「古屋をなんとかできないでしょうか?」コラム 2025年6月

酒井 哲 (住宅医 / タウンファクトリー 一級建築士事務所 / 東京都

2025年の春から住宅医の理事となりました、東京都(多摩地域)の酒井です。地域に密着した建築設計事務所を目指して、屋号を「タウンファクトリー」としました。住宅医となってからは、建物のかかりつけ医 のような存在になりたいと考えています。今回は初回のコラムなので、そのような取り組みの話をしたいと思います

古屋リフォームの相談があると、(希望も含めて)大規模な改修やリノベーションをイメージすると思いますが、弊所では限られた予算の中でなんとかしたいという相談がよくあります。
住宅医スクール講座の中では、住宅医は既存家屋の状況を評価し、性能向上を行う能力を有する建築士とされており、住宅医協会のホームページでも「住宅医は性能向上リノベーションを得意としている」とアピールしています。スケルトンリフォームのような大規模な性能向上リフォームは住宅医としての花形業務であり、目指すところですが、住宅医の定義としては「既存住宅の調査・診断・改修・維持管理などについて、優れた知識・技術をもつ実務者」とあり、実は性能向上のことは言及していません。大規模な性能向上リフォームだけでなく、修繕を含めて建物をどう維持管理していくのか、カウンセングやアドバイスを行うのも住宅医の姿と読み取ることができます。
スケルトンリフォームを前提にする場合は、建物の外壁や内壁を撤去するので、既存の構造を把握して耐震性能を向上させれば、その他の性能に関しては新築と大差ありません。逆に部分リフォームの場合は、直すところと残すところを取捨選択する必要があるため、既存建物の評価が重要になります。内外装を残した部分リフォームほど、既存の状況を見極める、住宅の医者としての能力が求められると思います。

私の生活している多摩地域は、都心のベッドタウンとして開発された地域で、戦前は台地や丘陵地だったところです。宅地開発で建てられた昭和56年以前の住宅では、住まい手が高齢化し、引き継ぐ次の世代がいないことが多くあります。そのような古屋をなんとかしたいという相談が増えているのです。築50年前後の建物となるので、住宅医の性能レーダーチャートでは全ての評価項目が低評価となるため、要望を伺うと性能向上リフォームとなりますが、実際は様々な制約から現実的なところでリフォームを進めざるを得ない状況となっています。
この「現実的なところ」を方向づけるために弊所ではリフォーム後の利用期間を設定いただき、ライフスタイルに合わせた改修案の立案を目指しています。特に昨今の物価高では予算内に希望の工事を納めることが難しくなっているため、利用期間を指標とすることで予算と要望を整理して、今後の生活に必要な工事を取捨選択できるようにしています。


【 将来の利用期間に応じた分類 】

[A]長期利用:35年以上(性能向上リノベーション)
・劣化・損傷の修繕 + 耐震や断熱、省エネ等、全ての性能の向上(新築同等)
・大規模な間取りの変更を伴う改修、ライフスタイルに応じた使い勝手の向上、設備の更新

[B]中期利用:20年前後
・劣化・損傷の修繕 + 耐震補強 + 必要に応じた性能や使い勝手の向上
・耐震性能:上部構造評点 1.25 超えを目標、断熱及びバリアフリーは部分で対応、設備の更新

[C]現状の維持:10年前後
・劣化・損傷部を修繕 + 耐震補強を必要最低限実施
・耐震性能 :上部構造評点 1.0 超えを目標(一応倒壊しない)、設備の部分更新

[D]劣化・損傷の軽減:10年未満
・生活に支障のある劣化や損傷を修繕
・建物全体に対する性能評価は行わない

[0]建築の価値:維持・持続
・上質な設えや素材、将来に引き継いだ方が良い空間や外観
・所有者の思い入れ、街並や環境との関係性



「 あと5年 建物を維持したい 」
「5年」は弊所に相談のあった最も短い利用期間の要望でした。木造在来工法2階建てで、瓦屋根に外壁は南京下見板、一部雨漏りがあり、全体的に劣化の進んでいる建物でした。最低限の費用で使える状態を維持しつつ、5年後に予算を工面して大規模なリフォームを検討したいという相談でした。一般的にはお断りする内容かもしれませんが、建物所有者と面識があったので、何かできなか検討することにしました。
上記の分類の中ではこの案件は[D]となり、質の高い建物だったので ゆくゆくは[0]の検討も必要と考えていました。応急処置では雨漏れが完全に止まらない可能性があることを施主に理解いただいた上で、工事を進めました。予算に限りがあるため、耐震診断等の性能評価は行いませんでした。調査も建物全体の詳細調査ではなく、外部と小屋裏の調査に限定しました。幸い雨漏りの原因がすぐにわかったので、5年を凌ぐための応急処置として屋根をUVカットの高耐候性ビニールシートで覆うことにし、雨水が適正に排出されるように樋の清掃と補修を行いました。


屋根から雨漏れ有り

雨漏れ応急処置

5年の間に社会情勢が大きく変わったこともあり、残念ながらこの建物は次の改修へと進みませんでしたが、工事後は雨漏りは進行しなかったので、応急処置はうまくいったと思います。とは言え、この方法をオススメできるかというと難しいところです。今後の課題でしょうか。

「 耐震改修と浴室を交換して あと10年住めるようにしたい 」
後期高齢者二人の住まいの耐震改修案件で、分類は[C]となりました。耐震補強は上部構造評点1超えとしています。利用目標期間が10年では瓦を金属屋根に葺き替える工事は予算と性能のオーバースペックとなるため、瓦屋根を残した耐震補強としました。一方、水廻りは浴室だけでなく、洗面所やキッチンも交換の時期となっていたので、使い勝手を優先に今回の改修で全て新調しました。部分的ではありますが、ヒートショックの恐れのある浴室周りは断熱改修も行っています。

「 耐震改修して あと10年 子どもたちの居場所にしたい 」
現在検討中の空き家活用の案件で、分類は[C][0]となり、やはり耐震補強は上部構造評点1超えを目標としています。利用期間が10年と短いため、費用面を考慮すると瓦屋根を残し、部分補修で現状を維持することが理想的ですが、空き家だった期間が長く、抜本的な雨漏れ対策が必要なことから、瓦屋根を下ろして金属屋根に葺き替えることにしました。改修費用の大半が屋根工事にかかってしまいますが、この案件では続き間と縁側のある日本家屋の間取りを維持することも、子どもたちの居場所として重要な要素となっているため、耐震補強ヶ所の少なくなる屋根荷重の軽減工事で進めることにしました。[0]の検討は施主の要望次第ですが、歴史的建造物の場合は客観的な判断も重要となります。

予算と利用期間は状況によって変化する可能性があるので、施主の要望に寄り添った計画の立案が望まれています。古屋の部分改修は住まいのターミナルケアのようなイメージとなるのではないでしょうか。住まいの状況を把握して、施主の要望に対して適切な処方を行うことが住宅医に期待されている職能だと改めて思いました。住まいのかかりつけ医 になれるよう、取り組んでいきたいと思います。

写真・文章:酒井 哲
Copyright©TownFactory Sakai Tetsu , jutakui


LINK
・TownFactory一級建築士事務所 https://www.townfactory.jp/
・住宅医の改修事例No.0127 酒井哲「 山村文化を引き継ぐ木造校舎を簡易宿泊施設にリノベーション」 https://sapj.or.jp/kaishuujirei2022-127/