「 伝統 × 自然 × 宗教 / 風習がつくる家」リレーコラム 2026年2月
住宅技術評論家 南雄三
昨年のリレーコラムは「既存脳で考える」ことを提案しました。新築だって住んだその日から既存になるのですから当たり前のことですが、日本では新しくしようという意識が強くて、だから「新しい普通」が目指され、建材も設備もデザインも「新しい普通」に導かれていきます。
まるで生成AIが莫大な情報の中から最適解 / 普通らしきを導き出してくるようなもので、そこに住む家族の暮らしにフォーカスしたものにはなりません。むしろ「今まで」を改善することに使命感をみつけているかのよう。
改修を仕事にする住宅医は、「変えたいものがある」「変えたくないものがある」「許していたいものもある」という生々しい既存と向き合いながら着地点をみつけていかねばなりません。
既存脳で描く家は暮らし(共同)を見つめながらもパーソナルを重視し、刻々と変化する暮らしの要求に応えながらも長寿命が求められます。そんな対立する要素を上手にこなしてみせるのが変幻自在な空間と、メンテも改修も容易な「ふところの深い家」。それがどんな設計 / 空間なのかは改修体験の中でみつけていけるはず。床下に潜るのも、蜘蛛の巣だらけの小屋裏に上がるのも、そのための修行といえるのでしょう。
中古市場へ
さて、私が選ぶ昨年最大のトピックスといえば、財務省が発表した「新築市場から中古市場へのシフトチェンジ」( 図1 )でした。「いよいよ日本も中古住宅市場に転換する時がきたか」という思いで読みました。
中古住宅市場に転換すると何が起こるのか?(図2)
![]() 図2. 新築住宅市場と中古住宅市場の違い |
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- 家は自分のものではなく、売るものに変化し、社会資産となる(住宅貧乏からの解放)
- 新築が減ってメンテ・改修が主になる(地場工務店の土俵になる)
- 性能が資産価値を上げ、メンテで維持し、改修で更に高める(だから長命になる)
- 工法も建材も標準化し、どこでも誰でも手に入れることができる(真の在来工法)
図2の左は日本の現状で、右がアメリカですが、これはそっくり日本の新築市場から中古住宅市場への変化に置き換えることができます。
さて、そんな大変革を「大逆転」という目線で追いかけたのが拙著「大逆転のHOME嵐」(図3)であり、YouTubeの「ゼロ点設計」と「8畳グリッド・出窓でパッシブ」でした。
初めての絵本
昨年1月、「家の成り立ち」をテーマにした私の講演を聴いた女性建築士が、感想文に「子どもが読んで、将来建築家になりたいと思える絵本をつくって欲しい」と書き残しました。無謀とはわかっていても、期待されると応えようと思う私は絵本製作に挑戦しました。バナキュラーな家づくりを題材に11の事例を絵と文で綴り、もちろん出版社がつくわけはないので、完全な手作りで、9月の個展(こちら)で販売しました(図4)。絵本作家としては小学生からのスタートですが、これから住まいに関わるテーマを追って絵本をつくっていこうと思います。
トルコの木造住宅・サフランボル

図5. サフランボル全景
昨年の南雄三ツアーはトルコ・ギリシャに行きました。トルコでは木造古民家がたっぷり残っているサフランボルでコナックと呼ばれる伝統家屋を視察しました(図5)。
お金持ちは冬には丘の陰で寒風を避ける家に居て、夏は高台で風を受ける家で過ごします。冬の家↔夏の家を住み替えるのです。
お金持ちでなければ三階建ての家を建てて、冬と夏で部屋を移動します。1階は納屋と作業場で2階は天井の低い冬の部屋、3階は窓を多くもった夏の部屋(図6)。
遊牧民のテント生活は持ち運びしやすいセディルと呼ばれるベンチと収納が置かれていますが(図7)、家を建てて定住した後もそのままのインテリアになりました(図8)。
その後、イスラム教が入り込んで、男の部屋(図9)と女の部屋ができ(図10)、女性が客に顔をみられないように動線が描かれました(図11)。伝統と自然は無理なく繋がるのに、宗教の圧力は無理強いをしてぎこちなさを生みます。
ミコノス島の階段バルコニー

図12. ミコノス旧市街
ギリシャ・ミコノス島の旧市街は石灰を塗って真っ白な四角い家がビッシリ詰まっていました(図12)。これでは風も走らずに暑いだろうにと思ったのですが、それは日本脳で考える夏で、ここでは石灰の白が強い日射を反射し、家が密集することで日陰ができて涼を得ているのです。つまり多湿な日本では無理なことが乾燥したミコノスでは有利に働くということ。そして四角い家の角が丸まっているのは可愛らしさをつくっているのではなく、冬の強い風に対応するためだとか。
歩いていると沢山の教会があることに気づきます
(図13)。なんとこれらは個人教会で、周りに住む一族が毎日ローソクの火を灯し続けるのです。驚いたのはミコノス島を含むキクラデス諸島には「プリカ」という風習があって、お嫁さんが家を持参しなければいけないのだとか。名古屋の豪勢な持参金どころではありません。
なので、結婚する度に家が増えて、土地はなくなり、人がすれ違えないほど狭い道の両脇に階段をもった家が建ち並びます。これを階段バルコニーと呼ぶのですが(図14)、
1階と2階で違う世帯が暮らし、もちろん庭などあるわけもなく、子ども達は道で遊んでいます(図15)。
この「道がきれい」を見て貰いたくてツアーを企画したといってもよいほど。そして階段手すりのカラフルに心を躍らせながらも、狭い路地に閉じ込められたような静寂と平和を感じる不思議。そして迷路を歩いていけば突然青い海にでるという興奮まであって、都市計画などというお節介など皆無に、風習が生み出すアルゴリズムが街を息づかせているのです。
サントリーニ島の壮絶住居群

図16. 絶壁住宅
ギリシャ・サントリーニ島は超リゾートでありながら建築屋にとっては衝撃の中身をもっていました。船から島がみえてくると急峻な崖の上に雪がみえました。それが石灰を塗られたサントリーニの絶壁住居群でした(図16)。横に連なり&縦に重なり・・下の家の平らな屋根が上の家のテラスになって、折り重なるように積み上がっていました(図17)。
幾つかの島で月の形を描いている理由は(図18)、火山のカルデラが海の上に顔を出しているからで、いわば富士山のお鉢に家並をつくったようなもの。なので当然大地震の不安はあって、1956年の大地震で絶壁街区は壊滅状態となって住民は撤退、再び島に戻ってからは破壊された街を再生してリゾートに転身させました。その英断と土地を愛する気持ちが、絶壁の上から夕日を眺める世界レベルのリゾートにまで登り詰めさせたのです。
平らな土地に密集して立つミコノスとは一転して、斜面に無秩序に群れるサントリーニの家は、火山岩を掘ってつくった洞窟住居でした。洞窟の表に顔をつくって、その屋根は雨を溜めるために半円なのが伝統デザイン。
自然と対峙しながらも自然を利用して共生していくことの賢さ。そこに宗教が刺さり、風習がのし掛かることの理不尽。遊牧民の暮らしを定住する木造家屋にのせたトルコ伝統の住まいは、西洋の家具が入り込むことで崩壊し、夏と冬を分けた家 / 部屋も空調によって不要になりました。
でも3つの街が素晴らしいのは現代版に変えながらも、昔のままの形でリノベしていること。だからこそ世界から人を集める観光地として今もこれからも行き続けていけるのです。
今回のツアーでは現代建築を1つも観ませんでした。そして気づきました、アクロバットな建築を面白がるなんて、無味乾燥な現代都市が求める「刺激でしかない」のだということを。そして3つの街に1つとして背の高い異端児がないことの気持ちよさを噛みしめました。
住宅技術評論家 南雄三
文章・写真・資料 南雄三 ©Minami Yuzo , Society of Architectural Pathologists Japan
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住楽考(南雄三氏HP)https://u-minami.com/
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