各地の住宅医の日々No46 ~ バリアフリー 住宅改修を標準チ。から考えていませんか?

田中 伸裕 住宅医 / 田中伸裕建築事務所 / 岐阜県

岐阜県山県市(の内、旧美山町)にて設計事務所を営んでおります。「美山の杉板」や「水栓バルブ発祥の地」、最近では「円原の伏流水・光芒」が X(旧 Twitter)などでバズっていたため、見聞きしたことがあるような・・という方も見えるかもしれません。
私自身は、10年程ゼネコン(現場管理)の後 → 建材メーカー(営業兼リフォーム部門) → 設計事務所(主に土地企画・開発) → 設計事務所(RC、S、木造) → 設計事務所(独立)
という道を辿っており、木造らしい木造に触れたのは独立前の設計事務所が初めてでした。その時の新築工事で、長さを調整するために柱材や梁材を現場で加工する(構造体を切る)という行為にビックリしたことを思い出します。その後、独立したのですが、当時は今とは違い世の中には木造改修に関する情報がほぼ皆無であり、模索していたところ木造建築病理学(現:住宅医スクール)を知り2015年 科目履修の後、2017年に住宅医正会員となりました。
現在は設計監理や調査の傍ら個人事務所であることの自由さ(とお金の無さ)により、福祉のまちづくり建築士(福まち建築士)・ヘリテージマネージャー、某資格予備校非常勤講師、技能予備自衛官(施設科)、消防団等々を並行しながら気になったものについては、まずやってみることにしています。


▲美山の杉板(天日干しの様子)

▲まずやってみる(岐阜バンジー215m)

今回、この連載の執筆のお話を頂き、話題は何でも構わないよ。とのことでしたので、皆さんがあまり馴染みのない事がいいかな? 消防団で古民家の消火活動をしている時に見る古民家火事の燃え進み方や特有の発生原因とかどうだろう? とも思いましたが、逆に当たり前すぎて、最近まで私自身もあまり気にしていなかった事の 1つを書き記したいと思います。

さて、室内の廊下などに設置する、横手すりの取付け高さを皆さんは何㎜に設定していますか? その根拠はどこからですか?
住宅医カリキュラムの「高齢者」講座で履修しますが、手すりの高さについて建築基準法には規定がありません。「国交省の高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準の 750~850㎜の範囲で室内のライン(窓枠や家具など)と合わせて・・・」でしょうか? または「大転子骨の位置または、身長 × 1/2 + 2~3cm」でしょうか? 私自身もハートビル法(1994年施行)時代から同じように標準値があり、それを基準としそれが当然と思っていました。(縦手すりの高さはこれとは全く違うので気を付けてください)しかし、福まち建築士として活動していく中で、あれ?おかしいぞ?と感じていた昨年(2023 年)の2月に左足脛から先が足の形を保っていない程の大怪我をして、2週間 ベッド上に固定 → 2か月半 車椅子 → 4か月 松葉杖生活をし、図らずも我が身を持ってバリアフリーというものを体感することになりました。(今この執筆時も最後5回目の手術を終え、ほんの2週間前に1か月間の松葉杖生活から解放されたところです)入院期間も約2か月半と長かったためコンベックスを差入れてもらい、車椅子で移動しながら院内の測れるところを測りこの幅だと・・この勾配は・・など自分で体感した使い勝手と、他の入院患者さんの意見も貰いつつ入院生活を過ごしていました。

新しい病院なので当然、バリアフリー法(2006年施行)に適合しているのですが、規定されている範囲値はある個人に対しては使いやすいが、別の個人に対して使いやすいとは必ずしも言えないことを痛感しました。
(色々あるのですが)横手すりの話に戻りまして、今回の病棟の廊下横手すり高さは 820㎜でした。しかしそれは、私にとっては低く力も入れ難く使いにくいものでした。他の患者さんは? と思い聞いてみると、年齢や性別等ではもちろんですが、同じ位の背丈の患者さんでも、ちょうど良いと感じる人、低いと感じる人、高いと感じる人とバラバラであり、腰が伸びている人、曲がっている人、また疾患によっても好む高さが全く違い、さらに手すり棒の太さ・材質、壁からの離れ、手摺支持金物の支持位置などでも好き嫌いが分かれました。なぜこの高さになったのか看護師の方たちにも訪ねてみましたが設計時期に特に聞き取りやワークショップなどは行われていないとのことでした。また、多くの看護師さんや患者さんが「この手すりしかないのでは?」「ここにしか付かないのでしょ?」と、私たち建築関係者からしたら、いくらでも設計や施工時に変更ができることを「変更できないもの」という認識でいました。

決してこの横手すりの高さが悪いと言いたいのではなく、不特定多数の人が使う横手すりは、使用者全員が使いやすい高さとすることは不可能であるため 750~850㎜という数値は、「多くの人をカバー」している数値とは言えるでしょう。しかし、これが住宅の横手すりとなると話が違ってきます。住宅は使う人が限られていることと、特に高齢者や障がい者のバリアフリー 住宅改修では一番多く要望があり、安価で済む手すりの設置は「多くの人をカバーする手すりではいけない」のです。賃貸住宅においても介護保険法で行った改修のうち退去時には原状回復のため手すりは取外さなければならない事が多い(手すり以外の5項目の改修は原状回復不要の場合が多い)ことも、手すりは誰にでも共通するものではなく、ある個人にとって必要なものであることが見て取れます。
この使う人が限られた住宅への横手すりを、冒頭の「建築設計標準の~」や、「一般的にはこの高さなので~(こんな言葉を専門家から言われたら否定しにくいものです)」を根拠とした高さでの手すり取付けや、将来手すりを取付けるための下地入れでは、もしかすると住まい手に対して使い難く、場合によっては手すりを使用したことが原因で事故に繋がる危険性すらあります。(実際に退院してからも足を動かしにくいため、色々な手すりに掴まりますが高さによっては転倒しかけたり躓いたりします)たかが棒を付けるだけの手すりなのに、当たり前と思っている知識に囚われてしまい、手すりを使う本人の状態や好みに対して盲目となっているのかもしれません。
また、福まち建築士として介護保険制度住宅改修適正化の保険者(市町村)支援業務で申請書を精査していると、この年齢・介護度・疾患でこの改修内容や寸法は、使う人の動作や使い勝手をしっかり確認しているのかな? と感じるものもよく目にします。
今回、大怪我をしたことにより、建築側から福祉を見るだけでは不十分であり、福祉側から建築を見ると使い勝手が悪く、ともすればそれが原因で事故が発生する可能性があることを痛烈に感じる機会となりました(建築側、福祉側それぞれが定めている標準値や寸法が違うものもあります)
住宅医(←医が付いてます)は、お手軽〇〇改修パック と言うようなものではなく、1棟 1棟異なる建物の詳細な状態・履歴および住まい手である家族・個人・さらには地域や風土・風景を十分理解した上での提案が必要になってきます。「こんなのは当たり前だ。こうあるべきだ。これは当然。」ではなく、当たり前すぎることも、ある意味素人の視点で見ていくと見えていなかったものが見えてくるのかもしれません。

ちなみに、私がリハビリでPT(理学療法士)に体の動きを見てもらいながら、使いやすいなぁと感じた横手すりの高さは、掴み移動で 915㎜。滑らし移動で 1,090㎜でした。当然、今後の症状緩和や加齢に伴いこの数値も変わってくるでしょう。


▲ 梁 樹種(杉)せん断破壊 

▲ 梁 樹種(杉)曲げ破壊  

追記:本文とは関係ないですが、最近ビックリしたことの 1つ。木材のせん断破壊(左)と曲げ破壊(右)の様子。何度か木材強度破壊試験は見てきましたが、初めて せん断破壊した木材を見ました。せん断破壊した梁材は、とても綺麗で外観では特に大きな節はなく破壊試験するのはもったいないなぁと試験機にセットされる時は思っていました。
せん断で破壊する木材(100本に数本程度発生するそうです)が見た目では全く区別のつかない事を目の当たりにして、余裕のない架構や無理がある架構は怖いと再確認しました。

写真・文章:田中 伸裕
©Tanaka Nobuhiro, jutakui


LINK
・田中伸裕建築事務所 http://arch-nobu.life.coocan.jp/