各地の住宅医の日々No.28 ~山裾の古民家のこれからを考える

船木 絵里子 ( 住宅医 / 暮らしの設計ツキノオト / 大阪府 )

普段は大阪市内で暮らす都会っ子の私ですが、昨年から奈良の山添村の現場に行き、吉野町の空き家調査に行き、休日は明日香村の棚田での米作りに参加するなど、毎週のように奈良の山間部に通う日々でした。
山添村は古民家改修のご相談で調査に入り、吉野はセカンドハウス向けの空家を探す方から購入前の調査依頼で現場に伺いました。両方とも山裾に位置した古民家で、共通の課題を抱えていましたので、まとめてレポートしたいと思います。

山添・吉野の両方とも、元は大和棟の茅葺きをスレートや板金で覆った民家で、長年使われていませんでした。


↑山添の家。右から2番目の古民家の調査に入りました。この写真手前の大小5棟の家屋に住人は3人だけで、古民家はメンテができず放置された状態でした。


↑吉野の家。奥に見えるシルバーの缶詰屋根が対象の空き家。

土砂災害警戒区域

山添の家は土石流による土砂災害警戒区域(イエローゾーン)、吉野の家は急傾斜による土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に位置していました。
山添の家の住民はその認識がなく、吉野の家は空家バンクの資料に「土砂災害特別警戒区域」に位置するというアナウンスは無いまま紹介されていました。(←これは結構大きな問題だと思います。)

吉野の依頼者にはハザードマップを見た時点で「この立地では購入しない方が良い」と伝えましたが、「それでも気に入ってるのでとにかく一度見てほしい」との要望で調査には行きました。

山水の流入と落ち葉による排水不良

山添・吉野の両方共通の問題として排水不良がありました。
山が近くまで迫っているため、山から大量の雨水が流れ込んでいて、排水溝があっても土や落ち葉などで詰まって下流に排水されず、山と家屋の間が水溜りになっていました。
家屋の樋も詰まったり、そもそも排水ルートがなかったりで、常に山側は湿っており、その影響で家屋も山側はひどく傷んでいました。


↑山添の家の裏山との間。木々が覆いかぶさり、常にジメジメして梁や屋根下地が大きくたわんでいました。


↑吉野の家の山側。落ち葉で側溝が詰まり、奥の方は水溜りになり猪の泥浴び場になっていました。

接道がない

周辺を見て回ると山添の家も吉野の家も、両方とも接道がありませんでした。
山添では以前にあった道路が整備されルートが変わり、新しく建てた子世帯のメーカー住宅の奥に古民家が位置しており車で近付けなくなっていました。

吉野の家では、以前は里道を軽トラックで近付けたのが、途中のよその家や畑が拡幅されたようで里道の巾が1mほどに狭まっていました。


↑吉野の家までの通路。バイク程度しか通れない巾になっていました。

吉野の家は浄化槽もなく今も汲み取りだったため、雨水排水だけでなく汚水・雑排水の配管など整備も必要でした。排水工事とともに、工事用通路の整備、小運搬の費用などインフラを整える仮設工事の費用が多く膨らむだろうと予想できました。

これからの暮らし方とメンテナンス

調査に入ると、山裾の古民家は家の手入れだけでなく山の手入れも必要で、両方とも怠ると途端に家屋が傷むため落ち葉の掃除や草刈りなど日々やるべきことが大量にあるというのがよく分かりました。

吉野の家はセカンドハウスでの使用予定でしたので、「手入れに時間を割けない状況ならここは購入するべきではない」と伝えました。
インフラ整備の費用もかさんで予算オーバーでもあり、何よりレッドゾーンだということも重なり、こちらは不良資産を抱えることにもなるため購入NGだとハッキリしていました。

一方で、山添の家は減築して改修するべきか、建替えるべきか、議論を重ねて結果的に「まだ使える古材や古建具を使ってコンパクトに建て替える」という結論に達しました。
小さな建て替えの方が予算内に収まる見込みであったこと、古民家が山に近すぎるため少しでも離して建て替えた方がいいこと、住人が高齢化しており大きな古民家や裏山の手入れを今後も続けることが難しいこと、などが理由です。
この3月に建て替えが完了し、住まい手さん、特にこの地に長年暮らしてきたおばあさんや遠くに暮らすお孫さんが予想以上に喜んでくださって、やっと「この建て替えは間違いではなかった、これで良かった」と一安心しているところです。

山が迫った古民家をどうしていくべきか、おそらくいろんな答えがあると思います。
過疎化・高齢化で手入れできずに荒れた古民家を社会資産として残していくなら、住人の労力と資金に頼るだけではなかなか難しいと感じました。
今回の古材を使った建て替えも、こちらのご家族にとってはベストな選択であったと何十年か後にも思える未来につながることを願っています。

文章・写真 : 船木 絵里子
©Funaki Eriko , jutakui


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