住宅医の改修事例 №0158 昭和をつなぐ土壁再生の小さな家
川島 淳子 (住宅医 / 住設計室 / 静岡県)
story
とても慕っていた叔母さんの小さな町家(築60年)が家が空き家となり、この家は壊すのでは無く 改修で住み継ぐ事を決断されました。「折角ならば…この先60年以上、住み継ぐことが出来る家に」と、耐震性、温熱性、省エネルギー性など非常に高い性能が実現された改修事例です。まずは既存建物の状態を知るために、詳細調査や補助事業を利用した強度試験を行い適切な計画のもと改修が行われました。また資源を無駄にしない現場での取組みや、地域材の活用。自分たちでメンテナンスが楽しめる素材が選択がされています。(住宅医協会編集部)
既存建物
立地環境は太平洋に面していながら西と南は田んぼが多い田舎町で、北側には原野谷川が流れ風通りの良い場所で旧東海道や駅に近い。付近の商店は建替えられ、今は殺風景な街並みです。
建物は東へ39度振れており、向かいには高さ12m近いビルが建ち、冬は朝10時過ぎにやっと日が入る。夏には道路に添って風が吹く気持ちの良い場所です。
改修前 内部の様子![]() |
改修前( 新築時1963年 ) ![]() 平面図 |
改修前 ( 増築時2000年 )![]() 平面図 |
この建物は築60年の狭小間口で当時は、洋裁店を営んでいた 一人住まいの家です。1階には縫製の間と3帖畳部屋・水廻り。2階は寝室兼座敷の純和室がありました。下水道が接続された際にトイレと浴室が増改築され、外壁・サッシ・バルコニー工事が行われました。奥には広い庭があり花木が植えてあります。ます、この家の状況を調べる建物詳細調査を行います。
建物詳細調査
調査は1階2階それぞれ床を開口し、小屋裏・階間・床下の目視調査を行った。調査時の床下は湿気た感じは無く蟻道も見当たらなかった。掘っていった際 土に湿気がみられた。換気口に貫通の大きなクラックが2カ所有り(写真①)。2000年に増築された部分はエキスパンションによるもので柱は90㎜で金物や断熱材は無かった。土葺き屋根は漆喰面戸が落ち軒先から土が流れかけていた。外壁は水切り部分の取り合いで錆があった。内部は1階2階とも南東へ3~4㎝下がっていた。
その後の解体工事で、トイレ部分の壁 直貼りの柱に蟻道が見つかった(写真②)
今回はストック推進事業の補助金を利用し、基礎強度試験、微動探査を行う事ができた。
(詳細調査写真・野帳:住設計室)
![]() 2階小屋裏(撮影:2023年4月21日) |
![]() 小屋裏(2000年の増築部Expj) |
![]() 階間 土壁上部梁なし |
![]() 写真① 基礎クラック(無筋基礎) |
![]() 基礎深さの確認(掘ってみると土に湿気有り) |
解体時![]() 写真② 2000年に増築された(直張りで通気が無い壁) で見つかった蟻害跡(2024年2月15日) |
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地盤調査 SWS試験![]() SWS試験の様子 |
![]() 調査日:2023年8月24日 |
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調査時には助成金を使い「基礎強度試験」「微動探査」を行っています。
これは地元工務店「一般社団法人 未来へつなぐ工務店の会」の取り組みとして、2023年度の「住宅ストック維持・向上促進事業」による事業の一環です。資産価値あるものにするには改修建物の評価を作る。新築並みの評価にするには基礎がどうなっているか? 実際どの程度耐震補強されているのか? 性能評価されるのか? まずは調べてみましょう。という事がきっかけで 性能向上リノベを計画していたこの物件の調査を行って頂きました。
微動探査![]() 微動探査(試験日:2023年8月2日) 建物の固有周期は耐震性能かなり低め |
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基礎強度試験![]() コア抜取りコア採取日:2023年8月8日 |
![]() 圧縮強度試験(試験日:2023年8月18日) |
抜取ったコアの中性化深さ測定![]() 依頼者:一般社団法人 未来へつなぐ工務店の会 試験:愛建総合設計研究所 建築材料試験室 第三者建材試験機関(試験日:2023年8月18日) |
![]() リバウンドハンマー試験実施(シュミットハンマーN型) |
既存基礎コンクリート 圧痛強度・中性化、微動探査検査の結果は…
・コンクリートの強度:リバウンドハンマーによる推定圧縮強度 37.9 N/mm
・圧縮強度:15.1 N/mm2 リバウンドとの強度差は化粧モルタルの有無の影響と考えられる
・コンクリートの中性化:中央コア写真[上]:2000年、[下]1963年
・微動探査結果[右資料]:ランクの説明「×」
![]() 試験結果まとめ、住設計室 |
既存建物性能 6つの性能は…
①耐久性:棟は番線で補強されていたが屋根の面戸がほぼ落ちており土も崩れかかっていた。バルコニーの排水があふれ外壁が錆びており勝手口の柱が腐食。浴室境のクロスに蟻道があり、直貼りされていた柱に白蟻跡があった。1階2階床とも南東へ傾斜があり基礎へ構造クラックがあった。床下の盛土は掘ると湿気があったが床組みへの食害は見られなかった。
②耐震性:低地の微高地/自然堤防で表層は砂礫質台地。主に砂質土からなり排水しやすい比較的良好な地盤である。南東の角は2.25m自沈層があり基礎は無筋で南北方向の換気口にひびがあった。土台にアンカーボルトはあったがナットが無かった。土壁の大きな破損は見られなかった。外周部の梁巾は120。小屋裏:羽子板ボルトとカスガイを確認。小屋スジはないが火打ち梁は四隅にあった。壁スジカイの目視は不可能だった。
③温熱性:断熱材は一か所も無かった。築60年の建物で内部が真壁になっているところは土台から梁までの土壁があったが、構造材との隙間が見られた。大壁部分の壁内は空洞であった。2000年の増築時に木製建具の外側へアルミ単体サッシ設置あり。気流止めは無く土壁と躯体の境は隙間が見られた。小屋裏の母屋と外壁部分も隙間が見られた。
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④省エネルギー性:給湯は20号の壁掛けガス給湯器。24時間換気は無く台所換気扇はプロペラタイプ。照明器具は蛍光灯が各部屋中心にあった。断熱性能が悪いため冬の暖房一次エネルギーが5倍以上。換気負荷は少ないものの気密性が悪く内外温度差による隙間風が予想される。風通しがよいため夏の体感はよい。
⑤バリアフリー性:寝室は2階にあり、水廻りは1階のみ。トイレは1帖サイズで浴室は0.75坪。2000年のリフォーム後は1階に廊下が無くなった。引戸が多く開口部の有効巾は広目だった。下水道の引込み工事時に水回りは段差を無くしたが和室には敷居段差が25㎜残っていた。洋間はダウンフロアーになっており玄関との段差を150としていた。手摺は階段とトイレにあったが部屋の出入り口にはなかった。
⑥火災時の安全性:火気使用室の天井はジプトン 壁は穴あきケイカル板 一部化粧合板。寝室のみ警報器あり。2階からの非難は掃出しと高さ1.3mの腰窓から下屋へ可能。屋根は土葺き瓦一部金属葺き。準防火地域で軒裏は金属板であった。壁は土壁構造一部大壁部分は防火構造なし。開口部は防火設備なし。
(既存建物 6つの性能の状況)
PLAN
昭和と令和のハイブリッド 「折角ならば…」
準防火地域にある空き家になっていた築60年の思い出の家を譲り受け「折角ならば、私の後も安全で快適に住める性能の良い家にしたい。」と、まず適切な減築と増築を計画し「後60年先も安心して暮らせる(住み継げる)家」を検討ました。
計画するにあたり。
「車を置きたい」「景観を良くし街並みへ貢献したい」「洋間を玄関と繋がりをもって多用途に利用したい」「高齢になったら簡易仕切りを作り寝室とする」「土壁や和室を残したい」「寒くない家にしたい」「耐震性を上げ将来の価値を担保したい」
間取りは、道路側へ洋間を配置し 中央へ水廻りを置くことで奥のLDKと小さな庭をプライベート空間としました。また裏庭へは玄関通路を利用して靴のままの出入りを可能にしました。改修後の性能目標は断熱等級6、構造評点を1.5以上を目指しました。また、自分たちで自然素材の変化を楽しみながらメンテナンスを行うことで、これから60年先も快適に暮らせるための検討を行いました。
改修計画![]() |
矩計図 |
■【 改修後の仕様 】 ・屋根:ガルバ鋼板縦葺き ・防水:改質アスファルトルーフィング ・下地:t9.5石膏ボード ・野地:t12野地用合板 ・垂木:45×90@455(通気層t45) ・断熱:t45ネオマフォーム(垂木間) ・断熱:t60ネオマフォーム ・防水:透湿防水シート(ウルト) ・構面:t12構造用合板(N50@150短辺方向川の字打ち) ・垂木:45×45@455(既存)桁にてカット |
・外壁:t15杉板よろい張 / t15杉板タテ張 ・通気:胴縁15×45(タテ)/(タテヨコ2重) ・透湿防水シート:ウルト ・外張断熱:t40 ネオマフォーム ・耐力面材:t9構造用合板 ・充填断熱:t30ロックウール ・防火構造:t30以上土壁(告示) ・床:t30杉板 |
耐震計画
耐震性の考え方
・改修後も60年以上継承できるよう構造評点を1.5以上を目指した。
・超小規模なので構造の傾斜を出来るだけ解消する。
・Expjと迷ったが増築部分と一緒に基礎を補強でき将来の破損や外断熱のことを考慮して一体構造とした。
・土壁を残し2階の天井材を押入れ以外はスケルトン
補強方法
・屋根と2階床の一部をt12構造合板で構面をつくる。
・新築の屋根は登り梁@910へ t24構造用合板とする
・外周部はt9構造用合板で補強。建築基準法にも対応
・内部の耐震壁はバランスをみて配置
・既存金物は増築も含め全て計算通りに施工
・アンカーボルト不足の部分へ後施工の金物を添わせ基礎へ埋没
構造図
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● 「増築部」と「既存部」をそれぞれの評点は(左図)
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■改修前![]() 精密診断法による改修前の上部構造評点は0.13で建築基準法の想定する大地震動での倒壊の可能性は「倒壊する危険性が高い」判定となる。 ![]() ■改修後 ![]() 改修後の上部構造評点1.85。建築基準法の想定する大地震動での倒壊の可能性は「倒壊しない」判定 ホームズ君Pro使用 |
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断熱性能
温熱性![]() ホームズ君Pro使用 |
![]() ホームズ君Pro使用 |
![]() ホームズ君Pro使用 |
断熱等級6を目標とした。方位が東へ振れていること、南側へ高さ12mのビルがあることLDKは日射取得ゼロのため。
【断熱構成】
・屋根:t60ネオマ外張+t45ネオマ垂木間
・外壁:t30ロックウール充填+t40ネオマ外張
・床 :t90高性能GW大引間+t45ネオマ根太間
・基礎:t50ネオマ(立上り、スラブ上全面)
・開口:APW330 防火樹脂サッシ
![]() 屋根: U値 0.19W/㎡K |
![]() ![]() 壁面:U値 0.33W/㎡K |
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![]() 基礎:U値 0.36〜0.37W/㎡K |
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![]() 床:U値 0.23W/㎡K |
施工写真
![]() 解体工事(撮影日:2024年2月15日) |
![]() 解体時に分別する事でゴミを減らし資源として活用(2024年2月15日) |
![]() 建物起こし(2024年3月7日) |
![]() 土台上げ(2024年3月7日) |
![]() 掘削(2024年3月18日) |
![]() 地盤補強(2024年3月18日) |
![]() 既存金物チェック(2024年3月18日) |
![]() 後施工金物設置(2024年3月30日) |
![]() ケミカルアンカー 基礎沈下5cm土台を上げ基礎パッキン設置(2024年3月31日) |
![]() 配筋検査 |
![]() 梁補強(2024年5月4日) |
![]() 土塗り |
![]() 既存充填断熱(2024年5月20日) |
![]() 構造用合板 下地を調整しながら施工(2024年5月20日) |
![]() 屋根調整(2024年4月30日) |
![]() 既存屋根断熱(2024年5月9日) |
![]() 屋根t12構造用合板(2024年5月20日) |
![]() 棟換気(2024年7月6日) |
![]() 付加断熱 (2024年6月9日) |
![]() 透湿防水シート(2024年6月13日) |
![]() 配筋検査(2024年3月31日) |
![]() 上棟(2024年4月17日) |
![]() 行政視察(2024年5月2日) |
![]() 竹編みワークショップ (2024年5月4日) |
![]() 増築金物チェック(2024年5月11日) |
![]() 土壁内部(2024年5月20日) |
![]() 既存増築接合部(2024年5月17日) |
![]() 内部空間(2024年6月19日) |
![]() 外張り断熱(2024年6月6日) |
![]() 外壁クロス胴縁(2024年7月6日) |
![]() 棟通気 片流れ(2024年7月4日) |
![]() 屋根板金(2024年7月26日) |
![]() どぶ漬け(ウッドロングエコ) |
![]() 外壁クロス胴縁 外壁の杉板は取替可能で経年変化を楽しむ(2024年7月6日) |
土壁ワークショップ
2024年4月~5月、8月は伝統技術体験ワークショップを行い 竹割り、竹編み、土壁塗り、漆喰塗りを行いました。
土壁も解体時に出た土を庭先で藁と混ぜ発酵させました。この改修では将来土に返る素材、分別できる施工を目指し手間を掛けました。
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既存植栽の移植と外構工事![]() 完成まで花木は畑へ避難(撮影日:2024年3月18日) |
![]() 外構工事(2024年11月19日) |
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維持・メンテナンスし易い計画に
![]() 床下点検口の設置 |
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施工後の計測
気密測定
施工途中と完成後に気密測定を行いました。中間時に気密が悪い箇所を気密対策を行いましたが、完成時の結果は想定以上に悪く仕上後の穴あけや床壁の接合部が大きな原因だと思われる。気密性維持のため穴あけ工事は、なるべく仕上げ後は施工しない。
施工途中![]() |
施工途中 ![]() |
完成後![]() 写真:グラウンド・ワークス株式会社 |
改修後微動探査
地盤の固有周期は0.47(秒)。改修後の建物固有周期は0.14(秒)で評価は「〇」。
![]() ![]() 改修前:建物の固有周期は0.72(秒)で評価ランクは「×」 |
![]() ![]() 改修後:建物の固有周期は0.14(秒)で評価ランクは「〇」 |
夏と冬の空気の流れ、室温の実測値
写真はロフトに設置したエアコン。エアコン上の換気扇から外気を取込み効率よく換気が行われる。図右は温度の実測。真冬の朝7時の外気温度は0℃だが、二階和室は無暖房で19.1℃。
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改修後の性能
一次エネルギー
・省エネ基準(その他除く)29.8(G) 消費削減量35.2(G) BEI:0.24
・太陽光を除く(その他除く)42.6(G) 削減率34%
・太陽光(2.4kW)を含む(その他除く)15.3(G) 削減率76% NearlyZEH
![]() 建築研究所 WEBプログラム |
BELS認定を取得![]() 計画地は地域区分 6で、UA値(外皮平均熱貫流率) 0.37。ηAC値(冷房期の日射熱取得率)1.2 BELS評価基準 六つ星(★★★★★★)を取得。 |
レーダーチャート
昭和の和室を残しつつ建物の価値を上げて、さらに60年以上 住み継げる様に改修を行った。家族構成の対象は二人。劣化対策や維持管理が容易にできることで長持ちする家になる。耐震は既存をフルスケルトンとし増築部分と一体化で強化した。断熱性は等級6(UA値0.37)という高断熱とし 少ないエネルギー で暖冷房できるようにした。日射のないLDKを全館空調でどこまで温かくなるのか期待する。
Before・After
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最後に
古い建物は寒いし地震も怖い。これは誰もが思うこと。予算を考えたら建て替えた方が良いものもある。建物を壊すのは簡単。でも、まだまだ使える構造材もあるのに壊すのは寂しいといつも思ってしまう。弱いところを補強して、断熱気密をしてあげる。間取りだって変えられる。
寿命が延び息を吹き返した建物は、なんだか喜んでいる気がします。土壁の良さは呼吸はもとより自然に返る材料。作業をしたことがない左官屋さんがいる令和、今回は一般の方にも参加してもらい竹編みと土壁塗りを増築部分にも施工いたしました。とても楽しかったです。
暮らしの豊かさは素朴な中にあるのだと感じる。物を大事に使うとか、家族の団欒とか、四季折々を五感で楽しむ。時の変遷による生活の変化を楽しむ。
引っ越しをして7カ月、寒い冬をほんのり暖かく過ごせました。小さな庭へこっそり植えたブロッコリーや雑草のなずなを見ながら幸せだなと思う。
川島 淳子
Copyright©Kawashima Junko, jutakui
No.0158 昭和をつなぐ土壁再生の小さな家
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