木材の身体検査 ~X線CTを使った木材穿孔昆虫の可視化~ コラム 2025年7月
簗瀬 佳之 ( 京都大学生存圏研究所 居住圏環境共生分野准教授 )
木材の中を見てみたい!
■X線CT装置を用いた国宝阿修羅像の内部の状態をスキャンしたことが有名ですが、実際の現場でのX線装置の使用は制限があってなかなか難しく、管理された区域での使用に留まります。ただし、制限の中、X線CT装置を用いて木材の内部をのぞいてみたい気持ちが強く、当時所属していた専攻に導入され、私が管理することになったのをきっかけに、木材内部の水分の可視化、破壊による内部の割れ等の可視化、そして私のメインの研究として、木材穿孔昆虫とその被害部位の可視化を行ってきました。その中で今回は木材穿孔昆虫の可視化について紹介します。
アメリカカンザイシロアリとその食害による空洞部分の可視化
■アメリカカンザイシロアリ(Incisitermes minor)被害がみられるスギ丸太の気乾材を50㎜間隔で10分割した試料について、マイクロフォーカスX線CT装置(㈱島津製作所、SMX-160CTS、図1)を用いて撮影を行いました。
■図2 はアメリカカンザイシロアリ食害材の断面画像の例を示します。X線CT装置を用いることによって、内部の食害痕(空洞部分、黒色)を鮮明に観察することが可能で、定期的に撮影することにより、単位時間当たりの摂食深さ(距離)を計測することや、3D画像から試料内の空洞部の体積を算出して、シロアリの食害量と木材の強度との関係を解明することができます。また10分割した試料のうち、2つの試料から、図中の赤色の破線で囲まれた部分のような放射状に縞模様のノイズの発生が観察されました。これは、CT撮影中に試料内部でシロアリが動くことによって発生するものと推察されました。撮影中に対象物が動いてしまうと綺麗な画像が得られないということで、シロアリそのものの観察は難しいことがわかります。実際に10分割した試料を割って観察すると、ノイズの発生が見られた2つの試料のみシロアリの生息が確認されました。
■■■■■■■■図1 マイクロフォーカスX線CT装置((株)島津製作所、SMX-160CTS)
■図2 食害材のX線CT画像 |
アメリカカンザイシロアリ食害材の空隙率と残存曲げ強度の関係
■和歌山県内において、アメリカカンザイシロアリによる被害建物を解体し、解体後の胴縁材、母屋材から、木口断面約50×50㎜、長さ1200㎜のスギ試験体を53体作製し、これを国宝阿修羅像のスキャンに使用された九州国立博物館所有の大型X線CT装置(エクスロン・インターナショナル社製、Y.CT Modular320 FPD)を用いて、試験体を16個まとめて断層撮像しました(図3)。得られた3次元CT画像から、それぞれの試験体について食害による空隙部分(赤色部分)の抽出を試み、空隙体積の測定を行いました(図4)。
■断層撮像後、試験体は曲げ試験に供し、得られた曲げ強度と空隙率の関係を図5に示します。空隙率が大きくなると曲げ強度が低下する傾向は見られるものの、ばらつきが大きくなる結果となりました。
■図3 |
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■図4 空隙部分の抽出による空隙体積の測定
![]() 図5 空隙率と曲げ強度の関係 |
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木材穿孔昆虫ヒラタキクイムシの摂食過程の可視化
■人工飼料を用いて飼育されたヒラタキクイムシ(Lyctus brunneus)とアフリカヒラタキクイムシ(Lyctus africanus)の幼虫を木材試料にあけた穿孔内に接種し、定期的にマイクロフォーカスX線CT装置(図1)で撮像しました。図6 はヒラタキクイムシの各成長過程におけるCT画像の例を示します。定期的に撮像することによって、接種直後の幼虫から蛹、そして成虫への各成長過程がCT画像の像の形から確認できました。
■図7 はアフリカヒラタキクイムシの幼虫を接種してから25日後のCT画像の例を示します。画像から試料の繊維方向に穿孔した幼虫、穿孔、および穿孔部分に堆積した虫粉の範囲が観察できました。また、定期的な撮像によって、幼虫はいずれも繊維方向に穿孔することが確認されたため、撮像期間中のCT画像より幼虫の木材穿孔長さを求めた結果を図8に示します。幼虫の穿孔長さは時間とともに階段状に増加し、穿孔(摂食)活動を行っている期間と停止している期間が明確に区別されました。停止している期間は、『脱皮』に伴って幼虫の穿孔活動が停止するのと一致しています。
![]() 図6 ヒラタキクイムシの成長過程のCT及び顕微鏡画像 |
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![]() 図7 アフリカヒラタキクイムシ幼虫の接種から25日後のCT画像 |
![]() ■■■図8 アフリカヒラタキクイムシ幼虫の穿孔長さの推移 |
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実験室内に限られた結果を紹介しましたが、現場で使用できる小型のX線CT装置が将来できるかもしれないと期待しつつ。
文章・図:簗瀬 佳之
Copyright©YANASE Yoshiyuki , Society of Architectural Pathologists Japan
LINK
・京都大学生存圏研究所 居住圏環境共生分野 https://www.rish.kyoto-u.ac.jp/lih/index.html