住宅医コラム 意見交換2017-76

ご病気になる前にトイレを改修できたケースのご紹介。また、すでにご病気にかかり、不自由な生活をされているご主人のために、トイレをなんとかしたい。という動機から、改修の相談を受けたケースのご紹介・・・今年は、健康にも直結する「トイレ」に注目して、住宅設計のポイントを抑えていきたいと思います。今月の、トイレコラム」は、高齢者のトイレについてお話です。
 
 
 
「トイレコラム」
高齢者のトイレ ~ ビフォア―・アフター
三澤文子(MSD)
 
1964年、東京オリンピックの前の年、新しい家ができました。私の実家です。当時、まだ珍しい水洗トイレがつきました。それまでは、主屋から30mほど離れた汲み取り便所に行かなければならなかったのですから、家の中にあるトイレ、それも水洗ともなれば、天にも上がる気分だったのです。個室のある2階にはなんと洋式トイレ。ところが1階のお客様も使うメイントイレが階段の下の、俗に言う汽車便(段差のある和式便所)だったのです。当時は、家族のだれもが、そのバランスの悪さに気付くことも無く、狭いトイレを有り難く使っていましたが、さすがに高齢の祖母のために、25年ほど経ち、父が洋式トイレに替えた時は、膝が悪い祖母は涙したものでした。ただし相変わらず階段の下です。その後、住宅の設計をしている私が、とうとう改修することになりました。
 

改修前の階段下トイレ


 

柿渋紙を貼ったトイレの引き戸


 

既存の窓が見える、奥行きのあるトイレに。


 

床、壁は桧板張


 
トイレの前の1坪ほどの無駄に広いホールも含めてトイレにしたことで、かなりゆったりしたトイレになりました。当時80歳前だった母は「寝れるほど広いね。」と大喜びでした。そんな母も新しいトイレを2年間、使うことなく亡くなってしまいました。母を介護した義姉から、「トイレが広くて助かった。」と言われたことも忘れられません。
 
そんな経験もあり、過酷なトイレを使って過ごされている高齢者に出会うと、いたたまれなくなります。とにかく、1日でも早く、トイレをつくり変えてあげたい。そんな、焦った気持ちにさえなるのです。
 
 
改修のご相談で出会ったこの家のトイレは、庭にある、いわば離れのトイレ。昔の汲み取りトイレの名残です。80歳を越したおばあ様は、毎晩ご自分の寝床からこのトイレまで、長い道のりを往復するのです。冬の寒さを想像すると、身が縮む思いです。
 

小便器の右手がトイレの扉。


 
築150年を超えたこの家は、性能向上の改修がされました。もちろんトイレは家の中、茶の間の前の、玄関室につくりました。おばあ様が寝室にしている座敷からは、茶の間を経てトイレに行くことになったのですが、今までのことを思えば、「手が届くほどの距離よ。」と言われ、とても喜ばれました。
 

ゆとりの広さのトイレ。


 

トイレットペーパーホルダーとリモコンを取り付ける腰壁は手摺にもなる造り。


 
改修して3年後くらいたった頃メンテナンスで訪問して、相変わらずお元気そうなおばあ様に再会することができました。でも、聞けば、1年前、ご病気なり半年ほど床に伏していたとのこと。「母が病気の時は、茶の間にベッドを設けて介護していましたが、暖かい家になったことや、トイレが近くになったことが、本当に有り難かった。」と言われ、胸をなでおろす気持ちになりました。
 
 
このように、ご病気になる前にトイレを改修できたケースばかりでなく、すでにご病気にかかり、不自由な生活をされているご主人のために、トイレをなんとかしたい。という動機から、改修の相談を受けたことがあります。不便なトイレとは、やはりあの汽車便です。
 

これが汽車便。出入口の幅は600mmほど。床には段差があります。


 

白い壁と板張りの壁で明るく清潔感がある。


 
畳1帖の広さだったトイレの巾を広げ、ゆとりの広さに。また、出入口は800㎜ほどの引き戸。そして手すりもしっかり設けました。
改修して、数年後に、ご主人はお亡くなりになったのですが、おそらく、機嫌よく使って頂けていたのではないかと思っています。