住宅医の改修事例№171 岩手県 築140年 直家(古民家)の部分改修「まず、居間の温熱改修を行う」

佐藤 大治郎住宅医・大工 / 岩手県


部分改修後の外観

【建築概要】
・所在地:岩手県県南
・構造 / 築年数:伝統構法 (直家 すごや) / 約築140年
・面 積:母屋 床面積168.74㎡(改修部床面積10.90㎡)
・期 間:調査 2025年7月 / 施工(第一期)2025年10月〜12月
・工事費:材のみ 約75万円 (2025年時点)
・用 途:住居(3人)
・地域区分:3地域 (準寒冷地)
・温熱性能: 既存UA値 3.34W/㎡K 居間 Q*14.63 → 改修後 Q*4.56W/㎡K

・建物詳細調査 , 改修計画 , 施工:佐藤大治郎

ストーリー

岩手県の集落 築140年の古民家(直家)の温熱改修事例です。この家は大工で住宅医の佐藤さんのご自宅で 住宅医スクールで学びながら 性能向上インスペクション(詳細調査)を行い、建物の問題に気づき 後世に引き継ぐことが出来る 性能向上改修を行うことを決断されました。建物全体の状況を踏まえ、まず家族が必要な「冬までに 居間の温熱改修を行う。」そして、将来行う耐震改修のための分析も詳細にまとめられています。今回の工事は、急遽 限られた予算内での改修となったそうですが、佐藤さんの丁寧な分析やお仕事を知ることが出来ます。改修後の温熱性能は、温湿度計の実測からも知ることが出来ます。ぜひ最後までご覧ください。(住宅医通信編集部)

性能向上インスペクション(詳細調査)

建物は山間集落にあり、岩手の古民家として有名な「曲がり家」とは異なる旧仙台藩領の形式「直家(すごや)」である。近隣地域は当時気仙大工の出稼ぎ地であり同様の特徴を残す民家が多数現存する。2025年7月、詳細調査を行った。調査は、内外観・床下・小屋裏などについて目視・触診・計測にて調査。併せて防災マップ等の情報調査。建物は和釘等の痕跡から明治初期頃と思われる。石場建て礎石基礎の伝統的構法で外周部のみ敷土台が有り床下換気は十分であったが床下地盤は防湿措置が無くやや湿潤、床下湿度と部材含水率共に高かった。床組部材の数カ所に腐朽が有ったが蟻道蟻害はなし。外壁は隙間が目立つ、屋根は適宜補修を行っており小屋裏に構造に及ぶ劣化はない。
(右図は敷地配置図)

小屋
360°カメラを使用して高所の細部確認を行った

屋根:天然スレート葺き 適宜補修を行っている

軒下:虫害跡

小屋裏:むかし養蚕が行われていた大空間 目立った劣化は無し

小屋裏:継手の無い長尺の梁が使われている

小屋裏:地松の伝統的架構 接合部金物なし

【 室内・床下 】
屋根形状は昔養蚕をした矩勾配で大きく室内は暗い。屋根の表面積から熱損失の割合も大きい。壁は主に土壁・板壁で経年の改修により金属外壁・窯業系も見られる。外部開口部はアルミサッシ単板ガラスで断熱もほぼ無断熱のため冬の寒さが非常に厳しい。間取りは食違い型5間取りで東側座敷部は当初の形をよく残しており西側土間部は後補による水廻り改修が重ねられ使い勝手が悪く段差も大きい。


開口部:アルミサッシ(単板ガラス)

室内:生活動線上の段差

室内:室内に貫通する隙間

室内:柱の傾斜

基礎:礎石基礎(石場建て)

床下:床板には結露あと

床下:防湿措置無し

床下:ベンコ根太 褐色腐朽による劣化

床下の様子

床下:含水率が高い

住宅医スクール受講中に実施した性能向上インスペクション(詳細調査)。
調査ではカビや粉塵を吸い込まない様にアドバイスもあった。湿気の多い床下は防塵マスクを付けて調査を行った。調査を実施し多くの問題箇所を発見し まとめる事となる。

既存建物性能【耐震性能】

建物中央から外周方向に向かって不同沈下が見られたが経年によるものと思われる。JSHISマップの地盤種別は第1種地盤で周辺地質も石灰岩を主体とした地盤となっている。自治体の防災マップより敷地内の急傾斜地の崩壊には注意が必要。精密診断法1(方法2)による上部構造評点は「0.35」であり、大地震時に倒壊する危険性が高い。壁の量が全体的に不足しており、短辺方向の壁配置バランスがやや悪い。水平構面と併せ耐震補強の検討が必要。

現状【精密診断法(方法2)】
現状
軸組模型(架構把握のため製作) 内部架構の様子

今後の耐震計画の検討の一環として限界耐力計算に挑戦。
今回は予算と改修内容の都合上構造面での耐震補強は行わなかったが、石場建てなどの伝統的構法の建物に向いた耐震診断法として限界耐力計算による耐震診断を行い評価の比較を行った。
(算入した復元力特性:土壁・小壁→算入、長ほぞ→余力、差鴨居→算入せず)
結果はこちらも、耐震補強の検討が必要であった。より詳細な評価には基礎や滑りの検討なども必要なため今後はそれらについても学びを深め、他の補強方法とも併せて耐震補強の方法を十分の検討して選択していきたい。

現状 X方向 耐震性能評価 現状 Y方向 耐震性能評価

上左:参考資料:・伝統的な軸組構法を主体とした木造住宅・建築物の耐震性能評価・耐震補強マニュアル(第3版)(日本建築構造技術者協会関西支部)・大阪府木造住宅の限界耐力計算による耐震診断・耐震改修に関する簡易計算マニュアル(改訂版)
上右:国立研究開発法人防災科学技術研究所 J-SHIS Map、下:JSCA関西木造住宅レビュー委員会木造限界耐力計算ⅡVer.2


変形能力のある耐震要素による補強方法の1つとして「荒壁パネル」について実際に取り寄せの上施工要領や実際の現場納まりの確認をし耐震補強計画の準備とした。

既存建物性能【温熱・省エネ性能】

外皮平均熱貫流率(UA値)は「3.34W/㎡K」で現行基準の建物より約6倍の熱が逃げている。屋根・天井からの熱損失割合が最も多く古民家特有の大きな屋根が影響していて断熱補強に工夫が必要。ηAH値は10.1%で目安の約5.8割とどまっておりこれも大きな屋根面が影響していると思われる。調査の結果外周部に隙間が数多く存在し現行基準の建物のような気密性能が確保されていない為更に熱が逃げやすい状態。外壁の壁内や畳の床下地部には結露の危険性も高い


上図は事例№171:一社)住宅医協会「住まいの診断レポート」抜粋
環境デザインサポートツールを用いて算出  2025作成

事例№171:「住まいの診断レポート」抜粋

年間一次エネルギー消費量の推計値は約390GJで 基準値の約109GJより約3.6倍のエネルギーを消費している。特に暖房の消費量が基準値の約8.4倍で冬場の石油ファンヒーターの消費が大きい。多用している石油ファンヒーターは室内空気を汚すだけでなく水蒸気を放出し結露を増やす要因となるためエアコンの使用を検討。照明器具も数カ所白熱灯の使用が有ったためLEDへの変更を検討。

既存建物性能【レーダーチャート】

Before【改修前 性能診断結果】


事例№171 :「すまいの診断レポート」(改修前)

Before
事例№171:(改修前)

既存建物のレーダーチャートは、温熱性能が最も低い。今後の家族の高齢化を考えると改善が必要。写真は、調査での野帳(実測や劣化など調査内容を記録したもの)と作成した住まいの診断レポート(調査報告書)。今回は予算の都合上、まず部分的な性能向上改修を行う。今後の改修を踏まえ建物の将来を考慮した納まりを計画する。

改修計画

  1. 温熱、省エネ性能:区画断熱・エアコン設置
  2. バリアフリー:手摺の設置
  3. 火災時の安全性能:火災警報器・消火器設置

 

After【改修後 断面図】

 

Before 無断熱の居間

改修前 事例№171 
After 区画断熱を行う
改修後 事例№171 

家族の使用時間の長い居間は「区画断熱改修」と「エアコンの設置」居間の熱損失を改修前の 1/3以下に改善。
温熱環境の改善と暖冷房エネルギーの削減を図り、暖房エアコンの能力も十分間に合うようになった。部屋内部の表面温度も改善され体感温度としても快適性が向上出来た。下図は、改修後の気温と湿度の実測のグラフ。

After【温湿度計による実測(居間)

2025年12月4日 温度比較 区画内外の自然温度差に4度の差が有り区画断熱の効果が見られる(比較のため暖房不使用)
写真:温湿度計(データロガー)、表面温度の計測、温湿度のグラフ(赤線は居間の温湿度)

省エネルギー性能

年間一次エネルギー消費量を建物全体として8.31GJ(約33,240円)削減
区画断熱と併せて暖房エネルギーの削減を実施した。今後建物全体での断熱区画・設備容量の検討に反映していく。照明器具も白熱灯をLEDへと更新。

After
石油ファンヒーター → 高効率エアコン
After白熱灯 → センサー付きLED

施工写真
居間への暖冷房エアコンの設置に伴い部屋単体での「区画断熱改修」を実施。天井:HGGW200mm、壁:HGGW100mmとした上室内側に気密シート0.2mmを施工した。床面の断熱施工に関しては今後の管理計画として劣化対策の床下防湿措置と併せて実施の予定。開口部については既存サッシに木製内窓(複層ガラス)を設置。一方室温変化を緩やかにする効果の活用として熱容量の大きな土壁(木小舞土壁)の施工を行った。今後熱容量の高い素材の活用手法の参考とする。

居間 改修中
解体後:床壁天井は無断熱、開口部はアルミサッシ(単板ガラス)

温熱改修中:壁床は高性能グラスウール(床は将来)

環境負荷の取組み

再利用(ガラス)
木製建具(内窓):ガラスは現場で使わなくなった廃材から再利用

木製建具(内窓):ペアガラスとしピンチブロックを使用し気密を高める

再利用(土壁)
木小舞土壁:土壁解体時に出た古土を細かく砕き こねて藁を混ぜて寝かせる

木小舞土壁:リサイクルした土で仕上げる

 

バリアフリー性能

最も問題な土間部段差は、壁面の下地を利用し手摺を設置。今回の改修で最も住まい手の評価が高かった。

Before
After 

火災時の安全性

今回調査で確認した火災警報器の不足分は新たに追加設置。又消火器は無かった為新規に設置をした。東北の寒い地域で冬場の部屋干しもあるためストーブに近接した衣類からの出火防止の意味も踏まえファンヒーターからエアコンへの設備更新を行った。台所コンロのIH化も検討したが東日本大震災の際の停電の経験からガスコンロは残す事とした。(右写真:火災以外の防災の備えも準備した)

耐久性(メンテナンス・維持管理性能)


外周部の隙間については可能な範囲で応急的にシーリング処理を行った。(今回は予算の都合上、床下の防湿措置は行わなかった。)今後は腐朽部の交換や足固めの構造補強、床下断熱施工に合わせて複合の工事として将来計画に取り組みたい。

改修後の建物性能【レーダーチャート】

After

チャートに表れていなくても効果は充分に実感できた。
赤:改修前の建物性能 / 青:改修後
事例№171:一社)住宅医協会「すまいの診断レポート」 改修後
After

赤枠:改修前の建物性能 / 点線:改修後
事例№171:改修後

 

元々の改修計画はなく調査診断の実務能力の修得のため練習台として自宅の調査を行った。結果、多くの問題点が発覚し両親の高齢化への思いもあり、低予算短工期での最小限単位での改修を行った。
一度施工してしまうと変更の難しい部分もあり、今後の全体的な計画を考慮した上である程度の間取り変更や構造補強に耐えるよう再変更可能な納まりの改修とした。
その様な事情もあり、今回思うような性能向上にまで結び付けられていない所があるが目標とした高齢化に配慮した温熱改善には区画断熱の効果が大きく快適性向上が達成出来た。[また同様の地域古民家の改修の手法構築のための古民家の各種特性把握と経験が得られるよう考慮した。限界耐力計算や外皮計算、詳細調査による地域古民家のポテンシャルの把握は特に得るところが大きかった。
今回出来なかった部分は画的なメンテナンスの実施に活かして行く。]今後は、今回の改修で得られた経験を自宅と地域の同様の古民家の再生活用に活かしていきたい。(右図は「建物の6ツの性能」 拡大して表示

photo

Before 

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居間
白壁の反射導光も取り入れ明るく暖かい空間となった。
After


居間の小窓から玄関に光が入り、家族も来客の気配を感じることが出来る。

まとめ・展望

調査では当初独学で調査を行っていたものの 中々効率良く進める事が出来ず、住宅医協会事務局の滝口様に相談したところ福島での古民家構造調査に参加させて頂き、多くの実践的な調査手法を学ぶ事ができ大変勉強になりました。
その後学んだ方法を実践し、詳細調査を経て知る事の出来た「直家」の各種特性(劣化・構造・温熱・地域特性等)は地域古民家の潜在ポテンシャルを知る上でとても貴重な経験だったと感じています。

私は岩手で大工として古民家改修等に携わっています。一方で、若手大工の育成のため職業訓練校の指導員としても活動をしています。近年大工職人を目指す若手技能者は残念ながら徐々に少なくなってきています。しかし、住宅の改修再利用が進む今、新築だけでなく既存住宅や歴史的建造物に対する知識と改修の技能を持ち合わせる大工の存在は今後より一層必要とされる大事な職能であり貴重な人材であると感じています。

以前私がお世話になったベテラン大工さんがよく言っていた言葉があります。「大工いなけりゃ神も仏も雨晒し」 のちに岩手県内に伝わる南部木挽唄の一節と知りました。詳しい事までは分かりませんでしたが、どんなに優れた建物もそれを支え未来へつなげる担い手がいなければいずれ朽ちてしまうという意味なのかなと思っています。
今回得た経験を職業訓練を通して未来の職人にも伝え、地域の建築を担う新しい世代と共に学習・成長して行ければと思っています。

資料・文章・写真:佐藤大治郎
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№171 岩手県 築140年 直家(古民家)の部分改修「まず、居間の温熱改修を行う」


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