「建築基準法の未来」リレーコラム 2024年12月
稲岡 宏( 住宅医スクール講師 / 株式会社JOIN / 大阪府・兵庫県)
■思い起こせば前回のリレーコラムを書かせていただいて、ちょうど 1か月後の2024年1月1日に「令和6年能登半島地震」が発生し、復旧すらままならないところに今度は「令和6年9月奥能登豪雨」が発生しました。他にも毎年のように起こる災害とその被害の甚大さに触れるたび、言葉にならないような、やるせない気持ちになってしまいます。建築基準法第1条に規定されている「国民の生命、健康及び財産の保護を図り」という言葉が虚しく響くばかりです。
■しかし有難くも今回、再び12月のリレーコラムを書かせていただく機会を頂戴し、改めて前回のリレーコラムを読み返してみると、最後に自らのビジョンを力強く宣言しているではありませんか!
■できない理由ばかり並べ、周りの人や環境のせいにして、仕事・ライフワークへの情熱を見失いかけている自分に気が付きました。そしてタイトルを考えていて、この機会は過去を振り返るだけではなく、未来を創り出していくきっかけにしたいと思うようになり、自分を奮い立たせるようにあえて「建築基準法の未来」としました。
■読者の皆さんが12月のリレーコラムを目にする頃には、2022年6月17日に改正法が公布されて約2年と半年が経ち、最終的にすべてが施行される2025年4月1日までは、もう4ヶ月を切っています。ここが最も間近にくる「建築基準法の未来」となりますが、今のところ私に見えているのは、大混乱に陥るのではという不安や心配、なんとかなるだろうという楽観が入り混じった状態です。
■私の気持ちはさておき、具体的な現実として起こしたい未来は、既存建物の性能を向上させ資産価値を高めることで、安全・安心が担保された豊かな社会の実現です。建築基準法第1条にも「公共の福祉の増進に資する」という言葉で示されています。2025年の大改正もまさにこのために行われますが、法律を改正するだけでは実現には至りません。
■既存建物の中でも特に木造住宅については、1984年にできたいわゆる「4号特例」制度に大きく影響を受け、これ以降の法改正によって第1条(目的)の達成に近づいているとはいい難い状況にあります。つまり1984年以降約40年間に建築基準法は、4号建物である木造住宅に目を向けてこなかった経緯があり、既存木造住宅の性能向上は遅々として進まず、建った時点は適法であっても性能は徐々に低下し資産価値は保たれず、国の住宅施策としてスクラップビルドで新築に建て替えることが推進されてきました。
■そして最初に述べた、過去を振り返るだけではなく未来を創り出すところに立つと、2025年の大改正は、今度こそ既存木造住宅の性能向上と資産価値を高めていくめったにないチャンスであり、建築士の職能を本当の意味で発揮できる機会と捉えることができます。過去の経緯で様々な問題を抱えた既存木造住宅であっても、増改築、リフォーム・リノベーション、大規模修繕・模様替え、用途変更などによって既存木造住宅の性能向上を図り、確認申請・検査の手続きを経ることで資産価値を担保することが可能になります。フラット中古・リノベや、既存住宅の住宅性能評価、長期優良住宅認定、耐震診断・補強など他の制度も活用して、より高いレベルで性能向上を図り資産価値を高めることも可能です。
■このビジョンに立って、2025年大改正では既存木造住宅に関して、何がどのように変わるのかをみていきます。
■まず最も大きな変更は「2025年4月から木造戸建ての大規模なリフォームが建築確認手続きの対象になります」という点。今まで確認申請が不要だったものが必要になるので、とても大きなインパクトがあります。しかし、あくまでも手続き上の変更なので、工事内容に直接影響があるわけではないと考えていたら、2つ目の注意点「②建築士による設計・工事監理が必要です」が出されました。これ自体は変更になる内容ではありませんので、なぜわざわざ注意喚起する必要があるのでしょうか。実はつい先日の住宅医スクール2024特別講義(第2回)に参加して説明を受けていて、ハッと気付かされました。ここにも「4号特例」の弊害があったのだと。
■配布されたパンフレットには小さく書かれていて見過ごしてしまいそうですが、根拠として「建築基準法第5条の6の規定による」とあります。何かというと、建築士法第3条の3に規定されている内容で「延べ面積が100㎡を超える建築物は、一級建築士、二級建築士又は木造建築士でなければ、その設計又は工事監理をしてはならない」というものです。そしてこの規定がいつできたのかをみてみると、昭和59年4月1日施行された昭和58年法律第44号(建築士法及び建築基準法の一部を改正する法律)によるものでした。なんとこれは「4号特例」が規定された法改正と同じものだったのです。
■そして新築よりも根深い問題が、大規模なリフォーム(大規模の修繕・模様替にあたるもの)にあることが分かりました。新築であれば「4号特例」であったとしても確認申請は必要ですので、建築士が関与していることは明らかです(未確認で建築されたものもありますが、ごくわずかだと思われます)。しかし大規模なリフォームは、確認申請が不要だったことで建築士が関与していない可能性があるのです。
■未だに後を絶たない「悪徳リフォーム業者問題」は別としても、新築当時の完了検査が未受検であったり、建築確認時点からみて性能を低下させたり、構造・防耐火上危険になるような変更をしていたりすると、手続きの変更による影響だけでは済まされなくなります。しかし視点を変えてみてみると、これはチャンスでありきっかけとなる機会です。性能が低く構造・防耐火上危険な木造住宅を、性能向上させ構造・防耐火上安全な建物に蘇らせることができるのは、建築士の職能による他ありません。建築士にしかできない仕事なのです。
■そこでとても重要になってくるのが、既存建物の現状を把握することです。まずは適法なのか違法なのかによって、その後の対応が大きく違ってきます。そして適法であった場合、今度は現行基準適合なのか既存不適格なのかに分かれます。私は住宅医スクールの講義で、まさにこのことをお伝えしたいと思って講師をさせていただいていますが、2025年4月大改正を契機として、この思いがより一層強くなり、改めて身が引き締まる思いでいます。
■そして実はもう1つ、大きな問題が残されています。もともと2025年4月の法改正は主に新築が対象となっており、法6条の改正による「4号特例縮小」も新築に対する内容にフォーカスが当たっていました。確認検査機関に所属していた頃から法改正の内容を追いかけ続け、国交省が出してくる様々な情報に目を通し、国主催のものだけでなく様々な企業・団体等が開催された説明会や講習会にも参加してきて、この感覚が確信に変わってきています。
■ここからは、新築にフォーカスが当たることで置き去りにされた(と私が体感している)「増築」に関する問題について述べます。
■「増築」が置き去りにされていること自体は、無理のないことかもしれません。「大規模の修繕・模様替」は確認不要から確認必要になるという大きなインパクトがあるのに対し、「増築」は手続き上、大きな変更が無いからです。また私が知る限り、法文の改正(変更)も無いと言っていいぐらいです。ではなぜ、もう1つの大きな問題として取り上げるのか、それは逆説的になりますが、法文の改正(変更)が無いことによる影響が大きいからです。
■木造2階建て住宅の新築においては、「4号特例縮小」だけでなく「仕様規定」と言われる構造規定(法20条~令36条~第3節:木造)が改正されています。中でも特に規制強化となる「令43条(柱の小径)」「令46条(構造耐力上必要な軸組等)」(いわゆる「壁量規定」とよばれるもの)の改正による影響は必至です。
■それに対し、増築の確認申請時に問われる「既存不適格建築物」に関する法改正(変更)は、告示まで含めても成されていません。「既存不適格」に関しては、法文上も手続き上も理解することが非常に難しく(だからこそ、住宅医スクールの講義で1コマを設けるほどのテーマになっています)、本来は「既存不適格建築物への増築」についても新築以上にフォーカスを当て、丁寧かつ詳細に説明を尽くす必要があると感じています。
■しかし、とある法改正説明会で国交省の担当官の説明を聞いた時に、「増築に関してはこれから対応します」みたいなニュアンスのことを言われて、正直、がく然としました。大規模の修繕・模様替に対しては次々と技術的助言を出しているのにも関わらず、なぜ今まで増築は対応すらしてこなかったんだと。
■悲観していても始まらないので、現状で「増築」に関する対応について、知り得ることを挙げていきます。まずは、「改正建築基準法―2階建ての木造一戸建て住宅(軸組構法)等の確認申請・審査マニュアル(2024年9月第2版)」とその枠組壁工法バージョン。
(国土交通省ホームページ:資料ライブラリーよりダウンロード可能) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/04.html
■これらの資料自体には「増築」に関する内容は含まれていませんが、国が「増築版」確認申請・審査マニュアルを作成していると聞いています(ただし私の記憶では年度内と言ってました)。年度内って2025年3月31日、法改正施行日の直前までかかるのか!? と思った記憶があります。
■前回の住宅医コラム(2023年12月)で、4号木造住宅の増改築申請にあたり、申請図書の作成に参考となる解説マニュアル(建築確認手続き等の運用改善マニュアル「小規模建築物用」(木造住宅等))を紹介していて、このバージョンアップ版になるのかなとも思いつつ、単なるバージョンアップだけでは本当の大きな問題は解消されないので、まだまだ予断を許さない状況です。
■では何が本当の大きな問題なの!? と疑問を持たれているかもしれませんが、私の個人的な見解として言いますと「2025年4月法改正により、令46条:壁量規定が大幅に強化されることで、既存の木造2階建て住宅はほとんどすべてが『既存不適格建築物』になってしまう」という問題です。(なお、これは軸組構法木造住宅特有の問題であり、枠組壁工法住宅には当てはまりません。)
■「既存不適格建築物」になること自体は、問題ではありません。これまでも法改正の度に、当たり前のように起こってきたことです。しかしこの「既存不適格建築物」に増築をしようとした途端、とても大きな困難にぶち当たってしまい、増築自体ができなくなってしまう可能性がある、というのが本当の問題だと認識しています。
■分かりやすくするために2025年4月法改正以前と以後でどう変わるのかを説明しますと、2025年3月31日までは、増築の際に遡及される既存建築物に対して現行の壁量規定(令46条)を満たしているかを確認すれば良く、現行の壁量規定は1981年の新耐震基準で規定された壁量と変わっていないため、比較的容易に現行基準に適合させることができます。
■一方、2025年4月1日以降になると、確認すべき内容は同じ壁量規定(令46条)であっても、「現行の」という部分自体も法改正によって規制強化されるため、満たすべき壁量が非常に大きくなってしまい、これまでのような既存不適格建築物への増築申請において適合確認が困難になり、確認がおりないと増築自体できなくなります。つまり違反ではなく適法な建築物であっても、増築が困難になってしまうことこそが最大の問題なのです。
■既存不適格建築物への増築において、既存部分は一部の仕様規定に適合していることを確認すれば良いというルートが使えない場合、あとは構造計算または耐震診断による構造安全確認のルートがありますが、一体増築の場合は耐震診断によるルートが不可であるため、実質は構造計算による安全確認しか手段がないケースがでてきます。既存建物を構造計算によって安全確認する難しさは、感覚的にでも分かっていただけると思います。
■そしてこれは、大規模修繕・模様替の申請においても同じことが起こり得ます。既存不適格建築物の大規模修繕・模様替において、令137条の12の規定により、構造耐力上の危険性が増大しない範囲であれば法20条(構造耐力)の規定が除外されますが、逆に危険性が増大(例えば荷重増)する場合は法20条が適用されて、構造安全性を確認する必要が出てきます。増築と同様、現行の壁量規定を満たすことが困難であれば、構造計算による構造安全確認が必要になってきます。
■ちなみに前出の「確認申請・審査マニュアル」には、建築物省エネ法の改正概要の項目に「既存建築物の取扱い」があり、なんと「既存建築物については、省エネ基準への適合は求められません。」「既存建築物を増改築する場合には、当該増改築部分についてのみ省エネ基準への適合が求められます。」「修繕・模様替を行う場合も省エネ基準への適合は不要です。」と書いてあります。
■だからといって、既存建築物は構造基準も適合不要としてくれれば良いと言っているわけではありません。例えば大規模修繕・模様替において、これまでの法解釈では不可とされていたような内容の技術的助言を出したように、増築についても技術的助言や確認申請・審査マニュアルを出して、取り扱いを明確にしてほしい、ということが言いたいのです。そして大規模修繕・模様替の取扱いの説明でも散々言われているように、結局は各特定行政庁の判断に委ねるとするだけでなく、行政・民間確認検査機関の審査側にも、設計・監理・施工を担う建築士側にも、判断の拠り所となるようなものにしていただきたい、今はそれを切に願うばかりです。
■建築基準法における既存建築物の位置づけは、1年たってもほとんど変わっていない状況ですが、冒頭に述べた「過去を振り返るだけではなく、未来を創り出す」というところに立ってみた時、国が出す情報を待っているだけ、特定行政庁の判断を待っているだけというのではなく、自分なりの答えなり問題解決策を創り出していくことが建築士としての責務であり、仕事・ライフワークへの情熱や意欲を持ち続け、成長し続ける原動力になると感じます。
■薄れてしまってはいましたが「100年後もすべての人々が安全に安心して木の家で暮らす社会」の実現というビジョンも、「建築士」1人1人の力を結集させ、チームとして継続的に取り組んでいく姿勢も、微塵も変わってはいませんし、住宅医というチームの一員である光栄さも失っていません。
■最後に、「建築基準法」は第1条(目的)がすべての法の源であり、「建築基準法の未来」は第1条(目的)を達成・実現していく道そのものだと思います。建築は「いのちとくらしを守る器」であり、建築に携わることは建築士にしかできない仕事です。建築士1人1人が1人1人の建築主と真摯に向き合い、既存建物の性能向上と構造・防耐火上の安全性を継続して担保することで、社会全体の安心・安全に繋がるという志を持ち続け、一緒に建築基準法の未来を創り上げていきましょう。
稲岡 宏
Copyright©Inaoka Hiroshi , Society of Architectural Pathologists Japan
LINK
・ 株式会社JOIN 一級建築士事務所 https://join-binden.com
・前回(2023年12月)リレーコラム「建築基準法はどこへ向かうのか」 https://sapj.or.jp/column231211/
・2025年 8月2日(土) 住宅医スクールにて、稲岡宏先生の講義が開催されます。 住宅医スクール カリキュラム https://sapj.or.jp/aboutschool/curriculum/