投稿日:2018年02月06日

事例報告(改修事例)2018-77


■改修事例報告
熊本県「2016熊本地震被災の家」 最小限の改修工事への挑戦

■改修概要
設計者:有限会社井上工業 井上恭子
施工:有限会社井上工業
報告:有限会社井上工業 井上恭子
所在地:熊本県上益城郡御船町 (地震係数:0.9 /軟弱地盤割増:1.0)
地域:都市計画区域内 指定なし
主用途:一戸建ての専用住宅
築年数:昭和55年(築37年)
規模:在来軸組 木造2階建て
敷地面積:432.88㎡
建築面積:101.85㎡
延床面積:132.48㎡ (1階 101.85㎡ ・ 2階 30.63㎡)
着工:2016年11月
竣工:2016年12月
(工事期間 1ヶ月)
家族構成:世帯主(71歳)おひとり暮らし
改修内容:①地震で被災した家を「住める」家に戻す
②耐震性能と劣化対策を講じる
③断熱性能向上

■改修の経緯と目標到達点
目標到達点 「現状の問題点を把握した上で、住める家に戻し可能な限りの耐震と断熱改修を施す」
1.2016年4月の熊本地震、震源地から数キロのこちらのご自宅は甚大な被害を受けられました。


2.ご自宅が「大規模半壊(罹災証明書)」の判定を受けられ、当時は「2016年12月までの被災家屋修理には、
市区町村の応急修理補助金が支給される」とのことで、お施主様から大至急の工事依頼を受けたのが2016年11月でした。
(実際は後に応急修理補助金も期間延長を繰り返しましたが、当時は町から2016年12月中の完工要請がありました)
(↓最初に伺った時のご自宅の様子 ボランティアにより外壁と玄関の崩落部にシートがかけてありました)

3.ご高齢のおひとり住まいで、限られた時間と予算(応急修理補助金を利用し手出し250万円のご要望)の中
生前ご主人様が建てた思い出の家を 壊さず・変えず・住み続けたい という3点がお施主様のご希望でした。

4.ご予算と工期から、改修部分は被害の甚大であった下記の青色部分に絞り、工事を行うことになりました。

1階平面図

上部構造評点(一般診断法)

偏心率X 0.50 偏心率Y 0.12

評点X  0.17

評点Y  0.55

2階平面図

上部構造評点(一般診断法)

偏心率X 0.01  偏心率Y 0.00

評点X  0.68

評点Y  0.75

 

■調査状況と改修前の写真
地震の被害が大きかったことから、現況調査の上では否が応でも被災部の損傷ばかりが目に付いてしまいました。
基本的には非破壊の調査としましたが、経年劣化と下記の点が見受けられました。
・地震により剥落した内外壁から、筋かいの位置や金物の確認・床下の確認が出来る箇所があり。
・既存図面は一応存在したが、図面上と実際に露出している筋かいとでは向きが違うものがあった。
・配管の損傷、雨漏り、確認できる蟻害はなし。
・建物の損傷に比べて基礎は健全であり、地盤は液状化も見受けられなかったのが幸いであると感じた。
・耐震診断(一般診断)上部構造評点の最小値0.17(1階X方向)

 

 

 

・小屋裏の状況(サーモカメラでも撮影) 雨漏り、雨染みなし 無断熱

 

基礎    :無筋コンクリート布基礎(軽度なひび割れあり)

外壁    :建築当初 「木ずりモルタル塗り+リシン吹付」

→ 8年前の改修時サイディングを既存外壁の上から張付けし塗装

通気層なし

断熱材   :なし

内壁     :和室    「真壁 ラスボード+聚楽塗」

その他   「大壁 胴縁+化粧ベニヤ4mm」

一部     「大壁 胴縁+石膏ボード9.5mm」

床材    :1階 「12mm荒板 火打なし 根太転ばし@303」

2階 「12mm合板 火打なし 根太転ばし@303」

接合部  :耐震診断においてⅣ(ほぞ差し・釘)

・破断した筋かいと崩落した壁(家の南東出隅部)

 

 

・土台から抜けた上、破断している柱(家の東面 玄関横和室)

 

 

 

・釘が浮き、柱から離れてしまった筋かい(家の南側)

 

■熊本地震と地形の情報
こちらのご自宅は、
・地形区分はローム層で標高30mほど
・地盤増幅率(Vs=400~地表)は推定で1.37とされる(J-SHIS mapより引用)
・2016年中に於いて最寄りの観測点(御船町御船)では
「震度6弱×1回」「震度5強×2回」「震度4×10回」「震度3×33回」震度2以下略 を記録

■改修計画(改修部床面積 37.26㎡)
・1階と2階の柱・壁の直下率が悪い部分を中心に、顕著に地震の被害が大きく出ている
→ 直下率を上げるため2階柱下と、梁下にも柱を増設。2階出隅の下に柱がなかった為新設。

・開口部の大きい南面の損傷が激しい
→ 掃き出し窓を小さく(2間を1間に)し、柱・耐力壁を新設。

・筋かいの破断、金物の不備が多くみられる
→ 今回触る外壁には構造用合板による面材耐力壁を使用。場所によっては筋かいシングルと併用。
引抜力が上がりすぎないよう配慮。引抜耐力に応じた金物を設置。

・外観も内観も、極力変えることなく改修してほしい
→ 間取りは変えず、直下率の妨げになっていた付け書院のみ無くし、
広縁と和室の境にある2間の開口部(障子)を1間にし、1間分は雑壁として耐力を取ることとした。

・無断熱でALLシングルガラスの為、開口部の大きい和室は寒いとの事(そのため冬場は基本的に和室を利用していない)
→ 結露計算の上、防湿フィルムとグラスウールを和室に施工。改修部のガラスは半樹脂ペアに変更。

 

 

■バリアフリー
今回は大規模な改修に至らず、通路幅や室内の開口部などで改善が必要な部位はまだ多くあります。
(住まい手が高齢者であるため、引戸の開閉がスムーズになるよう最低限の配慮と今回解消できる段差の解消を行ったのみ)

↓(一部例)敷居にレール埋め込み  開閉しづらい建具に戸車を設置

 

■断熱
UA値は元が2.34、今回は部分的な断熱だったために改修後も2.20と僅かな向上に留まりました。
(熱損失の大部分が天井と開口部)
施工完了の2016年12月に、断熱施工した現在非暖房室の和室表面温度は玄関外壁部と比べて5.5℃高く、縁側の壁面は外気温より10℃以上高くなっていました。

 

■火災時の安全性・省エネルギー性
今回はこれといった対策を講じるに至っておりません。
「工事が終わったら和室を寝室にしようかな」とお施主様が仰っていましたので、
和室に火災報知器をプレゼント致しました。
火災時の安全性については防火地域等でなかったことと、8年前にキッチンリフォームをされていたことから、
性能診断結果で得点が他より高く出ています。

■性能診断結果と改修後の写真
250万円という譲れない予算、震災後の職人不足の中の1ヶ月の工期、という高い壁を前にした上で、
「原状復帰+α」というお施主様と当初の目標に対し当時のベストは尽くしたと思っております。
お施主様には、今回の工事を大変に喜んでいただけました。
「見た目が変わらなかったのが何より嬉しい。色や雰囲気も変わってしまうかと心配した。
和室は以前より寒くなくなったし、丈夫になったのなら、今度からこの部屋で主人の位牌と寝る事にするわ」と、
にこやかにご冗談も頂きました。
今回のスタートが元々「性能向上を第一に」した改修工事ではなかった為、出来る提案は少なかったものの、その中で
「如何にお施主様の要望と性能向上を両立し 出来る限りを尽くすかを考える」学びの多い改修工事になりました。

 

左:BEFORE 右:AFTER

 

■総括
今回の事例は、正に住宅医スクールを受講している最中 住宅医を取得する前の改修工事であったため、
振り返れば下記のような反省点もありつつも、当時の精一杯(工期・費用も含め)が詰まった設計・施工となりました。

・・・上部構造評点が最小値で0.17→0.61への向上は図れたものの、せめて1.0以上に出来たなら
・・・もう少し熱境界を考慮するだけ工事の余裕があれば、もっと断熱性能の向上が図れていたかも
・・・今思えば(当時住宅医検定会で三澤先生にご指摘いただいたのですが)雑壁を天井まで伸ばした方が良かった

これからも、住宅医で学ばせて頂いた数多くの(本当に多くの、けれどもまだ知るべきことも多くて終わりのない)
知識を反芻したり、新たに学んだり、全国の住宅医の方々の素晴らしい事例を参考にしながら、
「この家を残したい」「建て替えではない方法でより良く住みたい」と言ったニーズへの最善を尽くしていく所存です。

そうして、「本当に質の良い中古住宅」と「本当に質の良い新築住宅」が仲良く共存できる世の中であるように祈りつつ、
今後とも熊本でそんな家に携わっていきたいと願っております。

(熊本県 有限会社井上工業) 井上恭子