改修事例 №0152「再び母と暮らす家」築34年の実家改修

山﨑 健治住宅医 / ㈲こころ木造建築研究所 / 静岡県

【建築概要】
・所在地:静岡県菊川市
・構造/築年数:在来軸組木造 / 計画時 築34年
・面積: 延床210.92㎡(63.80坪)
・用途:専用住宅(1人 → ご家族4人)
・工事費(当時)26,500,000円 薪ストーブ除く(2022年3月)
・設計費(当時)1,880,000円 調査 構造設計 申請費込
・補助金:100,000円 「住んでよし しずおか木の家推進事業」


・改修設計/施工:山﨑健治 /㈲こころ木造建築研究所
・地域区分 :6地域
・耐震性能 :上部構造評点Iw 0.28 → 1.01
・温熱性能 :UA値1.63W/㎡K → 0.93W/㎡K
・■

実家ストーリー

家族で暮らした実家、結婚し主人の仕事の関係で横浜に引っ越した。子供が生まれ、就学し、横浜のマンションを購入した。
祖母と母が実家で暮らす。祖母は100歳を超え、母も年老いてきた。祖母が亡くなり、母は支えがなくなってしまった事で急に元気が無くなり家に閉じこもっていた。3年が経過し母も少し元気になってきた。でもそろそろいい歳。一人暮らしは心配。

既存建物の調査

建物詳細調査
住宅医チームと共に。床下、屋根裏、設備、建具、傾きなど、二日間に渡り詳細な調査を行なった。
(調査日:2019年6月 住宅医4名+スタッフ1名)


床傾き

外壁・屋根調査・仕上げ、建具調査

基礎クラック

小屋裏調査

床下調査


調査は様々な項目に分けてチームで
どの調査も簡単ではないがやはり床下チームが一番大変。狭く息苦しいスペース中で、様々な調査をし、写真を撮り、野帳をつくる。詳細調査では 耐震性、断熱性、建物の劣化、設備、省エネ性、バリアフリー、火災時の安全性など、改修で必要な情報をチームで調査しました。


含水率調査

鉄筋調査

クラック調査

蟻害調査

野帳作り
調査現場で情報をまとめる 野帳作りはこれからの改修計画をたてる上でとても重要 な作業。現場で描く能力は日頃の設計の力が試される。見えない所も経験をもとに予測を立て、正確な野帳を作っていく。

野帳 基礎立上り
土台伏せ
下屋小屋伏せ
軸組
電気箇所
給排水

 

現状の性能

●耐震性能(現状)
調査の結果、精密診断法による上部構造評価点は Iw0.28、南面に大きな窓が並び見た目にも不安を感じる住宅だった。既存建物の図面は有ったが筋違いの表記がなかったり、図面と現状の違いも有った。

ホームズ君 耐震診断Pro


●断熱性能(現状)
断熱材は、壁と天井上に 50㎜のグラスウールが入っているのみ。床下は無断熱。UA値は1.63W/㎡K
軒が長く屋根上には庇が設置させていた。日射取得率は 2.9 庇が効いている。

部位面積と熱損失割合(現状)環境デザインサポートツール抜粋
熱損失計算 計算結果 

部位別面積と日射修得割合(現状)環境デザインサポートツール抜粋

日射取得率 計算結果

 

住まいの診断レポート

調査後診断レポート報告に伺い、現状を説明した。特に耐震性については驚かれ、ショックを受けていた。断熱性については今までの慣れもあり必要性について意識されていなかったが、数字を見ることで性能を自覚し、向上への意欲が高まった。

 


住まいの診断レポート 改修前の建物性能

改修プラン

Before
既存平面を起こし要望聞き取りを行った。
お母さんは特に要望はないが、娘夫婦は、「暗い、寒いをなんとかしたい、使いやすいキッチン、広い広間にしたい。デザインも明るく開放的にしたい。」との要望をお聞き出来た。
今までのダイニングキッチンは暗く、日中でも電気を付けて過ごす事が多かった。

既存平面図

Plan
今回の計画は、主にリビングやキッチンなどの生活空間を中心に行った。プランとしては大きな変更は無いが、キッチンから水廻りの動線を確保し、中廊下をやめて収納を充実させた。また、暗かったダイニングの2階床を取り外して吹抜けとし、お母さんの部屋を1階に設けトイレや水廻りを近くに配置した。お母さんが一人で暮らしていた家だが、改修後は家族が増えることを想定して、家族みんなが快適に暮らしていける間取りをご提案した。

性能向上改修

●耐震性能は、予算と希望を踏まえて性能を向上させる
改修範囲を限定しての計画だったため、耐力壁の配置は改修内容や予算を考えながらシビアに行った。
現場での変更も有ったが、完了時の構造評価点は Iw1.01。2階の南窓や1階の座敷まで改修を行えばもう少し高いレベルを狙えたが、お母さんの希望で書院と座敷はそのままにしたいと希望が強かった。

既存材を活用する為の解体
丁寧に解体範囲の指示、養生を行った。指示は図面だけでなく、現場にシールを貼ったり直接記入したりしながら業者に正確に伝える指示を行った。設備面も複雑で、それぞれの職人を入れながらの作業となった。

Before
After
Before
ホームズ君 耐震診断Pro
After
ホームズ君 耐震診断Pro

改修前は(建築基準法の想定する大地震での)倒壊の可能性は、「✕ 倒壊する可能性が高い」であったが、改修後は、「〇 一応倒壊しない」。


構造補強(基礎・金物)
解体後、基礎工事や金物設置工事を行った。耐力壁に合わせて基礎を作り、筋違い金物、羽子板金物、柱脚柱頭金物の設置を行った。

基礎工事
耐力壁に合わせて基礎を新設
金物取付
筋違い金物、羽子板金物、柱脚柱頭金物の設置

構造補強(下地・耐力壁)
改修工事のポイントの一つに 下地調整がある。特に床下地は根太工法となっていることが多く、また床の仕上げに段差が多いこともある。最終仕上げの床高さに合わせて根太や大引の高さを考えて調整していく。構造は、柱を入れたり構造用合板で耐力壁をつくった。

化粧梁 取替え
床下地調整
解体後の室内
耐力壁 施工

構造用合板 厚12㎜ 壁倍率2.5倍 CN50@150

改修後の耐震性能

耐震性 BarCrart
改修前28点 → 改修後101点(長期優良住宅レベル)耐震等級1以上

 


●温熱性能の向上
耐震改修計画に合わせて断熱計画をたてた。
外壁はそのまま利用するため、断熱材は壁内部からの施工となった。
屋根は屋根裏に入れる高さが十分あったので、垂木間や屋根上に断熱材を入れた。
床は改修する範囲のみ床下断熱を行った。
改修しない壁、窓も多く、全体でUA値0.93w/㎡K(等級3)となった。

改修後 仕様:改修範囲のみ
外壁:間柱間パーフェクトバリア13K 100㎜
屋根:垂木間、天井上にパーフェクトバリア13K 100㎜
床下:大引間にスタイロフォーム30㎜

断面図
© ㈲こころ木造建築研究所

断熱材充填 床下断熱材敷き大引き間にスタイロフォーム30㎜ 給排水工事


壁・天井工事
耐力壁や下地調整が終われば後は新築の要領で工事を進めていく。天井板、漆喰下地等、スピーディーに進んで行く。静岡県はリフォームに対しても優良木材利用の補助金制度があり、使用した木材量に応じて受けられる。

壁 漆喰塗り
壁 タイル張り 建具工事 籐シート

改修後の温熱性能

温熱性能 BarCrart
改修前39点 → 改修後93点(長期優良住宅レベル付近)

 

写真

Before 

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外観
瓦や外壁共に目立った痛みはなく状態がよかった。耐震工事で窓を壁にしたり、窓変更に伴って生じた部分のみ改修した。目隠して植えてあった北山杉の代わりに小さな植栽スペースを提案した。
After

 


Before 

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広間
板の間と一段上がった畳コーナーが混在した広間だった。広い様でくつろぐスペースが狭く、お母さんはいつも畳の一角だけを使って過ごしていた。床や天井の段差を取り外し、広く開放的に使える広間を提案した。薪ストーブはご主人の強い希望で設置。これからの楽しみが増えたと、とても喜んでいただいた。
After

 


Before 

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ダイニング・キッチン
暗いキッチンとダイニング、収納も上手に使えないと話していた。アイランドスタイルでダイニングとつなげ、家族みんなでキッチンを使える様に改修した。ダイニングには本棚とカウンターをつけて書類の整理もしやすくなった。吹抜けの効果で上部からの光が届きとても明るい。撮影時はまだ暑く薪ストーブは冬から使い始める。
After

 


Before

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広間・土間
広間の続きに第二の玄関のような部屋があった。納屋に近くここからの出入りが主になっていた。来客もここから出入りする様になり広間が落ち着かない。改修プランでは、土間スペースを作り、観葉植物やピアノを置くスペースとして提案、広間も外からの出入りが減り落ち着いた雰囲気になった。
After

Before

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玄関・坪庭
廊下の正面に納戸があり、風通しが悪く暗いスペースだった。納戸を改修してホールを作り、活躍の場が無かったライティングデスクを置いた。坪庭からの優しい明るさが心地よく、本を読んだりパソコン仕事をしている。
After

After 

広縁は床板を張り替え、窓に簾スクリーンを取り付けた。その他は既存のままとした。天井や塗り壁など少し前まであたりまえにあった懐かしい住まいを思い出す。

 

 

新しい暮らし

住まい手さんからのご感想は、
・以前より数倍暖かくなった。
・何処にいても明るく気持ちが良い
・キッチンや水廻りが使いやすくなった。
・寝室にトイレを作ってもらって感謝している。
・収納が増えて物が溢れなくなった。
・家族が増え、賑やかになった。(お母さま)

今年の春、新しい実家が完成した。一番初めに去年社会人となった孫娘がおばあちゃんと暮らし始めた。夫も横浜から実家へ移住。私はまだ横浜だけど、マンションは長女夫婦に譲って、来年の春から再び実家暮らしを始める予定。孫の友人が毎週のように泊まりに来ているらしい。母は“ここは民宿じゃ無いよ”といいながらも若い人から元気をもらっているようだ。たくさんの人に囲まれ、母が益々元気になった。母との暮らし、少し心配だけど、この家なら母と楽しく暮らしていけそうだ。(娘さん)


改修を振り返って
新築の住宅設計と施工の仕事が多く、改修の実績が多くは有りませんが、今回の様な地元の大工さんがつくった住まいの改修は初めての経験でした。見えている柱や梁、造作などから大工さんのこだわりを感じ、お母さんも自慢の住まいだと言うことが伝わってくるお宅でした。老朽化しての改修と違い、新しいライフスタイル(娘家族との同居)に合わせての改修と言うことで、打合せ当初は耐震や断熱改修についての希望は無く、間取りや設備、内装を新しくしたいという要望が強くありました。打合せを重ねる中で住まいの診断の重要性を話し、だんだんと興味を持っていただきました。住まいの診断書の報告に行ったとき、家族皆耐震診断の結果に驚き、特にお母さんは、“太い柱を使ってしっかりと建ててもらったのに・・・”とショックを受けていました。一般の方にとっての丈夫な家、立派な家の考えと、建築物としての実際の性能には大きな開きがあり、住宅医の仕事として伝えていかなくてはいけない大切な事だと改めて感じました。改修工事が完成すると、とても暖かく明るくなって、工事をお願いして良かったとお母さんから嬉しい言葉を頂きました。住まいは毎日の生活を送る器であると同時に、命を守るシェルターとしての役割もあります。今後この住まいに、新しい家族と共に、お母さんが長く安心して暮らしていただける事を願っています。

山﨑 健治
©Yamazaki Kenji, jutakui
No.「再び母と暮らす家」築34年の実家改修


LINK
・ 有限会社こころ木造建築研究所 http://www.kokolab.jp/


・住宅医の改修事例No.0130「 育まれてきた住まいのストーリーを大切に〜古民家ゲストハウス」山﨑 健治 https://sapj.or.jp/kaishuujirei2022-130/