各地の住宅医の日々No.53-02 阿南高専での試み ~高専デザコン空間部門における建築・土木融合教育
多田 豊(住宅医 / 愛媛大学大学院理工学研究科 准教授)
阿南高専在職中の2021年度には,建築士の新たな業務領域であるインスペクションの中に着目し,全国のインスペクション関連団体における資格制度および講義内容の調査を行いました(多田(2021),多田(2022))。その中でも,住宅医協会が提供する「住宅医スクール」は,特に高度な知識と技術が求められる「性能向上インスペクション」に特化し,その理論と調査手法を体系的に扱う極めて先進的な講座であると認識しています。「住宅医入門」(仮)では住宅ストックの維持・向上に資する技術体系を学び,別科目にて土木分野のアセットマネジメントを含むインフラマネジメントを学ぶことで,卒業時には住宅から土木施設まで広範なストックマネジメントの視野を持つ建築家・技術者として成長していくことを期待しています。
さて,2025年5月時点では,まだ新コースの詳細について公表をすることができません。そこで,阿南高専時代に担当した,全国高等専門学校デザインコンペティション(以下,「デザコン」とする)の2024年度阿南大会についてご紹介します。デザコン阿南大会では,住宅医協会代表理事である三澤文子先生に多大なるご協力を頂きました。この報告では,学生の1つ1つの作品について紹介するのではなく,デザコンの概要や建築と土木とが一体となった教育の一事例という観点からご紹介できればと思います。学生の作品をみてみたいと思われた方は,オフィシャルブックが発売されていますのでそちらをご参照頂ければと思います。なお,オフィシャルブックには,学生の作品はもとより,二次審査での学生や審査員の発言,投票の過程まで掲載されており,こうした大会運営を企画される方にも参考になる資料であることを申し添えます。
デザコン阿南大会の二次審査参加者との集合写真 ©Tada Yutaka
まず,デザコンとは,全国の高等専門学校57校を対象に競われるロボコン(ロボットコンテスト),プロコン(プログラミングコンテスト)に続く,第三の競技種目です。主に建築,土木,機械工学を専攻する学生を対象に5つの部門(①空間部門,②構造部門,③創造部門,④AM部門(Additive Manufacturing:3Dプリンタなどの付加製造のこと),⑤プレデザイン部門)で競技が行われます。このうち,私は空間部門の責任者を務めました。
デザコン空間部門では,建築設計から土木設計までの幅広い分野の学生がコンペに参加できることを前提としています。こうした広範囲な分野を対象とする学生コンペはあまり例がないように思い,過去どのような課題が出題されていたのかを調べると,実際には住宅やコミュニティ施設など建築設計が主となったテーマでコンペが開催されている場合が多いことが分かりました。ここで,日本建築学会と土木学会による「土木・建築タスクフォース」が設立され,ここでは建築学と土木工学との融合領域が検討されているといった社会的な状況を踏まえると,高専として建築学と土木工学との融合領域を対象とするコンペを開催する必要があるのではないかと考えました。こうした融合領域には,「防災」,「脱炭素」,「DX」等がありますが,国立高専51校の学習内容を定めたMCC(モデル・コア・カリキュラム)において,建築学,土木工学の両領域で学習内容が規定されている「防災」をテーマとすることを主幹校として決定しました。その上で,審査員には建築と土木分野の第一線で活躍される先生方に審査を頂きたいと考え,建築領域には三澤文子先生,土木領域は事前復興等の研究者である羽藤英二先生(東京大学大学院教授)にお願いしました。加えて,「防災」には工学以外の視点も重要であるため,災害ケースマネジメント等の実践に取り組まれている堀井秀和先生(徳島県弁護士会災害対策委員長)に審査員をお願いしました。
デザコン阿南大会空間デザイン部門の審査員 イラスト chieco
課題テーマは「タテ×ヨコ」とし,縦割り行政や横つなぎ,垂直避難と水平避難,時間軸と空間軸など,全国の高専生が自分の地域の課題をテーマに結び付けることができる抽象性の高いテーマを設定しました。課題趣旨の中では,当事者性という観点から「自分の生き方を支える新しい空間デザインの可能性を提案してほしい」と呼びかけるとともに,防災は工学だけでは成立しないため「芸術,文学,教育,文化財,医療,商業など多様な分野」とつながる提案を求めました。また,全国の高専には,建築学科,土木工学科のいずれかしかない学校も多く,地震や津波のメカニズムや耐震改修の理論,住民とのワークショップの方法,GISによる都市分析や構造シミュレーションソフトであるwallstatの操作方法などを学ぶオンライン講座(16講義)も公開しました。審査員である三澤文子先生には「木造建築病理学の必要性:住宅を診て治す~住宅医の調査診断から改修の概要」と題して,性能向上インスペクションと性能向上リフォームについて解説を頂きました。なお,このオンライン講座の教育的効果については,2025年9月に大阪にて開催される国際学会(29th International Conference on Knowledge-Based and Intelligent Information & Engineering Systems)にて発表予定ですので,ご関心ある方はご参加いただければ幸いです。
オンライン講座「木造建築病理学の必要性:住宅を診て治す~住宅医の調査診断から改修の概要」(三澤文子先生)の一場面
©Society of Architectural Pathologists Japan
課題は2024年4月に公開され,学生は前期期間を通じて取り組み,8月19日を期限に予選作品としてA1サイズのポスター1枚をPDFにて提出することとしました。予選には112チーム(19高専321名)からの応募があり,9月1日に審査員の先生方による予選審査(オンライン)を行い,11チームを選出しました。選出された11チームに対して審査員からのブラッシュアップ・コメントを示し,学生たちはそれを参考にしながら11月2日,3日の本選に向けて作品制作を進めました。本選では,プレゼンテーションポスター(A1)2枚以内,スライドショーデータを必須の提出物とし,その他には模型の他,動画による説明やAR,VRや踊り等の身体表現も作品として認めることにしました(残念ながら踊りをしたチームはありませんでしたが)。展示会場はポスターの前に模型を置くというのでは「空間」部門らしくないと考え,会場側で1800㎜ *1800㎜のMDF(地場工場産)製のタテ×ヨコ・ブースを用意し,パネルの位置などを自由に組み換えることができるようにし,この範囲内で「空間」作品を自由に構成することを求めました。
デザイン空間部門の特徴は,予選作品から本選までおよそ1/10に作品を絞り,各校のトップを一同に集わせて競い合わせることや,2日間にわたり著名な審査員と対話を重ねながら審査を進めることにあります。これまでの審査方法は,初日に審査員の前でプレゼンを行い,そこで受けた指摘を修正するためにポスターや模型をホテルに持ち帰って徹夜で修正し,2日目にブラッシュアップしたプレゼンテーションを行うというものでした。この審査方法について事前に三澤先生にご相談をしたところ,「同じプレゼンを2回も聞いてどうするの?」,「学生同士が批評しあう方がよい」とのアドバイスを頂き,本大会では審査方法を大幅に変更することとしました。
今大会では,学生たちは2日間にわたり3つのプレゼンテーションを行い,それらのプレゼンテーションを踏まえて,審査委員による公開審査を行うこととしました。
1日目午前中は「つなぐワークショップ」と題して,各チームに地元の建築家や技術者,行政,ママ防災士,阿南高専の主催する防災学習イベントに参加している小学生らがインターミディエータ(関係をつなぐ人の意味)として参加し,多様な視点から作品をブラッシュアップしていくこととしました。ここでは,学生たちは作品の説明が伝わりにくいところを修正したり,ワークショップでの意見を取り入れたりしていきました。学生チームの中には,初めからワークショップの内容を受け入れるバッファーを作品の中に設けているなどの工夫をしているチームもありました。
1日目午前「つなぐワークショップ」の様子 ©Tada Yutaka
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1日目午後は「つたえるプレゼンテーション」です。チームごとにプレゼンテーションを行い,審査員からの質疑応答に応えていきます。学生の作品は,地域産業と地域防災の関り,危険な市街地の解体と再生,流域治水のための住宅地開発,消防団や避難場所と地域の関りの視覚化,移住訓練ゲームの開発,衰退や津波を受けることを前提とした集落での暮らし方や空家の利活用,といった土木的な長期的なスケールの中で建築を考えていくというプレゼンテーションが多くみられました。
1日目午後「つたえるワークショップ」の様子 ©Tada Yutaka
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1日目の夜は学生会館に集まり,「つながるエクスカーション」を開催しました。各地からのお菓子を持ち寄っていただき,阿南高専側からはバンド演奏や阿波踊りでおもてなしをしました。三澤先生に事前相談に伺った際に,「初日に学生同士でプレゼンを聞いておいて,その日の夜に学生同士であの作品はああだこうだ言い合った後に,翌日,批評をし合ったらいいんじゃない」とのアドバイスを頂いており,ああだこうだ言い合える機会を設けることにしました。コロナ以降,こうした交流の機会をデザコンの中で設けることができておらず,学生交流会は数年ぶりの復活となり,学生たちに喜ばれました。
1日目夜「つながるエクスカーション」の様子©Tada Yutaka
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2日目午前からは,「たかめあうクリティーク」として,学生たちは3グループに分かれて批評合戦を行いました。グループ内で20分間の批評合戦を3回繰り返し,審査員は各グループに1名ずつ参加し,順繰りに移動していきます。裏話ですが,学生たちのグループ分けは1日目夜に審査員の先生方との打ち上げ会の席で,ああでもないこうでもないと話し合いをして決めたことを思い出します。いざ初日に11作品を並べてみると,いずれも力作ぞろいではありますが,表現力の洗練された段階にある作品群とその前段階にある作品群とがあるようにみられました。これらを平等にグループ分けしてしまうと,グループの中で表現力のあるチームが有意に批評を進めていくことは想像に難くありませんでした。そこで,およそ同レベルのチームを集めたグループで批評合戦を行うこととしました。デザコンでは初めてとなる試みでしたが,学生同士が互いの作品を理解した上で批評をし合っており,それを聞いている審査員の側も作品への理解を深めることができたと感想を頂きました。
2日目午前「たかめあうクリティーク」の様子 ©Tada Yutaka
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2日目昼に「公開審査」を行いました。私はこの時ほど,この3名に審査員をお願いしてよかったと思った時はありません。過去,私がデザコンに参加した限りの理解ではありますが,デザコン空間部門では3名全員が建築系の審査員となる場合が多く,そのうち大御所が審査委員長となり,他の2名の審査員は大御所の判断に追随するようなコメントを出す場合が多くありました。高専の授業では「自分の考えを述べることの重要さ」や「多様な考えを対話から導き出す」ことが重視される中で,こうした審査方法でよいのかと課題意識を持った記憶があります。今大会の審査員は3名が別分野の第一線で活躍されている先生方ですので,全く忖度なしに,ご自身の判断を発言されました。三澤先生が「日本のすでにある美しさを修景していく高い美意識を持つ作品」として最優秀賞に推した作品も,土木や防災の視点からは課題が指摘され,なんと賞なしに(でも,三澤先生にここまで言わせたことは最高の名誉を得たと思います)。作品の持つ当事者性や多様性について,学生も発言しながら,喧々諤々の議論が交わされました。最終的に結果を分けたのは,高専教育と連携した学生コンペという大会の特性もあり,相手にいかに伝えようとするかという作品に込められた熱量の差であったと思います。
以上,デザコン阿南大会を振り返りました。私は高専教育からは離れてしまいましたが,同じ四国におり,南海トラフ巨大地震は今後30年間に80%以上の確率で発生するとされます。すわなち,今を生きる高専生も大学生も,将来,災害に向き合い,復興に携わる可能性が高いという点では同じ環境にあります。一人一人が災害からの復興の当事者となり,タテかヨコかもわからない複雑かつ理不尽な社会制度の中で,地域と行政,産業,私自身のつながりを取り戻していくことが求められます。私自身,デザコンの運営を通じて,少しでもよい未来を作り出していくために誠実な取り組みを行うことの大切さを改めて学ぶことができました。愛媛大学においても,建築学と土木工学とのつながりを大切にしながら,教育,研究,地域連携に貢献していきたいと思います。
文章 写真:多田 豊
Copyright©Tada Yutaka,jutakui
参考文献
・住宅医通信第83号(2017年3月号),https://sapj.or.jp/communications83/
・愛媛大学:令和8年度愛媛大学工学部社会デザインコースの改革「建築・社会デザインコース」について,https://www.ehime-u.ac.jp/data_relese/pr_20241205_kou/
・一般社団法人全国高等専門学校連合会:デザコン2024 阿南 official book,建築資料研究社,2025
・多田豊:木造一戸建住宅を対象とする性能向上インスペクションにおいて検査される個別性能の実態に関する研究(その1):公的制度等と民間団体等の比較,日本建築学会技術報告集 27(66),pp.877-882,2021年6月
・多田豊:木造一戸建住宅を対象とする性能向上インスペクションにおいて検査される個別性能の実態に関する研究(その2)民間事業 者の検査業務の実態,日本建築学会技術報告集 28(69),pp.762-767,2022年6月
LINK
阿南工業高等専門学校 https://www.anan-nct.ac.jp/