「豊かなくらし」リレーコラム 2024年8月
松井 郁夫 ( 住宅医協会理事 / 松井郁夫建築設計事務所 / 東京都 )
■わたしたちの周りに建っている住宅は、美しい家といえるのでしょうか?
■残念ながら現在の日本の家や町並みは、「美の規定」のない現行の建築基準法に従っているだけでは建物も町並も美しくはなりません。
■学生の頃読んだ「住宅貧乏物語」早川和男(1979年 岩波書店)は基本的人権である生存基盤や都市環境の整備が欧米に比べて大きく劣っていることを指摘した告発の書でした。
■その背景の解説は、以前このコラムでも書きましたが 明治24年の「濃尾地震」の話から始めなければなりません。
■当時の調査団は明治政府が収監した欧米の外国人建築家でした。彼らの調査と提言に基づいて日本の家屋はそれまでの伝統的な日本の理念にない西欧の考え方を取り込んで一気に欧米化していったのです。
■つまり日本の住宅は 明治24年に「西欧化」が始まり、これまでの日本家屋にない部材である「胴差し」や「筋違い」が新たに加えられました。「筋違い」が入ったことで壁の中の「貫」が後退したことは由々しきことです。「貫」は粘り強く復元力のある大切な構造材だったのですから。
■さらに第二次大戦の敗戦後に復興を急ぐあまり、伝統的な構法を簡便化した「在来工法」を採用しました。その結果、この国の住宅は、拙速な「和洋折衷」様式となり、伝統の「木組」による「水平垂直」の「美しさ」と「秩序」や「多様性」を失いました。
■第二次大戦後に建てられた住宅はそのほとんどが「安物」の復興住宅です。屋根や外壁は波板鉄板、木材不足から柱は4寸に満たない3寸5分の細い柱。「胴差し」までも3寸5分の細さで接合部は、羽子板ボルトのみ。雨露がしのげれば良い程度の「バラック」同然の建物であったのです。ここから庶民の住宅の「貧乏物語」が始まります。
■戦後の住宅事情により、国は 昭和25年に復興期の「バラック」の一掃を目指して「底上げ政策」(ボトムアップ)を図り、「建築基準法」を制定したのだといいます。
■基準法の制定当時を知る故・内田祥哉先生から生前「日本建築セミナー」で伺った話では、当時の内務省では「庶民の家は金物で縛ればよい」「文化財には伝統的な【 継手・仕口 】を使えば良い」という気分であったといいます。
■ですから、建築基準法の第一条「目的」には「最低の基準 を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り…」となっているわけですから「最低の基準」で建てられた貧相な建物に住んでいると言っても過言ではありません。
■なんとも悲しい話ですが、それでも市井の大工職人たちはそれには納得できず、プライドをかけて【 継手・仕口 】の技術を伝承してきたのです。
■しかし高度成長期に入ると、国の「持ち家政策」に押されて「住宅メーカー」が現れ、木造住宅にもさまざまな新工法が開発されましたが、ますます混乱を極めていきました。そんな背景の中、戦後復興期の建物を建て替えもしくは改修する時期を迎えてしまったのです。わたしたちは、いまになって戦後復興住宅である「バラック」のような貧相な家を改修するという不幸な試練を与えられたのです。
故郷「越前大野」朝市の立つ「七間通り」の造り酒屋
■わたしは 50年前に大学進学で上京した折に、東京の住宅事情があまりにも貧相で驚きました。建物は弱々しくて汚く、町並みは「おもちゃ箱」をひっくり返したように混乱していました。
■城下町に生まれ、歴史的な家々の残る美しい町に育ったわたしにとって伝統の蓄積のない都会は、まさにコンクリートジャングルでした。大学ではデザイン科に席を置き建築科ではありませんでしたが、当時 田中角栄の「日本列島改造論」の嵐の中で故郷の町並みが壊されるのを目の当たりにして、「町並み保存運動」にのめり込みました。
■「全国町並み保存連盟」に参加し、その頃に大学の助手だった 西村幸夫先生 や 陣内秀信先生 や 福川祐一先生 と知り合い 50年間以上運動を共に続けています。
■全国の美しい歴史的な町並みを回るうちに、一軒でも歴史的な民家を残さなければならないと「使命感」に燃えました。大学院修了後は 藤本昌也先生主宰の都市計画事務所に入り まちづくりを学びましたが、一軒でも家を建てたいという衝動に駆られ、妻の家を建てた大工棟梁・小川行夫 の門を叩いて「木組」の家づくりを学びました。
■全国を回って各地に残る「古民家」の美しさと優れた環境適応性を知りました。伝統的な古民家ならば、立派な柱や梁も残っていて「継手・仕口」を外すことで改修や再生は容易にできます。もともと「木組」の「伝統構法」は組んでは外しまた組むことができる「再生機構」を持っていたのです。
「浜松の木組の家」建て方(2024年2月16日)
■「住宅医」では住宅の改修やリフォーム需要に応えるための実践と、技術者を育成する場として活動しています。住まいの不具合が原因で不自由な生活を強いられている人たちのために技術を提供しています。
■「耐震補強」はもちろん「温熱向上」や 住まい手の健康や財産の保護はもちろん、快適な住まいに改修するためのノウハウを蓄積しています。
■そのリフォームや改修に「求められるもの」は自由な生活と心地よい住まいを得ることです。
つまり「豊かな生活」です。
■デザインはつくり手のそれぞれが、さまざまな手法を持っているでしょうが、つくり手としては 第一の「理念」が、「豊かな生活」を目指すことだと思います。
■「豊かさとはなにか?」と考える時。物理的豊かさではなく、精神的豊かさをとりたいと思います。難しいテーマですが、数多くの改修を手がけているうちに、実現可能な難しいことではないと気づきました。
■つまり精神的「豊かさ」は「本来の物」である「自然(本物)素材」つまり「自然素材に包まれて暮らす」ことで得られるのではないかと気がついたのです。それには、むかしから使われてきた無垢の木や土壁などを採用することです。
■できるだけ人工物を使わず、身近な「自然素材」を使うことで「豊かさ」は実現できると思います。理想的には、大自然に囲まれた生活環境が一番だと思いますが、都会生活でも素材はすべて「自然素材」がいいのです。
■毎朝目覚めたときに目に入る無垢の木の天井板や床や木の食卓に触れるたびに、「生命」を感じ「自然」を愛おしく思えばそれが「豊かな生活」の始まりだと思います。
( 写真・文 松井郁夫 )
©Matsui Ikuo , jutakui
LINK 松井郁夫建築設計事務所 https://matsui-ikuo.jp/
information 住宅医スクール2024【伝統木造】「古民家から学ぶ、伝統木造の改修方法」 松井郁夫先生の講義は 9月28日開催