「お客様の住まいが文化財に!?」登録有形文化財制度とは ~住宅医リレーコラム 2022年2月

小柳 理恵住宅医協会理事 / 和温スタジオ代表 / 神奈川県

昨年、お客様から届いた1通のメッセージに目が釘づけになりました。
“ 我が家の登録有形文化財についてですが、先日、文化庁の担当官が査察にいらして、「ここまでのクオリティで復刻され、しかも実際に住んで活用されている例はめったにみない」と興奮していました。いい具合で進みそうです!
「登録有形文化財 ?」「文化庁担当官の査察 ?!」「いい具合で進みそう ?!!」

以前お客様から文化財に関するお話を聞いてはいましたが、大規模な改修工事後の個人宅が文化財になることに現実味を感じられなかったせいか、ほぼ忘れていた話題だったので、まさに青天の霹靂・・・。そこから先は、文化庁への申請図面を整える必要があるということで、事務手続きを行われている、かながわヘリテージマネージャー協会の担当者様と直接連絡を取り合い図面作成に協力しました。そこまでしても、本当に登録されるかは半信半疑だったので、しばらく経つとまたもや忘れてしまっていたのが正直なところでした。
そんなこんなで4ヶ月ほど経過し、ある日届いたメッセージ・・・3度見しました。

“ 先ほど連絡がありまして、我が家、登録有形文化財への登録が決まったらしいです! 

既に文化財になっている建物への調査・改修などはよく見聞きする話ではありますが、改修工事直後の居住中の個人住宅が文化財に登録されるというのは聞いたことがなく、もうなんだか感無量な心持ちでしたね。関係者の皆さんと連絡をとって喜び合いました。

 

しかしながら、今回のことがあるまで「文化財」への理解が、私自身とても曖昧な認識だったことに改めて気が付きました。それまで文化財と聞くと「様々な制約があり自由に手を付けられず何するにも関係各所にお伺いが必要な建物」と思っていたのですが、それは重要文化財の話であって、登録有形文化財は全くの別物であることを再認識しました。
「文化財」と一口に言っても、その中には国宝から天然記念物、伝統的建造物群保存地区なども含めて28種類もの種別があり、重要文化財と登録有形文化財はそれぞれ個別の制度となっています。

建築物単体に関係する文化財としては、まずは「有形文化財」という括りがあります。有形文化財のうち「重要文化財」に指定された建造物は、より重要で厳選されたものとして、許可制等の強い規制と手厚い保護が行われます。重要文化財のうち極めて優秀で、文化史的意義の特に深いものは「国宝」となります。
一方「登録有形文化財」は、50年を経過した歴史的建造物のうち、一定の評価を得たものを文化財として登録し、届出制という緩やかな規制を通じて保存を図り、活用を促すというものです。外観が大きく変わる場合や移築の場合などに現状変更の届出が必要となりますが、登録することで規制に強く縛られることはありません。また、あまり認知されていないように思われますが、文化財登録されると所有者には一定のメリットが得られる仕組みとなっています。

※出展:「登録有形文化財建造物パンフレット」(文化庁)より抜粋
詳細は「有形文化財(建造物)」(文化庁)WEBをご参照下さい。 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/

今回、登録有形文化財へと登録されたのは、2015年~2016年にかけて住宅医詳細調査や全体的な耐震補強を含む改修設計監理を行わせていただいた木造住宅です。
調査改修内容については過去の住宅医コラムをご参照ください。
※住宅医コラム№0093 〜神奈川県「 旧・正力松太郎 邸 」~住み継ぐ意志~ https://sapj.or.jp/kaishuujirei2019-93/

 

文化庁より令和3年11月19日に発表された審議会資料では、今回の答申における主なものの1つとして取り上げられました。

※出展:「文化審議会答申(令和3年11月19日)」(文化庁)より抜粋 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93601801_02.pdf

この貴重な経験を今後の学びに繋げるべく、個人住宅が文化財登録されるまでの経緯や課題について、登録実務を担った「かながわヘリテージマネージャー」協会の担当者様と、登録当事者である住まい手のお客様にQ&A形式でヒアリングさせていただきました。

 

かながわヘリテージマネージャー協会・担当者様 Q&A

Q1: ヘリテージマネージャー協会と登録有形文化財との関係性について教えて下さい。
A1: かながわヘリテージマネージャー協会は、地域の景観を構成する大切な要素である歴史的な建物を、活用して活かしていくことを活動の目的としていて、国の登録有形文化財になることでの税制優遇や修繕や災害時の公的助成を受けやすくすることを、所有者の方にお勧めしています。

☆ヘリテージマネージャー(地域歴史文化遺産保全活用推進員)とは、地域に眠る歴史文化遺産を発見し、保存し、活用して、地域づくりに活かす能力を持った人材のことです。
※参考:公益社団法人 日本建築士会連合会 WEBより https://www.kenchikushikai.or.jp/torikumi/hm-net/index.html

 

Q2: 正力家別邸が文化財登録に値すると評価されたポイントを教えて下さい。
A2庭と一体になった開放的な1階の客間と、かつては松林越しに相模湾を見渡せたであろう2階の3方窓の客間が、逗子の別荘文化の特徴を良く表していること、毎年正月には往年の巨人軍のスター選手が集まっていた客間と庭など、日本のメディアを牽引してきた正力松太郎氏の想いが込められた逗子の別宅であることです。

 

Q3: 登録有形文化財制度が発展する為に建築士に期待したい役割があれば教えて下さい。
A3ストック文化の先進国であるイタリアや英国では、一般の建築士が歴史的建物の保存や修復の業務を行っていますし、行政にも、施工者にも、そのことに精通したスタッフを抱えています。日本でも空き家活用や古民家ブームですが、単体の建物だけでなく、それが街並みの中で果たす役割も踏まえた内外観の改修や、その後の修繕による継続的な活用のための、工務店や職人さんとのネットワークの構築などが、地域に根差した建築士に期待したい役割だと考えます。ヘリテージマネージャー協会の会員の大多数は、設計事務所や工務店の建築士ですので、協会は個々の建築士のその活動の推進をサポートしていきたいと思います。

 

Q4: 登録有形文化財制度について課題があれば教えて下さい。
A4

  1. 税制優遇が十分ではないことです。歴史的建物自体は、その古さ故に財産評価はほとんど無くなるので、実質は土地に対する財産評価の控除が頼りです。日本の原風景を継承する邸宅は、庭と建物で成り立っていますが、庭に対する評価の控除が必ずしも十分に有る訳ではなく、東京など大都市では、建物を遺すために庭にアパートを立てたり、売却されて新築住宅が隣接して建ってしまったり、「地域の景観を守って行く」ことと真逆の状況となっている事例があります。
  2. 当然ですが、古い建物は修繕費が嵩みますが、修繕に対する文化庁の助成は、現在その設計費だけです。別に国土交通省による景観まちづくり条例関係の助成もありますが、これは自治体によりばらつきがあり、例えば神奈川県はほとんどありません。東京も千代田区など制度はあるが助成金交付には至っていない状況です。
  3. 数年前から建築基準法3条(適用除外)1項三号の読み替えにより、自治体で条例を定め、建築審査会により、登録有形文化財などに対する建築基準法遡及の減免が行われつつあります。京都の町屋や地方の旧い街(伝統的建築物群保存地域)などで先行事例がありますが、東京や神奈川ではまだまだ進んでいません。一昨年文化庁から全国建築士会連合会経由で、各自治体の建築士会にて、この推進のための体制づくりが指示されましたが、まだ一部の自治体のみです。

 

住まい手のお客様 Q&A

Q1: お家が登録有形文化財に登録されることになった経緯を教えて下さい。
A1: 逗子で景観・街づくりの活動をしている知人が、街の景観を保全するために登録有形文化財への登録を推進する活動をしていました。(逗子は今回以前は3件しか登録がなく、その方はそのうち1件に現在住まわれています)。よく知った、お世話になってきた方だったので、最初は特に私には意思はなく、その方に言われるままに話に乗っかった形です。その後、小柳さんにもご紹介させていただいた、かながわヘリテージマネージャー協会の方々が国や市とのやりとりをほぼ代行してくださいました。

 

Q2: お家が文化財に指定されたことでの感想や良い点・悪い点などを教えて下さい。
A2: 良かった点は、小柳さんはじめ、関わってくださった皆さんが喜んでくださったことです。こうしてコラムのテーマになるなど、作り手の皆さんの勲章になるであろうことが、一番うれしいことでした。
面倒な点は、重要文化財と勘違いされ、「大変ね」と言われることです。重要文化財と登録有形文化財は全く別物で、大変なことはあんまりない、というのが正直な感想です。
実際の点で一番大きいのは、相続税の評価の際に建物に付随する土地の評価も減免される、ということです。これは登録のプロセスが進んでから知ったことなのですが、我が家にとって一番大きなメリットだと感じています。

あとがき

ヘリテージマネージャー様に伺った登録有形文化財についての課題は、日々街を見ていて憂うことにも重なる、深くて難しいテーマですね。風景を彩るような古き良きお家であるほど、条件の良いまとまった広さの敷地であることが多いですが、世代交代のタイミングで解体され敷地は小さく分割されて、風景になりようのない住宅群に置き換わっていくケースを見るたびに、なんとも残念で空虚な気持ちになります。これが日本の住宅だ!風景だ!と胸をはって言えるような街並みを守り・造り・育てられるような仕組み作りこそ、国の経済を潤すインバウンド観光促進にも繋がる要ではないでしょうか。登録有形文化財制度などの優遇措置や各種制度がより拡充され、1つでも多くの良き建築物が次世代に継承されていくようにと願ってやみません。

お客様からいただいた感想には、もう有難すぎて涙腺が決壊しそうですが、御縁と御信頼をいただいたことへの感謝しかありません。この建物をどうしても遺したいという明確な意思をお持ちのお客様がいてこそ成し得た、奇跡の改修プロジェクトだったと思います。
こうした勲章とも言える良き事例を糧に、今後も遺すべき建物を次世代に繋ぐお手伝いができるよう、住宅医としての精進を続けていきたいと思います。