投稿日:2015年04月07日

住宅医コラム 意見交換2015-53


妻にとっての定年リフォーム
宝塚Iさんの場合 ~ その4
 詳細調査の日

三澤文子(MSD)

 

2013年10月23日。小雨の朝、総勢16名の調査員が I邸前に集合しました。まず、依頼者へのご挨拶。この「ご挨拶」では、①総勢何人で調査を行うかということ、②1日のスケジュール、をお伝えします。スケジュールの中では、用意した昼食を屋内でとらせて頂くことや、終了時間、「遅くとも4時までには終了します。」とお伝えすると、依頼者も全体が把握しやすく、ご自分の予定がたてやすいと思われます。

 

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ご挨拶を済ませた後は、調査担当の読み上げをします。今回調査は8チーム。基本1チーム2人で、経験者のリーダーがペアーである初めて参加者を教えることになります。実は、3回調査に参加すると、リーダーに昇格。リーダーは「教える」というミッションも加わります。そもそも「教える」ということは、教える側こそ勉強になるものです。うわべの勉強では「教える」ことはなかなかできないもの。体験に沿った学びを基に、人に教えることで、教える本人が身に着く。そんなことから、「教え合う」調査スタイルも住宅医教育の特徴と言っていいかもしれません。

 

さて、8チームは以下の通りです。
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チーム① 午前:平面図採寸 午後:配置図採寸。
応接のファイヤープレイス。採寸は、今回調査担当者のMSD日野君と、まちの建築設計室の町野さんです。

 

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チーム② 午前:内部外部劣化調査 午後:展開図採寸。
神戸大学の学生さんの参加。しましま設計室の西久保さんが教えます。

 

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チーム③ 午前:建物傾斜 午後:バリアフリー調査
ベテラン創造工舎の篠田さん(写真中央)は、初参加の神戸大学学生さんを教えます。

 

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チーム④ 午前:内部外部設備調査 午後:矩計図採寸
リーダーMSD佐治さん、実務経験豊富なひとがしゅの坂根さん(写真下)の強力コンビ。外部の設備を調査中です。

 

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チーム⑤ 終日:床下
床下に入る前の、トヨダヤスシ建築設計事務所の横山さん。まだ元気です。

 

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チーム⑥ 終日:小屋裏
小屋裏の迫力ある写真、真剣な乾さんです。リーダーは田尻さんでした。

 

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チーム⑦ 午前:ヒアリング、仕上げ調査 午後:仕上げ調査
Iさんからヒアリング。仕上げ調査のペアーは、みかづき建築の大久保さんでした。

 

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チーム⑧ 午前:地盤調査
SWS試験はトラバースさんに依頼。室内も調査しました。

 

私は、事前調査で行ったヒアリングの精度を上げるため、再度 Iさんにヒアリング。その後は温熱性能を診断するために、外皮(壁・床・屋根・開口部)の構成を調べ始めましたが、時計を見ると11時15分。 Iさんにお弁当調達のスーパーを教えて頂き、近くなので徒歩で向かいました。いつも、このように近くのスーパーでの調達ですが、このスーパーのお弁当価格で、地域の物価の差を感じます。最近行った加古川のスーパー、ラ・ムーは驚きの低価格でしたが、 I邸近くはイカリスーパーで、いつもより高め。ただし、ちょっと品が良かったかもしれません。おやつもオシャレなお菓子が調達できました。

 

お弁当タイムの後は、昼休みミーティング。各チームの調査速報と進捗状況の報告です。地盤調査は、午前で終了しているので、速報を聞き、参加調査員に伝えます。床下の状況や、小屋裏の状況など、ここでの速報は、全体イメージがつかめて、とても重要な時間だと思います。

 

13:00、調査再開です。遅れ気味の調査個所には、ミーティングで補強要員が加わり、午後の、およそ2時間半の調査で、すべてが終了できるようになります。

 

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15:30、野帳を取りまとめたり、パソコンに写真データをそれぞれ、入れ込んだりと、本日の調査も、いよいよ、まとめの時間です。

 

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終了のご挨拶。中央、私の向って左手は、床下担当だった落合さん。お疲れ様でした

 

16:00 調査道具を片づけて、現況復帰。依頼者の Iさんに終了のご挨拶をして、撤退。この調査結果を整理し、分析し、診断する。という作業に1か月半ほど頂くことを Iさんにお約束し、I邸を後にしました。

一つの建物の状況を把握するために集中して身体を動かした今日一日。爽やかな気分で帰路についたのでした。

 

(つづく)

投稿日:2015年04月07日

事例報告(改修事例) 2015-43


  浦安の住宅
田中ナオミアトリエ 田中ナオミ(HPはこちら

 

■所在地:千葉県浦安市

■期間:第一期 2007年10月末設計スタート 工事2008年5月~9月

第二期 2011年 7月~23日間

第三期 2014年12月~実質10日間

■用途:専用住宅

■家族構成:第一期 夫婦+息子×2(内1は時々宿泊)+娘+犬×2

第二期 夫婦+息子×2(内1は結婚独立)+娘+犬×2

第三期 夫婦+娘+犬×2+仏様×2 息子達は独立

■築年数:36年(1981年築)在来工法木造二階建

■規模:建築面積69.40→80.15㎡   延床面積 111.54㎡→138.95㎡

■施工:かしの木建設株式会社

 

改修前外観1横 改修前外観2縦

改修前外観

 

k003s-2 k004s-2 k005s-2

改修後外観

 

この住宅の凄さは3.11を「千葉 浦安」で超えたことである。第一期工事は2007年に確認申請を伴う規模の(過半の構造変更)の改修(増築+減築)をした。

そして2011年3月に震災が起こった。液状化して近隣は軒並み建替える事になった。道路は波打ちグニャグニャ、ライフラインは途切れ街が大きく変わった。

それでも尚且つ、此の地に住み続けることを選択して、二期工事として震災後沈下修復した。

住み手は地域の防災リーダーとして街の結束に尽力しており、少しづつ近隣に元気が出てきた。

そして昨年末再度三期工事で「祈りの場」を創る小さな改修をした。

 

第一期:建売住宅を購入して

はじまりは2007年の10月。建売住宅を買おうと思うので「まずは見てほしい」と連絡があった。1981年竣工の住宅を柱だけのスケルトンにして「自分達らしく」してほしい、とのこと。

改修工事をするタイミングとしては一番家族数が多く、数年後には独立していく子供達も個室が必要な年齢であるので、最適とは言えない時である。しかしだからこそ、その時間を大事にしたいという家族のために「帰ってくる場所」としての「家族の巣」を創ることにした。(http://homepage3.nifty.com/nt-lab/work/w30/index.html

 

家族構成や住み方、家族のそれぞれの方向性を鑑みた改修は、どうしても構造を大幅に変更する必要が出る。山辺構造設計の山辺先生と鈴木竜子氏を巻き込んで、まずは仮定断面で構造の想定をして見積もり等実務的な作業を進めた上で、解体したあと現場検討にご足労願いながら実際に現場指導してもらい補強要綱と要領を教示いただき改修を進めていった。

平面図 前後   改修前後2
一階 配置平面図(上が改修前・下が改修後)           二階平面図(左記に同じく)

工事中1横  工事中2横

現場では換気扇の穴が筋交いに開いていたり、基礎人通口上部で土台の継ぎ手があったりして、いかに検査済み証や図面があったとしても、現場調査をしないとならないのかという必然がよくわかった。

補強要綱としては、金物の増設、枕梁+合わせ梁などでの補強、基礎部に新設鉄筋溶接の上立ち上がりを設けたり、通気口部に束を立てて柱の力を補強する措置など既存部をまず整えてから、新しく構造用合板や金物にて耐力を増強している。腐朽している材は撤去して新しく取り替えたものや部分的に金輪継ぎで対処した部位がある。いずれにせよ、このような大掛かりな改修工事の現場は、現場により対処方法が異なるので「住宅医=統括設計者」が存在してチームワークで施術する必要がある。此の時点では住宅医として認定された立場ではなかったが、結果として調査したうえで原因を掌握して対処する方法をとっている。

筋交いの欠損たて   継手の位置よこ
筋交いの欠損                継ぎ手位置

合わせ梁による補強よこ   金輪継ぎたて
枕梁や合わせ梁による補強                  金輪継ぎ

減築して増築するというやりかたで建蔽率や容積率をクリアーして役所検査も受けた。

これが出来たのは1981年の建物で図面や検査済みがあったからこそで、これより古い住宅の場合根拠となる図面や検査済みが無いため、確認申請が非常にやっかいになる。

基礎横  基礎たて
減築をして増築をした基礎の配筋 及びアンカーボルト

改修前室内1横

改修前の居間の様子

そもそもの住宅はいわゆる4LDKというような住宅で、住めるがブツブツに分断された部屋が並んでおり、景色や関係性も魅力が無かった。

改修後室内1横  改修後室内2横

改修した後は家族の関係性を繋ぐべく、庭や台所などと連鎖させていった。

(http://homepage3.nifty.com/nt-lab/work/w30/index.html)詳細はHPを参照下さい。

改修後室内3横  改修後室内4横

改修後のみんなが集う場は外とつながり、内側の関係も連鎖させた。

第二期:震災を超えて

そして2011年3月11日。此の街は液状化して大きなダメージを受けた。道路が波打ち電柱が倒れ、周囲の住宅が倒壊し使い物にならなくなった中、此の住宅は生き残った。ナカナカ住み手と連絡が取れず心配した。状況を把握する段階が来たチャンスで測量した結果、端から端までの最長で、建物が固まったまま一番大きなレベルで8センチの沈下がみられた。住み手が此の地を求めた時点で、覚悟を持って入っていた保険と市の助成金を合わせて沈下修復工事をすることとなった。耐圧版工法という基礎下にトンネルを掘って、ジャッキアップするというもので20日あまりで作業完了した。構造の山辺事務所鈴木氏にも同行してもらい、内容と状況を確認してもらった。構造を固めていたおかげで亀裂やダメージがなく、ジャッキアップ後には元通りに修復されて建具や設備等も不具合が無い。此の地では地盤改良の保障もなく、住み手が保険加入することで有事に供えるという手段をとっている。住宅医として気をつけるポイントは、その事実を知った上で説明ができるかどうかだと考える。

基礎下にトンネルたて   スラブ下端たて
穴を掘って基礎下にトンネルとつくる         通常決して見ることがないスラブの下端

測量抜粋 よこ
測量や施工仕様書 抜粋
第三期:家族構成がどんどん変わって

2014年に母上を亡くしたきっかけで、この年末年始に小さな改修をした。仏壇を引き取るというお役目になったことと、そもそも夫婦+3人の少年少女+犬という家族が順々に独立して、違うステージが此の住宅ではじまっていたからだった。

改修は二階の小さな部分で、ここに仏壇を置く祈りの場と防災倉庫をつくることになった。

スケッチ横

赤い丸表示部を下記のように改修することにした。

スケッチ横2

 

 

改修後室内5縦  改修後室内6縦

奥様の寝室であった場所(画像左)を 仏壇を置いて祈る場(画像右)に

大切に思っていた両親を仏壇という形で引き取ることになり、毎日の生活の場に存在させることとなった。二階のそれぞれの寝室から、一階のみんなの場所に向かう際の通路に祈る場をつくって、日常にあるものにした。一部座ったり本を読んだり、昼寝をしたりできるようなベンチ型の畳の場にして立ち止まる場にした。その下も入れ物になっている。

この仏壇を置くという改修のきっかけで、震災時に痛感した防災品を備蓄する場を設けることも行っている。此の地では一週間ライフラインが途切れた経験から、水やコンロなどをきちんと備えて地域の防災リーダーとしてのお手本をつくった。
改修後室内7おまけ1   改修後室内おまけ2
オマケ1 梁に懸垂棒設置     オマケ2 犬が出られないように格子戸

投稿日:2015年04月07日

事例紹介2015-46 東京都国立市 「旧高田邸解剖図展」


旧高田邸と国立大学町~85年の物語~「旧高田邸解剖図展」
旧高田邸プロジェクト実行委員会 酒井 哲

 

前回の事例紹介でお伝えした、旧高田邸の現況調査をまとめた「旧高田邸解剖図展」が3月16日から3月25日に開催されました。今回はこのイベントの報告をさせていただきたいと思います。【旧高田邸と国立大学町~85年の物語~】では「旧高田邸解剖図展」の他、「医学博士・作家・高田義一郎展」、「国立大学町展」、「昭和モダンなりきり写真館」そして土日には雑貨マーケット「ゆる市」が催され、会期中の10日間に住宅のオープンハウスとしては異例の3000人を超える来場者がありました。建物に興味のある人、なんとなく気になっていた人、雑貨が目当ての人等、皆さん最初の目的は様々ですが、一度玄関に入ると建物の魅力に感化され、4月に解体されることを惜しみつつ会場を後にしていました。

 

少し長くなりますが、このイベント開催の経緯を紹介しつつ、ご報告したいと思います。一連の企画は2014年の秋、多摩の地域郷土誌「多摩のあゆみ」で小生が担当している建物の連載を読んだ読者から「昭和初期に建てられた洋館を春に解体することになったので、その前に建物を役に立てたい」とのお手紙を頂いたことからスタートしました。その後、様々な出会いの中で、ほんとまちの編集室として活動している「国立本店」の皆さんが中心となり、旧高田邸と、建て主の高田義一郎、そして昭和初期の国立大学町の魅力を紹介し記録する「旧高田邸プロジェクト」が発足しました。その中で私は旧高田邸:建物を担当しました。

 

旧高田邸は国立町の創成期の建物で、昭和初期の文化住宅の特徴を留めた建築として文化財的な価値の高い建物でした。しかしながら文化財になっていなかったため、公費で記録調査を実施することが難しく、残された方法は有志を募り記録を残すことでした。医学博士・高田義一郎氏の住宅であったことから、建物を人間ドックのように調査し、診断することが、旧高田邸の記録には相応しいと考え、住宅医協会に旧高田邸調査の相談をしたところ、二つ返事で協力いただくことができました(1月22日の最終講義の懇親会の席のことでした!!)。そして、前回の事例紹介2015-45のように3月8日に25名もの住宅医関係者に馳せ参じて頂き「旧高田邸実測・調査会」を実施することができました。

 

旧高田邸解剖図展は二階の応接間で開催しました。3月8日に実測した全野帳と既存ドックの6つの調査診断項目(劣化、耐震、省エネルギー、維持監理、バリアフリー、防火)を評価し、パネル化しました。実測した図面を展示することで、床下、壁の中、天井の上がどうなっていたのか、現場の臨場感が見学者に伝わるような展示としました。来場者は老朽化のために解体することになったと思い込んでいる方が多く、築85年の住宅でも適正に改修すれば、普通に住める家に直すことがきることを説明しました。旧高田邸は残念ながら解体されてしまいますが、古い建物であっても快適な住まいへと改修できることを、感じとっていただける展示会になったと思います。

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既存ドックの診断結果チャートは、建物の状況が一目で分かり、好評でした。また、会場に住宅協会の資料(住宅医協会リーフレット、調査の案内、書籍のチラシ)と「多摩のあゆみ」をフリーテークとして用意しました。残念ながら来場者数の割には、チラシを持って行く人は多くありませんでしたが、何故か専門家向けの住宅医協会のリーフレットは人気で、最初になくなってしまいました。逆に、一般向けに用意した調査案内のリーフレットははけず、在庫が残る結果に……。どうもリーフレットの内容とは関係なく、見た目のインパクトで手に取るようです。今後のチラシの作り方の参考になりました。

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3月17日には「建物調査解剖トーク」と題して、調査結果及び住宅医協会の活動と改修事例を紹介するトークショーを三澤文子さん、田中ナオミさん、滝口泰弘さんと酒井の4人で行いました。こちらも30人を超える参加者があり、用意した席が足りなくなる程盛況でした。改修における調査の大切さ、古家も直せば住めるということを、参加者にアピールできたと思います。建物を調査して直すだけでなく、住まいの問題を解決し、既存の建物の良さを引き出すのが重要と、田中さんが事例を通して住宅医の役割を熱く語ってくれました。質疑では改修の予算面での疑問が強かったようですが、旧高田邸も2000万円あればなんとかなる、という三澤さんの回答に会場全員が合点しました。今回の解剖図展では調査・診断結果チャートの提示で終わってしまい、次の改修費用の算段まで行なえませんでしたが、実際に直す場合はいくらかかるのか??このもっともあいまいな問いにたいして、当たらずとも遠からずの具体的な数値を出すことの重要さを改めて実感しました。

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以下、高田義一郎展、昭和モダンなりきり写真館と国立大学まち展の様子です。会期中はモダンガール協会の浅井カヨ氏、音楽史研究家の郡修彦氏、法学者の白田秀彰氏が昭和初期の服装で旧高田邸に登場し、昭和初期という時代を再現してくれました。会期の後半は雑貨マッケート「ゆる市」、コンサート、さらに晴れた日には建物のライトアアップが行なわれ、多いに賑わいました。

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そして、3月25日さよならイベントは無事終了ました。

旧高田邸解剖図展を全面的に協力して頂いた住宅医協会、実測に手弁当で参加してくださった建築士の方々に、この場を借りて改めてお礼申し上げます。

旧高田邸解剖図展で制作したパネル等はくにたち郷土文化館に寄贈させていただきました。
また、旧高田邸プロジェクト実行委員会では「旧高田邸と国立大学町~85年の物語~」でまとめた、旧高田邸と高田義一郎のことをより深く知っていただく為に、公式カタログの制作を検討しています。野帳や診断結果も整理してカタログの中にまとめさせていただく予定です。カタログ制作に際し、資金調達の手段としてクラウドファンディングサービスを利用することにいたしました。 是非趣旨にご理解いただき、ご協力&拡散いただければ幸いです。
READY FOR? 「国立大学町最初期の住宅・旧高田邸を記憶に残すカタログを制作!」
4月30日(木)午後11:00 まで