[ 年寄りと家族の物語 ] リレーコラム 2024年6月

住宅技術評論家 南雄三

コロナが明けた・・4年を棒に振った・・で、気づいたら後期高齢者になっていた。詐欺に遭った気分である。
2022年の男の平均寿命は81.05歳、女は87.09歳。団塊の世代が生まれた昭和22年頃は男50歳、女54歳だったから人生は6割も長くなったことになる。 長生きは夢だが、人の世話になるのも辛い。現代はいかにして長い人生をいき抜くのかが問われている。
当時世界一の大都会だった江戸の長屋は九尺二間の大きさで、そこで家族 4人が暮らしていたという。男子は12歳になれば奉公に出され、女子も嫁にいって長居しない。実質は夫婦二人の暮らしだった。でも老後の面倒は誰がみるのか?・・答えは「そこまで長生きしない」ということ。落語に出てくるご隠居だって40歳くらいのものだった。
女は男より6年長生きし、結婚年齢差は1.4年(22年初婚平均)であるから、妻は夫を見送ってから7.4年も生き続けなければならない。80歳からの7年は容易ではない。

そんな寂しい話の一方で、女性には子育てが終われば別の人生が待っていて、旦那が逝ったらどうやって楽しく生きようかと女同士で語り合っているという。奥様の連日のお出かけはそれを物語り、旦那は「濡れ落ち葉」を噛みしめて・・これが女性の危機管理で、外に出るくらいでなければ生き抜けないのである。
常識では「結婚して子供を産んで家族をつくることで安心」とされる。だから日本の夫婦は愛していなくても離婚しないし、歳を重ねる毎に夫婦の愛は深まるなどと夫はノーテンキに思い込む。自分がしっかり働いてきたから妻は家の中で幸せに暮らしていると思う勘違いが熟年離婚を招く。
家の中で閉鎖的に生きてきた妻は自己の存在が希薄だったことに気づき、「自分の人生を生きよう」と離婚を思い立つ。こうして家族は離散するが、妻は外の世界と通じていないから孤立する。
むしろシングルマザーのように一人暮らしを続けてきた女性達の方が楽しい老後を過ごしていたりする。女性の一人は弱いから友達と助け合い、老後はシルバーマンションに住んで、血縁ではない家族とベタベタしない人生を過ごすといった具合。そして家から出たいけど一人になるのが怖くて尻込みする奥様に対して、「こっちは楽しいよ。出ておいでよ」と声を掛けるのである。

科学的でしたたかな北欧

一方、北欧では女性が眩しいように働き、老後も溌剌とした日々を送っている。
北欧では小国が経済力をもつために、①高齢者、②女性、③外国人の中から働く人材の強化を図ることになった。その結果②の女性が社会進出することになったのだが、それまでは日本と同じく妻は家にいて、子どもと両親の面倒をみていたのである。
妻が外に出れば親と子の面倒はどうするのか?・・そこで、国が親の面倒をみて、子を育てることになった、大きな政府の始まりである。そうなると国は心地よい老後を実現しながら予算は最小限にしようと努力することになる。
その結果、最も大きな費用の掛かる「寝たきりにさせない」「呆けさせない」ことを目標に、健常な間の自立を軸とした環境整備に力を入れることになった。

日本に比べて圧倒的に多いヘルパーの数、充実したケア住宅、介護機器の無料貸し出し・・全てはこの方が安くつくという計算から成り立っている。したたかにして科学的な目である。

とはいえ、女性の社会進出と同時に親と子を国がフォローする施策は当初はうまくいかなかった。国に家族を奪われた…という反発が起こり、自殺者を増やして、福祉政策の失敗が指摘された。でも今では世界で一番幸せな、一番暮らしたい国で上位を独占する北欧諸国になった。
そこには自立するという「覚悟」がみえる。日本のように「面倒を掛けたくないけど自分の家に居たい…」では済まされない覚悟。覚悟は怖いが、幾つもの高齢者施設や在宅ホームを視察した感想は「しあわせそう」だった。

アメリカの余生は極楽浄土

アメリカも日本と同じに痴呆の老人をベッドにしばりつけるという。北欧のように軽度での対策を重視しない後追いで、しかもスタッフが少ないからそうなる。
ところがである・・日本と違ってアメリカには、資産を食いつぶして余生を送るという「夢」も存在する。これをアメリカン・ドリームという。
私の目の前に現れたフェニックス・サンシティー・ウエストのあの光景が 夢でなくてなんだろう。椰子の木が伸びる住宅街はゴルフ場に隣接していて、 まるで高級リゾート地に別荘暮らしの雰囲気。真っ黒に日焼けしたおじいちゃ んが若々しくゴルフ用のカートで走り回り、センターではボランティアのおばあちゃん達が華やいでいる。
夫婦のどちらかが55歳以上だったら入居の権利がある。但し子供を連れてはこれない。施設に入るのではなく、そこに家を買って、リバースモーゲージで生活費を得ながら余生を送るのである。
国にも子供達にも面倒みてもらわないのだから、媚びを売ることもタンス預金も不要である。今までの家をきれいサッパリ売って、ここで現世から極楽に暮らせばよい。
余生を豪快に楽しむ姿を見せつけられて、「成功者(金持ち)だけの夢だろうが💢」と悔し紛れにつぶやく私の脇を、「文句あっか!」とでもいうかのように、全速力のカートが走り抜けていく。

・・・こうして老後にも色々な形がある。情緒を愛して自分が定まらない日本、人権を科学的な愛で包む北欧、そして自分で愛をもぎ取る米・・どれがよいのだろう・・ではなく、色々あるんだなと知ることが大事。


米・フェニックスにあるシルバータウン(サンシティ・ウエスト)はゴルフ場隣接の極楽浄土

(写真・文 南 雄三)
©Minami Yuzo , Society of Architectural Pathologists Japan


LINK
住楽考 http://www.t3.rim.or.jp/~u-minami/