既存住宅改修が持つ圧倒的なライフサイクルカーボンの優位性 2026年7月コラム
辻 充孝 ( 岐阜県立森林文化アカデミー 教授 / 岐阜県 )
住宅医の皆様、こんにちは。森林文化アカデミーの辻充孝です。
日々、目の前にある既存住宅の不具合や性能不足に向き合い、住まい手の安心と快適をつくる実務に奔走されていることと思います。
実務に直結する建築基準法や省エネ法の改正が相次ぐ昨今ですが、2026年3月27日、今後の建築実務のあり方を左右する極めて重要な法案が閣議決定されました。それが「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律の一部を改正する法律案」です。
(国土交通省プレスリリース:https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_001129.html)

図1
この改正で最も注目すべきは、法律の名称自体が「建築物のエネルギー消費性能の向上及び脱炭素化の促進に関する法律」へと改められる点にあります。
ついに法律名に「脱炭素化」が明記されました。これは、これまでの「建物をいかに省エネで使うか」というフェーズ(運用時の削減)から、資材の製造・施工・解体・廃棄に至るまで、建物の一生におけるCO2排出量――すなわち「ライフサイクルカーボン(LCC)」全体の脱炭素化へと、国の舵が大きく切られたことを意味しています。
最新動向:「ライフサイクルカーボン評価制度」の創設
今回の改正の大きな柱は、新たに創設される「ライフサイクルカーボン(LCC)評価制度」(条文内では「建築物通算炭素排出量評価」)です。
これまでは住んでからの電気・ガス・灯油等の一次エネルギー消費量を減らす外皮性能や省エネ設備、太陽光発電による評価が中心でしたが、今後は「建てる時・壊す時」に排出されるCO2も、国が定めた指針に則って統一ルールで評価されることになります。
まずは5,000㎡以上の建築物に対して着工前の評価結果の届出を義務化し、一般的な建築においては、建築主に評価の実施を、建築士には建築主への説明や必要な協力を「努力義務」として位置づけています。住宅は以前の省エネ法と同じく努力義務という扱いですが、これからは設計の段階から、建物の一生にかかる炭素量を可視化することが社会的に求められる時代がやってきます。

図2
見落とされている「既存住宅改修」の圧倒的なLCA優位性
ここで、住宅医が携わっている「既存住宅の性能向上リノベーション」に目を向けてみましょう。
新築でZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を建てれば、運用時のCO2(オペレーショナルカーボン)は確かに抑えられます。しかし、新築時には多くの断熱材や高性能設備など資材の調達や工事によって、より多くのCO2(アップフロントカーボン:建設段階でのCO2排出量)が一度に排出されてしまいます。
一方で、既存住宅の改修はどうでしょうか。
すでにある構造や仕上げをそのまま活かせるため、改修時に新たに発生するCO2は、新築に比べて圧倒的に少なくて済みます。
さらに、木造住宅においては「炭素固定」の観点も重要です。建て替えのために既存の建物を解体・廃棄(焼却など)してしまえば、それまで木材内部に留められていた炭素が再び空気中に放出されてしまいます。しかし、改修によって建物の寿命を延ばすことができれば、既存の木材による「炭素固定」をそのままさらに長期間維持し続けることができるのです。
LCA(ライフサイクルアセスメント)の視点に立てば、「壊さずに直して長く使うこと」自体が、新築には真似のできない、地球環境に対する確かな優位性を持っています。

(自邸:築150年の古民家を改修:省エネに加え、既存躯体の利用や新たな内装木質化により使用し炭素固定を強化)
法律の「一歩先」を行く、住宅医の価値
しかし、ここで一つの疑問が生じます。
「今回のLCC評価制度によって、既存建物のLCA優位性は正しく評価されるのか?」
結論から言うと、残念ながら現時点の法改正では、既存住宅を改修して寿命を延ばすことによるLCAの優位性を直接的に評価・優遇する仕組みにまでは至っていません。
新制度の基本理念には、限りある資源の活用や解体廃棄物の抑制、そして「長期にわたり良好な状態で使用することができる建築物の確保」への配慮が謳われてはいるものの、具体的な届出義務や評価ルールの網がかかるのは、あくまで「建築物の新築等」のフェーズが中心です。
つまり、国の制度はまだ「新築時のLCCをどう評価するか」という初期段階に留まっています。
だからこそ、「住宅医」の存在意義があります。これまで積み重ねてきた「建物の詳細調査に基づき、劣化を治し、耐震や温熱の性能を新築並みに向上させる改修」という取り組みは、法律がこれから目指そうとしているLCC削減のさらに一歩先をゆく、実質的なアプローチそのものだからです。
条文に刻まれた「快適性」と「健康」
そして、今回の法改正でもう一つ、私たち実務者が深く頷くべき大きな変化がありました。
新設された法律の第1条の2(基本理念)の条文に、次の一文が追加されたのです。
「建築物のエネルギー消費性能の向上及び脱炭素化……自然災害による被害の発生の防止又は軽減その他の建築物の安全性、健康の増進その他の建築物の快適性、その他の建築物に必要な性能を確保するとともに……」
法律の理念として、脱炭素を推進する一方で住まい手の暮らしを置き去りにするのではなく、「安全性」や「快適性」、そして「健康の増進」といった建築の根本的な質を同時に担保しなければならないと明記されました。
これはまさしく私の講座の中でも住宅居スクール当初から扱っている内容です。
ただ数値を合わせるだけの脱炭素ではなく、住まい手が安全に、健康で心地よく暮らせるように家を仕立て直す。その結果として、建物の寿命が延び、地球の炭素も削減される。今回の法改正の基本理念は、これまでの住宅医の取り組みが確かな方向性であったことを裏付けています。
おわりに:これからの未来を見据えて
法律名に「脱炭素化の促進」が加わろうとしている今、建築業界全体のトレンドは、名実ともに「ストックの利活用と長寿命化」へとシフトしていきます。
新築住宅におけるLCC評価に注目が集まる今だからこそ、私たち住宅医が培ってきた「住まい手の健康・快適を守り、建物の寿命を延ばす性能向上改修」の価値を、より論理的に、そして自信を持って社会へ提示していきたいものです。
図1,2出典:国土交通省ウェブサイト
文章・写真:辻 充孝
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