改修事例 №0150「赤野の家」風土に根差した地域工法の保存~2階建を平屋に減築

萩野 裕一住宅医 / CROSS建築設計事務所 / 高知県

【建築概要】
構造/築年数:在来軸組木造 / 築38年(改修時)
延床面積:146.77㎡(既存76.5㎡、増築70.27㎡)
総工事費:竣工時3,550万(内既存改修210万)設計料275万
用途地域 / 用途:都市計画区域外 / 住居(家族2人)
地域区分:7地域(高知県安芸市)
温熱性能:UA値2.32 W/㎡K  → 0.50W/㎡K
耐震性能:上部構造評点 Iw 0.24  → 1.24


改修設計:CROSS建築設計事務所
施工    :楽建築工房
竣工写真:サンカメラ建築写真部 (中村)

改修の経緯

地元の建設会社より、住まい手Aさんのご実家の インスペクション(建物の劣化調査と耐震診断)の依頼があり、耐震診断と改修案を提示した。その後、Aさんから「改修」の相談があり、依頼元の建設会社では改修は行っておらず、仕事を引継ぐ事となる。この建物では、地域に根差した地域工法の保存を行うべく、住宅医による建物詳細調査(性能向上改修の為に必要となる調査)を行い、Aさんご夫婦が、ご実家に安心して住み継ぐ為の性能向上改修事例です。


上写真 地域の街並み ①魚梁瀬杉 ②土佐漆喰 ③群青漆喰壁 ④いしぐろ ⑤安芸瓦

既存建物調査

● 01 設計会社からのインスペクション(劣化調査・耐震診断)


屋根の取り合いからの雨漏れに注意

安芸瓦はまだ大丈夫

小屋組み 内部の牛梁

 

この建物は、過去に増築が行われている(A棟 昭和60年、B棟 昭和45年 C棟 平成10年)
耐震診断の結果、2階のX方向が弱く、総合評価では「倒壊する可能性が高い」Iw 0.24であった。

インスペクションでの野帳

この建物の現状は、土葺きの日本瓦葺きで、外壁は土壁の非常に重い建物であることと、平面形状が複雑で、一部開口部が多いためバランスが悪く耐力壁が不足しているため評点が低く総合評価(建築基準法の想定する大地震動での倒壊の可能性)は「倒壊する可能性が高い」


上記、3つの改修案を提示して依頼元の建設会社に報告。


02 建物詳細調査(既存ドック)

建設会社会社に改修案を報告した 4ヶ月後、住まい手Aさんから「改修」の相談を受ける。インスペクション依頼元の建設会社は、改修は行わないので仕事を引き継ぐ。
2020年の春 建物の基本計画を行い、性能向上改修を計画するため、建物詳細調査(住宅医による既存ドック)を実施した。
写真2020年3月20日:住宅医による建物詳細調査 


基本計画に書き込まれた野帳

野帳(既存小屋組みの状況)

住宅医による詳細調査
外観

外観(屋根の納まりが複雑になっている)

小屋裏

屋裏の蟻害跡

外部 玄関屋根の取り合い(群青漆喰)

床下(墨ふくろが敷かれている)

 

 

【地盤調査 1回目 】住宅医詳細調査時の地盤調査
地盤評価は「 地盤改良 必要 」
盛土部分は経過年数は十分であるが締まり具合にバラツキが見られる。側点4は、180㎜でハツリ不能となり測定不能となりました。盛土下位では、粘性土が堆積しており連続した沈下層も確認された。最終深度付近からは、礫質土と推測され打撃貫入不能となった。以上の結果から沈下量が過大になる恐れから対策工事が必要であると考察されます。また、最終判断は解体後の結果によります。(地盤調査報告書より)

【 地盤調査 2回目 】その後、建物解体後に再調査
地盤評価は「 地盤改良 不要 」
盛土部分は、やや転圧不足だが、経過年数は十分である。盛土下位では、粘性土及び砂質土となっている。粘性土部分では自沈層が確認されたが、明らかな軟弱層ではないと思われる。最終深度付近からは、礫質土と推測され打撃貫入不能となった。
以上の結果から、鉄筋等で既存基礎と新規基礎を緊結しないことを条件として、根切り後十分な転圧を行う事で、直接基礎仕様にて対応可能と考察されます。(地盤調査報告書より)

 

土地条件図・ハザードマップ


出典:国土地理院土地条件図 https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/lc_index.html(図は2023年 計画時)
敷地は「既台地・段丘」エリア内

震度分布予測
出典:安芸市デジタルマップ(2023年 計画時)
津波浸水予測
出典:安芸市デジタルマップ(2023年 計画時)
液状化 可能性予測
出典:安芸市デジタルマップ(2023年 計画時)
洪水・土砂災害予測
出典:安芸市デジタルマップ(2023年 計画時)

 

改修前 建物性能

改修プラン

ご要望は、
・地域の子供達や親戚の集まりが出来る場所に。
・近隣のマンションから、お母様が暮らされていた家で「庭」や「メダカ飼育」を楽しみたい。庭仕事や物干し場への動線を整理する。
・エアコンをできるだけ使わない、風通しのよい空間で生活したい。

改修後 平面図
©CROSS建築設計事務所

2階建てを平屋に減築し、複雑な屋根形状は耐震性能と耐久性の向上の為に整えた。間取りは、動きやすい生活動線とし庭仕事も楽しめる。北面の隣地側は、納戸を配置し視線をやわらげる。


改修で次世代に引き継ぐ 

①日本瓦をのこして大屋根を延長 ②丸桁と群青漆喰をのこす ③庭と犬走りをのこす ④趣ある塀、門扉、格子戸を残す ⑤井戸を再利用 ⑥ランマを再利用

建物の性能向上計画

● 耐震計画
既存建物は平面形状が複雑で、一部開口部が多いためバランスが悪くなっていたが、バランス良く耐震補強を行う事により Iw0.24 → 1.24 に向上した。

バランス良く耐震補強を計画

耐震施工写真
基礎補強(ベース配筋)
耐震施工写真

柱を追加し、愛知県減災協A工法 耐震壁を新設

 


大屋根はそのままの形状を延長して一体化

玄関付近の屋根の納まり(施工中)

玄関付近の屋根の納まり(丁寧に仕上げて頂きました) 

一体増築となる、土葺きの日本瓦葺きが一部残り、外壁も土壁が残るため「非常に重い建物」で評価した。既存の母屋の間取りはできるだけ変更せず、新設部分の面材による耐力壁で補い、バランスよく配置するようにした。母屋部分の南北方向中央部の X9通り には、新たに柱を追加し耐力壁を新設した。改修後の上部構造評点は  Iw1.24(建築基準法の想定する大地震動での倒壊の可能性)「一応倒壊しない」


● 省エネ性  通風・換気計画
通風は、スリット窓で南北に風を通す計画とした。寝室は明け放す事で通風を確保。物干しは、南側に配置し、外部からの目隠しになる。

窓の通風・防犯・プライバシー
多機能ルーバ

スリット窓

● 換気計画

ダクト式三種換気 グリーンファン
グリルで排気量を調整できる


● 温熱計画
増築部分と既存部分に熱的境界ラインを設けた。新築部のUA値は 2.32W/㎡ → 0.50W/㎡に向上。
既存の和室部分は、使用頻度が低くコスト的理由もあり今回は既存のままとした。

屋根断熱の種類
©CROSS建築設計事務所

断熱屋根と壁の取り合い
©CROSS建築設計事務所

増築部分壁断熱仕様
アクリアウール120㎜ + 防湿気密シート
熱的境界ライン
アキレスボードQ1 50㎜

 

 

改修後レーダーチャート

温熱性は増築部のみの評価

写真

Before 

■■■■■■
外観
計画的に建物の既存部を活用した。新築部南側は物干しと目隠しを設ける。門戸は一部新しく修繕し地域固有の景観を繋げる。

After

 


Before 

■■■■■■
キッチン
薄暗かった台所は、リビングと一体化させた明るく開放的なキッチンになる。
After

 


Before

■■■■■■
居間
建物南側の畳スペース。多目的な利用が可能。
After

 


Before

■■■■■■
寝室
二階にあった寝室は一階になり、通風とプライバシーが確保された。
After

Before

■■■■■■
浴室・トイレ
改修後は寝室に近い動線とし、バリアフリー 面でも有効。
After

Reuse
既存の欄間


照明器具に再利用しました。メンテナンスも可能です。

Reuse
既存の格子窓



格子窓を建具に再利用

 

最後に

この改修プロジェクト「赤野のいえ」は、4年半をかけて、地域の伝統工法と風土を尊重しながら、住まい手のニーズに応えることを目指しました。
築38年 の平屋を残しつつ、老朽化した蔵と一体化した2階建てを平屋へと建て替えました。日本瓦の大屋根を西に延長して一体増築し、水回りなどの日常生活エリアを南側に新たに設けました。
耐震性や温熱性等の基本性能の大幅な向上を実現し、通風と防犯に配慮し、エアコンをできるだけ使わない風が抜ける、ご夫婦が安心して住み続けられる住まいを提供できました。

特に、地域に根差した工法である「魚梁瀬杉」「土佐漆喰」「安芸瓦」などの素材を活かしながら、現代の工法を駆使することで、伝統と革新の融合を図りました。これにより、地域の歴史や文化を次世代に継承しつつ、持続可能な住まいを実現することを目指します。

先日、お施主様にお会いした際、通風の良い住環境ができたことに大変喜んでおられました。また、世話をしているメダカも増え、地域の神社の世話役として子供獅子舞のイベント活動にも積極的に参加され、地域の人々とのつながりが一層深まっているとのことでした。
さらに、餅投げの動画をお見せしたところ、大変喜んでいただき、忙しくも充実した一年を過ごされているご様子でした。

今回のプロジェクトでは、耐震診断、地盤調査や詳細な建物診断を経て、適切な改修計画を立案し、施工に至るまでの一連のプロセスを通じて、建築士としての使命を改めて実感しました。
また、住まい手との綿密なコミュニケーションを重ねることで、ライフスタイルや要望に寄り添い、長考する設計ができたことも大きな成果です。
普段の業務では短期間で成果を求められることが多いですが、このような取り組みが、地域社会の持続的な発展と、豊かな住環境の創造に少しでも寄与できることを心から願っています。

萩野 裕一
©Hagino Yuichi, jutakui
No.0150「赤野の家」風土に根差した地域工法の保存~2階建てを平屋に減築

 


LINK
・ CROSS建築設計事務所 https://cross.faith/

・動画「風土に根差した地域工法 赤野の家」萩野 裕一 https://www.youtube.com/watch?v=cvdGT_aMRYI


・各地の住宅医の日々 №4 [土佐の国 ウッドショックと二ホンカワウソ] 萩野 裕一  https://sapj.or.jp/jutakuinohibi2021