できないという、ネガティブな影響があります。

そしてもう1つ、本当の意味で最もインパクトが大きいと私が考えているものが、おそらく同じ時期(公布日から3年内)に一緒に法改正施行されます。国交省資料には、建築基準法に基づくチェック対象の見直しとして、さらっと「木造建築物に係る構造規定等の審査・検査対象を、現行の非木造建築物と揃える(省エネ基準を含め適合性をチェック)」と記述されていますが、これこそがいわゆる「4号特例廃止」といわれるものです。
ここからは、この4号特例廃止こそが最初に挙げた、住宅関連業界に最も大きいインパクトを与えるものだということについて、私見を述べさせていただきますが、その前に1つ触れておきたいことがあります。それは、同じその他のところで示されている「既存建築物の改修・転用を円滑化するため、既存不適格規制・採光規制を合理化」も進められていくということです。
詳しくは国交省ホームページの、資料等-説明内容に関する資料:脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律(令和4年法律第69号)について、および新旧対照表(これは現行と改正後で法文がどのように変わったかを対照して示したものです)をご覧いただくとして、法改正の背景・必要性から考えると、こちらも大きな柱の1つとして位置づけるべき内容だと思っています。
本当に性能向上など内容を伴う既存建築物の改修・転用が進むのか、「省エネ改修や再エネ設備導入に支障となる高さ制限等の合理化」と併せて、これらは公布日から1年内もしくは2年内に施行される予定ですので、引き続き具体的な内容とその影響を注意深くみていく必要があります。

いよいよ「4号特例廃止」の話を進めますが、そもそも4号特例って何?という方や、何となく知ってはいるけど実はよく解らないという方のために、少し解説します。

【4号特例】
2階建て以下の木造住宅等の 小規模建築物※ については、都市計画区域等の区域内で建築確認の対象となる場合でも 建築士が設計を行った場合 には、建築確認の際に 構造耐力関係規定等の審査を省略 することとなっており、それらの建築物について 建築士である工事監理者が設計図書とおりに施工されたことを確認した場合には、同様の規定に関し検査を省略 することとなっている。
■■■■■※建築基準法第6条第1項第4号に該当する建築物(いわゆる「4号建築物」)

先日、別の勉強会資料を作成していたときに改めて解ったことが、この4号特例って実はかなり前から制度化されていて、昭和59年(1984)に木造建築士創設とともに始まっていたんです。そして住宅設計・監理はずっと長い間、建築士の独占業務のような位置づけだったということを痛感させられました。私も住宅設計・監理の仕事をしていた経験があり、住宅業界は建築基準法という法律に守られて温々と仕事をしていたんだなって感じています。

(出典:国交省資料)

そして4号特例廃止は、建築基準法第6条第1項第2号・第3号が合体して新2号となり、第4号が新3号に繰り上げになるということです。なので特例自体は残りますが、対象が変わって構造に関わらず平屋かつ延べ面積200㎡以下の建築物が対象になります。つまりこれまで4号特例の対象だった「木造2階建て住宅」は、法改正施行後は特例対象外となり審査・検査の対象になるということです。
これまで法に定められた確認申請に添付する図書は、付近見取図・配置図・平面図・床面積求積図と、必要に応じて立面図・断面図やシックハウス・24時間換気関係図書ぐらいでしたが、法改正施行後は構造図・設備図の提出が求められることになります。
新築であれば、現在でも品確法や長期優良住宅、フラット35などの法制度を利用する際に、構造図書(主に耐震性)や省エネ関連図書を申請書に添付されてますので、そんなに影響は受けないと思います。また、4号建築物及び建築確認の不要な建築物であっても、建築基準法令等の定める基準に適合することが義務付けられており、建築士は適切に設計し、構造安全性を確かめることが求められています。だからこそ4号特例なるものが成立していたともいえます。
さらに最近の建築士法改正により、すべての建築物について、配置図、各階平面図、二面以上の立面図、二面以上の断面図、基礎伏図、各階床伏図、小屋伏図、構造詳細図、構造計算書等、工事監理報告書の保存が義務付けられました。
これらをみる限り、4号特例を廃止しなくても特に問題はないはずですし、本来はカーボンニュートラルや温室効果ガス削減のための法改正であることから、なぜ抱き合わせで4号特例廃止を進めるのか疑問が残ります。これまでも何度か4号特例廃止の動きがありましたが、法改正までには至らなかったのに、なぜ今なのか、それが最も大きいインパクトを与える理由の1つです。
そしてもう1つの大きな理由が、既存建築物の問題です。4号特例と併せて建築士法においても、法制度がきちんと運用されていれば、今回のような法改正は必要ないはずです。しかし実態はどうでしょうか。完了検査未受検や、構造安全性を検討せず構造図書を作成・保存することを怠っていたり、ひどい場合には確認申請を出さずに増改築をするなど、これまで問題だという認識はあっても法制度上は実質見過ごされてきた問題が、とうとう顕在化するところまできたということです。
既存建築物を増改築しようとした際に、必要な手続きをしていなかったり図書が作成・保存されてないケースであっても、4号建築物であればよほどの問題が無い限りは、増改築を進めることができたのが、法改正施行後はそう簡単には進められなくなるのは間違いありません。

逆にいえば、これまできちんと法制度に基づく手続きを行い、適切に設計・監理し、図書を作成・保存されていれば、法改正にも問題なく対応できるでしょう。いずれにしても、今からでも遅くはありません。今後も建築業界、住宅業界で仕事を続けていく意思があるのであれば、建築士としての責任と自覚を持って取り組んでいく必要があります。私自身への自戒も込めて、締めくくりの言葉とさせていただきます。


LINK
㈱兵庫確認検査機構 確認検査部 構造課 https://kakunin.co.jp/
国土交通省ホームページ(令和4年法律第69号) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000163.html

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