№0044〜坂本の家

清水建築設計室 清水利至(HPはこちら
静岡市の山間に建つ築150年になる林業家のお宅の改修工事です。住まい手は静岡市産の天然乾燥材を供給する活動を共に行ってきた林業家で、同じグループに所属する杉山智之建築事務所との協働でこのプロジェクトを進めました。
○概要とヒアリング
家族は夫婦とご両親とお子さん3人で、敷地内にある3棟の建物で生活をされています。今回改修工事を行なった建物が一番大きく、食堂、居間、個室があり、生活の中心となる建物で、これまで何回か増築と改修が行われています。この建物で最も古くからあるのが東側の部分、引戸で仕切られた和室が繋がり周囲に縁側が取り付く平面です。西側の部分も古い建物と考えられ台所と食堂として使われていますが、その北面は外壁がなく裏山の石垣がそのまま室内の壁となっています。さらに石垣の一部に人が屈んで入れるほどの高さで奥行が50mほどの洞窟があり、ここから山の湧き水を取水しています。東西の建物をつなぐかたちで建てられた部分に玄関土間と小さな畳の間があり、この部分は比較的最近増築されています。また、玄関土間のすぐ東側の部屋はもともと一番古くからあった部分なのですが洋間に改修されていました。構造面では伝統的構法と在来軸組工法が妻面で接続し一体となり、基礎も玉石基礎と布基礎が混在している状況です。特に東側は古民家と呼べる建物ですがこれまでの増築と改修によって本来の特性を失っている部分もあると考えられます。

ヒアリングで住まい手から希望されたことは
・屋根が劣化してきているので瓦を葺き替えたい。
・裏山の石垣が地震などで崩れるのが心配なので建物との距離を取りたい。
・洞窟から台所に入ってくる湿気による結露がすごいので改善したい。
・子供部屋として個室を3つ、他の部屋を通らなくても出入りできるようにしたい。
・南側の続きの和室は集まりなどに使えるようにそのままにしておく。
・寒くない家になったら嬉しい。
といった内容でした。
既存外観   既存母屋和室
既存外観                           既存母屋和室

既存台所食堂   既存洋間
既存台所食堂                         既存洋間

○既存調査と計画
現況をより把握するために調査を実施、各項目を確認するとともに、平面図、立面図、床伏図、梁伏図、小屋伏図、屋根伏図、矩計図、展開図を作成しました。また、精密診断法によって耐震診断を行いました。
調査によって分かったことは
・北側の湿気が多い部分の柱脚と貫に蟻害・腐朽が確認された。
・耐震診断で上部構造の評点は X方向:0.01 Y方向:0.03 と非常に低い。
・浴室の換気扇が機器の劣化により十分に機能しない状態。
・既存建物の断熱性能は、大部分で床、壁、天井が無断熱。

この結果を受けて、改修の方針として①これから予想される生活に合わせるために、ゾーニングの整理と間取りを変更を行う。②劣化部分の補修を行い、非常に低い耐震性能と断熱性能の向上を図る。③住まい手が育てた木材を各部の仕上げに使っていく。以上3点に重点をおくこととしました。
1既存平面図 2既存矩計図
           既存平面図                       既存矩計図

3改修後平面図 改修後矩計図
           改修後平面図                      改修後矩計図
※オレンジ色は断熱範囲を示す。

○工事内容と完成後
玄関だった場所を居間に変更し、その西側の台所・食堂と一体として使うことができるようにしました。台所・食堂は問題だった洞窟からの湿気を抑えるために石垣との間に外壁を新設し、浴室を移設することで水回りをコンパクトに集約します。東側部分の母屋は東西に貫く耐力壁を挿入して新たに廊下をつくり、その北側の個室群と南側の玄関・和室とのゾーンを分けるプランとしました。

劣化対策として劣化の激しい北側部分の床下の湿気を防ぐために、防湿コンクリートを打設。腐朽している土台や柱・大引きは撤去し、新たな部材で床を再構築しました。

耐震補強の手法についてはとても悩みましたが、その他の改修へのコスト配分、地元の工務店でも施工が可能なことなどを考慮し、在来の補強方法を使いながら補強計画を作成しました。補強後の評点をX方向1.76、Y方向1.96と高めに設定することで、不確定要素を担保しています。静岡市の耐震補強工事費補助事業を受けて耐震補強工事を実施。現状の柱・梁・差し鴨井を保存しながら、これまでの改修での損傷を補修。差し鴨居のない部分を中心に筋かい、構造用合板で補強、新規耐力壁の下部には布基礎を新設しました。

断熱は部分断熱という考え方を取り入れ、廊下の間仕切壁の内部に断熱材を入れることで、北側の個室群を断熱ラインが連続して取り囲むかたちをつくりました。断熱部は床下に押出法ポリスチレンフォーム3種b 65mm、壁に高性能グラスウール16k 100mm、天井に押出法ポリスチレンフォーム3種b 50mmを施工、開口部はすべてペアガラスのアルミサッシに変更しています。断熱部と非断熱部を分ける間仕切壁の内部には外壁と同じ高性能グラスウール16k 100mmを施工しました。

構造材・仕上材の多くに住まい手の所有する山から切り出した天然乾燥木材を使用しています。新しく作り直した床組や新規柱などはヒノキ、床材として個室にスギ、家族の共用部分はヒノキを使用しました。その床に関しては住まい手自身が自然塗料を使って塗装をしています。また、新しく作られた間仕切壁の廊下側一面には、数種類の木材を幅の異なる厚板にしてランダムに張り上げました。それによって木材を使った壁面により豊かな表情をつくり出しています。
屋根葺き替え   床組劣化部補強
屋根葺き替え                         床組劣化部補強
在来軸組部壁補強   天井断熱施工
在来軸組部壁補強                       天井断熱施工
既存の建物の残すべき価値のある部分を尊重しながらも、これからの生活に対応できるための改修として今回の工事は行われました。改修後は暮らしにくかった部分は解消され、構造的不安もなくなり、ひと冬を過ごされて寒く感じたことはなかったと言っていただくことができました。規模が大きい建物の場合には一度にすべての条件を満たす改修を実施することは難しく、今回は劣化対策・耐震性・省エネルギー性に重点を置いた内容となりましたが、調査段階や設計段階で作成した図面によって今後の手入れも可能な状態にすることができたと考えています。
改修後外観   改修後廊下
改修後外観                          改修後廊下
改修後南側和室   改修後北側個室
改修後南側和室                        改修後北側個室
改修後食堂台所   改修後居間
改修後食堂台所              改修後居間