バリアフリー改修してよかった! ~89歳の父が蜂窩織炎になってわかったこと~ コラム 2025年5月
村上 洋子 (住宅医協会理事 / 愛媛県・大阪府)
昨年のリレーコラムは、89歳になった父を通してわかった高齢者と住まいについて書きました。今年のコラムを書くため昨年の原稿を読み返すと、まだ10ヵ月しか経っていないにもかかわらず思った以上に老化が進んでいて驚きました。
住宅医スクールの高齢者についての講義を、以前担当してくださっていた溝口先生のお話で、強烈に印象に残っていることがあります。
「2週間の工期でバリアフリー改修工事を行うあいだ、おばあさまに高齢者施設でショートステイしていただくことになった。施設では転倒防止のため、移動に車いすを使用していた。2週間後には、自宅では伝え歩きができていたおばあさまが歩けなくなった。そのため急きょ車いす対応に工事をやり直すことになった」
調べると、身体を使わないことで機能が低下することを「廃用症候群」と呼び、高齢者は一度機能が低下すると元に戻りにくいため、特に注意が必要とのこと。父が楽しみにしている月に一度の高齢者ランチ会に付き添ったとき、「お父さん、何もしなくていいですよ。とかいがいしく世話をしてくれる、よくできたお嫁さんを何と呼ぶでしょう?答えは『ひと〇〇し』」という、ブラックジョークが出て苦笑いしてしまいました。高齢者の機能を低下させないために、できるだけ頭や身体を使うこと。そう考えると、最も長い時間を過ごす住まいを整えることは思う以上に大切です。
2月下旬のある日、夜中に電話が鳴りました。出てみると父で「足が痛くて立てない。トイレに連れて行ってほしい」のSOSでした。2011年に行った性能向上リノベーションで、寝室のすぐ脇にトイレを設置してあったため、立つときに手を貸しただけで事なきを得ました。翌日かかりつけ医を受診すると「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」という、聞いたことのない、皮下脂肪組織へ侵入した細菌による感染症にかかっているとわかりました。
それ以来、毎日通院し抗生剤の点滴。かかりつけ医からは安静にするようにと言われていましたが「廃用」が頭をよぎります。父自身も歩けなくなっては困ると、身の回りのことはできる限り自分で行いました。改修によって室内の段差をなくしていたおかげで、杖をつきながら足をずるずる引きずって歩けたことは、父にとって幸いでした。また、寝室、トイレ、キッチン、洗面所、浴室に連続性を持たせて、父が動きやすいよう導線をまとめてあったことで、自分でできることを、億劫がらず、自分でできたのも改修の効果でした。
父の唯一の希望で寝室の横につくったトイレは、短辺が1,250㎜、便器後方の壁から便器の先端までの距離は740㎜で、500㎜を加えると1,240㎜になり、高齢者等配慮対策等級5相当です。短辺がこれだけあると赤ちゃんのおむつ用ゴミ箱も楽に置けて、ストレス少なくトイレを使うことができています。
浴室について。
ジム通いを続けていた父は、ジムでお風呂に入っていたため、改修後に自宅の浴室を使うことは滅多にありませんでした。蜂窩織炎により、ふくらはぎに巨大な水ぶくれができて、そこから出てくる大量の謎の液体を処理するため、シャワーで傷口を洗い流し、ドレッシング材として紙パンツのパッドを巻く。状態が安定するまでの2か月間、浴室と脱衣室は処置室のようでした。
蜂窩織炎になった原因は、かかとの「ささくれ」をむしった傷だと思われるので、再度の感染防止のため毎日しっかり足を洗おうと、立ち上がりのしやすい、座面の高いふろ椅子を探しました。行きついたのが無印良品の座面高さ40㎝の風呂いす。見た目もいいし、とても役に立ちました。
浴室の使用頻度が少なかった父は、立ち上がりに手すりを使ったこともありませんでした。今回、入浴に手を貸してみると、浴槽の中で体が浮力に負けていることがわかりました!上がろうとしても浴槽の床に足を踏ん張れず、浴槽に平行に設置した手すりを握りながら、つるんつるん滑って浮いてしまいます。浴槽のまたぎ用に垂直の手すりも設置していますが、上がるときには握りにくく、事故を避けるために一人でお湯につかるのはあきらめると決めました。
少し落ち着いた頃、かかりつけ医から「入院したら歩けなくなって帰ってくるので、通院で様子を見た」と聞き、普段の父の活動状況や私たち家族の人生観を知っている医師だけあって、治療方針がいい!住宅医として見習わなくては!と思いました。
蜂窩織炎を発症するまで、電車に乗ってジムに通っていた父。週に1回のヨガ、数回はお風呂に入りに行っていましたが、残念ながら90歳を目前にして退会することになりました。その代わりに介護保険要支援2 と認定されて、週に2回デイサービスに通い始め、機能回復訓練を受けています。デイサービスではお風呂にも入ることができるので安心です。
畳の生活が好きで、毎日布団の上げ下ろしをしていた父も、さすがに今はできません。ですが機能回復訓練を行うことで、再び上げ下ろしできるようになるかもしれないと少しだけ希望を持っています。バリアフリー改修は、高齢者だけでなく、見守る人にとっても良いことばかりで、毎日改修してよかったと思っています。同時に、リノベーションから14年が経過して、より快適に過ごせるように小さく手を入れることも考えています。
厚生労働省の発表では、平成22年時点の平均健康寿命は、男性70.42歳、女性73.62歳で、寿命から健康寿命を差し引くと、男性9.13年、女性12.68年です。(地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 https://www.tmghig.jp/research/topics/201506-3401/ )改修前の片づけなどを考えると、体力のある70歳までにバリアフリー化しておくのが良いようです。温熱性能も向上させて、改修で健康寿命を延ばしましょう!
写真・文章: 村上洋子
©Yoko Murakami , jutakui
LINK
・昨年のリレーコラム「高齢者が安心して暮らせる住まい~実体験から学ぶバリアフリー改修のヒント」村上洋子 https://sapj.or.jp/column240710/
・2011年の改修(村上洋子) 改修事例 №0025〜父の家 改修工事 https://sapj.or.jp/kaishuujirei2012-25/