各地の住宅医の日々№56「曖昧性と建築表現」住まいに関する考察
大橋利紀(住宅医 / (株)大橋利紀建築設計室 × Livearth / 岐阜県)
私は岐阜県を拠点に、設計・施工の代表を務めながら快適に住み継ぐことが出来る住まいづくりについて日々励んでおります。今回は住宅医・設計者としての考察を行いました。もし時間が許す方は、この超個人的な考察にお付き合いください。
「曖昧」と「建築」
高断熱化が法律的にも義務づけられ、社会的な要求もある現代に私達設計者が探求すべきことは何か?旧来からある「日本的な建築表現」と「現代の性能設計」を踏襲することなのか?もしくは、モダニズムが求めて来た「機能主義により明確に分けて定義する」の先にあるのか?そのヒントを「曖昧さ」という日本独自の言葉を見つめながら考察したいと思います。
■翻訳できない「世界のことば」
翻訳できない「世界のことば」というものが多く存在します。日本語における「侘び寂び」もその一例として旧来より世界的に周知されています。そのような日本の言葉の中に「曖昧 あいまい」という言葉があります。
■曖昧:物事がはっきりしない状態、不明確、どちらとも取れる状態を指す言葉
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■曖昧性
日本人に共通するものとして「空気を読む」、「察する」という習慣があります。これは直接的な否定や対立を避けるため、曖昧な表現が礼儀として受け入れられていることが起因しています。また、相手の立場を尊重し、感情の衝突を防ぐ効果もあります。この作用は特に一定規模の小コミュニティで効果を大きく発揮する半面、コミュニティが異なると次第に「真意が伝わらず誤解を生む」ことも増えるデメリットもあります。特に外国人には「本音を隠している」と捉えられることも多いようです。率直なコミュニケーションを良しとし、曖昧な返答は「誠実さの欠如」という欧米の意識との差から生じるものです。
思想的な観点で考察してみると、日本には、古来より禅・道・無常観などに基づく中庸(極端に偏らず、過不足なく調和が取れていること)や自然の一部としての曖昧さや調和を生む意識が、基底意識として有るように感じます。欧米には、デカルト的合理主義・キリスト教的二元論の影響で、明確な真偽・善悪を区別する傾向があり、曖昧さは「未熟な思考」や「判断停止」とみなされる場合も多かった様です。※20世紀以降のポストモダン思想により曖昧さの価値(不確実性の受容)も見直されている。
■曖昧さ:・日本「調和・柔軟・余白」の象徴 ■・欧米「不透明・責任回避・非合理」の象徴(ただし現代では部分的に再評価)
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■建築空間における「曖昧さ」
建築における曖昧さについて、「空間の利用」「外部との関係」について考察してみます。
理解しやすくするために日本と欧米の比較をしますが、現代はグローバリゼーションにより文化や表現が混ざり合い、多様化しているため現代では明確に区別することは容易ではありません。それぞれの特徴や違いが顕著に表れるのは特に近代以前が中心になることを前置きの上、考察したいと思います。
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■空間利用における「曖昧さ」
まず間取り(ゾーニング)の観点から見てみます。日本は、茶の間、和室、宴席など一つの空間が家具の移動・襖の開閉で空間が変化させることで多用途に使われてきました。
これにより、柔軟性とコンパクトさを両立し、多様な用途や生活様式に対応してきました。注意点としてはプライバシーや専用性が低い場合があり、この点に対しては「察する」ことで寛容さ(場合によって我慢)をもって対応してきました。
欧米は、寝室、ダイニング、リビングなどと部屋ごとに固定された用途と目的を設定し、明確な生活動線と使い勝手、プライバシーの確保を実現してきました。当然、○○のための○○のスペースとなるため空間効率に欠け面積が大きくなる傾向があります。
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■外部空間との関係における「曖昧さ」
日本は、建築と自然、内と外、公共と私的の境界が緩やかで、縁側、格子、障子、などを使用し緩やかに区切りをつけます。建具を開くことでの庭と部屋の連続性なども日本的な空間の特徴といえます。
季節を通じて太陽の光、熱、風を取り込み、空間に「余白」を生む傾向があり外部空間と内部空間との間のスペースである「中間領域」も明確な機能分けよりも、多用途性・可変性を重視から発展してきたものと思われます。
■「視覚的曖昧さ」:障子による透過性
■「内外の曖昧な境界」:和室から縁側そして濡れ縁を経ての庭というつながり
欧米は、プライベートとパブリック、内と外を機能主義により明確分けて定義し、壁・窓・扉が境界をはっきりと示してきました。また窓や出入り口は、開戸タイプのみで引き戸は日本独自の開閉方法です。西洋の教会が石やコンクリートの分厚い壁で内外を明確に区別したのに対して、日本の寺院建築が柱と梁のスケルトン空間に建具を入れるだけの室内外を一体に捉えた構成の対比は、建築において外と内と関係性の設定や捉え方が根本的に異なることを誰もがわかりやすく体感できます。正に、西洋の神と人の二元論と日本の万物一如の多元論の違いということです。
現代建築における曖昧さを活かしたデザイン手法
① 境界の曖昧化
境界を曖昧にする手法について「半屋外空間の導入」「透過性素材の使用」「レベル差の活用」があります。すべての手法において、視覚的な奥行きを生み、狭小地でも広がりを感じさせる効果を有しています。またプライベートとパブリックの緩衝地帯も自動的に生成されます。
・半屋外空間の導入: 縁側、テラス、デッキ、バルコニー、土間の活用すること。
・透過性素材の使用: ガラス、ポリカーボネート、金属メッシュ、格子、ルーバー。
・レベル差の活用: 床をわずかに下げたり上げたりして、完全に隔てないが区切りをする。
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空間に魅力を持たせて用途を前向きに曖昧化することで、幾通りにも使い方の解釈がうまれます。家族構成やライフスタイルの変化に対応することもでき、また小さな住宅でも複数の活動を共存することが可能になります。
・可動式家具・建具: 可動壁、引き戸、カーテン、パーティションで空間を可変にする。
・フレキシブルなプランニング: ワンルーム+必要時のみ間仕切り。
・「余白」を残す: 初期段階で用途を固定せず、将来の変更に対応
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視覚や心理(意識の向かい方)を曖昧にすると光や風の流動による快適性の向上や閉塞感を解消してくれます。「内でも外でもない」中間領域が人の滞留を促す効用をもたらしてくれるのもこの効果です。
・陰影・光のコントロール: 障子・すりガラス・ブラインドで光を拡散。
・境界線をあえて曖昧に: 庭と室内の植栽を連続させる。
・素材の一貫性: 外壁と内壁を同素材にすることで連続性を演出。
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『包の家(つつみのいえ)』 施工:Livearth × 設計:Ohashi Architects

こちらの物件は、「繋がりの曖昧さ」をテーマに関係性を設計し
「家族のつながり」「町と住まい」「場で発生する用途と用途」関係性の構築が建築空間をつくります。
【建物概要】
「包の家」は分譲地の一角にある56坪の敷地に建つ、建物面積17.73坪(ロフト含め25坪)の小規模住宅。将来的に周囲に建物が建つことを見越し、風景の抜けが確保できる南と西の2方向に開く構成とした。敷地が50坪で道路より60センチ高いため、南側にマウンドを設けて庭とアプローチを一体に計画。南面の大開口窓から、庭越しに風景を上質に切り取れるよう工夫した。駐車場は北西に配置し、スロープで土間デッキ、室内土間へと連続的につなぐ動線とした。境界には塀を設けず、マウンドと植栽で穏やかに視線を遮っている。
ご家族はご夫婦と3人のお子様の5人家族で、一番下のお子様が車椅子を利用されている。ご家族は個室を重視せず、常に家族の気配を感じながら暮らせる住まいを希望されていた。そこで1階に茶の間・リビング・ダイニング・寝室を兼ねた共有空間を集約し機能を重ねて多用途空間に設定。玄関へのアプローチも曖昧に設け、複数の経路の選択肢を持たせた。さらに用途を限定しない空間づくりを意図し、土間空間には収納や昇降式ベッド、遊び場など多様な活用を想定。南面の土間デッキから庭に出られる構成とし、車椅子のお子様も兄弟と自然につながれるよう工夫した。
空間構成は、1階の畳リビングと土間を中心に、キッチン上部の吹き抜けや2階ロフトへと緩やかにつながり、どこにいても家族の気配が感じられる一体的な構成となっている。

家族同士の距離感をゼロ距離から曖昧に設定することで、個室のない存在しない3次元的なワンルーム空間の実現。
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多機能の用途を兼ねることで茶の間、寝室、趣味の部屋を一つに。
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土間が時と場合により外部よりにも内部よりにも作用し、室内と室外混じり合いながら内外が繋がる。
「曖昧」と「建築」
「関係性」を少し曖昧にして、再定義することで新たな「余白」と思いがけない「空間構成」の発見をしてくれます。家を設計する場合、まず盲目的に「nLDK」的な固定的な関係性から設計を始めるのではなく、LDKの関係性を少し曖昧にしてスタートすると豊かで魅力のある結果にたどり着く可能性があります。
今回の「包の家」の事例は、LDKの関係性だけでなく、室内外の関係性、町と家の関係性など複数の曖昧さかけ算して空間構成を定義しました。1つ事柄だけで無く複数の事柄について曖昧さを組み合わせることで建築空間はより魅力が増していきます。
このあたりで、「曖昧性と建築表現」に関する考察を一区切りし
文章:大橋 利紀
Copyright © Ohashi Toshiki , jutakui
Photo © Ohashi Architects / 大橋利紀
参考リンク
・(株)大橋利紀建築設計室 https://www.ohashi-architect.co.jp/#1
・Livearth(株式会社リビングプラザ)https://www.livearth.co.jp/











