住宅医の改修事例 No,101 雪国飛騨高山での改修事例 ~断熱性能だけでなく総合的性能向上をめざして

報告者:コア設計室 / 岩野智子

概要
設計者:コア設計室 岩野智子
施工会社:株式会社 つづく
用途地域:指定なし、防火指定なし
主用途:専用住宅
築年数:150年前移築し、昭和35年増築、昭和55年増築
構造・規模:木造・地上2階建
家族構成:3名
敷地面積:919.98㎡(278坪)
延床面積:262.4㎡(79坪)
工  期:2019年4月~2019年11月
 
調査に至るまでの経緯
岐阜県飛騨地方の農村部にある周辺が田畑に囲まれたのどかな所です。緩やかな傾斜地に位置する敷地に住居部、離れ、農業用倉庫の3棟が並んでいます。今回改修した住居部は、150年前に移築された住宅で2度にわたり増築されています。
最近はずいぶん温かくなりましたが、それでもこの地域は、冬の最低気温は-10度以下、最高気温でも0度以下になります。
年々劣化していく座敷の雨戸や壁、床から隙間風が吹込み、大変寒い思いをされていました。
部屋ごとに置いてあるストーブの熱も奪われてしまい灯油の使用量も負担になっています。
住まい手は50代のご夫婦と娘さんの3人です。
改修については、奥様がお姑様から「家を頼む」と言い残されて、大切にされていた家を壊すのは忍びないと改修を望まれ、一方ご主人は、「こんな寒くて古いものはどうしようもない。新築にしたほうがいいのではないか」と提案され、お二人は迷っておられました。
一度、調査診断して状況を把握してから、話し合うことを提案しました。
調査、打合せの回を重ねる毎に、ご主人から住まいの記憶や、ご家族の思い出を聞かせて頂き、次第に「これが蘇ると嬉しいが」との想いが大きくなり、改修することになりました。
 
詳細調査
詳細調査:2018年3月30日、4月13日、6月8日、8月20日
調査人員:調査は一人で行い、少しずつ説明しながら4回に分けて調査。
1回目-室内調査  2回目-床下調査  3回目-小屋裏調査  4回目-外部調査

  • 床下の蟻害が目立ち、板壁の腐朽・破れ、建物全体に劣化が進み雨漏りが見られた。
  • 増築部基礎は縦方向のみ金属反応があったが、無筋と判断した。

 

120年前移築 本屋 S35年 増築 S55年 増築
小屋裏
小屋束柱130角金物なし
断熱材なし

小屋束柱130角 金物-カスガイ
天井断熱材なし

金物ー羽子板ボルト、カスガイ
寝室以外断熱なし

土壁
(真壁-真壁)

板張り 断熱材なし
(大壁―大壁)

木摺り下地塗壁 断熱材なし
(真壁―大壁)


石場建て


 

石場建て


 

布基礎 無筋 アンカーボルト有


ムロによって布基礎が途切れている

 

  • 調査時は断熱材が見られなかったが、解体時、2階寝室天井にのみスタイロフォームが隙間を塞ぐように入っていた。
  • 畳床の範囲に音鳴りや沈み込みがある。
  • 北側の屋根裏に雨漏りの跡が広範囲にあり、浴室・脱衣室の梁に腐食が見られた。
  • 浴室のタイルの一部にひび割れがあり漏水の可能性があった。
  • 2階の寝室は1階の台所の湯気が上がり湿気ている。
  • 本屋と増築部の2階梁高差が450㎜あり、接合されず構造的に一体となっていない。小屋裏の部材は健全だが、増築による屋根の段差部分から、すが漏れが見られた。

改修計画


 
[ 依頼事項 ]

  • トイレが外にあり寒くて不便なので室内に設置したい。
    →汲み取り槽を廃止し浄化槽新設(市から補助あり)
  • 梯子で登る2階は、勾配がきつくて怖い。階下の台所の湯気が上り湿気ているので改善したい。

    春慶塗ガラス戸


    →階段を設置し台所と仕切る
  • 温かい部屋にして欲しい。
  • 仏間2間の壁・天井はそのままで床のみ改修
  • 既存建具に愛着があるので出来るだけ使って欲しい

 

    • 南側の軒が深く、折れるのではないかと心配し、積雪の度に雪下ろしをしている。雪降ろしを頻繁にしなくてもいいように軒の補強をし、北側に流れる屋根の面を多くし雪を北側に落としたい。
    • 北からの暴風が吹き付けた時、樹木が飛んで来てガラスが割れた。対策のため北側外壁をリブ鋼鈑張りにし、開口部は最小限にしたい。→窓を少なくするため納戸にした。
    • 窓のない部屋が多く暗くて寒いので、明るく暖かい部屋にして欲しい。
    • S55年増築部分床下のムロはもう使っていないが、撤去せずに埋めて欲しい。

  • 北側擁壁は2期工事で施工
  • 工事費:2000万円(浄化槽は含まず)

 
 
改修前後の性能比較

 
 
【劣化対策】10点 →100点
[ 劣化状況 ]

[ 劣化対策 ]

  • 床下:本屋、S35年増築部の床をすべて撤去し、土間コンクリート、土台、大引、を新設し断熱材を大引間に充填。木部に防腐防蟻処理。S55年増築部の基礎はそのまま使用し、防湿シート敷込み
  • 外壁:西・北面全面改修 通気工法+外壁張替え
  • 内装材:南面外壁側、仏間土壁以外を撤去し改修
  • 屋根接合部:隙間を板金で塞ぎ、メンテナンスがしやすいように屋外から入る点検口により小屋裏の点検を容易にできるようにした。
  • 南側軒:1350㎜の深さの軒の補強のために柱を新設
  • 住設機器は全て新設
  • その他劣化個所の修繕

 
【 耐震性 】17点 →106点
[ 改修前耐震性能 ]

  • 本屋部分と増築柱をつなぐ梁がなく緊結がなされていない
  • 使用金物 S35増築部 カスガイ S55増築部 カスガイ+羽子板ボルト 火打ち無し


改修前建物の上部構造評点の最小値は「0.17」で倒壊の可能性が高く、壁の量が不足しています。
 
[ 改修後耐震性能 ]
壁の量や配置、軸組材の接合部の補強をするとともに、伝統工法と増築部の構造仕様が異なるため、構造が一体化されるように補強し「1.06」に改善しました。

  • 耐震壁:構造用合板9㎜ 筋交い:45×90 床:構造用合板24㎜
  • 柱・梁組の補強は羽子板ボルト、筋交いプレート等適宜追加
  • 本屋と増築部の梁のレベル450㎜の差があり、中間の220㎜で接合補強し一体化させた。
  • 仏間の2間半の4枚建て障子の中間に柱は立てたくないとのご要望のため、鴨居に負荷が掛からないように、2段梁の上段丸太梁に新設梁を掛け新設柱を乗せた。
  • 縁側に押入れを2ヶ所新設し耐力壁を作り、隅を補強した。
  • ムロは予算の関係上撤去できず、途切れていた基礎は現状のままとした。

 
冬季は雪の重みで鴨居が変形し、障子や襖が開けにくくなることがよくあります。ところが、この2間半掛け放しの障子は、調査時でもスムーズな開閉が出来ていました。
解体して、梁が2重になっているため鴨居に負荷が掛からないようになっているのが分かり、先人の工夫に感じ入りました。
 
■【断熱性】25点 →92点

[ 改修前性能 ]


 
[改修後性能]


 
 

[ 改修前後の熱損失量の比較 ]


屋根・天井、開口部の改善が大きい事がわかります。
外壁が真壁の部分は、内側に壁をふかして断熱材を充填し、全面改修の所は内張断熱で高性能グラスウールを充填しました。
玄関は室内側も真壁のため断熱材を入れることが出来ず、風除室で計算しています。
勝手口も風除室とし、入口を開けても室内や階段に冷たい外気が流れ込まないようにしました。
外皮平均熱貫流率UA値は、改修前1.62W/㎡ Kから改修後0.55W/㎡ Kに改善されました。
H28基準のUA値の0.56W/㎡Kを達成することが出来き「温かく過ごしています」と喜んでいただきました。
 
■【省エネルギー性】75点 → 169点

年間日射地域区分:A3   暖房熱射地域区分:H4
基準値:ηAH値:3.5%

領収書が残っていた春2か月分と冬2か月分、それぞれの標準値との比較になります。
ファンヒーターからペレットストーブに替え灯油が0になり冬季2か月分の一次エネルギーは基準値の6割程度に改善されました。
夏季は開口が大きく通風を見込めますが、改修前は網戸がなかったため雨戸を締め切った中で、扇風機とエアコンを使用していました。
全ての窓に網戸を取り付けたので、大きく開けて涼風を取り入れることが出来るようになり、庭も楽しめるようになりました。

外壁に露出した配管をヘッダー方式に変更


 
【 バリアフリー性 】30点 → 95点

  • 改修前は2階へ梯子で昇降していたが、階段(等級4)と手摺を設置した。
  • 玄関の段差は370㎜あるが、車椅子での外出は傾斜板を使う事を想定して充分なスペースを確保し、玄関の段差はそのままにした。
  • 勝手口は床―式台―土間までが、それぞれ125㎜となり、手すりを使っての上り下りも楽にできるようになった。
  • 要介護者の動線が短いことは勿論のこと、寝室から洗面、トイレ、キッチン、外洗濯機を
    コンパクトにまとめ介護者の動線が短くなるように計画した。
  • 寝室の天井を高くしたため下段の梁が露出したが、天井走行リフトを取り付ける事ができるため、撤去せずに残した。

 
トイレが屋外にあり、冬季は内外の温度差が30度以上にもなるので体への負担が大きく、
また和便器のため膝の痛い方が辛い思いをされていました。
ご夫婦はまだ若く、今はまだ必要はありませんが、介護が必要となったときに対応できる準備として、寝室を2階から1階に移し、廊下は車椅子の回転半径を確保し、廊下―トイレ―勝手口までの壁下地を、手すりの取り付けが出来るようにベニヤ張りとし、出入り口は全て引き戸としました。
要介護者のみならず、普段の生活でも皆が動きやすくなりました。
冬は路面が凍結し、転ぶのを怖がって外出を控える高齢者が多いのですが、伝統的な建物は軒が深く雪のないスペースが家の周囲にできることになります。家に籠らず外に出て、近隣の方々と触れ合う場にもなりそうです。
 
【火災時の安全性】30点→60点

  • コンロ周りは、可燃のもので溢れていたので、収納を使いやすい位置に配置し収納量を増やした。
  • 軒裏の防火は、南側の下屋軒天のみが垂木現わしのままになっているが防火関係の指定は無く、周辺の家とはかなりの距離がある。

庭も枯れた樹木を整理してスッキリしました。
消火器の設置等、まだ改善できるところがありますので、今後整えていきたいと思います。
 
竣工写真

大きな屋根は雪の日も雨の日も猛暑の日も家族を守ってくれます。格子からさす光がきれいです。


でえ・居間を繋げ天井板を取り除きました。昼間でも真っ暗だった居間の奥の方まで吹き抜けから光が差し込みます。板戸、ガラス戸は修繕し使用しました。


仏間は床下のみの工事でしたが、畳と襖・障子を張り替え、大きな開口から見える庭も整えられました。


春慶塗の4枚建てガラス戸を3本引き込みに作り替えました。夏は全開にしてLDKをつなげてワンルームに、冬の寒い時はペレットストーブで部屋が温まるまで閉じます。温まったらL.D.K吹き抜け2階個室まで開いて、極寒の時期も縮こまることなく生活することができます。


D・K

+


 
総括
住宅医スクールで学ぶ以前、改修部分の読めない所が多く、余裕を見た見積もりになってしまい、改修をあきらめることがありました。この物件が初めての詳細調査で、取り残したところも多々ありましたが、改修のポイントを掴んだ上での計画で、予算を抑えながら改修できたと思います。
物件ごとに年代や仕様が異なり判断に迷うので、今後も詳細調査に参加し経験を積んでいきたいと思います。
施主様が、不便に思われていたことが解消し、家族の思い出も引き継ぐことができて喜んでいただき、改修をお勧めして良かったと思います。
引き渡し時、住まいの取り扱い説明書をお渡ししています。季節による窓の開け方、暖気を逃さない閉め方、夜間の冷気をためる方法、日光の入り方、月の見え方など、生活をする上で必要な情報をお伝えしています。
先日、「本当にリビングから、月が見えました!」と写真を送ってくださいました。
環境や住まう事に興味を持っていただいたようで嬉しく、迷いながらも改修に対して熱意を持って向き合って頂き感謝しております。また今回、予算に悩みながらも少しでも良くしようとご尽力くださった株式会社つづくの都築さんに改めて感謝いたします。