各地の住宅医の日々№66「古民家改修と防音ピアノサロンの共存は可能か」

高橋 勝住宅医 /髙橋勝建築設計事務所/ 京都府

住宅医の認定を頂いてから4~5年が経ち、世間では人口動態から空き家が増え、インフレや金利上昇で建築が建ちにくい状況が加速しています。おっかけうちの事務所でも、住まいだけでなく色々な用途で既存建築のリノベーションやコンバージョンのプロジェクトの比率が益々上がってきており、住宅医スクールで学べて本当によかったなと日々実感しております。

さて、今回ご紹介するのは昨年竣工した物件、京都は嵯峨野の築70年弱の民家の少し変わった改修です。 ここで生まれ育ったクライアントご夫婦が東京拠点のお仕事を引退され、相続した京都の生家を終の住まいとして、リノベーションする計画。子供たちとこれから生まれてくる予定の孫たちが帰省してくる家でもあります。 「少し変わったところ」というのは、今回のリノベーションで求められた諸室の中で、グランドピアノを2台置けるピアノサロンがある事です。しかも夜でもコンサートが出来る設えを求められました。周囲は都市部よりはゆったり建つ民家が多い地域でも南隣は敷地境界に迫っており、西には集合住宅。夜にグランドピアノの連弾をするとなると、音楽スタジオ並みの防音性能が必要になってくる。コンサート使いともなると範囲は家全体。

そんなことが古い木造民家の豊かな住いの風景と共存可能なのか?
これは大変な事を引き受けてしまったと思いました。そもそもグランドピアノ2台も置く住宅というだけでも見た事がない。

既存平面図
©Masaru Takahashi architectural design office.


改修後 平面図・東西断面図
©Masaru Takahashi architectural design office.

まず、改修プランはクライアントの思い出深い生家でもあるため、民家の骨格はそのまま間取りの属性もあまり変えず、外観や仕上げも既存を想起出来る設えを極力残した。その際 昭和後期の増築部は大きく減築し、人が集まりやすいように駐車スペースとし、玄関までを楽しいアプローチ空間とした。

東には玄関までの前庭を、西には座敷やピアノサロンからも見える庭を整え、さらに人工芝の広場をつくった。これでいくら孫たちが集まっても大丈夫である。

既存外観

 

改修後 外観と庭施工:竹内工務店、作庭:伊庭知仁

 

さて、ここから、ピアノサロンをどう造るかである。
今回は方々リサーチを行い、最終的に千葉の「アーキノート設計室」の紅谷信之氏に相談する事にしました。
アーキノート設計室は楽器演奏のための防音室を専門に設計監理、時には施工もされており、紅谷さんは自らもピアニストであり音響にも配慮した防音室の専門家。
今回は遠隔地でもあるため、コンサルとして入って頂き防音設計と施工の監修をして頂きました。
といっても紅谷さんにとっても、隙間だらけの古民家に庭を見ながらコンサートもできる音響空間造りのコンサルは初めての事。施工を担当する竹内工務店さんと我々とともに挑戦のプロジェクトとなりました。

まず、どの程度の防音性能とするかを決めます。今回は近隣の住民に迷惑とならないようにするための音圧レベルの低下を図ります。
紅谷さんの研究から、敷地境界線上で、「時々微かにしか聞こえない」レベル D-45 以上をクリアできれば、道路上の車の音の方が大きくピアノの音が迷惑にはならないとの事でしたので、その数値を目標としました。 つまり、ピアノを弾く間、家の中はピアノの音で満たされても良く、ピアノサロンの建具を開放すれば居間でゲストが鑑賞できる構成が可能になります。

測定結果まとめ
■内外音圧レベル差の測定結果

※住宅外部には様々な騒音が存在しています(暗騒音)。上記における聞こえかたの目安というのは、フォルテ以上の演奏時(90~100デシベル)に、いろいろな周囲の雑音の中から聞き耳を立てて演奏音を聞こうとした場合の聴覚的な印象をのべています。したがって通常の生活感覚では1~3ランクぐらい聞こえなくなるのが実状のようです。また近隣住宅内部においてはさらにそれ以上聞こえなくなります。したがって竣工検査時においては意識的に聞くのでやや御不安になられる場合がありますが、すこし割り引いて認識されてよろしいかと思われます。
※また、近隣の方に聞き耳を立てて聞かれないような人間関係をつくられていることが重要です。
※いずれにしても周辺音環境(暗騒音レベル)によっても異なりますが、深夜にフォルテで演奏するような使い方でない限り遮音レベルは室前1メートル地点で「曲が微かにわかる」~「時々少し聞こえる」といったグレードで実際的にはほとんど問題無いようです。

上記は防音レベルの目安と今回工事後の紅谷氏による計測結果です。
次に、この防音性能を達成するための具体的な建築仕様はどうすれば良いか。 基本的には

  1. 楽器からの直接の振動は、防振ゴムやバネ付き吊材などで基礎や躯体に伝えない事
  2. 周囲は出来る限り石膏ボードt12.5を3枚張り以上+ロックウールで囲まれた入れ子空間をつくる
  3. 室内表面は吸音建材+吸音塗装
  4. 開口部はガラスの厚みを変えながら密閉され、3重以上にする
  5. 断熱材は全て、ロックウールとする
  6. 換気、給気は防音チャンバーを介して設置する 等々 である。

改修後 平面詳細図1 ©Masaru Takahashi architectural design office.

改修後 断面詳細図3 ©Masaru Takahashi architectural design office.

改修後 断面詳細図6 ©Masaru Takahashi architectural design office.

 

そして、緊張の紅谷氏による防音性能を測る、「遮音測定」です。方法は日本建築学会推奨測定基準『D.1 建築物の現場における音圧レベル差の測定方法』の規定に準拠しています。
具体的にはピアノサロンで高低6帯域の轟音をスピーカーから発し、ピアノサロンと外部で計測、音圧レベルの差を測定するわけです。

<測定位置図>©Masaru Takahashi architectural design office.
測定結果の周波数特性と等級(等級曲線)

内外音圧レベル差

 

さらに、適度な残響を得られる容積を確保するため、可能な限り小屋組み内もピアノサロンの空間とし、天井には音の乱反射を意図して25mm角のスギ格子を配しています。
また、防音室であっても閉鎖的にならず庭の緑に開いた開放的な環境を目指しました。

下は暮らしの中のピアノサロンの風景。
庭を眺めながら、近隣を気にする事なくピアノの音が楽しめる住まいです。

竣工後、クライアントのミニコンサートやピアノのセッションがあるホームパーティーなど何度かご招待頂きました。 とても楽しんで過ごされ人が集まる住まいとなっていて設計者冥利に尽きる体験となりました。

ピアノサロンを中心に防音性能を上げた事による副産物として、温熱環境が非常に安定した静穏な空間となり、クライアントの満足度に寄与しているという事がありました。
外部とのつながりを重要なテーマとしている私としては、少し考えさせられる経験となっています。

日々、よりよい建築を目指したいと思いながらもなかなかインプットの時間も取れず目の前の仕事に追われている毎日です。 本記事作成は、まだまともに発表出来ていない仕事を、改めて振り返り、考える事が出来た貴重な機会となりました。

長文にお付き合い頂きありがとうございました。

文章 : 高橋 勝
図面:髙橋勝建築設計事務所 , 竣工写真:松村芳治 , snapshot:高橋勝
©Masaru Takahashi, jutakui


LINK
髙橋勝建築設計事務所 / Masaru Takahashi architectural design office  | @masaru.arch instagram | 高橋勝建築設計事務所 Facebook | project「ピアノサロンのある嵯峨野の民家」ピアノの音もお楽しみください

【住宅医協会HP 高橋勝さんの改修事例】
・改修事例 №149「三世代家族のための住み継ぐ京町家の改修」https://sapj.or.jp/kaishuujirei2024-149/

・動画「黒門通の住宅 ~三世代家族のための住み継ぐ京町家の改修」https://www.youtube.com/watch?v=o77462M62Ow