住宅医の改修事例№0163 北山の家 ~築62年 祖父の想いを繋ぐ古民家リノベーション
松本 孝充(住宅医 / 松本設計 / 佐賀県)
敷地環境
山間に建つ農家住宅の敷地には、農業用倉庫、母屋、薪小屋があります。今回は、築62年の母屋の改修です。母屋の正面は西側に位置しており、開口が集まる西側は、夏の日差しが厳しい。
![]() 庭敷地配置図(改修前) |
![]() 建物正面(西側)改修前 |
ストーリー
「祖父の建てた家を残したい。」と考えられていたご家族の想いを、住宅医の松本さんにより懐かしさが残しながら性能向上改修が行われました。
現在では使いにくい広い土間と田の字型の農家住宅を「骨太の構造材を生かし、空間を使いやすく」と考えられ、建物詳細調査では、建物の劣化を見極め、既存材を生かした構造補強計画が行われました。冬は厳しい寒さのなか隙間風で建具がガタガタと音をたてる過酷な環境でしたが、温熱改修もしっかりと行われ、長期優良住宅の認定も受けた改修です。地域の風景に馴染む佇まいに、ご家族の日々の喜びを感じます。(住宅医協会編集部)
右写真:改修後
既存建物調査
【 外部・屋根・基礎 】
2020年3月〜4月建物詳細調査では、目視による建物調査およびSWS試験による地盤調査を行った。
約10年前に瓦を葺き替えていたということもあり、雨漏りや大きな劣化は見られなかった。小屋組は丸太梁で構成されている。床下は石場立て工法で、基礎はなく、一部水回り箇所などはレンガや土壁で床下を塞がれているところもあった。
![]() 漬物小屋 板張り部は剥がれや補修箇所が有り |
![]() 農業用倉庫と屋根が干渉している部分から雨漏りしている箇所有り |
![]() 東側(山側)は湿気があり木部の劣化が激しい |
![]() 農業用倉庫 雨水枡がなく雨水は敷地内に垂れ流し、雨が降った際は水溜まりができる |
![]() 小屋裏に雨漏れは見当たらない。骨太の構造材に柱頭柱脚の金物無し、耐力要素は土壁のみ。 |
![]() 棟木に「上棟式昭和33年」記入あり |
![]() 基礎は無く石場建て 防蟻処理の状況は不明、蟻害は見当たらなかった |
![]() レンガ積みで塞がれている。一部劣化による穴が有り |
【地盤調査】
SWS試験による地盤調査を行った。山間丘陵地であり、地表面の土質は砂・礫質土、地耐力も概ね30KN/㎡以上確保されており、地盤に対する安全性は問題無いと考えられる。
![]() SWS試験の様子 |
【 内部 】
内部は、土間玄関と煮炊きをする台所と、変形した田の字型の和室から構成される典型的な農家住宅で、風呂やトイレとは農機具小屋との間に挟まれる形で増築されている。本来開くべき方位である南側は床の間・仏壇が並び、蓋がされた状態であり、日中でも室内は薄暗く冬は底冷えする。また夏はひどい西日に悩まされていた。
![]() (玄関土間)玄関引き戸はまたいで入る。 |
![]() 階段は1間上り、手摺無し。 玄関土間~室内FLまで715㎜あり、上り下りが大変である。 |
![]() (土間台所)壁:プリント合板、天井:ケイカル板仕上げ。 火災報知器、消火器の設置無し。食堂~台所に475㎜の段差有り。 |
![]() (1階和室)日中でも薄暗く照明が必要 |
【設備】
水廻りは、母屋と農業用倉庫に挟まれた幅1.5mの隙間に押し込められるように浴室(脱衣所無し)とトイレがある。
浴室は出入口に220㎜のまたぎ段差有り手摺は無い。1段上がった浴室内に洗濯機が配置されている。給湯器はなく、薪で給湯。
在来浴室 |
北側のトイレ(農業用倉庫側) |
増築されたトイレ(南側) |
改修前の建物性能
既存建物の性能は、耐震性能と温熱性が著しく低い。冬場の非暖房室は氷点下になる。
改修前![]() 一社) 住宅医協会 住まいの診断レポート 北山の家 |
改修前![]() 〇〇 |
改修プラン
建て主からは、冬の寒さの解消と家族5人がゆったりと暮らせるような間取りへの変更という希望があり、断熱改修を行い、熱的バリアーを無くすことで、自由な間取り変更が可能となった。また、熊本地震の記憶も冷めやらぬタイミングでもあり、耐震診断を行い、しっかりと耐震改修を行った。屋根は改修済だったことから補修のみとし、外壁は周囲の街並みにも馴染む焼杉張りとした。
Before![]() 改修前 平面図(赤枠は2階外壁ライン) |
after![]() 改修後 1階平面図を表示 2階平面図を表示 |
・南側を開口し、光・日射を取り込めるようにした。
・耐力要素を出来るだけ外周部にまとめ、プランの自由度を高めた。
・床段差を最小限に留め、バリアフリーにも配慮した。
建物の性能向上
基礎を諦めずに耐震性能を向上させる。
・石場建てから、RCベタ基礎を新設
・柱頭柱脚の金物、小屋束、母屋の金物は全数取付
![]() 基礎伏図 |
基礎新設 ■![]() アンカーボルト新設 |
●耐震性能
外周部に構造用合板t9にて耐力壁の量を確保し、プランの自由度を実現
| 【改修後】 構造用面材:構造用合板9㎜(2階部分で下屋と絡む箇所は内部側に入れる) ![]() ホームズ君耐震診断Pro使用 |
一般診断法による上部構造評点Iw 0.16から1.01まで向上![]() ホームズ君耐震診断Pro使用 上表:建物詳細調査報告書より抜粋 |
施工写真 耐力壁:外周部の構造用合 t9 |
土台にアンカーボルトを新設 |
金物取付 |
断熱性能
【改修前仕様】
・外壁・屋根共に無断熱
・窓:単板ガラスで隙間風がひどい
・UA値:3.11W/㎡K
【改修後仕様】
・床:押出PF保温板3種 t60
・外壁:現場発泡ウレタン吹付 t100
・屋根:現場発泡ウレタン吹付 t200
・窓:樹脂サッシ+Low-E複層ガラス
・UA値:0.60W/㎡K
断熱材施工 床面:押出PF保温板3種t60 |
断熱材施工 壁面:現場発泡ウレタン吹付t100 |
断熱材施工 天井:現場発泡ウレタン吹付t200 |
●省エネルギー性能
・一次エネルギー消費量算定結果:109.1GJ(基準値:134.4GJ)
・暖房は薪ストーブ、冷房はルームエアコンを採用(改修前は冷房無し)
・給湯器はエコキュート(改修前は薪で給湯)
・照明器具はすべてLED照明に変更。
・(写真:改修後)
●バリアフリー性
・階段はかけ替え、勾配を緩くし、片側に手摺を設置した。
・玄関に手摺を設置し、踏み段を設置し、1段当たり180㎜以下とした。
・元々土間であった玄関や台所にキッチンや水回りを設け、床の段差を最小限にとどめた。
・廊下など将来的に手摺を設置できるようにしてある。
・(写真:改修前)
●火災時の安全性
・台所は垂れ壁を設け、内装は準不燃材料を使用した。
・熱源は安全装置付きのガスコンロを採用し、各寝室および階段に火災報知器を設置した。
・屋根仕上げに劣化は見られなかったため、変更していない。
・(写真:改修前)
●耐久性
・基礎はベタ基礎を新設し、基礎パッキンにより通気化。
・外壁は通気構造とした。
・浴室はユニットバスとし、脱衣室仕上げは耐水PB+ビニルクロスとした。
・GL+1mの木部に防蟻処理を実施した。
・点検実施可能箇所毎に床下・小屋裏に点検口を設置。
・雨水枡を設置し、計画的な雨水処理を行った。
・(写真:ベタ基礎新設時)
■余白
改修後の建物性能
改修後 赤:改修前の性能 青:改修後の性能一社) 住宅医協会 住まいの診断レポート 北山の家 |
改修後![]() |
5人家族の暮らしを受け止める開放的なプランと和室の位置変更により、建物全体を使うことができるようになった。
断熱性、耐震性、省エネ性を以前よりも大きく向上させることができた。
暖房については、エネルギー源である薪の調達が容易にできることから薪ストーブを採用した。
思い入れのある家具や建具を積極的に使用し、建て主も家づくりに主体的に参加し、満足度が高いと感じている。
伝統継承
風雪に耐え抜いた構造、長く愛された調度品を後世に残す。
63年の間、この家を見守ってきた柱や梁は出来るだけ残し、既存の長もちや箪笥等も積極的に活用した。古くなっていた箪笥は、建て主自らリメイクし、キッチンの食器棚や、リビングのTVボードとして利用されている。またダイナミックな丸太梁や柱などの構造材も残すことが出来て温故知新を体現する心地良い住まいとなった。
![]() 1,既存柱はあえて手を入れていない |
2,TVボードは箪笥をリメイク(住まい手) |
3,キッチンの食器棚は既存建具を使用した |
![]() 4,ダイニング・和室は既存梁を生かす |
5,既存建具を活用 |
6,ダイニングに思い出深い家具を配置 |
写真
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竣工写真 ©YASHIRO PHOTO OFFICE
最後に
「北山の家」は独立後、初めて携わらせていただいた本格的な改修案件です。住宅医スクールの講習と並行して、打合せやプランの検討、施工方法の検討を進めていたことを思い出します。ですので、スクールで学んだことをすぐに現場へフィードバックすることが出来、非常に勉強になりました。
また、この案件は建て主さんの「この建物を残したい」という強い想いにより、実現することができたと言えます。
私に声をかけられる前に、数社の建築会社へ相談をされた際には、どの会社も改修ではなく、新築を勧められたそうで、改修工事として請け負うという会社は1社も無かったそうです。
改修工事は現地調査では分からないことも多く、設計・施工両方の面で高い技量が求められます。石場建て基礎だったこともあり、解体して、新築する方が手っ取り早いと、どの会社も判断したのだと思います。しかし、建て主さんは諦めきれず、知人を通して私に声をかけることになったそうです。真冬の打合せでは、4帖半の茶の間にファンヒーターを付けてもらっていましたが、一歩非暖房室に出ると、吐く息は白く、氷点下になることもしばしばありました。
また、熊本地震からそう時間が経っていない時期でしたので、設計者だけでなく、建て主さんも地震に対する心配をされていました。
プランニングにより暮らしやすい住まいにすることだけでなく、建築物としての本質的な改善を行うことで、冬でも暖かく快適に、そして、地震に対する備えをしっかりと行い、安心して住むことができる家になりました。まさに住宅医としての仕事を全うすることができ、そこに暮らす建て主さんにも大きな満足を感じていただいており、設計者冥利に尽きます。
今回の仕事を通して、改修工事の面白さと奥深さを感じ、これからも住宅医として、腕を磨き続けていこうという想いを新たにしました。
松本 孝充
Copyright © MATSUMOTO TAKAMITSU , jutakui
No.0163 北山の家 ~築62年 祖父の想いを繋ぐ古民家リノベーション
LINK
・ 松本設計 https://matsumotosekkei.com/
・matsumotosekkei instagram https://www.instagram.com/matsumotosekkei/
【北山の家】
・第9回 佐賀の木・家賞 知事賞受賞 https://saganoki-ie-machi.com/awards/index.html
・第40回 住まいのリフォームコンクール (一社)住宅瑕疵担保責任保険協会会長賞受賞 https://www.refonet.jp/csm/case/contest_40_05.html
・2023 JACKリフォームアイデアコンテスト準グランプリ受賞 https://e-jack.net/reform_contest/contest2023/
・2023 性能向上リノベデザインアワード特別賞受賞 https://pirenoaward.ykkap.co.jp/entry/2023/175/
【施工】
・株式会社江田建設 https://www.eda-kensetsu.co.jp/



























































