住宅医リレーコラム~「学びを止めない」ための遠隔授業とスクーリング時の感染防止対策の取り組み

多田 豊(国立阿南工業高等専門学校 地域連携テクノセンター地域連携部門長)

1.はじめに
私は徳島県阿南市にある国立阿南工業高等専門学校(以下、阿南高専とする)にて建築設計や建築計画等を教えている教員です。実は私は一昨年度までは同県にて建築設計事務所を経営しており、その時に住宅医スクールにも通わせていただきました。
現在は県内唯一の実務者教員として、住宅医の経験を学生への教育に活用するだけでなく、地元建築関係者の方々への社会人教育や共同研究等も本校の地域連携テクノセンター地域連携部門長という立場で行っています。
昨年度は建築技術教育普及センターの研究助成の採択をいただき、性能向上インスペクションに関する全国調査を実施させていただきました。住宅医協会の皆様には大変にお世話になりました。また、徳島県より社会人を対象とした性能向上インスペクション講座の助成を受け、三澤文子先生をはじめ住宅医スクールの先生方に徳島においでいただき講義をお願いしました。

このように住宅医スクールでの経験を活かし、徳島の建築業界のレベルアップに尽力をしています。
さて、今回のテーマは、新型コロナウィルス対策というこれまでの住宅医リレーコラムとは少し変わったテーマですが、本年度の住宅医スクールが休止となった中で、今後の参考になればと思い書かせていただきました。
なお、当該コラムは学校の考えではなく、あくまでも私個人の意見であり、文責は全て私本人にあります。
みなさんの地域では新型コロナウィルスによる影響は大丈夫でしょうか。結果として徳島県は現在(2020年5月29日)のところ感染者数は5名と全国的にも少なく、市中感染等も広がっていない状況です。しかし、通学時の汽車が一両しかなく満員状態となること等、学生の安全面に配慮し、本校では少なくとも前期の間は遠隔授業により授業を行う予定です。しかし、高専の魅力はカリキュラムの大部分を占める実験実習等を通じ、手を動かせる技術者になれることや、また全寮制で身につく社会性や挨拶等、なかなか遠隔授業では教育の目標が実現しにくいのも事実です。そこで、感染防止対策を行いながら、遠隔授業と同時にスクーリングも実施しており、本日は遠隔授業とスクーリング時の感染防止対策の取り組みについてご紹介したいと思います。
 
2.「学びを止めない」ための遠隔授業
まず4月当初に「学びを止めない」ために遠隔授業を推進すること、そしてこの機会に授業の質をより高度化させることという方針が示されました。今回のような緊急事態時に大切なのは,まずはトップが方針を示すことと、現場の裁量を認めるということなのだと思います。
遠隔授業については、本校ではLMS(Learning Management System 学習管理システム)としてmoodle等を数年間運用してきた実績があり、また今年度より学習支援ソフトも導入していました。こうしたソフトの導入に合わせて、情報セキュリティに関する指導も行っていました。教職員も学生にも平時にこうした経験が、遠隔授業への移行に資するものがあったと感じています。

LMSの画面。授業毎にページが分かれている。学生課からのお知らせ等のページもあり情報が一元化されている。学校のホームページに載せる必要のない本学学生にだけ知らせたい情報等も伝えることが可能になる。


遠隔授業には同時双方向型とオンデマンド型とがあります。一般に遠隔授業と聞いてイメージをするのは、ニュース等でもよく流れたZoomやGoogle Meet等を用いた同時双方向型の遠隔授業だと思います。パワーポイントやCADソフト等の画面を共有して説明したり、板書を撮影して説明したり、ディベート等も行うことが可能です。
こうした同時双方向による遠隔授業は学生側がPCやタブレットの受信機器、そして十分な容量の通信環境がそろっていれば、時間割通りに通常授業とほぼ同等の教育の効果が得られる可能性があると思います。
ただし、高専の場合は本科5年間(高校1年生相当から大学2年生相当まで。準学士課程)、専攻科2年間(大学3、4年に相当。学士課程)と学生の年齢層の幅が広く、急なことでもあり、同時双方向による遠隔授業を受けるのに十分な受信機器や通信環境がそろっていない学生もいました。
そこで採用された遠隔授業の形式がオンデマンド方式です。これは、オンデマンド(需要に応じて)の意の通り、授業に先立って撮影した授業動画をLMS等にアップロードし、学生がその授業動画をみた後に課題などを解き、適宜教員との質疑をふまえ、LMS等に提出をするという遠隔授業の方式です。
例えば私の授業では、授業動画をパワーポイントに音声(日本語)を吹き込み、動画として書き出しした後に、YouTubeにアップします(限定公開とし一般公開はしていません)。パワーポイントで使用する文字は留学生に配慮して日本語と英語と両方を標記しています。次に、YouTubeにアップされた動画をLMSに埋め込みを行います。また授業の説明に使うパワーポイントをPDF形式で学生がダウンロードを出来るようにする他、留学生に配慮して一枚ずつのスライドをLMSに画像で貼り付けして、その下に音声(日本語)を英語に翻訳した文章を記載するようにしています。英語への翻訳はYouTube Studioで日本語の字幕を付けて、それを自動で英語に翻訳して・・・とはいかず、日本語の字幕さえも建築関係の専門用語等は正確には表示されないため、やはり一つ一つ自分で考えて英訳しています。

オンデマンド授業例


通常の授業と異なり、顔が見えず、家庭の中でどのような環境でPCを使っているのかも想像をするしかありません。学校に行けず在宅の生活が続くと段々と生活のリズムが崩れ、時間割通りにオンデマンド授業が受講できなかったり、課題の提出が遅れてくる学生も出てきます。学生へのモチベーションを高めるために、私は個別にメッセージを送ったり、担任の先生を通じて連絡してもらったり、学生の関心のありそうなネタを授業に仕込んだりと工夫しながら、通常授業同等以上の教育的な効果を導けるように努力しています。
例えば、時事ネタとしては「新しい生活様式」については、今後の社会で学校生活を行う上でも、社会に出て仕事をする上でも常識になってくると考え、建築との関わりについて自分なりに思うことを説明しました。その上で、一つ一つの項目についてLMS上でアンケートを行い、その結果を学年別、男女別等にまとめて、次の授業で学生に提示する等の取り組みを行いました。また、数か月後にも同じ調査をして自分自身の意識がどのように変化をしたのか考えてもらいたいと思っています。オンデマンド授業ではありますが、週遅れの双方向になるように工夫をしています。

新しい生活様式についての説明


新しい生活様式についてのアンケート


設計の授業は未だ試行段階です。オンデマンド方式で通常の設計課題を出題しても、LMS上でエスキースを提出できない、模型がつくれない、パースが描けない等、様々な実力の学生に対応をしていくことが難しい状況にあります。
設計製図等については来月以降に学校での授業がしだいに再開される見込みのため、現在、遠隔授業では、学生みんなの思い出の場所、製図室を題材に部材の名称を説明したり、図面の見方を覚えたりしています。

製図室の図面の説明


部位名称の説明


加えて小設計課題として、製図室の机を2m間隔で並べる練習を行いました。

製図室の机を2m離した場合の説明


ソーシャルディスタンスを確保した机の配置例


手描きやCADの使い方も私が作図をしている動画を撮影して流しました。これは、私が大学時代に設計でスランプに陥った時に、恩師が実際に手を動かしてエスキースをしている様子をみせてもらってから、再び設計ができるようになった経験に基づきます。プロがどのように手を動かして考えているのかを全員に一度に見せられるのは遠隔授業のメリットですね。

 
また、静止VR等やパース内を自由に動けるデータをWEB上で限定公開して、学生に現代的なプレゼンを体験してもらったりしました。静止VRのみのURLを示します。
https://www.fc-trend.net/builders/file/panorama/index/73051720/03fbe9e7afb947adb3341752e2f3fc77
(公開期間:2020/05/12 ~ 2020/08/12)
また、通信容量が十分にあることを確認できたクラスには、授業後の自学自習の内容として、住宅医協会ホームページ等にある作品紹介を見てもらうようにしています。


さて、もちろん、オンデマンド授業においても授業動画や添付資料は通信容量を抑える(データダイエットと呼びます)必要があります。例えば一授業30MBに抑えれば、一日3授業あったとすると、週に5日間、月に4週間で1.8GBとなり、月上限3GBの契約で授業を受けることができます。そのため、動画での説明を短くして、スライドや文字での説明を詳しく書く等の工夫をしています。
また、遠隔授業を行う同時期に教職員への出勤自粛が重なりましたが、教職員間の連絡等は以前からグループウェアを導入しており自宅からもVPN接続(Virtual Private Network)により高いセキュリティを確保できていました。この他に学校として契約をしている連絡手段(Google Meet,Teams)等、複数の連絡手段を使用して業務に当たりました。これまでは自分自身が全ての機能を有効に使いこなしていたとは正直言えませんが、今回の遠隔授業や出勤自粛を契機に既にある恵まれたリソース(個人設計事務所経験者からみると何と贅沢なことか)を有効に活用することが出来るようになりました。
こうしてみると、非常事態においては遠隔授業や働き方改革等、これまでなかなか進まなかった事が一度に進んだことが分かります。防災学の加藤孝明先生(東京大学大学院教授)の言葉を借りれば、災害時にはトレンドが加速するということでしょうか。もちろん、良い面だけでなく、日本が抱える問題、例えば、諸外国に依存したサプライチェーンやデジタルコミュニケーションの問題、東京一極集中の弊害等、問題となるトレンドも加速しているように思います。また、こうした非常事態時の対策としては、平時に準備していたもの、本校ではmanaba等すでに準備していたものが最も有効であったと私は思います。いま、緊急事態宣言が解除され少しずつ平時を取り戻そうとしていますが、第二波に備えて今こそいわゆる「新しい生活様式」を着実に準備しておくべきだと私は思っています。
 
3.スクーリングにおける感染防止対策
本年5月4日に厚生労働省より「新しい生活様式」、その後業種別のガイドラインが公表され、5月22日に文部科学省より「学校における新しい生活様式」が示されています。「学校における新しい生活様式」では地域の感染レベルを3つに分けて、それぞれに学校の行動基準を定めています。徳島県は現在最も低いレベル1にあるため、感染リスクの高い教科活動(長時間近距離で対面形式となるグループワークや近距離で活動する共同制作等)については可能な限り感染症対策を行った上で実施することを検討することができる状況にあります。
さて、何事も基本的な事項をきちんと実施できるかどうかが重要です。感染症対策のポイントとして、①感染源を絶つこと、②感染経路を絶つことが挙げられています。
①感染源を絶つこととして毎朝、体温測定を行いLMS上で報告をしています。体温測定を行っていない学生が登校した場合には引き留め、体温を測定することの意味等(学生にも教職員にも本人または家族で重症化リスクの高い方がいること等)を指導しています。また、登校時にはインスペクションでもよく使用されているサーモカメラにて表面体温のチェックを受けています。建築以外の用途で使用しているのを初めて見たので新鮮な印象を受けました。

サーモカメラです


②感染経路を絶つこととして、手洗いの徹底(よく手を洗うようになりました。顔も洗っています)、咳エチケット(マスク等は常につけています)、そして消毒を行っています。アルコール消毒等も化学の教員が製造をしてくれています。高専の先生方がいれば何でも作れるのではと思う毎日です。
教室のドアノブやトイレ、また実験器具等も定期的に消毒を行っています。公共のトイレは蓋がない場合が多く現在、蓋の設置対策も必要になっています。器種によっては蓋が後付けできないものもあり、機械コースの先生方と協力して蓋を取り付ける治具等の製作も現在、行っています。これからトイレの設計もより感染症対策を意識したものになってくると思います。
教室は机の間隔を2m程度開けられる教室を使用しています。そうすると教室が不足をしてしまうため、全学年を同時に登校させられず、分散登校等になってきます。もしくは、体育館等で授業をするということにもなりかねません。
人数辺り面積による規模計画を行ってきた近代建築計画理論でつくられた建築物は、今回のパンデミックのように社会の前提が変わると、建築の物理的な寿命よりも社会的な寿命により建築物が使用できなくなってしまう場合があります。先ほど紹介をした製図室に机を並べるという課題を出した意図もここにあり、学校施設はまさに近代建築計画理論の代表作であり、日本中に多数のストックがあります。これらのストックを、アフターコロナの時代にどのように活用をしていくか、建築を学ぶ者として考えてほしいと思ったからです。
この他に私が今回のことで危機管理として一番学んだのは、万一感染者が出た場合に濃厚接触者として扱われる者を少しでも減らすために常日頃のデータをとることが大切だということです。地域の保健所等からの指導を受けたのは、例えば、感染者となった学生と一緒に食事をとった学生(マスクを外しているため)や一緒に入浴をした学生を特定できれば、その他の学生は濃厚接触者として扱われない可能性が高くなります。そのために、色々な方法があり、例えば食事時間や食事のテーブルを決めてしまうとか、シャワーを浴びる時間や使用するシャワーの位置を決めてしまう等の方法もあります。
例えば、セミナー等を対面で開催をする場合にも、今後は名簿管理を適切に行い、万一感染者が出た場合に迅速に保健所に名簿提出ができる体制をつくることが大切になってきます。出入り時にスマホをかざしてデータを登録する等の仕組みもより重要になってくると思います。
 
4.おわりに
最後に少しご紹介をさせて下さい。私自身、これまで地域で設計事務所してきたことから、地域の建築、地元企業のために研究したいと思っています。

今年度も引き続きインスペクション関連の講座を開設しようと思っていたのですが、GWに全国量産ハウスメーカー20社の新型コロナウィルス対策への取り組みをHPから抽出し、その後、県内の建築設計事務所、建設会社への新型コロナウィルス対策への取り組みを一斉アンケートし、その差の大きさに愕然としました。

全国量産ハウスメーカーの新型コロナウィルス対策への取り組み(5月6日時点)


そこで、今年度は、施主様との同時双方向による打ち合わせの方法や現場管理アプリの使用方法、ウォールスタッド、VRやAR等、住宅業界における新しい仕事の仕方について連続講座を開催しようと準備をしています。
このように高専は地域企業と連携し、一緒に地域を担う人材を育成していくことを強く希望しています。ぜひ、地域にある高専を訪ねてみていただけませんか。貴社にとって一生ものとなる出会いがきっとあると思います。