「いま 改めて心材について考える」リレーコラム2024年10月

中島 正夫 関東学院大学名誉教授 / 住宅医スクール講師

◇ 昔は大工が一人前になる条件の一つとして、適材適所に木を使い分ける技を身に付けているかどうかが問われました。例えば、傷みやすい箇所には傷みにくい材料を使うなどです。傷みにくい材料とはスギ、ヒノキなどの赤味すなわち心材を指し、大工は修業時代に木造建築の傷みやすい箇所と傷みにくい材料についての両方の知見を身に付けることが求められました。
木造建築で傷みやすい箇所の一例としては、現在の建築基準法でも防腐・防蟻の措置が求められる地盤面に近い土台、軸組下部、下地板などがあります。土台にはヒノキ、ヒバ、クリなどの腐りにくい樹種の心材を使い、柱にはヒノキを中心とした樹種の心材ないしは心材部分を多く含む心持ち材が使われました。さらに柱と土台の仕口は図1に示すように打ち抜きほぞ(長ほぞ)として仕口部分から雨水が抜けるようにするとともに、心持ち材の柱とすることで柱の下端部の辺材部が腐っても心材部が柱の沈下を防ぐという工夫をしています。下地板も雨が掛かりやすくまた地面からの跳ね返り水が作用して乾燥しにくい地盤面近くの部分には赤味の板を使い、辺材(白太)を多く含む板は雨が掛かりにくい壁の上部に使うなどしたものです。

◇ このような大工技能の一要素としての心材と辺材の耐久性の違いに関する知見は、様々な実験によっても古くから科学的に明らかにされています。基本的データとしては国や大学などの研究機関が長期にわたる野外杭試験(写真1)などにより各種樹種の耐久性評価を行っていますが、写真2は筆者がかつて実験した結果の一部です。実大のヒノキ心持ち土台材を促進劣化槽(劣化が早まるように腐朽菌の活性度を高めた土壌槽)に2年間埋めた結果です。これを見ても分かるように、中心の心材部分は健全であるのに対して周辺の辺材部分は一部が腐って断面が欠損しています。この結果からも、土台はヒノキといえども耐久性があるのは心材部分であり、辺材は腐りやすいということが分かるかと思います。


写真2 心持ち材の土台を促進劣化槽で2年間腐朽させた場合の土台辺材部の欠損

ところで様々な公的基準、規格、仕様書では、木造建築の構造材料の劣化対策としてヒノキなどの高耐久性樹種(日本農林規格でいう心材の耐久性区分D1の樹種)を無処理(防腐・防蟻のための薬剤処理を行わない)で使うことが一つの選択肢として用意されています。しかし、上で述べたようにヒノキでも耐久性があるのは心材であり辺材にはありません。そのことを明確に記載しないまま基準、規格類としているために、いま木造建築では耐久性上の懸念、混乱が生じている状況があります。

◇ ご存知のように、住宅を対象とした品確法における劣化対策等級の「2」や「3」では、土台は薬剤処理をしなくともヒノキなどの高耐久性樹種を用いれば基準を満たすことができます。この場合、心材であることは基準本体には明記されていないので、部材周辺に辺材を含む心持ち材や極端にいえば全断面辺材でもいいことになります。それでは十分な耐久性が期待できないことは明らかですが、かといって全断面心材の土台使用を強制することも現実的には難しいので、基準の解説部分に「辺材が含まれる場合は、防腐・防蟻措置を講ずることが望ましい」と遠慮がちに書かれています。ただ、住宅供給業者の中にはこの解説部分を無視し、ヒノキならばいいのだろうと解釈し辺材を含む場合も防腐・防蟻措置を講ぜずに使用している例があると聞きます。深刻なのは各都道府県にある住宅性能評価機関の一部に、土台に対する劣化対策として矩計図、仕様書に「ヒノキ」とだけ記載しておけば等級2や3が取れると指南しているところがあることです。
一方、国土交通省の官庁営繕が作成している中大規模あるいは中高層の公共建築物を対象とした「公共建築木造工事標準仕様書」や「木造計画・設計基準」などでは、土台にヒノキなどの高耐久性樹種を薬剤処理などの措置なしで用いることができるとされていますが、数年前の改訂版から、その場合は「心材に限る」と明記されています。同様に、令和4年に公表された「木造の屋外階段等の防腐措置ガイドライン事例集」(日本建築防災協会)でも同じ内容の記載がなされています。不特定多数の人が利用する規模の大きい公共建築物、あるいは劣化外力が大きくなる建築物は基準も厳しくなるのは当然との声がある一方で、国の担当部署には住宅もそうすべきだとの声が届いているのも事実のようです。

◇さて、劣化対策として高耐久性樹種の心材部分だけの土台を使用するとした場合、その土台が本当に全断面心材なのかどうかは誰がどう判断するのでしょうか?そもそも心材とはどう定義されるのでしょうか?建築や木材関係の書籍で心材の定義を調べてみると、「木材の辺材に囲まれた内部の色の濃い材」(建築大辞典)、「幹の内部の生活細胞をまったく含まない部分」(木材の科学・1木材の構造)、「樹幹の内側に存在する濃色で一般に含水率の低い生きた細胞が存在しない部分」(木材工業ハンドブック)などとあります。このような定義からすると、おそらく実務的には心材部を色で判断することになるのでしょうが、スギやヒノキならまだしも、色による区別がつきにくい樹種もあります。またついたとしても定量的な基準がなければ、一方が白太を赤味だと主張した場合、否定することはどこまでできるでしょうか?何らかの公的な基準が必要になると考えられますが、日本農林規格はおろか、どこにも心材の定量的な定義はありません。
公的な基準、規格、仕様書で、土台に高耐久性樹種の心材を使うことを規定する場合には、誰かがその材の全断面が心材でできていることを保証する必要があるのではないでしょうか?その場合、どのような方法で心材か否かを見極め保証するのでしょうか?いま改めて心材について考えてみる必要がありそうです。

中島 正夫
©Nakajima Masao, Society of Architectural Pathologists Japan


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