建築賞受賞の御報告と文化財建造物の維持管理~リレーコラム2024年4月

小柳 理恵住宅医協会理事・住宅医和温スタジオ代表 /神奈川県

これまで活動を行ってきたなかで最も印象深いのは、これまで二度ほどコラムに取り上げさせていただいた「 旧・正力松太郎邸(以下「正力邸」)」※です。

そんな正力邸が、一般財団法人 日本建築防災協会主催 / 耐震改修優秀建築・貢献者表彰制度において[ 2023年度 耐震改修優秀建築賞 ]を受賞いたしました。表彰名は文化財登録名称「 旧正力家別邸主屋(きゅうしょうりきけべっていおもや)」となります。
 ※ 詳細は「令和5年度耐震改修優秀建築・貢献者表彰(第13回)」をご参照ください。
 https://www.kenchiku-bosai.or.jp/hyousyou/kekka2023/

改修前詳細調査および改修中の現地構造勉強会などを含めて多大な御協力をいただいた関係者として、住宅医協会も耐震改修関係者名に入れさせていただきました。
国土交通省や防災・構造に関わる主要機関が後援する大変名誉ある賞ということもあり、これまで受賞した建物は名実ともに大きい建物ばかりなので、受賞速報を受けた時には大変驚きました。住宅医協会ならびに正力邸改修時に御協力いただいた関係者の皆様に、この場をもちまして、改めて心より感謝を申し上げます。

賞の審査基準は「耐震性及び防災・安全性、意匠・機能性についての考慮、維持保全・地球環境等への配慮、地域における規範性、実現に向けた取組みの規範性等を総合的に審査する」というもの。正力邸は、住宅医詳細調査から始まる改修プロセスや現地構造勉強会の実施なども含め、関係した皆がこれ以上はないほど真摯に耐震改修と向き合った現場で、応募基準を満たすと思われた事例でしたが、以前は賞へ応募することはできませんでした。
理由は、応募条件が「戸建て住宅は対象外」だからです。正力邸は住宅として工事を行ったものなので2016年の改修当時は応募対象外でした。しかしながら、2022年に登録有形文化財となり、建物管理者として居住する御施主様がレンタルスペースとして住み開きを行っていることから、事前協議を経て賞への応募が認められることになったものでした。
さて、今回の建築賞応募ですが、実は個人的に思うところがあって試みたものでした。
適切に耐震改修された建物として何かしら評価を受けることができれば、建物維持管理への外部支援が受けやすくなるのではないか、と考えたことが発端です。
ふとした思いつきが受賞に繋がったことは幸運でしたが、このコラムを書いている3月某日、なんと本当に外部支援が受けられることが決定しました。
運を使い果たした気がするこの頃ですが、ここからは文化財建造物の維持管理について、主に補助事業に関する情報についてご紹介したいと思います。

文化財建造物の維持管理と補助事業

正力邸は耐震改修を行ってから7年経ちます。既存意匠を残す為に瓦屋根や開口部廻りは、当初仕様のまま補修が必要な箇所だけの部分修繕としていた為、そろそろ点検・修繕を検討する方がよいと考えていた折、表門の扉が破損したという相談がありました。
表門も文化財ですが、両開き門扉を直すにはそれなりの費用がかかります。また、主屋である建物は規模も大きく点検して瓦屋根に不具合があると、さらに多くの費用が必要となりますので、まずは使える補助事業がないか調べてみることにしました。
文化財の修繕となるので文化庁の制度がないか調べてみると、「制度はあっても民間所有の登録有形文化財レベルでは使えない」ということが分かりました。

登録有形文化財を対象とした文化庁の補助事業は大きく分けると2種類あります。

  • ①登録有形文化財建造物修理等事業費国庫補助
  • ②観光拠点整備事業(文化観光充実のための国指定等文化財磨き上げ事業)国庫補助

①は「保存修理に係る設計監理」に関する経費が対象となります(補助率50%)。工事費への補助はありません。また事前調査や設計監理については、指定文化財などを扱う専門家の指導を仰ぐことが前提となりますので、小柳の設計監理だけではNGです。
②は「外観及び公開範囲の仕上げに関わる部位を健全で美しい状態に回復するための工事」に関する経費が対象となります(補助率50%)。しかし、「外国人観光客の顕著な増加が見込まれる地域で行われる観光拠点の核となる文化財」という前提条件があり、「外国人観光客入れ込み数の現状値、目標値及び目標値に対する達成度を確認し成果を検証する」という、かなり難しい課題がありました。
 ※ 詳細は文化庁WEB「登録有形文化財(建造物)の手引3(各種補助事業の申請)」をご参照ください。
 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93897702_03.pdf

補助事業についてさらに調べてみると、文化庁自身が面白いパンフレットを作成していました。その名も「文化財保護のための資金調達ハンドブック」。
ハンドブックでは様々な事例が掲載されていますが、少し前に国立科学博物館や法隆寺が資金調達を行って話題となったクラウドファンディングも紹介されています。
 ※ 詳細は文化庁WEB「文化財保護のための資金調達ハンドブック」をご参照ください。
 https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/shuppanbutsu/pdf/92099501_01.pdf

どんなに貴重な文化財であっても、維持できる資金がなければ残し続けられない現実があります。色々調べてみて感じたのは、文化財は公開し多くの人に知られ活用されることで資金的な支援を受けやすくなる、ということでした。
冒頭紹介した建築賞への応募は、建物の存在がより広く知られることでレンタルスペースの利用が増えることや、クラウドファンディングなど資金調達が必要となった場合にアピールポイントになるのでは、という考えから行ったものとなります。

文化庁の補助事業は使えないことが分かったので、次に調べたのは公益財団法人などで行っている文化振興や研究、教育等を目的とした民間助成制度でした。
建造物文化財の修繕が対象となる助成制度は民間でもあまり多くない印象です。
確認してみた中で、正力邸で使えそうな制度は以下の2つでした。

  • (A)一般社団法人 関東しろあり対策協会:文化財(建造物)等蟻害・腐朽検査
     ※詳細は関東しろあり対策協会WEB「文化財検査」をご参照ください。
     https://www.shiroari-kanto.jp/cultural-properties/
  • (B)公益財団法人 東日本鉄道文化財団:地方文化事業支援
     ※詳細は公益財団法人 東日本鉄道文化財団WEB「地方文化事業支援」をご参照ください。
     https://www.ejrcf.or.jp/culture/

 (A)蟻害・腐朽検査は床下検査ですが、正力邸には広大な庭園があり白蟻が活動しやすい環境である為、定期点検として居住者様にお勧めした制度となります。
 (B)地方文化事業支援は「JR東日本エリアの貴重な文化遺産や民俗芸能などの保全と継承、地域の発展のためにJR東日本各支社が推薦した事業に対し、資金援助を行う形で地方文化事業の支援を行う」というものです。
「本当に外部支援が受けられることが決定しました。」と前述しましたが、それが東日本鉄道文化財団様の支援でした。

支援を受けての修繕事業は2025年4月以降の新年度からとなりますが、管轄する市の文化財担当者様や文化財登録実務を行われたヘリテージマネージャー様と共に、まずは修繕事業実行委員会の立ち上げに取り組むことになります。助成事業では建物所有者個人に資金が渡されるのではなく、実行委員会を通じて修繕資金が支援される仕組みなので、改修工事では適宜監査を受けながらの適正な資金管理が求められることになります。

あとがき

建築賞や補助事業への応募は、これまで自分が積極的に踏み込まなかった領域でした。
いずれも多くの資料作成や何段階ものプレゼンなど、時間的・体力的にかなりのエネルギーを注ぐ必要があることを応募した後に実感しましたが、チャレンジすることで得られたものは大きく、挑戦してみて良かったと思います。
建築賞については某建築賞の実行委員会に関わっているので流れは理解していましたが、運営側と応募側では、当たり前ですが違う次元で賞と向き合う必要があり、特にプレゼンについては自分の現在地や能力を見つめ直す良い機会になりました。
助成事業や文化財に関することについては、まだまだ完全に理解したとは言えないことばかりです。経験ある諸先輩方に助言をいただきながら取り組んでいる真っ最中ですが、知らないことを知っていく過程の面白さがあります。
文化財となった正力邸が末永く健全に維持管理し続けられるために、設計者として住宅医として何ができるのか。これからも勉強しながら模索していきたいと思います。

小柳 理恵
©Koyanagi Rie, jutakui


LINK
和温スタジオ https://waons.wordpress.com/